学位論文要旨



No 216190
著者(漢字) 山本,希
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,マレ
標題(和) 広帯域地震観測による活火山熱水系の解明
標題(洋) Volcanic fluid system inferred from broadband seismic signals
報告番号 216190
報告番号 乙16190
学位授与日 2005.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16190号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 教授 小屋口,剛博
 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 教授 川勝,均
 東京大学 助教授 武井,康子
 防災科学技術研究所 主任研究員 熊谷,博之
内容要旨 要旨を表示する

活火山周辺では,火山性微動と呼ばれる通常の断層運動とは様相の異なる地震が観測される.火山性微動は,火山直下におけるマグマや熱水・火山ガスといった火山性流体の運動と密接な関係があると考えられており,その発生場所・発生メカニズムを解明することは,火山現象の理解・噴火予知の両面において重要である.

火山性微動の振動源の解明においては,観測データを詳細に解析することによりその場所・力源を特定していくアプローチと,その震源域で働いている物理過程をモデリングするアプローチの二つが考えられる.本論文では,活火山直下での火山性流体の挙動そして火山性流体・火山体相互作用の場としての火道システム全体の振舞いを解明することを目標とし,有珠火山・阿蘇火山での地震観測・解析を行うとともに,その発生モデルとして流体を含む亀裂の運動を数値計算により再現し,それを観測された火山性微動への応用を行った.

【有珠火山における広帯域地震観測】

火山性微動は,その多様な発生メカニズムにより,数ヘルツから数十秒にわたる幅広い周波数を含み,その発生過程の解明には広帯域地震計による観測が不可欠である.我々は,有珠火山2000年噴火の際に広帯域地震計を用いた機動観測を行い,周期約12秒の微弱な長周期火山性微動を検出し,その振動源位置・メカニズムの解析を行った.解析の結果,微動源は地下約5kmに位置し,そのメカニズムは球体の膨張・収縮と亀裂の閉口・開口の和に相当することを明らかにした.求められた微動源位置は,岩石学的に見積もられたマグマ溜りと一致し,さらに微動の時間的変化は,測地学的に観測された地表隆起と強い相関を示す.これらの結果は,この微動がマグマ溜りから地表へと向かうマグマの流れによって生じたものであることを表す.このような火山深部のマグマの流れに伴う振動現象を地震学的に捉えた例は世界的にも例がなく,活火山における火山性流体の運動の解明に広帯域地震観測が有効であることを示した.(図1,2)

【阿蘇火山における広帯域・短周期地震観測】

火山性微動は有珠火山のような噴火活動時のみに見られるものではなく,阿蘇火山においては古くから活動時・平穏時に関わらず多種多様な微動の存在が知られてきた.我々は,これまでに,阿蘇火山で常時観測される周期約15秒の長周期微動が,火口直下に存在する亀裂状火道の振動であることを広帯域地震計を用いた観測を通じて明らかにしてきた(Yamamoto et al.,1999).本論文では,この亀裂状火道を含む阿蘇火山直下の火道システム全体の理解を目標とし,地震計アレイ・地震計ネットワークによる観測を行い,長周期微動に同期して発生する短周期微動(周期0.5〜1秒)の振動源の解析を行った.このような短周期の波動は,火山体の地形・構造の影響を大きく受けるため,振動源メカニズムの解析にあたっては,地形・速度構造を取り入れた波形計算手法を用いた.解析の結果,短周期微動の振動源が,長周期微動源の亀裂状構造の上端付近に位置し,円筒状の振動源が径方向に運動することによるものであることを明らかにした.この結果は,これまで個別に観測・研究が行われてきた短周期微動と長周期微動という周波数の大きく異なる微動が,亀裂上火道とその上端にある円筒状火道という一連の火道システムの運動における個々の要素であることを示唆する.

【境界積分法による流体亀裂の数値解析】

上記のような観測データの解析は,振動域に働く力源を明らかにするものであるが,その力源を生み出す物理過程をデータ解析だけから明らかにすることは困難である.従って本論文では,物理過程の定量的理解を目標に,観測データの解析と並行して火山性微動源のひとつの有力な振動源モデルである流体を含んだ薄い亀裂(流体亀裂)の運動を数値的に計算する手法の開発を行った.本研究では,亀裂内流体と亀裂外固体の弾性的カップリングを境界積分法を用いて定式化した.この手法は,従来用いられてきた時間領域差分法による計算に比べ効率よく安定に流体亀裂の振動を計算することができ,流体物性・亀裂形状といった物理パラメータの幅広いレンジに対して,流体亀裂の挙動を網羅的に調べることが可能となった.また本手法では,観測データから亀裂内流体の物性推定を行う際のひとつの重要なパラメータである亀裂振動の減衰に関しても,従来方法に比較し正確に計算可能である.本手法は,流体中の気泡の影響など速度・粘性などに周波数依存がある問題への適用も容易に行うことが可能であり,今後の火山性微動の定量的研究の有用な道具となるものである.

【流体亀裂数値解法の阿蘇火山火山性微動への応用】

本論文では,さらに開発した流体亀裂の数値解析手法を阿蘇火山で観測される長周期微動へ適用し,火道システム全体の理解を目指した.上述のように,我々はこの長周期微動が火口直下の亀裂状火道の振動現象であることをこれまでに明らかにし,本論分では長周期微動に同期して発生する短周期微動がその亀裂上火道の上端での円筒状火道の振動であることを解明した.そこで本研究では,長周期微動源を両端にスリットを持つ流体亀裂でモデル化し,観測される長周期微動の周波数特性と新手法による流体亀裂振動の数値計算を比較することにより,その形状・亀裂内流体の物性の推定を行った.解析の結果,長周期微動源の亀裂は,大きさが2500×1000×25m程度であり,その内部はガス重量の多いガス―粒子混合物であることを明らかにした.

さらに,推定された物理パラメータを用い,この流体亀裂の共鳴振動を検討した結果,長周期微動に同期して発生する短周期微動は,亀裂共鳴に伴った亀裂内流体の運動によって生じる上端での圧力変化によって引き起こされている可能性を示した.これにより,上述の短周期微動の震源メカニズムから示唆された火道システムの運動という枠組みの中での長周期微動・短周期微動の相互作用が定量的に示された.(図3,4)

本論文では,以上のように,噴火活動中の有珠火山においては,広帯域地震計を用いた観測を通じ,従来とらえることが不可能であった火山深部でのマグマの動きを地震学的に検出する一方,平穏時の阿蘇火山においては,幅広い周波数の火山性微動を詳細に観測・解析し新たに開発した流体亀裂の数値モデリングと比較検討することにより,従来個々に研究されてきた短周期・長周期微動が,火山直下の火道システムにおける流体の運動で統一的に説明できることを明らかにした.これらの結果は,活火山における物質輸送・流体システム全体の理解に,新たな所見を与えるものである.

図1:

有珠火山でとらえた長周期火山性微動(12秒).

図は,2000年3月31日の噴火以降の地震波形のスペクトルの変化を表したものである.噴火の初期から徐々に周期を変える周期約12秒の微弱な火山性長周期微動をとらえた.

図2:

有珠火山マグマ供給系のイメージ図.

本論文では,有珠火山長周期微動の振動源・メカニズムを調べ,振動源位置が岩石学的に推定されるマグマ溜りに位置し,さらにその震源メカニズムは,球状の振動とそこから地表火口に向かう亀裂状振動を表すことを明らかにした.これらの結果は,深部マグマ溜りからのマグマの動きを地震学的に初めてとらえたものである.

図3:

阿蘇火山で観測される火山性微動.

阿蘇火山では,表面的な噴火活動の状態によらず常時幅広い周波数帯の火山性微動が観測される.図は1時間分の広帯域地震波形と,長周期微動(15秒)・短周期微動(1-2Hz)の波形例である.これらの微動は同期して発生することが多い.

図4:

阿蘇火山火道システムのイメージ図.

本論文では,短周期微動の振動源位置・メカニズムを詳細に調べ,それと並行して新たに開発した流体亀裂の計算手法を用いて長周期微動源の特性を明らかにした.これらの結果により,従来個々に扱われてきた各種微動が火道システム中の流体の動きで統一的に説明できることを定量的に明らかにした.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,活火山周辺で観測される火山性微動の発生メカニズムを,火山体周辺に設置した広帯域地震計の観測記録に基づき解明したものである.活火山周辺で観測される火山性微動と呼ばれる振動は,通常の断層運動とは様相の異なり,火山直下におけるマグマや熱水・火山ガスといった火山性流体の運動と密接な関係があると考えられている.そこで,その発生場所・発生メカニズムを解明することは,火山現象の理解・噴火予知の両面において重要である.

 本論文の構成は,1.有珠火山における広帯域地震観測,2.阿蘇火山における広帯域・短周期地震観測,3.境界積分法による流体亀裂の数値解析,4.流体亀裂数値解法の阿蘇火山火山性微動への応用,となっている.火山性微動は,その多様な発生メカニズムにより数ヘルツから数十秒にわたる幅広い周波数を含み,その発生過程の解明には広帯域地震計による観測が不可欠であるため,筆者は,先ず,有珠火山および阿蘇火山において行った広帯域地震観測とその解析より明らかになった火山体直下での微動発生源の位置や運動学的メカニズムについて纏めている.

 有珠火山では,有珠火山2000年噴火の際に広帯域地震観測を実施,周期約12秒の微弱な長周期火山性微動を検出した.解析の結果,微動源は地下約5kmに位置し,そのメカニズムは球体の膨張・収縮と亀裂の閉口・開口の和に相当すること,求められた微動源位置は岩石学的に見積もられたマグマ溜りと一致し,さらに微動の時間的変化は測地学的に観測された地表隆起と強い相関を示すなどを明らかにした.

 さらに筆者は,阿蘇火山で常時観測される周期約15秒の長周期微動が,火口直下に存在する亀裂状火道の振動であることを広帯域地震観測データから明らかにしてきたが,本論文では,地震計アレイ・地震計ネットワークによる観測データも用いて,長周期微動に同期して発生する短周期微動の振動源の解析も行った.その結果,短周期微動の振動源が長周期微動源の亀裂状構造の上端付近に位置し,円筒状の振動源が径方向に運動することによるものであることを明らかにした.

 上記のような観測データの解析は,振動域に働く力源を明らかにするものであるが,その力源を生み出す物理過程をデータ解析だけから明らかにすることは困難である.そこで筆者は,火山性微動源のひとつの有力な振動源モデルである流体を含んだ薄い亀裂(流体亀裂)の運動を効率よく数値的に計算する手法として,亀裂内流体と亀裂外固体の弾性的カップリングに関して境界積分法を用いた定式化を行った.この定式化により,従来用いられてきた時間領域差分法による計算に比べ,効率よく安定に流体亀裂の振動を計算することができる様になった.この部分が本論文のもっとも独創的な部分である.流体亀裂のモデル自体は既存のモデルであるが,この新たな定式化により物理パラメータの幅広いレンジに対して流体亀裂の挙動を網羅的に調べることが可能となり,観測データ及びその解析結果との比較検討,定量的なモデル化を詳細に実施できる様になった.

 この手法を阿蘇火山火山性微動へ応用したのが,最後の章である.その結果,長周期微動源の亀裂は,大きさが2500×1000×25m程度であり,その内部はガス重量の多いガス-粒子混合物であることが明らかになった.さらに,推定された物理パラメータを用い,この流体亀裂の共鳴振動を検討した結果,長周期微動に同期して発生する短周期微動は,亀裂共鳴に伴った亀裂内流体の運動によって生じる上端での圧力変化によって引き起こされている可能性を示した.これにより,上述の短周期微動の震源メカニズムから示唆された火道システムの運動という枠組みの中での長周期微動・短周期微動の相互作用が定量的に示された.

 筆者は,以上のように,広帯域地震計を用いた観測研究と独自の数値解析法の定式化による流体亀裂モデルの数値実験を通じて,阿蘇火山直下での火山性流体の挙動そして火山性流体・火山体相互作用の場としての火道システム全体の振舞いを明らかにした.この様に火山性微動の観測研究とその物理過程の定量的モデル化を統一して行った研究は極めて希であり,それを可能とした要因は,本論文で新たに開発した流体亀裂モデルの境界積分法による定式化である.これは従来の研究にはない独創的な内容であり高く評価できる.また,有珠火山では火山深部でのマグマの動きを地震学的に検出する事にも成功した.これらの成果は,活火山における物質輸送・流体システム全体の理解に新たな知見を与えるものである.

 なお,本論文の有珠火山に関する研究は,川勝均・小山順二・蓬田清との共同研究であるが,論文提出者が中心となって観測・解析を行ったもので,その寄与は十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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