学位論文要旨



No 216197
著者(漢字) 九里,武晃
著者(英字)
著者(カナ) クノリ,タケアキ
標題(和) MRSAスクリーニング検査における費用最小化の検討
標題(洋) The Cost Minimization of Different MRSA Screening Methods
報告番号 216197
報告番号 乙16197
学位授与日 2005.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16197号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
内容要旨 要旨を表示する

目的:

 MRSAは最も重要な院内感染症のひとつであり、全院内感染症の約40-50%を占めている。また、院内感染のコントロールに要する直接医療費は年々増加しており、英国においては年間約9.3億ポンドと推定されている。

 MRSAによる院内感染症をコントロールするための効果的な対策は、保菌者(不顕性感染者)および感染患者(顕性感染者)の隔離であり、隔離患者の決定のためのスクリーニング検査は重要なMRSA対策の一環となっている。しかし、これまでに多種多様なMRSAスクリーニング検査法について、費用最小化(Cost Minimization)の視点からの比較検討を行った報告はほとんどなかった。そこで様々なMRSAスクリーニング検査を比較し、MRSAによる医療費を最小にできる検査法を決定するためにこの研究は行われた。

方法:

 MRSAによる医療費を抑制するためには、便益が大きく(効果的で)しかも安価なスクリーニング検査法が必要である。そこで、様々なMRSAスクリーニング検査による便益や費用を数値化して比較するため、純便益(Net-benefit)を求める数学的モデルを作成した。これは、MRSAスクリーニング検査を全く行わなかったときのMRSAコントロールコストを基準にし、スクリーニング検査を行ったことによりどれだけコストの削減ができるかを純便益として計算したものである。このコスト分析は英国の国営のhealth care providerであるNational Health System (NHS)の視点から行った。

純便益(Net-benefit)= [NX(Ln-T/24){DCt(Rn-Ri)-Ci} - (1-S)(P-N)(Ln-T/24)Ci] - PQC

N(スクリーニングを受ける患者中の保菌者の数)= 1(人)

P(スクリーニング検査を受ける患者数)= 50(人)

Q(検体の採取を行う部位の数)= 2(箇所)

Ci(1日あたりの隔離費用)= 306.93(英ポンド/日)

Ct(2次顕性感染者にかかる追加医療費)= 11,788.61(英ポンド)

Ln(平均在院日数)= 4.05 (日)

D(2次感染した患者の中で顕性感染になる割合)= 0.3

Ri(隔離を行ったときの院内感染率*)= 0.017(人/日)

Rn(隔離を行わなかったときの院内感染率*)= 0.2715(人/日)

(* 内感染率は1人の保菌者から1日で感染する2次感染者数(不顕性感染を含む)とする。)

 この数式に上記のようなのデータ(NHSのRoyal Free Hospital、文献より抽出)を代入すると下記のような式に表される。

純便益(Net-benefit)= {2402X-24.71XT-60910(1-S)+626.6T(1-S)}+100C

 この数式は各検査の感受性(X)、特異性(S)、所要時間(T)および検査コスト(C)の4つの変数で構成され、これらに適切な値を代入することによりそれぞれの検査の純便益が求められる。代入する感受性(X)、特異性(S)、所要時間(T)のデータは系統的な文献検索により抽出し、コスト(C)は、NHSにより運営されている英国の代表的な病院であるRoyal Free Hospitalのデータを使用した。

 しかし、実際はスクリーニング検査は、いくつかの階層に分かれており、それぞれの検査の組み合わせにより最終的な結果が得られる。(一般的に患者から採取された検体は、まず、選択培地で培養され、発育した疑わしいコロニーに関してコアグラーゼ試験およびメチシリン耐性試験が施行され、その結果によりMRSAと断定される。)しかし、文献から得られる感受性、特異性および所要時間のデータは、各階層の検査に関するデータのみであったため、それらを統合するための公式を作り、検査全体の感受性(X)、特異性(S)および所要時間(T)を算出して数式に代入した。また、検査のコストに関しても、階層別のコスト情報をRoyal Free Hospitalより収集し、階層統合の公式により検査全体に要すコスト(C)を算出し代入した。

 結果:

 このモデルによれば、鼻腔および創部(外傷や手術創)の両方から検体の採取を行い、培養を行わず、直接mecAとfemAを用いたMultiplex PCRで判定する方法が最も純便益が高い検査法であった。2番目に純便益が高い検査法は、同じく鼻腔および創部の両方から検体の採取を行い、broth で前培養を行わず、直接Ciprofloxacin Baird-Parker 培地で18時間培養し、検出された疑わしいコロニーに対してPastorex Staph-Plus testで確認を行う(メチシリン感受性試験は追加しない)方法であった。また、創部のない患者(主に内科系)創部のかわりに陰部より検体の採取を行う(鼻腔および陰部の両方から検体の採取を行う)ものが最も純便益が高い採取部位であった。

 さらに、この数学モデルを活用することにより、スクリーニング検査の対象となる集団のMRSA保菌率がどの程度であれば、スクリーニングによって生じる便益が検査コストを上まわるのかも算出した。それによれば、最も純便益が大きいMultiplex PCRを行った場合、0.5パーセント以上のMRSA保菌率の集団に対してスクリーニング検査を行えば、便益が検査コストを上回るという結果となった。

 この純便益に影響を与える平均在院日数、院内感染率について感受性分析(Sensitivity Analysis)を行った。これによれば各検査法の純便益は平均在院日数、院内感染率により大きく変化し、純便益の順位も若干変化することが確認された。このことから実際にスクリーニング検査を行う病院のデータ(平均在院日数、院内感染率)

を数式に代入することが重要であると思われた。

 選択培地の中で最も純便益が高いのはCiprofloxacin Baird-Parker 培地であった。これはキノロン感受性のcoagulase negative staphylococciとmethicillin sensitive staphylococcus aureusの増殖を抑えるため、特異性が上昇し、キノロン耐性のMRSAを検出するには優れた方法であるが、キノロン感受性のMRSAは検出できない。今回、キノロン耐性のMRSAが98%を占める英国の文献のデータを代入し、計算に用いたため、Ciprofloxacin Baird-Parker 培地の純便益が高くなったが、この結果をそのままキノロン耐性のMRSAが低い地域に当てはめることは適当ではない。そのため、Ciprofloxacin Baird-Parker 培地を用いた場合、地域のキノロン耐性率により、純便益を修正できる新たな公式も作成した。

 また、地域でのMRSA、coagulase negative staphylococci、methicillin sensitive staphylococcus aureusのキノロン耐性率が判明しているとき、Ciprofloxacin Baird-Parker 培地とmethicillinを加えたmannitol salt agar培地のどちらが高い純便益を示すかを計算し、3-Dグラフによって示した。

 考察:

 最も純便益が高いスクリーニング検査はMultiplex PCRとなったが、これは、PCRに関わるランニングコストのみを検査のコストとして数式に代入したためであると思われる。実際にPCR機器の減価償却やPCRに携わる技師のトレーニング費用を加算すると、純便益は下がると予想される。

 この数学的モデルは多くの因子を単純化している。例えば、実際、選択培地とコアグラーゼ試験の間には相性があり、mannitol salt agarから迅速スライドコアグラーゼ試験を行ったものは偽陰性が多いといわれているが、この数学的モデルは相性を無視して単純計算を行っている。しかし、多くのMRSA検査法の純便益について比較評価する標準の方法がない現在、このモデルはそれら多くの検査法の純便益を求めることにより、これを簡単に数値化でき、最も純便益の高い検査法を簡単に割り出すことが出来る。

 今回は系統的な過去の文献の検索により、代入データを集め、数学的モデルに代入したが、世界中どこでもそれぞれの地域のデータを代入でき、それぞれの地域でのスクリーニング検査の費用最小化の検討が可能である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はMRSAによる院内感染をコントロールするために重要な役割をはたしているスクリーニング検査法について、費用最小化(Cost Minimization)の視点から比較検討行ったものである。費用最小化(Cost Minimization)の指標として、純便益(Net-benefit)が用いられ、各スクリーニング検査の純便益を求めるために、数学的モデルの作成が行われた。数学的モデルの代入データ得るために系統的な文献検索が行われ、それにより下記の結果を得ている。

1.検体採取部位に関しては、鼻腔と創部(外傷や手術創)の両方から行うものが最大の純便益を示した。また、創部のない患者(主に内科系)の場合は、創部のかわりに陰部より検体の採取を行う(鼻腔および陰部の両方から検体の採取を行う)ものが最大の純便益を示した。

2.各種検査の純便益の比較を行うと、培養を行わず、直接mecAとfemAを用いたMultiplex PCRで判定する方法が最大の純便益を示した。2番目に純便益が高い検査法は、broth で前培養を行わず、直接Ciprofloxacin Baird-Parker 培地で18時間培養し、検出された疑わしいコロニーに対してPastorex Staph-Plus testで確認を行う(メチシリン感受性試験は追加しない)方法であることが示された。

3.さらに、この数学モデルを活用することにより、スクリーニング検査の対象となる集団のMRSA保菌率がどの程度であれば、スクリーニングによって生じる便益が検査コストを上まわるのかも算出した。それによれば、最も純便益が大きいMultiplex PCRを行った場合、0.5パーセント以上のMRSA保菌率の集団に対してスクリーニング検査を行えば、便益が検査コストを上回るという結果が示された。

4.この純便益に影響を与える平均在院日数、院内感染率について感受性分析(Sensitivity Analysis)を行った。これによれば各検査法の純便益は平均在院日数、院内感染率により大きく変化し、純便益の順位も若干変化することが示された。このことから実際にスクリーニング検査を行う病院のデータ(平均在院日数、院内感染率)を数式に代入することが重要であることが示された。

5.選択培地の中で最も純便益が高いのはCiprofloxacin Baird-Parker 培地であることが示された。この培地はキノロン耐性のMRSAを検出するには優れた方法であるが、キノロン感受性のMRSAは検出できない。本研究ではキノロン耐性のMRSAが98%を占める英国の文献のデータを代入し、計算に用いたため、Ciprofloxacin Baird-Parker 培地の純便益が高くなったが、この結果をそのままキノロン耐性のMRSAが低い地域に当てはめることは適当ではない。そのため、Ciprofloxacin Baird-Parker 培地を用いた場合、地域のキノロン耐性率により、純便益を修正できる新たな公式も作成した。

 また、地域でのMRSA、coagulase negative staphylococci、methicillin sensitive staphylococcus aureusのキノロン耐性率が判明しているとき、Ciprofloxacin Baird-Parker 培地とmethicillinを加えたmannitol salt agar培地のどちらが純便益が高いか3-Dグラフによって示した。

 以上、本論文は多種多様なMRSA検査法について比較評価する標準の方法がない現在、各検査法の純便益を計算する数式を示した。これにより、各検査法の純便益を簡単に数値化でき、その中から最も純便益の高い検査法を簡単に割り出すことが出来る。これは、MRSAコントロールにおける政策上の判断に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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