学位論文要旨



No 216183
著者(漢字) 山川,充夫
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,ミツオ
標題(和) 大規模小売店舗の立地と商店街の再構築に関する経済地理学的研究
標題(洋)
報告番号 216183
報告番号 乙16183
学位授与日 2005.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第16183号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
 早稲田大学 助教授 箸本,健二
内容要旨 要旨を表示する

 中心市街地の空洞化問題は,1990年代以降,深刻さが増し,単に中心市街地が業務空間としてだけでなく,生活空間としても閾値を確保しうるかの限界にきている。この問題には中心‐周辺という空間経済様式(以下,空間システム)という経済地理学的視点から接近するのが望ましい。

 この都市空間経済システムの要を創りだす原動力は「集積経済」である。この中心を形成する集積経済の原動力は経済活動における空間的契機にある。集積経済は空間的には凝縮されて表現されるものの,広がりとしての一定の場所を要求する。集積経済によって占拠された場所には経済的中心性が付与され,その中心性を持つ中心(地)は周辺に対して経済的影響力を持つ。しかし中心(地)はすべての場所に均等に配置されるわけではないし,また中心地はいったん形成されると,集積経済の効果が働く限り長期的に固定される傾向がある。従って問題は限られた中心(地)がどのような空間的契機をもって,どの場所に形成されるかが重要となる。空間的側面としての中心市街地の空洞化は,藤田他モデルにおける直線市場,円環市場としての競技場経済,交通ハブ経済などの組み合わせによって,経済地理学的に理論化できる。それは現実の空間システムが市場原理を基本としつつも交通原理に大きく規定されているので,主要鉄道や主要道路の配置と交差状況から,集積地点をあぶりだすことができるからである。地方都市の郊外では,バイパス・環状道路の整備と土地区画整理事業との組み合わせによって,居住系や工業系空間が形成されただけでなく,業務系や商業系の集積地が創り出されてきている。

 しかし中心市街地の業務系及び商業系機能の流出先は郊外にとどまらない。高速交通体系や情報通信体系の整備が都市間競争を激しくさせ,中心的諸機能が低位の都市から高位の都市に流出していることの方がむしろ深刻な問題である。これは通常「ストロー現象」と呼ばれるが,地方都市が単に地方圏レベルとか国民経済圏レベルでの都市間競争にとどまらない。地方都市の都市化経済を支えてきた商業系・業務系機能も都市間競争による流出によって低下している。つまり地方都市の活性化にあたってはその中核的な担い手としての商店街を再構築することが要請されている。1990年代において中心市街地の空洞化は現象的には大型店の郊外立地が原因とされている。ただし地域の空間経済という側面から見れば,大型店の郊外立地は地域構造変動の総決算としての役割を果たしているにすぎない。同時にこうした地域構造のうえで展開する大型店の立地は,改正大店法と消費不況の下で大型店同士のサバイバル・ゲームとして展開されている。厳しい競争環境の中で集客力をより高めるためには,売場面積の巨大化だけでは不十分で,複数核店舗と専門店街との組み合わせ,さらには娯楽施設を組み合わせたものへとかわった。これに流通外資の日本への進出が大型店競争をさらに加速させている。大型店の出店攻勢はより大規模な売場面積での新規出店と既存店のS&Bとを内容としている。特に既存店のS&Bが目立つようになり,商店街からの大型店の撤退とより大きな売場面積規模での郊外出店とがセットにされている事例が出てきている。

 90年代以降における大型店は売場面積規模を大きくしなければ売上高を高めることはできず,これが店舗の再構築の基本となっている。ではどのような過程で店舗の再構築が進められたか。ジャスコの場合,店舗新設の売上高効果は平均で5年弱であり,しかもこの効果は最近になるほど短くなる傾向にある。売上高の低下を防ぐためには,まずは増床を繰り返さなければならないし,それが大きいほど売上高効果は高かった。それでもせいぜい4年程度しか効果は続かず,しかもその効果は最近になるほど短くなる。もちろん増床したとしても売上高が必ず上がるとは限らない。もう一つの方法は業態を転換することであるが,これも90年代央からは増床と組合せなければ効果が出ない。既存店で増床が出来なくなると,あるいは増床しても売上高効果が出てこなくなると,移築による増床を考えなければならない。多くの場合,同一都市圏内に新設し,一定期間後に既存店の閉店を行う。場合によっては同一都市圏内での代替店をもたずに閉店させることもある。あるいは閉店後,規模を縮小した新業態の店舗を出店させることもある。店舗を閉店するには,おおむね6〜10年程度にわたって売上高が連続的に低下し,その低下が7割弱水準に落ちることをめどとしている。閉店に至るまでの年数も年々短くなっている。店舗そのものがこれまでの「ストック」としてではなく,「フロー」として取り扱われるようになった。

 では,地方都市の中心市街地の再構築はどのような方向性を模索するべきか。地方都市における中心市街地は,改正大店法のもとでその主要な担い手である商業機能を失ってきていることは確かである。中心市街地には他の機能もあるとはいえ,その主要な担い手を失うことは,単に経済的機能のみならず,「街の顔」や「賑わい」を欠落させることになる。重要なことは個店に魅力がなければならないことである。それには消費者ニーズに対応した業態の転換や,品質のよい商品やサービス等の品揃えを充実させることが何よりも重要である。消費者は「モノ」を買う際,その「モノ」に付随した「情報」ないしは「物語」にも大きな関心を寄せるのである。多様な消費者ニーズに対応するための品揃えで中小規模の個店が大店舗に対抗するためには,やはり異業種・同業種を多様にとりまぜた商業集積を構築するしかない。商業集積としての商店街に当然のこととして,金融機能や通信機能,さらにはコミュニティ施設の整備充実などが,都市規模に応じたものとして必要とされる。賑わいとして表現される活力はやはり商業集積に起因するものでなければならない。商店街は地方都市の「結節性」を担っており,だれもが自由に平等に結節できる空間としての都心(中心商業地)や商業中心地の再生が必要である。地域全体の魅力を表現できる場所が中心地であり,それは企業空間であってはならない。中小小売業の集積としての商店街の再構築はまさに「地域の視点」が必要なのである。

 地方中核都市の盛衰分岐はその都市人口規模とともに国土軸へのアクセス可能性によって規定されているようである。地方中核都市クラスの中心市街地の空洞化は住宅や公共施設の郊外移転など地域経済システムそのものの変動が基本的な要因であるが,大型店の郊外立地の加速化が特に週末ないしは休日における中心市街地への来街者数減少に拍車をかけてきた。人口規模で20〜30万人台の都市がその中心市街地の商業拠点が維持されるか否かの分岐に立たされており,都市人口規模が10万人台になると,中心市街地における商業集積の維持は非常に厳しい局面に追い込まれている。人口40万人程度以上の都市では中心市街地はそのなかに複数の商業集積拠点をもちなお郊外の大型店に対抗しうる力を保持しているが,人口規模20〜30万人台の都市では対抗できない中心市街地も現れており,人口10万人台の都市になると中心市街地そのものが解体されそうである。また解体されないとしても商業集積や歩行者通行量の最大地点が駅前に移動するなど様相を含んでいる。

 大型店との最も厳しい競争にさらされている中核都市郊外の商店街での具体的な対応について,いわき市内の好間町,郡山市近郊の鏡石町と三春町,福島市近郊の伊達町の4つの事例を中心に検討すると,厳しいなかでも商業者が地域住民と一体となって,新たな展望を開きつつあることが見えてきている。今ある商店街をスクラップにして,バイパス沿いに新商業集積をビルドすることは安易な道である。改正大店法下での巨大店の出店攻勢を見る限り,バイパス沿いへの既存商店街の移転は,このサバイバル・ゲームの真っただ中に飛び込むことになる。今重要なことは個店が価格競争で勝負することが困難であるとすれば,個店はやは町中の商店街の魅力を共同して高めることでしか生き残れないことである。その意味で地方中核都市近郊の商店街としての商業集積が成り立つためには,やはり地元住民と結び付くということが改めて重要であり,地域社会とともに努力を重ねていくことが必要である。

 もう少し進んだ対応も出てきている。福島県会津若松市七日町通り商店街では「商業の活性化」ではなく,一見「金にならない」明治・大正期の建物の「修景を軸とした」まちづくりがいかに進められてきた。このまちづくり運動ではワークショップ方式が採用され,修景事業による空き店舗の解消,基本計画の策定,イベント導入などを積極的に進められた結果,商店街の活性化進んだだけでなく,会津若松市のまちなか観光の中心的役割を果たすまでになってきた。修景まちづくりは経済効果をもちはじめている。ただし効果があるといっても,とにかく資金が必要である。商店街は「資産」はあるが,「資金」がないといわれている。資金がない場合にはどのようにすればよいか。高畠町中央通り商店街は,資金をできる限りかけないプランターによる花いっぱい運動から始まり,「輝いていた昭和30年代」に着目して街角「ミニ博物館」を進めた。地域に埋もれている「文化財」を発掘し,趣味を活かしながら情報を発信している。まさに成熟日本における21世紀の地域づくりのあり方の一つを指し示している。

審査要旨 要旨を表示する

 1990年代の不況と改正大規模小売店舗法の施行は、大型店の閉鎖や統合、新業態の店舗の新設をもたらした。こうした大型店の立地調整は、地方都市における中心市街地の空洞化問題を一層深刻にさせるとともに、中心市街地の新たなあり様を希求するまちづくりの動きを活発にさせてきている。本論文は、大規模小売店舗の立地と中心商店街の再構築との関係を、理論および福島県内の地方都市での実態分析を通して明らかにしたもので、商業立地論と地域政策論の結合を図った点に意義がある。

 本論文は、11の章と終章から成る。第1章・第2章では、集積論を軸にした都市空間システムの理論的考察をふまえて、地方都市中心市街地の空洞化をとらえる視点として、定着性の強い人口に着目した地域社会再構築の方向性が提起される。

 第3章・第4章では、改正大規模小売店舗法の下での大型店の出店戦略が取り上げられている。第3章では、大店法改正に伴う大手スーパーの経営戦略の転換が、巨大化・複合化・統廃合といった内容でまとめられている。続く第4章では、イオングループの店舗展開についての詳細な実証分析がなされている。200近い店舗についての売場面積と売上高の変化に関するデータをもとに、売上高効果を維持するために増床、業態転換が組み合わされてきたことが明らかにされるとともに、店舗のスクラップ・アンド・ビルドの論理が考察されている。

 こうした商業立地変化の検討を受けて、論文の後半では、福島県内の地方都市中心商店街の空洞化の実態とそれへの対応が明らかにされている。第5章では、地方都市中心商店街といっても、一概に空洞化しているのではなく、人口規模や集積地区の立地環境によって異なっている点が強調されている。第6章では、商店街調査の分析結果をふまえて、にぎわいをもたらすには、消費者ニーズに対応した業態の転換や質の良い商品・サービスの品揃え、魅力ある個店の地域的集積が重要であるとしている。

 第7・8・9章では、それぞれ中心市街地活性化基本計画、TMO(Town Management Organization)、商店街振興策が取り上げられている。とりわけ第9章では、福島県内の市町村商工会から収集した商店街振興策をもとに、振興策の比較検討が詳しくなされている。また、中核都市近郊の4町の商店街を事例に、消費者の購買行動、商店街の対応などの実態が明らかにされているが、これらの分析を通じて、地域社会の活力と中心商店街の活気との関係に注目する視点が強調されてくる。第10章・第11章では、福島県会津若松市と山形県高畠町を対象地域にして、まちづくりの歴史的経緯、特徴や問題点が紹介され、そうした動きが商店街の振興を左右することが論じられている。

 終章では、これまでの知見が整理されるとともに、中心市街地を生活空間として再構築することによる中心商店街再生の方向が示されている。

 以上のように本論文は、地方都市の中心商店街が抱えている問題を、大規模小売店舗の立地調整の側面と地域社会の組織変容の側面の両側面から明らかにしたもので、新しい経済地理学の研究成果として高く評価することができる。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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