学位論文要旨



No 216174
著者(漢字) 渡辺,一正
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,カズマサ
標題(和) 多孔質材料水分特性の迅速測定法
標題(洋)
報告番号 216174
報告番号 乙16174
学位授与日 2005.02.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16174号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

 この論文は、松本衛等によって開発された熱水分同時移動計算モデルが、建築物の室内環境並びに劣化に影響の大きい建築部材並びに建築材料中の水分状態を推測する上で有効性の確認されているにも拘らず実用化が阻まれている要因の一つが水分移動に関する材料物性の測定に長時間を要する点にあると考え、その測定法の迅速化に関する一つの提案を示すものである。既往の熱水分同時移動計算モデル並びに関連研究を幅広く収集・分析し、熱水分同時移動関連研究の体系的な広がりを明確にすると共に個々の熱水分同時移動関連研究の位置付けを明確にし、塩の飽和水溶液によって安定した湿度環境を利用して材料の水分吸着等温曲線並びに水分拡散係数材料を測定する古典的測定方法を迅速化する方法を検討し、開発した装置によって迅速化の可能性を実証的に示した。

 論文は、序論を含めて7章構成となっており、その各々は次のような内容となっている。

序論は、この論文執筆に至るまでの研究の経緯を概説している。

第2章は、建築部材に適用され様々なる熱水分同時移動モデルを包括的に記している。局部平衡を前提とした熱水分同時移動モデルにもバルクな対流を前提とする場合とバルクな流れを無視し得る場合、更に局部平衡を仮定し得ない場合について各々のモデルの特徴を概説し、数学的定式化の基本的方法をエントロピー生成、構成方程式、保存方程式に分けて記述した後、更に建築部材の劣化における水分以外の物質移動とのカップリング現象のモデル化について記述し、この論文の位置付けを明確にしている。

第3章は、水分特性値の物理的な意味を確認した後、含水率、平衡含水率、水分特性曲線、湿気伝導率、水分伝導率の各々の測定法について、古いものから新しいものまで紹介している。

第4章は、第3章の分析に基づいて考案された水分特性の迅速測定方法について記述し、組み立てられた測定装置並びに開発された計測プログラムについて詳述し、この装置の特性を示す予備実験データについて概説している。

第5章は、第4章で紹介した装置を用いた平衡含水率曲線の迅速測定法について、測定原理と測定結果事例を考察している。

第6章は、同じ装置を用いた水分拡散係数の迅速測定法について、測定原理と測定結果事例について考察している。

第7章は、この論文の結論であり、前2章の迅速測定の可能性と限界について記述すると共に今後の研究課題について記述している。

 建築壁体中の水分移動理論は、多層壁では松本らによるもの以外は少ない。しかし、コンクリートなどの単層壁体では研究は非常に多く、水分の駆動力の決め方や水分特性値の測定法などは様々である。本研究では、先ずこれらの理論を比較検討し、非平衡熱力学による物質・エネルギー同時移動モデルが建築壁体の劣化問題についても理論的な枠組みを合理的に与えるものであることを示した。

 次に、水分特性値の測定法を比較検討し、現状の問題点を整理した。その結果、これらの水分特性値を平衡状態を待たずに、過渡的に測定する手法が合理的であること、そのような迅速測定法の開発が急務であることを示した。また、複数の水分特性値を、迅速に測定するための測定理論の概要を示した。

 更に、複数の水分特性値を、正確かつ迅速に測定するための装置の開発を行った。この装置は、建設省建築研究所内に設置され、試験運転と予備実験を繰り返した結果、水分容量と水分拡散係数の迅速・同時測定の測定理論と測定方法、ならびに測定ノウハウが確立された。

最後に、試料として水セメント比の異なる硬化セメントペースト、モルタルおよびALCなどを使用し、異なる水分容量における平衡含水率、水分拡散係数の迅速・同時測定を実施し、その結果を既存の方法による実測値と比較した。何れの物性値も一日以内の測定により結果が得られ、既存の試験方法による結果と良く一致した。乾燥した材料中の水分移動特性に関する限り動的な迅速測定法が有効であることを示し得たと言えよう。

 ここで示した迅速測定法は、等温条件という制約を持つし、液水移動が支配的となる高含水率領域での水分移動特性についてはこの動的測定法が直ちに適用できるとは言えない。温度差の影響、液水移動が顕著となる場合などに対して簡易にして迅速な測定法は、今後の研究課題として残された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、建築の温湿度環境や建築部材の劣化に関する予測計算を行う際に基本となる材料の水分物性値を迅速に測定する手法について新たに提案を行い、その手法による測定結果を検証したものである。

 建築の温湿度環境や部材の劣化に関する予測計算は、壁体の熱水分同時移動方程式に基づいて行われるが、この方程式には平衡含水率や数種類の水分拡散係数が材料物性値として使用されている。この物性値は数多い建築材料のそれぞれについて実験的に測定して取得せねばならないが、旧来の測定法では試料を所定の条件のもとで平衡状態や定常状態に到達させてから測定を行うために、試験開始から終了までには長期間を要し、その期間が半年以上に及ぶものも珍しくなかった。そのために、新規に開発した材料の測定などは常に遅れがちであったり、また測定結果にバラツキが見られても原因の究明に手間取ったりしていた。こうしたことが、熱伝導や熱負荷計算などの研究に比べて、湿度環境や水分劣化の研究がやや立ち後れる原因の一つになったものと思われる。

 多種多様な建築材料の水分物性をより迅速に測定するということは、この分野の研究における懸案事項とも言えるものである。本研究では、そのような背景を踏まえて、試料が非定常な状態における重量データを活用して水分物性値を同定するための理論的な考察を行い、比較的迅速に物性値を測定する原理と手法の提案を行うとともに、その原理に基づく測定装置を開発し、測定結果の検証を行った。

 本論文の序章から第3章までは、建築部材の熱水分移動に関する研究のレビューをいくつかの視点から包括的に行ったものであり、この分野の研究の困難さと先人の苦闘が語られている。第4章から第6章が本論文の主要な部分であり、提案する測定手法の原理や装置、測定結果の事例と評価について記述されている。最後に、第7章が結論部分であり、提案する測定手法の可能性と限界について述べると共に、残された課題についても提示されている。

 本論文における研究成果と意義は以下の点に集約される。

(1) 非平衡熱力学による熱水分同時移動モデルが壁体の劣化問題においても理論的な枠組みを合理的に与えることを示した。

(2) 平衡状態を待たずに過渡的な状況でも重量測定を連続的に行えば、平衡含水率と水分拡散係数という水分特性値を求める手法が存在し、そのような迅速な測定手法の理論と合理性を示した。

(3) 上記の理論に基づき、実際の測定装置を開発・製作し、材料の水分容量と水分拡散係数を同時にかつ迅速に測定する技法を確立した。

(4) 上記の測定装置と測定手法の適用事例として、硬化セメントペースト、モルタル、及び、ALCなどの水分物性値を測定した。さらにこれらの測定結果を既存の測定方法による結果と比較し、両者がよく一致することを確認によって本測定方法の有効性を検証した。

 以上のように、本論文は建築の部材や材料中の水分移動の分野において懸案的存在であった物性値の迅速測定という課題に対して、その解決方法の方向性を明白に提示しており、建築環境工学や建築材料学における顕著な寄与があるものと評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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