学位論文要旨



No 216180
著者(漢字) 和田,洋一郎
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,ヨウイチロウ
標題(和) 泡沫細胞を形成するための血管壁混合培養系の構築及び低酸素刺激の動脈硬化促進作用の評価
標題(洋) Development of in vitro foam cell formation model using coculture of arterial wall cells and role of hypoxic stimulation as an atherogenic factor
報告番号 216180
報告番号 乙16180
学位授与日 2005.02.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16180号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

 血管の老化現象である動脈硬化は,心臓や脳など主要臓器の虚血による機能低下をもたらす重要な問題である.従来内皮細胞の慢性的な傷害がその引金であると考えられているが,この仮説に基づいて実験的に確認された因子のうち,実際に生体内で実際に動脈硬化を誘発する因子の同定や複数の誘発因子の寄与の程度の評価は現在も残された課題である.さらに単球は血管壁内に移動してマクロファージ(Mφ)に分化し軽度変性脂質を貪食して,高度酸化LDLを生成し,高度変性LDLはさらにMφに貪食されて泡沫細胞を形成すると考えられている.この酸化LDL仮説においては生体内での脂質変性過程を詳細に解明し,抗動脈硬化作用を持つ抗酸化剤の作用点を同定することにより効果的な治療薬開発が可能になる.そこで我々は,生体内の種々の刺激を反映した環境で,動脈硬化誘発因子を同定し,脂質変性過程を詳細に観察するために,血管壁細胞と泡沫細胞の主たる起源である単球細胞およびリポ蛋白を用いて,泡沫細胞を再現するモデルシステムを構築することを試みた.

【方法と結果】

1.血管壁混合培養による泡沫細胞形成系の構築.

 最初にウサギ大動脈から平滑筋細胞と内皮細胞を初代培養する事に成功したので,これをケモタキシスチャンバーに重層培養して,血管壁モデルシステムを作成した.このとき,機能的内皮細胞層が2週間以上維持されること,また平滑筋からのマトリックス産生によって各種細胞外マトリックスが形成されていることを確認した.さらに,このシステムにおいて酸化LDLを使用することによって単球の内皮下への遊走現象を確認した.電子顕微鏡によって単球潜り込みの微細構造を観察した.また,細胞を蛍光ラベルして共焦点顕微鏡で直接観察することによって,定量的な潜り込みの評価が可能となった.さらに,マトリックス内に移動後三日目で単球がMφに分化をとげることを免疫染色によって確認した.さらに一週間後には細胞質内に大量の脂肪滴を含む泡沫細胞が出現することを電子顕微鏡で観察し,これがMφマーカーを発現していることをRT-PCRによって確認した.

2.低酸素培養による平滑筋細胞への脂質蓄積現象の検討.

 この混合培養系において,LDLの変性過程を詳細に解析することが可能かどうか検討するため,最大5mg/mlまで負荷したが泡沫細胞は形成されなかった.そこで,生体内にある生理的な刺激を検討したところ,低酸素培養によって混合培養中に脂質蓄積細胞が出現すること,また,これが平滑筋細胞であることを確認した.実際に平滑筋細胞を用いて,酸素分圧の低下によって,LDL負荷による脂質蓄積が亢進すること,これがLDL粒子の取り込みによること,さらにLDL受容体を介していないことを明らかにした.さらに細胞質には中性脂肪であるTriglycerideが蓄積することを確認し,β酸化能の低酸素下での低下がその一因であることを明らかにした.

3.脂質蓄積平滑筋細胞の動脈硬化促進作用の検討.

 低酸素下で脂質を蓄積した平滑筋の病変形成促進作用を検討するため,網羅的遺伝子発現解析を行った.その結果VEGF,GLUT3,Nip3など低酸素との関連が知られている遺伝子が含まれており,酸素分圧の影響を反映していることが判った.leptin,adipyophilinなど脂肪細胞に類似した遺伝子発現パターンが観察された.また,CL-100,pim-1等の発現が亢進していることからMAPK経路とくにp38経路が活性化している様子が明らかになった.さらに,IL-6,8,MCP-1などを盛んに産生して,病変形成に寄与する様子が示された.

4.複合培養を負荷する混合培養系の構築

 低酸素刺激によって平滑筋への脂質蓄積を確認することができたが,未変性リポ蛋白の添加から,Mφ由来の泡沫細胞形成を観察するため,より多くの生体内刺激が必要と考えた.そこで,内皮細胞には力学的刺激を,平滑筋細胞には低酸素刺激を加えつつ白血球とリポ蛋白を高濃度に添加して同時に培養するシステムを構築した.シュミレーションによって,内皮細胞培養面には,乱流刺激が加わることを確認した.最初に従来と同様の6穴プレート用のケモタキシスチャンバーにウサギ大動脈平滑筋と内皮細胞を重層培養した.さらに,新規に開発した乱流低酸素刺激付き血管壁混合培養装置(MK-2000)にセットして,平滑筋層には低酸素刺激を,内皮細胞には乱流刺激を加えて3日間培養した.このとき,内皮細胞側には未変性LDLを0.3mg/mlの濃度にて添加した.その後ヒト末梢血単球を加えて,一週間培養を継続し凍結切片を作成して観察したところ,マクロファージ細胞が内皮層を通過してマトリックス内部に移動していることが確認された.

【考察】

 以上のように,動脈硬化進展の機序をin vitroで検討するために血管壁細胞混合培養による血管壁モデル系を構築した.従来の混合培養系は,内皮細胞がconfluentになったのち数日間のうちに使用を完了していたが,動脈硬化モデルとしての使用を考えると,長時間に渡って内皮細胞層を維持することが必要であった.今回我々は初代培養細胞を凍結融解操作なしに使用することとしたが,その結果2週間に渡って内皮細胞間のtignt junctionが維持される培養系を作成することができた.

 この静的混合培養システムにおいて酸化LDLをもちいることで泡沫細胞を再構成し,その簡便性から定量的評価や微細形態の観察が可能となった.従来酸化を初めとする変性LDLをMφに添加して泡沫化することが可能であったが,これを内皮細胞下に遊走したMφにおいて細胞外マトリックス内で再現することによって,より生体内の状態を反映した泡沫細胞形成を再現することが遺伝子発現検討によって示された.

 しかし,未変性LDLからの泡沫細胞形成を引き起こすことができなかった.従来血管壁における種々の刺激が内皮細胞の変化をもたらして動脈硬化進展に寄与すると考えられていたので,血管壁に存在すると考えられる低酸素刺激を加えたところリポ蛋白負荷による平滑筋細胞への脂質蓄積が認められた.この脂質のうちcholesteryl esterの蓄積現象についは,LDL受容体,スカベンジャー受容体経路の関与が報告されているのでこれを検討したところ,LDL受容体欠損細胞でも脂質蓄積があり,スカベンジャー受容体の発現レベルはNorthern blotの検出限界以下であった.このため未知の機序によるリポ蛋白取り込み経路の存在が示唆され,さらなる検討が必要であると考えられた.一方triglycerideの蓄積増加も認められたので細胞内でのβ酸化能を測定したところ,低酸素下でリポ蛋白負荷時に低下していることが示された. β酸化反応の律速酵素であるcarnitine palmitoyltransferase Iについてその転写効率が低酸素下で低下することも併せると,この遺伝子上流に酸素分圧感受性領域があると考えられその同定が今後必要である.

 脂質を蓄積した平滑筋は種々の生理活性物質の産生によって動脈硬化進展に寄与すると考えられるので,網羅的遺伝子発現解析によって誘導遺伝子群を同定した.ここには,VEGF,GLUT3,Nip3など低酸素との関連が知られている遺伝子が含まれており,酸素分圧の影響を反映していることが支持された.さらに,Leptin,adipophilin,など脂肪細胞で誘導される遺伝子があり,脂質蓄積によって脂肪細胞と共通する遺伝子群が動員されていると考えられた.さらに,IL-6,8,MCP-1については蛋白レベルでも発現増加が確認され,低酸素下で脂肪蓄積した平滑筋細胞の多様な役割が明らかになった.

 低酸素刺激の平滑筋への影響を検討することができ,単球Mφに対する作用が推測されたので,さらに単球からの泡沫細胞形成を生体外で再現するために複数の生体内刺激を加えた培養系を構築した.特に血管壁における酸素濃度勾配の影響をうけた平滑筋と血流による力学的刺激を受けた内皮細胞は,単球細胞の動員,分化に対して協調的に作用することがすでに報告されており,これを同時に加えることで単球からの泡沫細胞形成系になること推測した.現在までに内皮下へのCD68陽性細胞の集積が確認されており,今後この細胞の同定が必要であると考えられる.

【結論】

 ウサギ初代培養血管壁細胞を混合培養した血管壁モデルにおいて,酸化LDLの使用によってヒト単球からの泡沫細胞形成システムを構築した.生体内では高リポ蛋白血症によって動脈硬化が進展することが知られており,その脂質変性過程を明らかにするため未変性LDLを添加したところ,低酸素刺激が平滑筋への脂質蓄積を介して動脈硬化に促進的に作用することが明らかになった.さらに単球からの泡沫細胞形成系を構築するために,力学的刺激と低酸素刺激を同時に加える装置を開発した.今後動脈硬化の予防及び治療薬のスクリーニングを可能とする基盤技術になると考えている.

(以上)

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は動脈硬化現象における種々の血管壁細胞の役割と動脈硬化誘発因子の同定を目的として,血管平滑筋細胞,内皮細胞および単球,マクロファージ細胞を混合培養する実験系を構築し,泡沫細胞の形成過程の観察,解析を行ったものであり,下記の結果を得ている.

1.血管壁混合培養による泡沫細胞形成系の構築.

 まず,ウサギ大動脈から平滑筋細胞と内皮細胞を初代培養方法を開発した.次にこれをケモタキシスチャンバーに重層培養して,血管壁モデルシステムを作成した.機能的内皮細胞層が2週間以上維持されることと平滑筋が各種細胞外マトリックスを形成することを示した.酸化LDLを使用することによって単球の内皮下への遊走現象を形態的かつ定量的に証明した.さらに,マトリックス内に移動後三日目で単球がMφに分化をとげること,一週間後には細胞質内に大量の脂肪滴を含む泡沫細胞が出現すること,この細胞がMφマーカーを発現していることを示し,泡沫細胞形成系としての有用性を明らかにした.

2.低酸素培養による平滑筋細胞への脂質蓄積現象の検討.

 当混合培養系において最大5mg/mlまでLDL負荷ても泡沫細胞が形成されなかったため,生体内にある生理的な刺激を検討し,低酸素刺激によって混合培養中に脂質蓄積細胞が出現すること,また,これが平滑筋細胞であることを示した.実際に平滑筋細胞を用いて,酸素分圧の低下によって,LDL負荷による脂質蓄積が亢進すること,これがLDL粒子の取り込みによること,さらにLDL受容体を介していないことを明らかにした.さらに細胞質には中性脂肪であるTriglycerideが蓄積することを確認し,β酸化能の低酸素下での低下がその一因であることを明らかにした.

3.脂質蓄積平滑筋細胞の動脈硬化促進作用の検討.

 低酸素下で脂質を蓄積した平滑筋の病変形成促進作用を検討するため,網羅的遺伝子発現解析を行った.その結果VEGF,GLUT3,Nip3など低酸素との関連が知られている遺伝子が含まれており,酸素分圧の影響を反映していることが示された.さらにleptin,adipyophilinなど脂肪細胞に類似した遺伝子発現パターンが観察された.また,CL-100,pim-1等の発現が亢進していることからMAPK経路とくにp38経路が活性化している様子が明らかになった.さらに,IL-6,8,MCP-1などを盛んに産生して,病変形成に寄与する様子が示された.

4.複合培養を負荷する混合培養系の構築

 未変性リポ蛋白の添加から,Mφ由来の泡沫細胞形成を観察するため,内皮細胞には力学的刺激を,平滑筋細胞には低酸素刺激を加えつつ白血球とリポ蛋白を高濃度に添加して同時に培養するシステムを構築した.シミュレーションによって,内皮細胞培養面には,乱流刺激が加わることを示した.最初に従来と同様の6穴プレート用のケモタキシスチャンバーにウサギ大動脈平滑筋と内皮細胞を重層培養し,さらに,新規に開発した乱流低酸素刺激付き血管壁混合培養装置(MK-2000)にセットして,平滑筋層には低酸素刺激を,内皮細胞には乱流刺激と未変性LDLを加えて3日間培養した.その後ヒト末梢血単球を加えて,一週間培養を継続したところ,マクロファージ細胞が内皮層を通過してマトリックス内部に移動していることが示された.

 以上,ウサギ初代培養血管壁細胞を混合培養した血管壁モデルにおいて,酸化LDLの使用によってヒト単球からの泡沫細胞形成システムを構築した.生体内では高リポ蛋白血症によって動脈硬化が進展することが知られており,その脂質変性過程を明らかにするため未変性LDLを添加したところ,低酸素刺激が平滑筋への脂質蓄積を介して動脈硬化に促進的に作用することが明らかになった.さらに単球からの泡沫細胞形成系を構築するために,力学的刺激と低酸素刺激を同時に加える装置を開発した.これは今後動脈硬化の予防及び治療薬のスクリーニングを可能とする基盤技術であり,学位の授与に値するものと考えられる.

(以上)

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