学位論文要旨



No 216194
著者(漢字) 小松,裕
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,ユタカ
標題(和) 内視鏡的乳頭バルーン拡張術(EPBD)による総胆管結石治療の成績、早期・長期合併症の検討
標題(洋)
報告番号 216194
報告番号 乙16194
学位授与日 2005.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16194号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 講師 石川,隆
内容要旨 要旨を表示する

1、序論

 1974年に開発された内視鏡的乳頭括約筋切開術(Endoscopic sphincterotomy;EST)は、その登場により総胆管結石の治療法を一変させた。それまでは開腹手術が唯一の治療法であったその治療は、内視鏡的、経十二指腸乳頭的に、より非侵襲的に治療が可能になった。そして、早期成績や10年を超えた長期成績も検討され、総胆管結石に対する確立された治療手技となっている。一方、内視鏡的乳頭バルーン拡張術(Endoscopic Papillary Balloon Dilation;EPBD)は十二指腸乳頭を切開せずにバルーンカテーテルで拡張し胆管にアプローチする手技である。この手技は、Starizにより1983年に初めて報告されたが、その後、高頻度に膵炎をひきおこすとされ、1990年代前半までそれに続く報告はなかった。近年、非侵襲的な乳頭括約筋機能を温存できる可能性のある総胆管への内視鏡アプローチとしてのEPBDが、再評価されるようになってきたが、いまだ、手技の安全性や乳頭括約筋機能温存の程度については統一した見解が得られていない。また、長期成績は明らかにされていない。

 胆管結石の最良の治療法は、安全に確実に胆管結石を治療できると同時に、再発を含めた長期合併症もできるだけ少ないものでなければならない。本研究では総胆管結石症の内視鏡的治療法としてのEPBDの早期成績を評価すると同時に、長期成績をも明らかにし、総胆管結石治療におけるEPBDの役割を明らかにすることを目的とした。

2、EPBDによる総胆管結石治療の早期成績

 1994年5月より2004年8月までに、総胆管結石症と診断した患者977例に対してEPBDによる内視鏡的胆管結石除去術を行った。治療をおこなった977例の平均年齢は69.0歳、結石の平均径(最大結石の短径)は7.8mm、平均個数は2.6個であった。977例のうち611例が胆嚢結石を合併し、131例が胆摘術の既往を有していた。また、977例のうち95例が肝硬変症を合併しており、そのうち30例がChild-Pugh Cであった。20例がBillroth II法による再建胃症例であり、90歳以上の超高齢者は40例であった。全例、入院して治療をおこなった。

 咽頭麻酔および鎮静剤の投与の後に、十二指腸スコープを十二指腸下行脚に挿入し、胆管造影を行ったのちに、乳頭拡張用バルーンカテーテルにて、ファーター乳頭を拡張し結石を除去した。結石径が10mmを超える場合には、機械的結石破砕具を用いて結石を破砕した後除去した。EPBD後30日以内に発生した偶発症を早期偶発症と定義し、その判定および重症度は、Cottonらの報告にしたがい判定した。

 EPBDによる総胆管結石除去を試みた977例中937例(95.9%)で結石の完全除去に成功した。そのうち627例(64.2%)は1回のERCPで結石を完全できたが、228例(23.3%)は結石完全除去までに2回のERCPを必要とした。82例では繰り返すEPBDを行い3回以上のERCPを必要とした。977例中285例(29.2%)で結石破砕の併用を必要とした。

 EPBDによる総胆管結石除去の早期偶発症は977例中87例(8.9%)にみられた。急性膵炎は46例(4.7%)に合併したが、32例が軽症、13例が中等症、1例が重症であった。また、胆管炎を22例(2.6%)に、胆嚢炎を12例(1.2%)に認めた。輸血を必要とする出血は2例のみ(0.2%)で認めた。そのほかに、バスケット嵌頓を1例に、軽度の後腹膜穿孔を3例に認めたがいずれも保存的に軽快した。手技に伴う死亡は1例も認めなかった。

 977例のうち、1994年5月より2000年3月までに施行した537例(バルーン圧8気圧で120秒間という拡張方法;前期群)と2000年4月以降に施行した440例(バルーンのノッチの消失した時点で15秒間乳頭を拡張する方法;後期群)の比較では、背景因子として、結石径(前期群8.3mm、後期群7.3mm)と胆管径(前期群12.3mm、後期群10.6mm)に有意差を認めたが、結石完全除去率およびEPBD後膵炎の発症に関しては有意差を認めなかった。

3、EPBDによる総胆管結石治療の長期成績

 EPBDによる総胆管結石治療をおこなった977例のうち、EPBD後12ヶ月以上経過を観察できた785例を対象に予後調査を行った。785例のうち長期予後の調査が可能であった680例を、EPBD前後の胆嚢の状況から下記の4群にわけ、それぞれの長期合併症を検討した。

 Group 1;胆嚢結石を併存しEPBDと同時期に胆摘術を行った群

 Group 2;胆嚢結石を併存していたがEPBD後も、有石胆嚢を放置した群

 Group 3;胆嚢結石がなく、無石胆嚢を放置した群

 Group 4;EPBD前に胆摘術の既往を有していた群

 680例中、EPBDによる胆管結石除去時に胆嚢結石を合併していた症例は442例であり、そのうち214例がEPBDによる胆管結石除去後に胆嚢摘出術を施行し(Group 1)、228例が有石胆嚢を放置していた(Group 2)。680例のうち89例はEPBDによる胆管結石除去前に胆摘術の既往を有しており(Group 4)、149例は胆嚢内に結石を認めなかった(Group 3)。経過観察可能であった全680例の平均観察期間は51.2ヶ月で、経過観察期間中134人が死亡していた。680例のうち、93例(13.7%)に、長期合併症を認めた。長期合併症の内訳は、胆管結石の再発25例(3.7%)、胆嚢結石の落下41例(6.0%)、胆管内の結石が明らかでない胆管炎10例(1.5%)、胆嚢炎12例(1.8%)、胆嚢結石の新生2例(0.3%)であった。5例(0.7%)が胆道系の悪性腫瘍で死亡していた(胆管癌3例、胆嚢癌2例)。長期的に乳頭狭窄を起こした症例は1例もなかった。

 胆嚢の状態の異なる各4群で長期合併症の頻度、内訳は大きく異なった。EPBDと同時期に胆摘術を施行したGroup 1では10例(4.7%)に長期合併症を認めたが、有石胆嚢を放置したGroup 2では58例(25.4%)に長期合併症を認め、そのうち41例が胆嚢結石の落下であった。胆嚢結石を有さず胆摘術も行わずに経過観察したGroup 3では13例(8.7%)に長期合併症を認め、7例(4.7%)に結石再発を、2例に胆嚢結石の新生を、1例で胆嚢結石の明らかでない胆嚢炎を認めた。EPBD前に胆摘術の既往があるGroup 4では13例(14.6%)に長期合併症を認め、そのうち11例が胆管結石の再発であった。

 すべての長期合併症とその背景因子を多変量解析にて解析したところ、「有石胆嚢を放置したこと」、「結石破砕を行ったこと」が有意に長期合併症に影響を与える因子であった。

 EPBD時に胆嚢結石を合併しEPBDと同時期に胆嚢摘出術を施行したGroup 1と有石胆嚢を放置して経過観察したGroup 2で、後期合併症累積発生率をKaplan-Meier法で解析すると、Group 1では累積長期合併症発生率が1年、3年、5年でそれぞれ1.4%、3.6%、3.6%であったのに対し、Group 2ではそれぞれ11.9%、26.2%、32.4%であり、Group 2が有意に高率であった。また、有石胆嚢を放置したGroup 2において、228例中11例(4.8%)が胆嚢炎を発症した。結石再発にかかわる因子の検討では、多変量解析で胆摘術の既往のみが結石再発にかかわる危険因子であった。

4、まとめ

 本研究ではEPBDによる総胆管結石治療の早期成績および長期成績を解析、評価することにより以下の点に関して明らかにした。

1)EPBDによる総胆管結石治療は安全に施行できること。

2)EPBD後膵炎の検討では、膵炎の頻度は4.7%であり、「膵管造影を行うこと」がEPBD後膵炎の危険因子になること。

3)EPBDによる総胆管結石治療は出血傾向を有する症例やEST困難例(Bilroth II法再建胃、傍乳頭憩室など)でも安全に施行できること。

4)EPBDによる総胆管結石治療は、結石破砕を併用しなければならないような大結石例に関しては、検査回数が多くなること。

5)EPBD後に有石胆嚢を放置した場合には、胆嚢結石の再落下により胆管炎を併発する率が高く、有石胆嚢放置が長期合併症の危険因子になること。しかし、EST後に問題となる有石胆嚢を放置した場合の胆嚢炎の頻度がESTの過去の報告より低いこと。

6)EPBD後の胆管結石の再発に関しては、胆摘術の既往が危険因子になること。

今後は、総胆管結石治療におけるEPBDの役割を明らかにするために、更なる長期成績の検討が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は総胆管結石に対する内視鏡的乳頭バルーン拡張術(Endoscopic Papillary Balloon Dilation; EPBD)による内視鏡治療の早期成績と長期成績、およびそれらに関与する各種因子の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1、EPBDによる総胆管結石治療の早期成績

 1994年5月より2004年8月までに、総胆管結石症と診断した患者977例に対してEPBDによる内視鏡的胆管結石除去術を行った。EPBDによる総胆管結石除去を試みた977例中937例(95.9%)で結石の完全除去に成功し、EPBDの有用性を示した。一方、627例(64.2%)は1回のERCPで結石を完全できたが、82例(8.4%)では3回以上のERCPを必要とし、大結石、多数結石症例におけるEPBDの問題点も明らかにした。早期偶発症は977例中87例(8.9%)にみられた。急性膵炎は46例(4.7%)に合併したが、32例が軽症、13例が中等症、1例が重症であった。また、胆管炎を22例(2.6%)に、胆嚢炎を12例(1.2%)に認めた。輸血を必要とする出血は2例のみ(0.2%)で認めた。手技に伴う死亡は1例も認めなかった。以上EPBDが出血傾向を認める症例においても安全に施行できることを示すと同時に、EPBD後の膵炎にかかわる各種因子も解析、検討し、「膵管造影を行うこと」がEPBD後膵炎にかかわる因子であることを示した。また、EPBDの方法に関する検討では「バルーン圧8気圧で120秒間という拡張方法」と「バルーンのノッチの消失した時点で15秒間乳頭を拡張する方法」との比較で、結石完全除去率およびEPBD後膵炎の発症に関しては有意差を認めず、現時点で、「バルーンのノッチの消失した時点で15秒間乳頭を拡張する方法」がEPBDの標準的な手技になりうることを示した。

2、EPBDによる総胆管結石治療の長期成績

 EPBDによる総胆管結石治療をおこなった977例のうち、EPBD後12ヶ月以上経過を観察できた785例を対象に予後調査を行った。785例のうち長期予後の調査が可能であった680例の長期合併症を検討した結果、平均観察期間51.2ヶ月で、680例のうち93例(13.7%)に、長期合併症を認めた。長期合併症の内訳は、胆管結石の再発25例(3.7%)、胆嚢結石の落下41例(6.0%)、胆管内の結石が明らかでない胆管炎10例(1.5%)、胆嚢炎12例(1.8%)、胆嚢結石の新生2例(0.3%)であった。5例(0.7%)が胆道系の悪性腫瘍で死亡していた(胆管癌3例、胆嚢癌2例)。長期的に乳頭狭窄を起こした症例は1例もなかった。以上今まで明らかでなかったEPBDによる総胆管結石治療の長期合併症とその内訳を明らかにした。また長期合併症とその背景因子を多変量解析にて解析し、「有石胆嚢を放置したこと」、「結石破砕を行ったこと」が有意に長期合併症に影響を与える因子であることが示された。EPBD時胆嚢結石を有していた症例の検討では、EPBDと同時期に胆嚢摘出術を施行した群と有石胆嚢を放置して経過観察した群で後期合併症累積発生率を比較検討すると、有石胆嚢を放置して経過観察した群が有意に高率であることが示され、結石再発にかかわる因子の検討では、多変量解析で胆摘術の既往のみが結石再発にかかわる危険因子であることが示された。

以上、本論文ではEPBDによる総胆管結石治療の早期成績および長期成績を解析することにより、現時点でのEPBDによる総胆管結石の内視鏡治療の有効性や問題点、治療後経過観察する上での注意点などを明らかにした。本研究は今後の総胆管結石の内視鏡治療の発展、確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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