学位論文要旨



No 216192
著者(漢字) 西井,亘
著者(英字)
著者(カナ) ニシイ,ワタル
標題(和) 非典型的細胞内プロテアーゼの性状解析
標題(洋) Characterization of Non-Typical Intracellular Proteases
報告番号 216192
報告番号 乙16192
学位授与日 2005.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16192号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 助教授 堀越,正美
内容要旨 要旨を表示する

1.序

 プロテアーゼ研究の歴史は古く,セリンプロテアーゼ,システインプロテアーゼ,アスパラギン酸プロテアーゼ,メタロプロテアーゼの4種に分類される典型的プロテアーゼについての知見は多い.しかし近年,これらとは異なる非典型的な触媒機構をもつプロテアーゼが次々と見つかり,細胞内で重要な役割を担っていることが明らかになってきた.本研究では,非典型的細胞内プロテアーゼのもつ独特な基質分解機構とその意義について検討した.

2.ATP依存性プロテアーゼLonおよびHslVUによる細胞分裂阻害蛋白質SulAの分解機構

 ATP依存性プロテアーゼは,ATPの加水分解と共役して蛋白質を分解する酵素の総称であり,細胞内で異常蛋白質や細胞機能調節蛋白質を分解している.本研究では,その特異な基質分解機構の詳細解明を目的とし,大腸菌ATP依存性プロテアーゼLonおよびHslVUによる細胞分裂阻害蛋白質SulAの分解機構をin vitroで解析した.なお,Lonのプロテアーゼ活性中心はSerとLysからなるユニークなものであり,HslVUのそれはN末端Thrが構成している.

 ATP存在下,LonはSulA(189残基)の27ヶ所のペプチド結合を切断した.その内の6ヶ所,すなわちLeu67-Thr68,Leu57-Gly58,Ala80-Ser81,Leu158-Ser159,Leu73-Ser74,Leu94-Ser95は,他よりも優先的に切断された.これらの位置は,SulAの細胞分裂阻害活性に重要な部位と極めてよく一致している.このことは,SulAの機能を迅速かつ徹底的に抑制することに大きく貢献すると考えられる.6ヶ所の優先切断部位においては,P1部位にLeu,P'1部位にSer,P2-P5部位にGlnが1-2個存在しており,明らかな一次構造上のコンセンサスがみられる.このコンセンサス配列が,SulAの機能的に重要な部位を優先切断するための標識として働くとすれば非常に興味深い.

 ATP非存在下では,LonによるSulAの分解は非常に遅いが,部分的な加水分解は幾つかの部位においてみられた.この際の主要な切断部位はSulAのN,C両末端に位置しており,ATP存在下の主要切断部位とは異なっている.SulAの両末端領域は細胞分裂阻害活性に不要であると報告されており,この様な部位が分解されてもSulAの生理機能は損なわれないと考えられる.

 LonによるSulAの分解において,反応中間産物は観察されなかった.すなわちLonは最終的な分解産物のみ酵素外部に放出する,プロセッシブ分解を行っていると考えられ,部分的な分解産物が基質蛋白質の機能を保持していていたとしても,機能が完全に失われるまでは酵素に捕捉されていることになる.

 LonによるSulA切断のアミノ酸特異性については,前述のコンセンサス配列を除けば,P1部位が疎水性アミノ酸で占められていることが注目される.疎水性残基は通常分子の内部に埋もれていることが多いが,Lonはその様な部位を好んで切断することで,基質の構造を効果的に破壊していると考えられる.

 一方,HslVUもATP存在下でSulAをプロセッシブ分解することが示された.分解速度はLonのそれと比べずっと遅いが,HslVUにより切断される39ヶ所のペプチド結合の内7ヶ所,すなわちAla80-Ser81,Ala150-Ser151,Leu54-Gln55,Ile163-His164,Leu67-Thr68,Leu49-Leu50,Leu65-Trp66は他よりも優先的に切断されることが示された.これらはLonによる優先切断部位の近傍に位置しており,やはりSulAの機能部位とよく対応している.なお,ATP非存在下では,Lonの場合と異なり,HslVUによるSulAの分解は全く観察されなかった.

 HslVUによるSulA切断のアミノ酸特異性については,P1部位に特にLeuが多くみられることが特徴である.この様な疎水性残基を好んで切断する傾向はLonの場合と同様であるが,面白いことにSulAにおける両酵素の切断部位は殆ど異なっている.

 以上のように,LonおよびHslVUによるSulAの分解機構は,分解速度や切断部位などの点では互いと異なるが,以下の重要な共通点が存在する.第一に,基質の機能的に重要な部位を優先的に切断すること,第二に基質をプロセッシブ分解すること,第三にATP非存在下では基質を分解しないか,しても機能が損なわれない部位に限られること,第四に疎水性残基の後で切断することである.これらは基質の機能を確実に消滅させる上で,極めて周到かつ徹底的な戦略であるといえる.

3.セリン・カルボキシルプロテアーゼphysarolisinI,IIの性状

 真性粘菌は細胞分化のモデル生物として有用であり,生活環の中で様々に形態が変化する.その過程にある種の酸性プロテアーゼが関与することが示唆されている.この酵素は,アスパラギン酸プロテアーゼ阻害剤のペプスタチンやEPNP(1,2-epoxy-3-(p-nitrophenoxy)propane)には非感受性であり,またペプチド結合の切断特異性も独特であるなど,非典型的な性質を多数持つ.本研究では,本酵素の分子的性状を解明することを目的として,cDNAクローニングと性状解析を行った.その結果,575残基からなるプレプロ酵素の一次構造が推定され,最近同定された新しいプロテアーゼファミリーであるセリン-カルボキシルプロテアーゼに相同性をもつことが示された.セリン-カルボキシルプロテアーゼは,Ser,Glu,Aspからなるユニークな触媒中心をもつが,本酵素でもこれらの残基は保存されている.そこで本酵素をphysarolisinIと命名した.phyarolisinIは,以下のユニークな性状を持っている.第一に,ホモログ酵素が全て一本鎖構造をとるのに対し,本酵素は二本鎖構造である.両鎖の間にはホモログ酵素にはみられない挿入配列が存在し,分子の外部に突出していることがホモロジーモデリングより推定された.第二に,本酵素はアスパラギン酸プロテアーゼ阻害剤のDAN(diazoacetyl-D,L-norleucine methyl ester)に阻害される.DANはCa2+結合部位を構成すると予想されるAsp529に結合することが示され,Thr531とLys544の間の溝で安定化されることが予想された.第三に,相同性の最も高いヒトCLN2と異なりtripeptidylpeptidase活性がなく,基質特異性が独特である.

 一方,データベースより,同じ真性粘菌由来のphp遺伝子産物がphyasarolisinIのホモログであることがわかった.php遺伝子は,通常真核生物で転写される遺伝子がS期の序盤で複製されるのに対し,S期の終盤で複製される特異な遺伝子である.組換型php遺伝子産物を大腸菌で大量調製し性状を解析したところ,酸性条件下でendopeptidase活性を示した.そこで本酵素をphysarolisinIIと命名した.physarolisinIIは以下のユニークな性状を持っている.第一に,本酵素は16-22℃で活性が最大となる低温適合酵素の一種である.また,活性をもつ低温では急速な自己分解がおきる.一方,37℃では本酵素は殆ど活性をもたないが,20℃の時とCDスペクトルに変化がない.第二に,本酵素はホモログ酵素のフォールディングに必須であるプロペプチドを欠いている.第三に,本酵素は蛋白性基質を分解せず,ペプチド基質に対する切断特異性もphysarolisinI等と大きく異なっている.

 以上のように,physarolisinIとIIは,それぞれホモログ酵素とは異なる際立った特徴をもち,それらと生理機能との関連は非常に興味深い.

4.イソプレニル化蛋白質特異的プロテアーゼの性状

 Rasをはじめ膜におけるシグナル伝達に関与する蛋白質にはC末端にCAAXモチーフをもつものが多く存在し,一連の翻訳後修飾を受けることが知られている.その過程を触媒する酵素の一つであるプロテアーゼは,イソプレニル化したCAAX配列に特異的に作用する異色のプロテアーゼであり,基質蛋白質の局在や分子間相互作用に重要な役割を担っている.本研究では,このイソプレニル化蛋白質特異的プロテアーゼの性状を解明することを目的とした.まず酵素活性を測定するため,蛍光基質Dansyl-KSKTKC(farnesyl)VIMを用いる新規の簡便な方法を開発した.この活性測定法を用い,ウシ脳ミクロソームから酵素を104倍に部分精製した.部分精製酵素は,ファルネシル化されたCAAX配列に特異的であり,基質ペプチドに対する親和性は,Kmが1μMと極めて高かった.また,C末端のAAX配列をトリペプチドとして切り離すendopeptiedease活性を示した.酵素活性は,o-phenanthrolineおよびZnCl2により阻害されたが,他の阻害剤による影響は殆ど受けなかった.o-phenanthrolineは金属キレーターであり,通常メタロプロテアーゼの阻害剤としてはたらくが,本酵素はキレーター作用のないm-およびp-phenanthrolineでも阻害される.これらのことから,本酵素は既知のプロテアーゼファミリーには属さない新規の触媒機構をもつことが予想される.

 本研究では酵素を完全精製し1次構造を決定するまでには到らなかったが,近年,遺伝学的手法により,S.cerevisiaeにおいてRasの分解にrce1遺伝子が関与することが報告された.本研究で解析したイソプレニル化蛋白質特異的プロテアーゼの実体はrce1遺伝子産物であると考えられるが,その一次構造には既知のプロテアーゼとの相同性が全くなく,どのような分子機構で基質を分解するのか非常に興味深い.

5.総括

 非典型的プロテアーゼは,あらゆる生物種に普遍的に存在する典型的プロテアーゼと異なり,進化の過程で後天的に獲得したプロテアーゼであると考えることができる.本研究では,細胞内における非典型的プロテアーゼの独特な性状が,高等生物の複雑な細胞機能と密接に関わることを明らかにした.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなる.第1章はイントロダクションであり,近年,既存の4種の典型的プロテアーゼ(セリンプロテアーゼ,システインプロテアーゼ,アスパラギン酸プロテアーゼ,メタロプロテアーゼ)とは異なる非典型的な触媒機構をもつプロテアーゼが次々と見つかっていること,また,これらが細胞内で重要な機能を担っていることが述べられている.本研究では,これら細胞内非典型的プロテアーゼの独特な性状を解析し,生理機能とどのような関連があるのか,また,これらが進化の過程でどのように生じたのか検討している.

 第2章は,ATP依存性プロテアーゼLonおよびHslVUによる細胞分裂阻害蛋白質SulAの分解機構について述べられている.ATP存在下でLonは,SulA(189残基)の27ヶ所のペプチド結合を切断するが,その内の6ヶ所は,他よりも優先的に切断する.これらの位置は,SulAの細胞分裂阻害活性に重要な部位と極めてよく一致する.また,これら優先切断部位においては,明らかな一次構造上のコンセンサスがみられるが,このコンセンサス配列がSulAの機能的に重要な部位を優先切断するための標識として働くとすれば非常に興味深い.一方,HslVUもATP存在下でSulAをプロセッシブ分解することが示されている.分解速度はLonのそれと比べずっと遅いが,HslVUにより切断される39ヶ所のペプチド結合の内7ヶ所は他よりも優先的に切断される.これらはLonによる優先切断部位の近傍に位置しており,やはりSulAの機能部位とよく対応している.すなわち,LonおよびHslVUによるSulAの分解機構は,分解速度や切断部位などの点では互いと異なるが,いずれも基質の機能部位を優先切断しており,基質の機能を確実に抑制するために周到かつ徹底的な戦略をとっている.このような分子機構の存在を示唆したのは,本研究が最初であり,極めて意義深いといえる.

 第3章は,セリン・カルボキシルプロテアーゼphysarolisinI,IIの性状について述べられている.physarolisinIは酸性プロテアーゼであるが,阻害剤感受性や分子量等の点で,非典型的な性質を多数持つ.本研究では,本酵素のcDNAクローニングと性状解析を行っている.その結果,575残基からなるプレプロ酵素の一次構造が推定され,最近同定された新しいプロテアーゼファミリーであるセリン-カルボキシルプロテアーゼに相同性をもつことが示された.しかし,phyarolisinIは二本鎖構造である,アスパラギン酸プロテアーゼ阻害剤のDANに阻害される,基質特異性が独特であるなど,ホモログ酵素とは異なるユニークな性状をもつ.一方,データベース検索より,同じ真性粘菌由来のphp遺伝子産物がphyasarolisinIのホモログであることがわかった(physarolisinII).この蛋白質を大腸菌で大量調製し性状を解析したところ,酸性条件下でユニークなendopeptidase活性を示し,興味深いことに低温適合酵素であることが示された.両酵素がもつ独特な性状と生理機能との関連は非常に興味深い.

 第4章は,CAAXプロテアーゼの性状について述べられている.本酵素は,イソプレニル化蛋白質を基質とする異色のプロテアーゼであり,蛋白質の局在や分子間相互作用に重要な役割を担っている.本研究では,蛍光基質を用いる新規活性測定法を用いて,本酵素をウシ脳ミクロソームより104倍に部分精製し,性状解析を行っている.部分精製酵素は,ファルネシル化されたCAAX配列に特異的なendopeptiedeaseであり,基質親和性は極めて高い.また,酵素活性は,o-phenanthrolineおよびZnCl2により阻害されるが,他の阻害剤による影響は殆ど受けない.従って,本酵素は既知のプロテアーゼファミリーには属さない新規の触媒機構をもつことが予想され,その生理的重要性と併せ,極めて興味深い知見といえる.

 第5章は以上の結果の総括である.非典型的プロテアーゼは,あらゆる生物種に普遍的に存在する典型的プロテアーゼと異なり,進化の過程で後天的に獲得したプロテアーゼであると考えることができる.本研究では,非典型的細胞内プロテアーゼの独特な性状が,高等生物の複雑な細胞機能と密接に関わることを明らかにしており,極めて興味深い.

 なお,本論文第2章は,丸山貴史,松岡理恵子,村松知成,高橋健治との,第3章は,植木知子,宮下理衣,栗山宏樹,小島正樹,金龍泰,佐々木成江,室伏きみ子,高橋健治との,第4章は,村松知成,口野嘉行,横山茂之との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

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