学位論文要旨



No 216181
著者(漢字) 石尾,健一郎
著者(英字)
著者(カナ) イシオ,ケンイチロウ
標題(和) 内視鏡下鼻内涙嚢鼻腔吻合術に関する研究 : 臨床応用のための術式の考案,およびその成果
標題(洋)
報告番号 216181
報告番号 乙16181
学位授与日 2005.02.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16181号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 助教授 百瀬,敏光
 東京大学 助教授 天野,史郎
内容要旨 要旨を表示する

I.研究の背景と目的

 流涙や眼脂を主訴とする鼻涙管閉塞症や慢性涙嚢炎の治療として,涙嚢マッサージ,涙道ブジー,涙道洗浄,薬物投与などの保存的療法やシリコンチューブ留置術,鼻外法DCRなどの手術療法が行なわれてきた.しかし代表的な手術療法である鼻外法DCRは顔面の皮膚切開を必要とするため,顔面の瘢痕や時に顔面創部のしびれ感が生じる欠点があり,「顔面に傷が残る」,「術後に疼痛がある」等を理由に手術を躊躇する例も少なくない.

 本研究では,鼻涙管閉塞症の手術療法を,より安全に,より容易に,より確実に,より少ない侵襲でいかに成功させるかの観点から考案した内視鏡下鼻内DCRについて,その術式,工夫,当施設における臨床成績を紹介し,臨床的な評価に基づき,その有用性の検討を行なった.

II.術式の考案

II-1.手術適応

 内視鏡下鼻内DCRの適応は,原則的には慢性涙嚢炎および鼻涙管閉塞症に対してであり,とくに後天性症例が第一選択である.内視鏡下鼻内DCRの適応として具体例を列挙すると,保存的療法では永続的な効果が得られず再発をくり返す例,'顔面への皮膚切開'が手術療法を拒絶する主な理由になっている例,鼻副鼻腔疾患の術後で鼻内の解剖学的指標が失われている例,とくに鼻副鼻腔の腫瘍性病変の治療を目的に上顎部分切除術を施行しさらに放射線照射療法を行なった例,鼻副鼻腔手術中に鼻涙管を損傷し術後に鼻涙管閉塞をきたした例などである.

II-2.術前の検査

 手術適応の評価のために,涙道の通水試験(涙道洗浄)を行なう.また必要に応じて涙嚢造影を行なう.手術適応のある症例に対して涙嚢周囲のX線CT検査を施行する.

II-3.手術手技と工夫

 本術式はminimally invasive surgeryを目標とし,以下の点を工夫した.

 1.涙小管の保護

 2.鼻内から涙嚢部を同定,確認する際のライトガイドの使用

 3.出血の軽減を目的とした機器の利用

 4.涙嚢(内腔)をより確実に開放するための色素の利用

[麻酔]

 手術は局所あるいは全身麻酔下に行なう.

[涙嚢部位の確認]

 20〜22Gの血管留置針外筒カテーテル(以下,外筒)を上または下涙点から涙嚢に挿入,留置する.この外筒を涙嚢までのルートガイドとして利用することにより,術中操作による涙小管の損傷を防止できる.外筒を通じ径0.5mmミニチュアファイバースコープをライトガイドとして涙嚢に挿入する.鼻内を内視鏡で観察し徹照された涙嚢部を同定する.

[鼻粘膜切開]

 高周波メスを用い徹照された涙嚢部の鼻粘膜を径5〜10mmの弧状に切開,切除し骨を露出する.

[骨窓形成]

露出した涙嚢部の骨はパワードリルシステムを用いて削開する.色素を外筒より注入し周囲組織と涙嚢,あるいは涙嚢壁と涙嚢内腔を見誤らないようにする.

[涙嚢壁切開]

 高周波メスを用い,涙嚢壁前方に弧状切開を加え,切開した涙嚢壁を後方へ飜転し涙嚢内腔が露出したことを確認する.パワードリルシステムのブレードで吸引できる範囲の涙嚢壁を切除する.涙嚢部の開窓が終了した後,上下涙点から通水し内総涙点からの流出を確認する.同時に涙道の洗浄を行なう.

[ヌンチャク型シリコンチューブ留置]

 上下涙点からヌンチャク型シリコンチューブ(以下,N-ST)を挿入し,鼻内に留置する.

[止血処置]

 創部周囲に止血用ゼラチンスポンジを留置して手術を終了する.

[術後処置]

 N-STは約1ヶ月間留置する.術後は外来通院で鼻内創部と上下涙点,N-STの観察ならびに鼻処置,涙道洗浄を行なう.

III.対象と方法

 対象は,1997年1月から2000年6月の期間に鼻涙管閉塞症の治療を目的に東京大学医学部附属病院分院耳鼻咽喉科で内視鏡下鼻内DCRを施行した患者21例,24側である.

 内視鏡下鼻内DCRの臨床的有用性を評価するために,診療記録と電話インタビューを用い,術後経過・成績について調査を行なった.また,本術式の治療効果を評価する目的で,過去に報告された鼻外法の術後成績と統計学的な比較を行なった.

IV.結果

 術中,術後に重度の合併症や続発症は発生せず,対象としたすべての症例で症状の改善を認め,術後症例への電話インタビューでは高い満足度が得られた.術後成績に関する鼻外法との比較においても両術式間に統計学的有意差を認めず,同等の効果が得られることを確認できた.

V.考察

 本術式は,疼痛や出血が少ないこと,術後に顔面の腫脹,瘢痕が生じないこと,術後短期間に症状が消失するという利点を持ち,術後成績に関する鼻外法との比較においても同等の効果が得られ,さらに顔面への皮膚切開を必要としないことも含めると,臨床的な有用性は高く,手術療法として汎用されるに足る術式であり,minimally invasive surgeryを目標とした医療の観点からも本術式の必然性は十分に認められると考える.

 悪性腫瘍の治療のように疾患の性質上,根治性に重点をおいた治療が必要な症例に対しても,治療中あるいは治療後には機能回復を目的とした処置や治療が望まれる時代が到来しており,今後その重要性,必要性は増すばかりであると考える.耳鼻咽喉科,眼科を問わず,導涙障害をもつ患者の治療がより安全に,より容易に,より確実に,より少ない侵襲で行えるよう治療法を更新していくことも大切である.将来さらに鼻内細部の操作が容易に行えるような器械の開発,改良が進めばより安全かつ平易な手術法になると考える.

VI.今後の課題

 鼻内の環境が良好でない例,例えば術前に鼻副鼻腔炎などで膿性鼻漏を認める例では鼻副鼻腔疾患の治療を先行し,炎症の消退を確認してから手術を行なうべきであるということは従来からいわれている.このような例に対しては内服等の保存的療法を術前から行ない術後も継続する必要がある.また術後に鼻炎などの症状を認めた場合は内服治療だけでなく,肉芽形成に留意し頻回に鼻処置を行なうことも大切である.しかし,実際には鼻内の環境が内視鏡下鼻内DCRの術後成績にどの程度の影響をおよぼすかについては不明な点が多く,今後,耳鼻咽喉科医の立場から検討する必要があると考える.

 本術式に関する今後の検討課題としては,以下の項目がある.

・N-STの接触が原因で生じたと考える下鼻甲介上面や鼻中隔の肉芽形成例があり,これに対しては個々の症例でN-STの長さを調節し肉芽形成の防止を試みる必要がある.

・開放した涙嚢内腔すなわち涙嚢粘膜に炎症を認めず涙嚢腔が十分に確保されている例においてはN-STを留置せず,術後の創部の状態に応じて適宜N-STの使用を検討する.

・鼻涙管閉塞症の主症状は導涙性流涙であり,その治療は流涙の消失を目的とする.従来の報告では患者の訴えや自覚症状の改善の程度により評価が行なわれてきたが,今後は流涙の定量的評価を試み,検討する必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、流涙や眼脂を主訴とする鼻涙管閉塞症や慢性涙嚢炎の手術療法を、より安全に、より容易に、より確実に、より少ない侵襲でいかに成功させるかの観点から考案した内視鏡下鼻内涙嚢鼻腔吻合術(以下、内視鏡下鼻内DCR(dacryocystorhinostomy))について、その術式、工夫、当施設における臨床成績を紹介し、臨床的な評価に基づき、その有用性の検討を行なったものであり、下記の結果を得ている。

1.これまで行われてきた代表的な手術療法である鼻外法DCRは顔面の皮膚切開を必要とするため、顔面の瘢痕や時に顔面創部のしびれ感が生じる欠点があり、「顔面に傷が残る」、「術後に疼痛がある」等を理由に手術を躊躇する例も少なくなく、また従来の鼻内法DCRでは術野が狭く視野が悪いという欠点があったが、内視鏡を利用することでこれらの問題を解決することができた。

2.以下の点を工夫することによりminimally invasive surgeryを可能にした。

 1)涙小管の保護

 2)鼻内から涙嚢部を同定、確認する際のライトガイドの使用

 3)出血の軽減を目的とした機器の利用

 4)涙嚢(内腔)をより確実に開放するための色素の利用

3.鼻涙管閉塞症の治療を目的に内視鏡下鼻内DCRを施行した患者21例、24側を対象に行なった診療記録と電話インタビューによる術後経過・成績についての調査では、本術式は疼痛や出血が少ないこと、術後に顔面の腫脹、瘢痕が生じないこと、術後短期間に症状が消失するという利点を持ち、術中、術後に重度の合併症や続発症は発生せず、対象としたすべての症例で症状の改善を認め、高い満足度が得られた。

4.過去に報告された鼻外法の術後成績との統計学的な比較検討では、両術式間に統計学的有意差を認めず同等の治療効果が得られ、これに加え顔面への皮膚切開を必要としないことも考慮すると、臨床的な有用性は高く、手術療法として汎用されるに足る術式であり、minimally invasive surgeryを目標とした医療の観点からも本術式の必然性は十分に認められた。

5.疾患の性質上、根治性に重点をおき機能を犠牲にせざるを得ない治療が必要な症例に対しても、治療中あるいは治療後には機能回復を目的とした処置や治療が望まれる時代が到来しており、今後その重要性、必要性は増すばかりであると考えられ、導涙障害をもつ患者の治療がより安全に、より容易に、より確実に、より少ない侵襲で行えるよう治療法が進歩していくことが重要であると考える。

 以上、本論文は鼻涙管閉塞症や慢性涙嚢炎の治療を目的に施行する手術療法において、minimally invasive surgeryを目標として考案した内視鏡下鼻内涙嚢鼻腔吻合術の臨床的な有用性を明らかにした。本研究は鼻涙管閉塞症や慢性涙嚢炎の治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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