学位論文要旨



No 216176
著者(漢字) 飯島,康裕
著者(英字)
著者(カナ) イイジマ,ヤスヒロ
標題(和) イオンビーム支援蒸着法による2軸配向薄膜高温超電導線材の開発
標題(洋)
報告番号 216176
報告番号 乙16176
学位授与日 2005.02.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16176号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 室町,英治
 東京大学 助教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 1986年以降に発見された高温銅酸化物超電導体の中で、イットリウム系材料(YBCO)は最も大きな臨界電流密度を有することで知られ、とくに液体窒素温度付近における磁場中の応用においては本材料を用いた線材化が不可欠である。本材料は結晶粒界が弱結合になり易いため、出きる限り結晶の配向性を揃えて単結晶に近い薄膜被服線材とする方法がとられる。イオンビーム支援蒸着法(IBAD法)は、本研究によって始めてこの問題を解決する方法として導入され、フレキシブルな金属テープ基板を用いた線材化の可能性を最初に示すことに成功した。本研究は、IBAD法による2軸配向制御の発見とその特異な結晶成長、及び超電導層との界面制御や長尺連続合成時の定常成長等、YBCO線材へ適用した際における各種の材料学的問題について、実験結果に基づき詳細に研究したものである。

2.イオンビーム支援蒸着法による2軸配向制御の基礎

 超電導膜形成に使われる金属テープ基板は通常ランダムな多結晶体であり、この種の基板上で単結晶的構造を形成するには、特定の軸が垂直に配向したファイバーテクスチャを有するとともに、面内方向に成長異方性を持つ膜形成方法が必要である。イオンビーム支援蒸着法はその可能性を持つ数少ない膜形成方法である。2元イオンビームスパッタ装置を用いて蛍石構造酸化物であるイットリア安定化ジルコニアを成膜した結果、基板に垂直に<100>軸が配向する構造が形成されるとともに、Arイオン照射角度を傾けるにつれて面内秩序が現れ、図1に示すように、Arイオン入射角度が<111>軸の方位と一致する場合に最も配向性が鋭くなることが確認された。イオン照射方向に特定の結晶軸が向いた結晶が生き残る機構については、イオンチャネリング現象に伴う再蒸発速度差によるものと考えるのが自然である。低エネルギーであるためチャネリング長は短いが、分子動力学計算によるシミュレーションによると数100eV以下の低エネルギーであっても酸化物単結晶のスパッタ収率の方位依存性が確認されている。X線回折及び透過電子顕微鏡によってYSZ及びGd2Zr2O7薄膜の構造の膜厚に伴う変化を解析した結果、初期における膜の結晶方位はランダムに近く、先ず基板に垂直に<100>軸が固定された後に面内の結晶軸が指数関数的に徐々に一定の配向度に漸近していく傾向を示した(図2)。膜中には100-200nm程度の径で特徴的なコラム状構造が確認され、膜の成長に伴ってコラムの径が大きくなる傾向を示し、優先方位結晶粒が生き残っていく選択成長が起こっていることを示唆している。

3.イオンビーム支援蒸着法による中間層の配向制御

 YSZより優れた材料を探索するために螢石構造酸化物及び類似したパイロクロア及び希土類C型酸化物について2軸配向成長実験を実施した。ほとんどのZrO2とRE2O3の複酸化物及びCeO2において300℃以下の低温領域において、150-200eVの低エネルギーArイオンビームのイオン衝撃下で<100>軸が垂直に配向し2軸配向成長した。ZrO2とRE2O3の組成比依存性については、ZrO2:RE2O3=2:1のパイロクロア型に相当する組成において、結晶配向性が最も向上した(図3)。最適アシストイオンエネルギーはほぼ200eVであるが、RE2O3=100%の希土類C型組成においては150eVに下がるケースが多い。イオン照射損傷への耐性という観点で格子結合力の強さを基準に結果を整理して見ると、結晶配向性、最適イオンエネルギーとの間にある程度相関が得られた(図4)。格子結合エネルギーの点ではRE元素比が大きいほうが不利であるが、パイロクロア型組成のZr、RE元素組成比は1:1であり、混合の自由エネルギーが最小であることが格子エネルギーの利得を生じている可能性が考えられる。希土類元素依存性を見ると、結晶格子エネルギーが不利になるイオン半径が大きい側では結晶配向性が低下する傾向があり、希土類C型組成においてはSm,Gd以上のイオン半径では有意な配向性は得られなかった。パイロクロア型組成においてはRE=Gd, Eu付近で配向性がピークを示した。この結果、Gd2Zr2O7、Eu2Zr2O7、がこの系列では最も配向性の高い材料であることがわかり、Gd2Zr2O7において膜厚と配向性の相関を調査した結果YSZのほぼ半分の時定数で配向性が進展することがわかった。

4.レーザ蒸着法によるYBCO超電導層の堆積

 組成変動が少なく酸素雰囲気選択の自由が大きいレーザ蒸着法を選択し、2軸配向中間層上にY-123膜の積層実験を行った。非平衡的物理蒸着であることから多くの欠陥が粒内に認められ、これらがピンニングセンターとして働いている可能性がある。Y-123膜とIBAD中間層との格子整合性、界面反応については、薄いY2O3膜をPLD法で形成することにより、エピタキシャル関係改善、界面反応相低減が見られた。試料の面内配向性と臨界電流密度の相関については、中間層の配向度向上に従って臨界電流密度が向上していく傾向が見られ、数度以内のΔφでほぼ単結晶に近い特性が得られ、Dimosの双晶基板を用いた実験の結果と一致した(図5)。高特性試料について外部磁場中で特性を測定してみると、単結晶薄膜で得られる特徴的な外部磁界依存性、磁界角度依存性が確認され、フレキシブルな金属基板を用いて初めてY-123膜の本質的に高いピンニング特性が得られることを実証した。磁場が膜面に垂直にかかる場合においては、単結晶試料では見られなかったピン力の増大が観測された。また磁束パーコレーション理論を用いてピン力分布を評価することにより、臨界電流密度の温度依存性は温度スケール則で工学的に予測できることがわかった。

5.2軸配向薄膜YBCO系超電導線材開発

 イオンビーム支援蒸着法とレーザ蒸着法を用いてreel-to-reelプロセス開発を実施し、100m級の2軸配向中間層が形成できることを確認するとともに、Y-123膜を46m長にわたって形成した。その結果 Ic=74A, Jc=0.6MA/cm2の高特性が全長にわたって得られることを確認し、イオンビーム支援蒸着法が長尺線材プロセスとして有効な方法であることを確認した(図6)。短尺試料の臨界電流値は150Aを達成した。実用線材特性として自己磁界交流損失を測定した結果、形状効果が働いてNorrisが導出した矩形導体の表式に従うことが明らかとなった。同式から外れるものについては線材の幅方向の特性分布が影響している可能性が高い。Y-123線材はn値が高く磁場特性に優れることから、集合導体化した際も臨界状態モデルに近い低いロスが期待できるほか、Jcが高いことそのものがロス低減に繋がるので、低交流損失導体としての期待が大きい。機械的特性として曲げ歪特性を評価した結果、0.4%の引張り歪まで線材の特性劣化が発生しなかった。

6.総括

 本研究は液体窒素温度で105A/cm2を超える超電導臨界電流密度を初めて示し、Y系材料の線材化研究の意義を世に示すという大きな役割を果たした。脆い酸化物材料を用いて単結晶のように全ての結晶軸が揃ったフレキシブルな配向テープ線材を構成する構造が初めて可能であることを示し、第二世代高温超電導線材の研究のパイオニアとしての役割を果した。現在でも材料学的に優れた特徴を維持しており最も早く高特性長尺試料の作製に成功し実用化への牽引車の役割を果している。IBADによる配向膜の成長機構の解明については今後の研究によるところが多いが、基本的にイオンチャンリングに伴う再蒸発速度差に基づく現象であると考えられ、これに加えてイオン衝撃に伴う結晶生成と照射損傷の双方が良好な配向膜を得るためのパラメータとして影響していることが示唆された。

図.1 アシストイオン入射角度とYSZ膜の結晶軸方位角度分布

図.2 YSZ膜の膜厚と結晶軸方位角度分布

図.3 基板温度及びZrO2-RE2O3組成比と面内結晶軸方位分布(〓Φ)の相関

図.4 格子エネルギー密度と最適アシストイオンエネルギー

図.5 IBAD法により金属基板上で面内配向制御されたYBCO膜のJ_特性

図.6 reel-to-reel プロセスにより作製したYBCO線材の長手方向特性分布

審査要旨 要旨を表示する

 イットリウム系高温銅酸化物超電導体(YBCO)はMA/cm2オーダの臨界電流密度を有することで知られ線材として有望視されているが、磁場中では結晶粒界が弱結合になり易く実用化には高配向薄膜被服線材化技術開発が必須とされている。本論文は、イオンビーム支援蒸着法(IBAD法)を駆使した手法により、フレキシブル金属テープを基板とした高配向薄膜被服線材の製造法を世界に先駆けて提示した研究をまとめたものである。本論文は以下の六章から成る。

 第一章は序論であり、酸化物超電導体発見の意義、超電導材料及び超電導線材開発の世界的動向及び将来市場等について詳述し、本研究の位置付け目的を明確化している。

 第三章は、前章を受け、YSZよりも一層優れた特性を有する中間層探索を目的に、主として螢石構造及びパイロクロア構造酸化物を対象としイオンビーム支援蒸着法による配向制御を適用した系統的実験をまとめている。結果として、ZrO2と希土類酸化物;RE2O3のほとんどの複合酸化物において、150-200eVの低エネルギーArイオンビームの衝撃下では300℃程度でも<100>軸が垂直に配向しかつ面内にも2軸配向成長することを示した。特に、ZrO2とRE2O3の組成比依存性から、ZrO2:RE2O3=2:1のパイロクロア型に相当する一連の希土類系列を検討した結果、Gd2Zr2O7、Eu2Zr2O7が中間層として最適であるとし、特にGd2Zr2O7では YSZのほぼ半分の0.5μm堆積時に配向が進展することを明示し中間層としての優位性を示した。

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