学位論文要旨



No 216177
著者(漢字) 野田,清治
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,セイジ
標題(和) 高濃度オゾンを用いた液晶基板製造用フォトレジスト除去技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 216177
報告番号 乙16177
学位授与日 2005.02.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16177号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究背景及び目的

 近年、改正省エネ法、PRTR(Pollutant Release and Transfer Register)法、家電リサイクル法などが制定され、エレクトロニクス業界にとっても環境保全は企業の重大な経営課題であり、その対応は経営のあり方まで転換させつつある。半導体製造及びLCD基板製造では、微細素子加工に用いるフォトレジストの除去プロセスにおいて、硫酸、過酸化水素、アミン系有機溶剤などを大量に使用している。これらの薬液を用いることなくラジカル活性種によって基板上のフォトレジスト膜を除去すれば、環境負荷を低減できると同時に、薬液や薬液洗浄用の純水使用量を大幅に低減し、ランニングコストの削減を期待できる。

 本研究では、オゾンと溶媒を用いた新規のレジスト除去技術の開発を目指し、O3/H2O/O2混合ガス及びO3/CH3COOH/O2混合ガスを用いた除去方式のレジスト除去性能や反応機構について実験的検討を行う。また、オゾン処理に伴う金属配線への影響を評価し、腐食抑制のための方法を提示することを目的とする。

2. 序論(第1章)

 半導体・液晶基板製造プロセスにおけるラジカル活性種の有用性を述べた上で、主に液晶基板製造プロセスで用いられるレジストの化学構造や、各種ラジカルとの反応性を比較した。一般的にラジカルと有機物の反応は室温付近でも充分に進行するが、ラジカルの生成効率は低く、再結合による失活によりその大部分が無効消費されてしまう問題がある。一方、オゾンは他のラジカルと比較して生成効率が9倍以上であり、自己分解反応に伴う半減期は1時間以上と長いという特徴を持っている。レジスト材料とオゾンの反応性も比較的高いことから有効な酸化剤と判断した。既往のレジスト除去技術について言及した上で本研究の位置づけと目的を定義した。

3. オゾン溶解水を用いたレジスト除去に関する研究(第2章)

 第2章の前半においては、フッ素樹脂製中空糸膜モジュールを用いたオゾン水生成を検討し、オゾンの純水への溶解過程に関する簡易モデルを構築した。最大勾配近似により溶解過程を解析したところ、オゾンの溶解過程は液相内の境膜拡散律速であることがわかった。今回使用した溶解モジュールに関して、実験からその関係式を求めたところKL=4.05×10-5VL1/3となった(KL:総括物質移動係数[m/s]、VL:純水線流速[m/s])。また、2つの溶解モジュールを接続(直列・並列)した場合のオゾン水生成についても検討した結果、直列接続の方が並列接続よりもオゾン水を高濃度化できることが分かった。

 第2章の後半では、オゾン溶解水によるレジスト除去において、レジスト除去過程全体における拡散過程の影響について実験的に検討し、数値計算により反応過程を解析した。まず、レジスト粉末を水中に分散した系においてオゾン酸化したところ、レジスト(平均分子量1670)はレジスト分解物(平均分子量890)を経由して低分子化されることがわかった。次に反応過程を逐次反応モデルによって解析したところ、レジストとオゾンの単位表面積あたりの反応速度定数は(6.45±0.4)×10-4[m/s]、レジスト分解物とオゾンの反応速度定数は1.05±0.1[m3/(mol・s)]となった。次に、レジストを基板上に成膜した系でオゾン酸化実験を行ったところ、除去速度は0.1〜0.4μm/min程度であり、見かけの反応速度定数の活性化エネルギーは27.8kJ/molと評価された。数値解析の結果から液相反応に伴う溶存オゾン濃度低下は無視できるため「境膜モデル」が適用できることがわかった。また、オゾン溶解水によるレジスト除去過程は、表面反応及びオゾンの拡散過程の両方が影響していることがわかり、除去速度の温度依存性(活性化エネルギー27.8kJ/mol)を数値計算によって定量的に説明することができた。

4. O3/H2O/O2混合ガスを用いたレジスト除去に関する研究(第3章)

 本章では高濃度オゾンガスと水蒸気によるレジスト除去を検討した。液晶用大形基板(□520×420mm2)に対する除去速度はオゾン濃度10.7vol%(230g/Nm3)、ガス流量12.5slm、基板温度83℃において、最大で1.4μm/minを得た。また、レジストは湿潤オゾン処理により水に可溶な物質まで部分酸化され、後続の純水リンス処理により基板から溶解除去されることがわかった。次に、レジスト除去速度の温度依存性を評価し、見掛けの反応速度定数の活性化エネルギーを評価した。結果として、湿潤オゾン処理の活性化エネルギーは45kJ/molであり、オゾン水処理の活性化エネルギー(27.8kJ/mol、第2-3-2節)と比較して17kJ/mol程度大きかった。

 更に、除去速度に対する基板温度(Ts)とバブリング温度(Tw)の依存性を検討したところ、バブリング温度と基板温度の差(Tw−Ts)に対して最適値を持つことがわかった(Fig.1)。第2章で得られた反応速度に関する知見と、結露水の観察結果から液滴内のレジスト除去速度を数値計算によって解析したところ、実験結果の傾向を定量的に説明することができた(Fig.1)。つまり、湿潤オゾン処理ではレジスト上に形成される結露水の厚み(水蒸気濃度)を最適化した結果、オゾンの拡散速度が向上し、除去速度が10倍以上に改善したと結論付けられる。

5. オゾン処理に伴う配線金属の腐食抑制に関する研究(第4章)

 O3/H2O/O2混合ガス(湿潤オゾン)を用いた基板処理におけるTFT-LCDの金属配線材料に対する腐食抑制を目的として、湿潤オゾン処理に伴う金属配線への影響を評価した。Alは酸性下では腐食が進行するが、pH=7(65℃)において10分間処理したところ、金属膜厚及びシート抵抗の変化は実験誤差の範囲であり、pHの中性化によって腐食を抑制できた。一方、Moに対しては、25℃においてもオゾンによって激しく腐食し、シート抵抗及び膜厚が変化した。Mo配線の電位-pH図ではMoの「不働態」域は狭いため、オゾン共存下ではpH制御による防食が困難と思われる。一方、非水溶媒である酢酸を用いれば、オゾン処理に伴うMo防食に有効であることが示唆された。

6. O3/H2O/O2混合ガスを用いたレジスト除去におけるNH3添加効果に関する研究(第5章)

 O3/H2O/O2混合ガス(湿潤オゾン)を用いたレジスト除去に伴うAl配線への腐食を抑制することを目的として、アンモニアの添加効果について検討した。基板温度73℃において、レジスト除去速度はアンモニア濃度に伴って増加し、アンモニア流量0.8L/min(混合ガス中濃度6.4%)において最大で2.1μm/minを実現した(アンモニア添加なしの場合は0.75μm/min)。また、アンモニア添加によってレジスト分解物であるカルボン酸と反応し、レジスト基板上の結露水は約pH=7を示した。レジスト分解物の中和によってアンモニウム塩を生成し、水への溶解速度が改善した結果、レジスト除去速度が向上したと考えられる。次に、レジスト除去に伴うAl配線への腐食を評価したところ、アンモニア添加量を調節することでAlの膜厚、シート抵抗、Al表面の酸化膜厚みの変化を抑制することができた。アンモニア添加によるレジスト分解物の中性化によってAlが「不働態域」に入り、Al配線の露出部の腐食を抑制できたと考えられる。

7. O3/CH3COOH/O2混合ガスを用いたレジスト除去に関する研究(第6章)

 O3/CH3COOH/O2混合ガスを用いた新規なレジスト除去方式を開発し、レジスト除去速度の操作因子依存性やレジスト除去機構について検討した。小形基板(□100×100mm2)に対して、基板温度26℃〜50℃、オゾンガス濃度0〜9.3vol.%、ガス流量2L/minにおいて処理したところ、基板温度50℃において最大で約6μm/分の除去速度が得られた。次に、除去速度に対する基板温度(TS)、酢酸温度(TA)、オゾン濃度の依存性を検討したところ、結露した酢酸によるレジスト(分解物)の「溶解過程」と、オゾンによるレジストの「酸化過程」から構成され、それぞれが独立していることがわかった。そこで、レジストの溶解過程の反応速度定数(Kdis)とレジストの酸化過程の反応速度定数(Kox)を個別に評価した結果、溶解過程の活性化エネルギーが26kJ/mol、酸化過程は49kJ/molであることがわかった。酸化過程の速度定数は、湿潤オゾン処理と同程度の反応速度定数を持ち、温度依存性(活性化エネルギー45kJ/mol)およびオゾン濃度依存性も同じ傾向であった(Fig.2)。従って、酢酸オゾン処理におけるレジスト酸化機構は、湿潤オゾンの場合と同様であり、酢酸の持つ高いオゾン溶解度によりレジスト除去速度が更に向上したと結論できる。また、酢酸オゾン処理に伴う金属配線の腐食を検討した結果、Alに対しては膜厚やシート抵抗は変化せず、表面の酸化膜厚みも変化しなかった。一方、Moに対しても膜厚やシート抵抗は変化せず、酸化膜厚みが自然酸化膜の半分程度まで減少したが、実用上は問題ないと考えられる。

8. 総括

 オゾンと溶媒を用いたレジスト除去技術は、オゾンによるレジストの酸化力とレジストの溶解力によって構成される。湿潤オゾン処理においては、レジスト上の結露水を薄膜化することによってオゾンの拡散律速を改善できた。また、アンモニアを添加した湿潤オゾン処理では、レジスト分解物の溶解速度を改善するだけでなく、レジスト上のpHを中性化することによってAl配線の腐食を抑制できた。更に、酢酸蒸気含有オゾン処理では、酢酸自身がレジストを溶解し、オゾン溶解度も大きいため、湿潤オゾン処理と比較して約3〜6倍の除去速度が得られた。また、酸化性雰囲気において腐食しやすいMo配線に対する腐食も抑制でき、液晶基板製造の実用プロセスに適用可能であることがわかった。また、従来の有機アミン系溶媒による剥離方式とオゾンを用いた除去方式について、環境リスク低減に必要な除害コストと基板処理に必要な運転コストを比較したところ、従来方式と比較してオゾンを用いた除去方式(湿潤オゾン、酢酸オゾン)は、運転コストは約2/5、除害コストは約1/4〜1/2に減少できることがわかり、実用性の高い代替技術であることが確認された。             以上

 Water temperature of the scrubber,Tw(℃)

Fig.1 Influence of water temperature(water vapor concentration)on the resisit removal rate

 Substrate Ts 50℃,ozone gas concentration 230g/m3、Gas velocity 0.2m/s,treatment time 1min

Fig.2 Comparison of the overall rate constant(k,k0x)for the resist oxidation

◆:Ozonized water treatment,▲:O3/H2O/O2 gas treatment,○:O3/CH3COOH/O2 gas treatment

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「高濃度オゾンを用いた液晶基板製造用フォトレジストの除去技術に関する研究」と題し、オゾンと溶媒を用いた新規のレジスト除去技術の開発を目指し、レジスト除去性能や反応機構について検討することを目的としており、全部で7章から構成されている。

 第1章では、液晶基板製造プロセスで主に用いられるレジスト材料と各種ラジカルとの反応性を比較した上で、既往のレジスト除去技術について言及し、本研究の位置づけと目的を定義している。

 第2章では、オゾン溶解水によるレジスト除去において、レジスト除去過程全体における拡散過程の影響について実験的に検討し、数値計算により反応過程を解析している。まず、レジスト粉末を水中に分散した系において、オゾンによるレジストの低分子化過程を逐次反応モデルによって解析を行い、レジストとオゾンの単位表面積あたりの反応速度定数は(6.4±0.4)×10-4[m/s]、レジスト分解物とオゾンの反応速度定数は1.0±0.1[m3/(mol・s)]としている。次に、レジストを基板上に成膜した系でオゾン処理が行われ、除去速度は0.1〜0.4μm/min程度であり、見かけの反応速度定数の活性化エネルギーは27.8kJ/molとしている。数値解析の結果から液相反応に伴う溶存オゾン濃度低下が無視できるため「境膜モデル」が適用できることから、除去速度定数の温度依存性を数値計算によって定量的に説明している。

 第3章では、O3/H2O/O2混合ガス(湿潤オゾン)によるレジスト除去を検討している。液晶用大形基板(520×420mm2)に対する除去速度は基板温度83℃において最大で1.4μm/minを得ている。また、レジスト除去速度の温度依存性を評価したところ、湿潤オゾン処理の活性化エネルギーは45kJ/molであり、オゾン水による基板処理の活性化エネルギーと比較して17kJ/mol程度大きいことを示している。更に、除去速度に対する基板温度と水蒸気濃度の依存性を検討して、水蒸気の過飽和度に対して最適値を持つことを明らかにしている。さらに第2章で得られた反応速度に関する知見と、結露水の観察結果から液滴内のレジスト除去速度の数値計算を行い、実験結果の傾向を定量的に説明している。以上より、湿潤オゾン処理ではレジスト上に形成される結露水の厚み(水蒸気濃度)を最適化することにより、オゾンの拡散速度を向上させ、除去速度を10倍以上に改善できるとしている。

 第4章では、O3/H2O/O2混合ガス(湿潤オゾン)を用いた基板処理に伴う、液晶基板の金属配線材料への影響を調べている。AlはpHの中性化によって腐食を抑制できたが、Moに対しては「不働態」域が狭いため、オゾンと水分の共存下ではpH制御による防食が困難であることが示された。

 第5章では、O3/H2O/O2混合ガス(湿潤オゾン)を用いたレジスト除去におけるアンモニアの添加効果について検討している。まず基板温度73℃において、レジスト除去速度はアンモニア濃度に伴って増加し、最大で2.1μm/minを実現している。これはレジスト分解物の中和によってアンモニウム塩が生成し、水への溶解速度が改善した結果、レジスト除去速度が向上したと推定している。また、レジスト除去に伴うAl配線への腐食を調べ、アンモニア添加によるレジスト分解物の中性化によってAlが「不働態域」に入り、Al配線の露出部の腐食を抑制できることを示している。

 第6章では、O3/CH3COOH/O2混合ガス(酢酸オゾン)を用いたレジスト除去方式について、レジスト除去速度の操作因子依存性やレジスト除去機構について検討している。小形基板(100×100mm2)に対しては基板温度50℃において最大で約6μm/分の除去速度が得られた。次に、除去速度に対する基板温度、酢酸温度、オゾン濃度の依存性を検討して、結露した酢酸によるレジスト(分解物)の「溶解過程」と、オゾンによるレジストの「酸化過程」がそれぞれが独立して進行していることを示している。酸化過程の速度定数及び温度依存性は湿潤オゾン処理と同じであったことから、酢酸オゾン処理におけるレジスト酸化機構は湿潤オゾンの場合と同様と結論している。次に、酢酸オゾン処理に伴う金属配線の腐食を検討しており、AlやMoに対しては膜厚やシート抵抗は変化せず、実用上問題ないことを明らかにしている。また、オゾンを用いた除去方式は、従来の有機アミン系溶媒による剥離方式と比較して、運転コストは約2/5、リスク低減コストは約1/4〜1/2に減少できることを示し、実用性の高い代替技術であることを確認している。

 第7章では、第6章までの研究成果を総括すると共に、次世代デバイスで用いられるレジストに対応した除去方式を提案し、今後の展望としてまとめている。

 以上要するに、本論文はオゾンと溶媒を用いた新規のレジスト除去技術におけるレジスト除去性能や反応機構について明らかにした上で、従来技術と比較して環境リスク及び運転コストを大幅に低減できる環境調和型技術の基礎的知見を示したもので、化学システム工学に大きな貢献をするものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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