学位論文要旨



No 216196
著者(漢字) 椎名,秀一朗
著者(英字)
著者(カナ) シイナ,シュウイチロウ
標題(和) 小肝細胞癌に対する経皮的ラジオ波焼灼療法と経皮的エタノール注入療法との無作為化比較試験
標題(洋)
報告番号 216196
報告番号 乙16196
学位授与日 2005.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16196号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 池田,均
内容要旨 要旨を表示する

a 研究目的

 肝細胞癌の治療においては,種々の非外科的治療が発達してきた。中でも,経皮的エタノール注入療法は,小肝細胞癌に対する標準的な治療として広く行われてきている。しかし,経皮的エタノール注入療法では,治療効果の再現性が低いことが問題とされている。

 最近,新しい経皮的局所療法が導入されてきている。中でも,経皮的ラジオ波焼灼療法は最も有望である。経皮的ラジオ波焼灼療法では,熱で組織を壊死させるために,壊死範囲の再現性が高い。

 経皮的ラジオ波焼灼療法と経皮的エタノール注入療法を,無作為化比較試験により,奏効率だけでなく生存率の見地からも比較することが,肝細胞癌の治療における最も重要な研究として推奨されている。このため,本研究では2つの治療法の生存率と再発率を比較検討した。

b 研究方法

選択基準

 東京大学消化器内科において肝細胞癌と診断されたすべての患者を対象に選択基準に該当するかどうかを検討した。選択基準は,(1) 病理組織学的に肝細胞癌と診断されていること,あるいは画像診断上典型的な所見を示すこと,(2) 病変が切除不能なこと,あるいは患者が手術を希望しないこと,(3) 3 cm 3個以内であること,(4) 肝機能がChild-Pugh AないしBであること,(5) 肝外転移や血管浸潤がないこと,(5) 他の悪性腫瘍の既往や重複がないこと,とした。また,除外基準は,(1) 著しい出血傾向の存在,(2) コントロール不能の腹水の存在,とした。病変の存在部位については特に制限を設けなかった。

スタディ・デザイン

 コンピュータで発生させた乱数を基に,入院当日に患者を経皮的ラジオ波焼灼療法と経皮的エタノール注入療法に割振った。

術前検査

 術前検査としては,腹部超音波検査,CT検査,CTAP,CTAを行った。

治療方法

 経皮的ラジオ波焼灼療法も経皮的エタノール注入療法も入院で行った。治療は9名の医師の内1名が担当した。9名中2名は豊富な経験を有する,4名は中等度の経験を有する,残りの3名は比較的経験が少ないと評価された。合併症を避けるため,治療の難しい症例は豊富な経験を有する医師が担当した。この決定は,治療法の割振りが行われる前に決定された。

 経皮的ラジオ波焼灼療法は,クールチップ型電極を用いて行なった。経皮的エタノール注入療法は,multiple-needle insertion methodを用いて行なった。両治療法とも週2回の割合で行った。発熱その他の有害事象が見られた場合には治療を延期した。治療により病変全体が壊死に陥ったと考えられればCTを撮影した。癌が残存する可能性がある場合には治療を繰り返した。

エンドポイント

 プライマリーエンドポイントは生存率,セカンダリーエンドポイントは全再発率および局所再発率とした。治療セッション数,入院期間,有害事象の頻度についても比較を行った。

フォローアップ

 治療後は,AFP, AFP-L3, PIVKA-2を毎月測定し,CTと腹部超音波検査を4ヶ月毎に施行した。再発が疑わしい場合には種々の画像診断と生検を施行した。局所再発の定義は原発巣に接して再発が見られた場合とした。

統計処理

 タイプ1エラーを5%,パワーを80%として両側ログランクテストを用いて計算すると,少なくとも114例のサンプルサイズが必要と考えられた。経皮的ラジオ波焼灼療法の4年生存率を74%,経皮的エタノール注入療法の4年生存率を54%と予測した。5%の患者がフォローアップから脱落すると仮定した。

 生存率曲線はKaplan-Meier法を用いて作成し,ログランク法を用いて比較した。再発率はGaynor法を用いて算出し,Gray法を用いて比較した。

 治療法の割振りおよび21の背景因子と生存および再発との関係を単変量解析およびCoxの比例ハザード解析を用いて分析した。

c 結果

患者

 1999年4月から2001年1月までに507名の肝細胞癌患者が入院した。その内273名は選択基準を満たさなかった。2名は経皮的エタノール注入療法を希望してスタディに参加しなかった。残りの232名がスタディの対象となった。118名が経皮的ラジオ波焼灼療法に,114名が経皮的エタノール注入療法に割振られた。両治療群間で背景因子には差が見られなかった。

プロトコール違反

 割振り前には,全ての患者は病変数3個以内と考えられた。しかし,実際には経皮的ラジオ波焼灼療法に割振られた3名の患者と経皮的エタノール注入療法に割振られた4名の患者で4番目の病変が見つかった。また,経皮的エタノール注入療法に割振られた3名の患者では,再発病変の治療に関しては,強い希望により経皮的ラジオ波焼灼療法が施行された。これらの患者もスタディから除外されず,解析の対象に含まれた。

術者の経験,治療セッション数,入院期間

 病変の存在部位その他を理由に経皮的ラジオ波焼灼療法や経皮的エタノール注入療法が施行できなかった症例はなかった。

 術者の経験は,両治療群間で差はなかった(P = 0.68)。

 治療セッション数は経皮的ラジオ波焼灼療法が2.1±1.3回に対し,経皮的エタノール注入療法では6.4±2.6回だった(P < 0.0001)。必要入院期間は経皮的ラジオ波焼灼療法が10.8±5.5日に対し経皮的エタノール注入療法では26.1±9.9日だった(P < 0.0001)。

生存期間

 フォローアップから脱落した症例はなかった。生存率は経皮的ラジオ波焼灼療法群が経皮的エタノール注入療法群より有意に良好だった(P = 0.01)。単変量解析では,治療法の割振り以外に背景21因子のうち10因子が生存率に関与していた。しかし,多変量解析では,治療法の割振りだけが生存率に関与する因子だった。経皮的ラジオ波焼灼療法は死亡のリスクを46%低下させていた(adjusted RR, 0.54; 95 %CI: 0.32 to 0.89; P = 0.02)。

再発

 再発は,経皮的ラジオ波焼灼療法で治療された78名と経皮的エタノール注入療法で治療された90名で認められた。再発パターンは,経皮的ラジオ波焼灼療法では異所性再発が74名,局所再発が2名,肝外再発が2名に対し,経皮的エタノール注入療法では異所性再発が73名,局所再発が13名,肝外再発が4名だった。経皮的ラジオ波焼灼療法は再発全体のリスクを43%低下させていた(adjusted RR, 0.57; 95 %CI: 0.41 to 0.80; P < 0.001)。

 局所再発に関しては,経皮的ラジオ波焼灼療法は経皮的エタノール注入療法と比べてリスクが88%小さかった。

有害事象

 治療中の疼痛を評価した。鎮痛剤の追加投与は,経皮的ラジオ波焼灼療法群では118名中60名が必要だったが,経皮的エタノール注入療法群では114名中60名が必要であり,差はなかった(P = 0.79)。37.5度以上の発熱が3日以上みられたのは,経皮的ラジオ波焼灼療法群では51名,経皮的エタノール注入療法群では49名で差はなかった(P > 0.99)。

 経皮的ラジオ波焼灼療法群では一過性黄疸が1名に,火傷が1名に,肝梗塞が1名に,播種が3名にみられたが,経皮的エタノール注入療法群では肝膿瘍が1名に,播種が2名にみられ,差はなかった(P = 0.54)。

d 考察

 これは,経皮的ラジオ波焼灼療法が経皮的エタノール注入療法と比べて,小肝細胞癌患者の生存率を改善したことを示す最初の報告である。これは,経皮的ラジオ波焼灼療法がより確実な局所制御能により,全再発率および局所再発率を減少させたことによる結果と思われる。この結果は予想されてはいたが,まだ証明されたわけではなかった。経皮的ラジオ波焼灼療法と経皮的エタノール注入療法の唯一の無作為化比較試験では,経皮的ラジオ波焼灼療法がより優れた無局所再発生存率および無再発生存率を達成できることは示されたが,観察期間と対象患者数が不十分なためか,生存率が改善するというデータは得られなかった。

 有害事象に関しては,従来の報告では経皮的ラジオ波焼灼療法のほうが経皮的エタノール注入療法よりも合併症の頻度が高いのではと予想されていたが,このスタディでは両治療法間で有意の差はみられなかった。

 これらの治療の結果は術者の経験により大きく影響されるため,限られた経験しか持たない施設では,同様の結果を得ることはできない可能性はある。さらに,経皮的ラジオ波焼灼療法には数種類のシステムが市販されているが,もし,別のシステムを使用するならば,違った結果となることもありうる。

 このスタディの対象は3 cm以下の症例に限られているが,3 cm超のほうが,経皮的ラジオ波焼灼療法の優位性は,より明らかになる可能性が高い。また,このスタディの対象は肝機能が比較的良好な例に限られているが,肝機能不良例では,肝機能の温存のほうが重要となる可能性があり,経皮的ラジオ波焼灼療法がより優れた成績を達成できるかどうかは不明である。

e まとめ

 経皮的ラジオ波焼灼療法は,経皮的エタノール注入療法と比べて優れた生存率を達成し,有害事象は同等であることより,切除不能の小肝細胞癌に対する第一選択とすべき治療法であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は肝細胞癌の非外科的治療である経皮的ラジオ波焼灼療法と経皮的エタノール注入療法を,無作為化比較試験により,奏効率だけでなく生存率の見地からも比較したものであり,下記の結果を得ている。

1.  東京大学消化器内科において肝細胞癌と診断されたすべての患者を対象に選択基準に該当するかどうかを検討した。選択基準は,(1) 病理組織学的に肝細胞癌と診断されていること,あるいは画像診断上典型的な所見を示すこと,(2) 病変が切除不能なこと,あるいは患者が手術を希望しないこと,(3) 3 cm 3個以内であること,(4) 肝機能がChild-Pugh AないしBであること,(5) 肝外転移や血管浸潤がないこと,(5) 他の悪性腫瘍の既往や重複がないこと,である。また,除外基準は,(1) 著しい出血傾向の存在,(2) コントロール不能の腹水の存在,である。病変の存在部位については特に制限を設けなかった。その結果,507名中273名は選択基準を満たさなかった。2名は経皮的エタノール注入療法を希望して無作為化比較試験に参加しなかった。残りの232名が試験の対象となった。118名が経皮的ラジオ波焼灼療法に,114名が経皮的エタノール注入療法に割振られた。両治療群間で背景因子には差が見られなかった。

2.  プロトコール違反は次のようなものだった。まず,割振り前には,全ての患者は病変数3個以内と考えられたが,実際には経皮的ラジオ波焼灼療法に割振られた3名の患者と経皮的エタノール注入療法に割振られた4名の患者で4番目の病変が見つかった。また,経皮的エタノール注入療法に割振られた3名の患者では,再発病変の治療に関しては,強い希望により経皮的ラジオ波焼灼療法が施行された。しかし,これらの患者も試験から除外せず,解析の対象に含んだ。

3.  本研究では,病変の存在部位その他を理由に経皮的ラジオ波焼灼療法や経皮的エタノール注入療法が施行できなかった症例はなかった。なお,治療は9名の医師の内1名が担当した。9名中2名は豊富な経験を有する,4名は中等度の経験を有する,残りの3名は比較的経験が少ないと評価された。しかし,術者の経験は,両治療群間で差はなかった(P = 0.68)。治療セッション数は経皮的ラジオ波焼灼療法が2.1±1.3回に対し,経皮的エタノール注入療法では6.4±2.6回だった(P < 0.0001)。必要入院期間は経皮的ラジオ波焼灼療法が10.8±5.5日に対し経皮的エタノール注入療法では26.1±9.9日だった(P < 0.0001)。

4.  フォローアップから脱落した症例はなかった。生存率は経皮的ラジオ波焼灼療法群が経皮的エタノール注入療法群より有意に良好だった(P = 0.01)。単変量解析では,治療法の割振り以外に背景21因子のうち10因子が生存率に関与していた。しかし,多変量解析では,治療法の割振りだけが生存率に関与する因子だった。経皮的ラジオ波焼灼療法は死亡のリスクを46%低下させていた(adjusted RR, 0.54; 95 %CI: 0.32 to 0.89; P = 0.02)。

5. 再発は,経皮的ラジオ波焼灼療法で治療された78名と経皮的エタノール注入療法で治療された90名で認められた。再発パターンは,経皮的ラジオ波焼灼療法では異所性再発が74名,局所再発が2名,肝外再発が2名に対し,経皮的エタノール注入療法では異所性再発が73名,局所再発が13名,肝外再発が4名だった。経皮的ラジオ波焼灼療法は再発全体のリスクを43%低下させていた(adjusted RR, 0.57; 95 %CI: 0.41 to 0.80; P < 0.001)。局所再発に関しては,経皮的ラジオ波焼灼療法は経皮的エタノール注入療法と比べてリスクが88%小さかった。

6. 治療中の疼痛を評価したところ,鎮痛剤の追加投与は,経皮的ラジオ波焼灼療法群では118名中60名が必要だったが,経皮的エタノール注入療法群では114名中60名が必要であり,差はなかった(P = 0.79)。37.5度以上の発熱が3日以上みられたのは,経皮的ラジオ波焼灼療法群では51名,経皮的エタノール注入療法群では49名で差はなかった(P > 0.99)。合併症は,経皮的ラジオ波焼灼療法群では一過性黄疸が1名に,火傷が1名に,肝梗塞が1名に,播種が3名にみられたが,経皮的エタノール注入療法群では肝膿瘍が1名に,播種が2名にみられ,差はなかった(P = 0.54)。

 以上,本論文は経皮的ラジオ波焼灼療法が経皮的エタノール注入療法と比べて,小肝細胞癌患者の生存率を改善することを明らかにした。これは,経皮的ラジオ波焼灼療法がより確実な局所制御能により,全再発率および局所再発率を減少させることによる結果と思われる。有害事象に関しては,本研究では両治療法間で有意の差はみられなかった。経皮的ラジオ波焼灼療法が,経皮的エタノール注入療法と比べて優れた生存率を達成し,有害事象は同等であることより,切除不能の小肝細胞癌に対する第一選択とすべき治療法であることを示した本論文は,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク