学位論文要旨



No 216187
著者(漢字) 高松,利恵子
著者(英字)
著者(カナ) タカマツ,リエコ
標題(和) 粘土鉱物へのカドミウム収着メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 216187
報告番号 乙16187
学位授与日 2005.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16187号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 助教授 溝口,勝
 北海道大学 教授 朝倉,清高
 東北大学 教授 南條,正巳
内容要旨 要旨を表示する

 我が国における重金属汚染に関する問題は古くから生じ,カドミウム(Cd)による土壌汚染は日本における典型的な汚染問題である.Cdを含める重金属による汚染問題に対する行政的な対策として,土壌汚染防止法が制定され,汚染土壌の除去,非汚染土壌の客土が行われている.しかし近年の急増する廃棄物の処理問題やCodex委員会による世界的な基準値の検討から,上記の対症療法的な対策のみならずCdの移動や収着などの土壌汚染機構の詳細な解明が必要である.そこで土壌因子の一つである粘土鉱物のモンモリロナイトに着目した.モンモリロナイトは2:1型2八面体珪酸塩鉱物と呼ばれる構造から,高い比表面積を持ち,また膨潤性や収着能が高く,収着媒として重金属や核廃棄物などの汚染物質の地層処分の資材に有効とされている.

 本研究では土壌中のCdの固定および移動に影響するモンモリロナイトへのCd収着メカニズムを解明するために,モンモリロナイトへのCd収着挙動のpH依存性に着目し,収着サイトおよび収着形態を明らかにした.

 第1章では,日本におけるCdによる土壌汚染問題について,過去から現在までの経緯を示し,本研究においてモンモリロナイトへのCd収着メカニズムを明らかにする必要性を明確にした.そして既往の研究の中で特に本研究に関連した研究について,以下の4つに分けて述べた.(1)収着挙動に関する研究,(2)収着モデルの確立,(3)表面分析を用いた収着形態の観察,および(4)熱分析を用いた研究.また本研究で用いる用語として,「収着」「表面錯体」「表面沈殿」について示した.

 第2章では,モンモリロナイトへのCd収着挙動のpH依存性を明確にするために,収着実験を行い,pH-収着率曲線を得た.構造の異なるパイロフィライトおよびカオリナイトも用いた.また各粘土への収着挙動に対する電解質濃度の影響も明らかにした.pHが高くなるにつれて,収着量も増加し,さらに電解質濃度が高くなると,反対に収着量は減少した.これら粘土の種類および電解質濃度の影響に対するpH-収着率曲線の比較から,表面錯体モデルの概念を基にpHによって異なる収着サイトおよび収着形態を推察した.i)pH7未満(pH範囲I)では,層間に外圏型表面錯体,ii)pH7付近(pH範囲II)では,外圏型表面錯体とともに結晶端面に表面沈殿を形成し,またiii)pH8以上(pH範囲III)では主に結晶端面に表面沈殿を形成するとした.しかし,収着量に対する各収着形態の定量評価や収着サイトおよび収着形態の確定などは,収着率ではわからなかった.特にpH7付近では,層間に外圏型表面錯体,結晶端面に内圏型表面錯体および表面沈殿の両者の可能性を示したが,明確には出来なかった.

 第3章では,第2章で得られたpH区分でモンモリロナイトおよびパイロフィライトに収着したCdの脱離実験を行った.脱離剤として脱離機構が異なるEDTAおよびHNO3を用いた.そして粘土試料ごとに脱離挙動とそのpH変化を明らかにし,脱離メカニズムを検討した.pH7.3およびpH10.2でCdが収着したパイロフィライト試料では,EDTAおよびHNO3の両方において,バルク沈殿物とほぼ同様の脱離挙動を示したことから,結晶端面の表面沈殿からの溶解であることがわかった.モンモリロナイトの脱離実験では,pH範囲IのpH4.3ではモンモリロナイト層間に外圏型表面錯体であるCdが脱離し,pH範囲IIのpH7.4では,層間の外圏型表面錯体とともに結晶端面に形成した表面沈殿からCdが脱離(溶解)することを示した.pH範囲IIIのpH8.6では,主に結晶端面の表面沈殿からの溶解によりCdが脱離した.そして,表面沈殿がバルク沈殿よりも溶解性が低い,安定した構造を形成していることがわかった.以上のCd脱離メカニズムから,第2章で推察した収着サイトおよび収着形態を確認した.特に収着形態が複数ある場合,pH変化を捉えることにより,その存在を明らかに出来た.しかし表面沈殿がなぜバルク沈殿よりも安定性が高いのかを明らかにはできなかった.

 第4章では,第2章および第3章で求めたモンモリロナイトへのCd収着形態に関して分子レベルで解明するために,各pH範囲でモンモリロナイトに収着したCdのEXAFS(広域X線吸収微細構造)測定を行った.そして,これまでのモンモリロナイトへの金属収着に対するEXAFS研究では,同時に複数の収着形態がある場合,その平均構造が得られていたが,本章ではEXAFS振動スペクトルの多重回帰分析により,これら収着形態を定量的に判別した.pH範囲I(pH3.2およびpH4.8)では,外圏型表面錯体が90%以上の存在比が得られ,主な収着形態であることがわかった.pH範囲II(pH7.1)およびpH範囲III(pH10.2)では,表面沈殿がそれぞれ42%,66%と計算され,外圏型表面錯体と表面沈殿の共存を明確にした.その結果,各収着形態の局所原子構造情報を明らかにできた.外圏型表面錯体の局所分子構造は,Cd-Oの原子間距離R=2.33Å,配位数CN=6であり,水溶液中の水和したCdイオンと一致した.表面沈殿の局所原子構造は,Cd-O:R=2.31Å, CN=4.3-4.5,Cd-Cd:R=3.39Å,CN=4.0-4.2が得られ,Cd5(OH)8(NO3)2(H2O)2に似た値となった.しかし,Cd5(OH)8(NO3)2(H2O)2に存在する3.9Åの原子間距離を示すCd-Cdが検出できなかったため,表面沈殿はモンモリロナイトの結晶端面の表面水酸基の影響を受け,Cd八面体層のみが成長する異方性の構造を持つことがわかった.そして表面沈殿の安定性を分子レベルでの形態(構造)から説明した.さらに表面沈殿はpHによって構造が変化しないことを明らかにした.

 第5章では,第4章EXAFS実験で検討していない収着サイトについて着目し,熱分析のTPD(熱脱離)実験を用いて,Cdとモンモリロナイトの表面官能基の相互作用の結果である脱離エネルギー(脱離温度)について検討した.測定対象元素は粘土構造内の構成元素(Si, AlおよびH2O)とCdとした.pH範囲Iでモンモリロナイトに収着したCdは,層間の脱水により層間が収縮し,層間に収着したCd2+イオンがモンモリロナイト表面に挟まれたため,高い脱離エネルギーを要したと説明できた.pH範囲II(pH7付近)およびpH範囲III(pH8以上)でモンモリロナイト及びパイロフィライトに収着したCdは結晶端面に収着し,結晶端面のAlおよびSiの脱離を抑制することがわかった.この結果はCd(表面沈殿)が結晶端面と強い相互作用により結合していることを示した.しかし,本研究では脱離エネルギーの定量化および結晶端面のSiOHおよびAlOHのそれぞれとCd相互作用を明確にはできなかった.

 第6章では前章までの実験結果をまとめて,モンモリロナイトへのCd収着メカニズム,特に収着サイトおよび収着形態に関して,pH範囲を分けて,総合考察を行った.その結果,i)pH7未満(pH範囲I)では,層間にCd2+として水分子が6配位した外圏型表面錯体,ii)pH7付近(pH範囲II)では,外圏型表面錯体とともに結晶端面に表面沈殿を形成し,またiii)pH8以上(pH範囲III)では主に結晶端面に表面沈殿を形成するとした.そして表面沈殿はモンモリロナイト結晶端面の影響を受けたCd5(OH)8(NO3)2(H2O)2の八面体層のみ成長した構造であり,Cdバルク沈殿よりも溶解度が低いことがわかった.

 さらに得られた知見から,汚染土壌の修復方法に関して,以下の二つに関して意見を述べた.

 (1)Cdが表面沈殿として存在する場合,モンモリロナイト表面との相互作用によってバルク沈殿よりも溶解度が低くなることがわかった.またエイジングとして反応時間が長くなると,より安定することが報告されている.したがって,植物への吸収や系外への流出を抑制させるために,これら表面沈殿を用いて,土壌中における金属の移動性を低下させられると考える.今後,様々な粘土鉱物の表面に形成したCdの表面沈殿の構造を把握すると共に,その形成によるCdの安定性を明らかにできたならば,土壌中でのCdの固定を可能にできると考える.

 (2)HNO3およびEDTAを用いて脱離実験を行った結果,脱離剤によってモンモリロナイトに収着したCdの脱離挙動(メカニズム)が異なることがわかった.EDTAによって脱離させた場合,モンモリロナイトの層間がCdの回収を遅延させる働きがあること,HNO3では層間に収着したCdの脱離が生じないことがわかった.したがって,化学資材を用いて汚染土壌を洗浄する場合,対象の土壌ごとにどのような形態でCdが存在しているか,また脱離させるのに適当な脱離剤を調べる必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

 カドミウム(Cd)による土壌汚染は日本における典型的な汚染問題の1つであるため、土壌汚染防止法のもとで、汚染土壌の除去や浄化、あるいは客土法など、様々な対策が講じられてきた。しかし近年、Codex委員会による世界的な基準値を厳格にするといった動きも現実化しつつあるので、これまで以上に厳しい土壌浄化が必要となっている。すなわち、日本の土壌のCd汚染を根本的に解決する必要に迫られており、土壌とCdの相互作用を詳細に把握しなければならなくなった。このような背景の下で、本研究は、典型的な粘土鉱物であるモンモリロナイトへのCd収着挙動を明らかにすることを目的とした。特に、近年飛躍的に発展した手法であるEXAFS測定法を導入した。

 第1章では、日本におけるCdによる土壌汚染問題について過去から現在までの経緯を示すと共に、既往の研究を総括したうえで、用いた各種測定手法、および解析手法について、本研究の構成を示し、研究の目的と位置づけを明確にした。

 第2章では、モンモリロナイトへのCd収着挙動のpH依存性を明確にするための収着実験について述べ、pH-収着率曲線を示した。比較のために、構造の異なるパイロフィライトおよびカオリナイトのpH-収着率曲線も用いた。モンモリロナイトへのCd収着挙動をpH領域で区分した結果、pH6以下(範囲I)では、層間に外圏型表面錯体を形成していること、 pH7付近(範囲II)では、外圏型表面錯体と結晶端面部位の表面沈殿とを共に形成していること、pH8以上(範囲III)では主に結晶端面部位に表面沈殿を形成していることが推察できた。また、Cd収着挙動では、pH依存性と共に、イオン強度依存性も確かめる必要があるので、外液として用いたNaNO3(硝酸ナトリウム)溶液濃度の影響も調べ、この収着が特異吸着タイプではなく、イオン交換タイプであることを確認した。

 第3章では、モンモリロナイトおよびパイロフィライトに収着したCdを、EDTAおよびHNO3という2種の脱離剤を用いて脱離させ、その特性からCdの収着サイトおよび収着形態を考察した。その結果、モンモリロナイトの脱離実験において、pH4.3ではモンモリロナイト層間の外圏型表面錯体からCdが脱離し、pH7.4では、層間の外圏型表面錯体と結晶端面の表面沈殿の双方からCdが脱離し、pH8.6では、主に結晶端面の表面沈殿からの溶解によりCdが脱離することを確かめた。さらに、表面沈殿がバルク沈殿よりも溶解性が低く、安定した構造を形成しているという重要な知見が得られた。

 第4章では、モンモリロナイトに収着されたCdのEXAFS(広域X線吸収微細構造)測定を行った。特に、層間の外圏型表面錯体と結晶端面の表面沈殿という複数のCd収着形態が同時に存在することが予測されたので、EXAFS振動スペクトルの多重回帰分析を行い、これら複数の収着形態につき、それぞれの存在比率を求めることに成功した。これまでのモンモリロナイトへの金属収着に対するEXAFS研究では、同時に複数の収着形態がある場合、その平均構造を求める手法にとどまっていたので、本研究はCd収着に関する研究としての新規性が高い。

 EXAFS測定の結果、pH範囲I(pH3.2、pH4.8)では、外圏型表面錯体の存在比が90%以上、表面沈殿の存在比が10%以下、pH範囲II(pH7.1)では、外圏型表面錯体が58%、表面沈殿が42%、pH範囲III(pH10.2)では、外圏型表面錯体が34%、表面沈殿が66%となり、外圏型表面錯体と表面沈殿の存在比を明確にした。計算の過程で、各収着形態の局所原子構造情報も明らかになり、外圏型表面錯体の構造は水溶液中の水和したCdイオンと一致すること、表面沈殿の構造はCd5(OH)8(NO3)2(H2O)2に似ていることが明らかになった。さらに、表面沈殿は、Cd八面体層のみが成長する異方性の構造を持ち、pHによって構造が変化しないこと、なども明らかにした。

 第5章では、Cd収着サイトのみに着目し、熱分析のTPD(熱脱離)実験を用いて、Cd脱離エネルギー(脱離温度)について検討した。その結果、pH範囲Iでモンモリロナイト層間に収着されたCdは高い脱離エネルギーを要すること、pH範囲IIおよびIIIでモンモリロナイト結晶端面に収着されたCdは強く拘束されており、その結果、結晶端面のAlおよびSiの脱離を抑制する作用を及ぼすことがわかった。

 第6章では、モンモリロナイトへのCd収着について総合考察を行い、pH6以下(範囲I)、pH7付近(範囲II)、pH8以上(範囲III)の違いを明確にした。さらに、本研究で得られた知見から、Cd汚染土壌の修復技術関し、Cdを粘土鉱物表面沈殿として捕捉すれば溶解度と移動性の低い状態が得られること、土壌洗浄用に用いられる脱離剤の効果が現れにくい場合もあること、などを示唆した。

 以上要するに、本論文は、重金属の固体表面への収着挙動に関する最新知識と最新測定手法を導入しつつ、モンモリロナイトを主とする粘土鉱物へのCd収着挙動を分子レベルで明らかにし、その収着特性をもとに、Cd汚染土壌の浄化技術への示唆を与えたものであり、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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