学位論文要旨



No 216199
著者(漢字) 武田,泰幸
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ヤスユキ
標題(和) 新規経口タキサン誘導体DJ-927の創製に関する研究
標題(洋)
報告番号 216199
報告番号 乙16199
学位授与日 2005.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16199号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 菅,敏幸
 東京大学 助教授 宮地,弘幸
内容要旨 要旨を表示する

 パクリタキセル (タキソール(R)、1) は米国西部に自生している西洋イチイ (Taxus brevifolia) の樹皮より単離・構造決定された化合物であり、各種の癌に対し強い制癌作用を示す。ドセタキセル (タキソテール(R)、2) はヨーロッパイチイ (Taxus baccata) の針葉からの抽出物 (10-deacetylbaccatin III、3) より半合成されたタキサン系抗癌剤である (Fig. 1)。

 チューブリン解重合阻害剤であるタキサン系抗癌剤は固形癌に対して優れた有効性を示し、世界各国で注射剤として汎用されているが、両薬剤はP-糖蛋白により多剤耐性を獲得している腫瘍に対しては難治性という欠点を有している。また、水に極めて難溶という性質上、界面活性剤を溶解補助剤として使用しているが、この界面活性剤は過敏症反応を惹起するため、抗ヒスタミン薬などの前治療が必要とされている。さらに、いずれの薬剤も経口投与では有効性を示さない。経口抗癌剤の開発は利便性のみならず、患者の身体的負担減、さらには医療費削減の観点から判断しても非常に大きな意義を有している。そこで、著者はこれらタキサン系薬剤の問題点の克服、すなわち「両薬剤が無効な多剤耐性腫瘍に対して有効性を示し、水溶性に優れ、なおかつ経口投与でも有効な新規タキサン誘導体の創製」を目的に合成研究を行った。

 著者らのグループはこれまでの研究で、7-デオキシ-9,10-O-アセタール型タキサン誘導体が多剤耐性株を含む腫瘍細胞に対して優れた増殖抑制活性を示すことを見出し、また分子内に水溶性基としてモルホリン環を組み込んだnon-prodrug型水溶性タキサン誘導体の獲得にも成功している。著者はこれらの特徴を併せ持つ化合物として、水溶性基としてモルホリン環を組み込んだ7-デオキシ-9,10-O-アセタール型タキサン誘導体4をデザインし、水溶性に優れた高活性タキサン誘導体の獲得を目指した (Fig. 2)。

1. 7-デオキシタキサン誘導体の合成法検討

 誘導体合成を始める前に、7-デオキシタキサン骨格の効率的な合成法を検討した。これまでに報告されている合成法は、有害な試薬の使用、低収率のため実用的とは言い難い。そこで、著者はより簡便で大量合成可能な合成法として、6,7-オレフィン体の還元反応による7-デオキシタキサン誘導体の合成を検討した。3より良好な収率で得られる6,7-オレフィン体5の還元反応を種々の触媒を用いて検討した結果、Pd-Cを使用した場合に、長時間の反応時間は要するものの、ほぼ定量的に目的とする6が得られることを見出した (Fig. 3)。触媒量の増加および反応時間の延長によっても分解、副反応を伴うことなく、スケールアップも可能だった。本合成法は従来法と比較して簡便かつ高収率であり、有害な試薬も不要など、大量合成可能な優れた方法である。実際に本法をもとにDJ-927のプロセス研究が行われている。

2. 9,10-O-アセタール型タキサン誘導体の合成と抗腫瘍効果

 7-デオキシタキサン骨格の合成法を確立したことから、当初の目的である9,10-O-アセタール型タキサン誘導体の合成に着手し、13位側鎖を種々変換した化合物 (4a-e) を合成した (Fig. 4)。9位およびアセタール部位の絶対配置については、4bのX線結晶解析によりともにS配置であることを明らかにした。

 合成した4a-e はin vitro抗細胞試験においてパクリタキセル、ドセタキセルと比較して、P-糖蛋白が発現した多剤耐性株を含む腫瘍細胞に対して優れた増殖抑制活性を示し、また良好な水溶性も有していた。

 対照薬ドセタキセルが感受性を示すマウスメラノーマ (B16 melanoma BL6) を用いたin vivo抗腫瘍試験を、静注および経口投与で実施した結果、ドセタキセルは静注において高活性を示したが、経口投与では活性を示さず、経口吸収性が乏しいことを確認した。一方、合成化合物は経口投与においても抗腫瘍活性を示し、経口投与可能なタキサン誘導体の獲得に成功した。ドセタキセルが経口吸収性を示さないのに対し、合成化合物が経口吸収性を示した要因は、P-糖蛋白は腸管上皮にも存在し、基質となるドセタキセルはP-糖蛋白により排出を受けるのに対し、合成化合物はP-糖蛋白による薬剤耐性を克服しているためと考えられる。安全性等のデータも含めて、4bを開発候補品として選抜し、次にドセタキセルが低感受性であるヒト肺癌PC-12を用いたin vivo抗腫瘍効果を評価した。その結果、ドセタキセルは単回投与に加え、至的投与法とされている間欠投与でも低い抗腫瘍活性しか示さなかったが、4bは経口投与および静注いずれにおいても高い抗腫瘍活性を示し、既存タキサン誘導体が無効な多剤耐性腫瘍に対して、経口投与で有効性を示すタキサン誘導体4bの獲得に成功した。

3. 代謝安定性試験結果および代謝物の同定

 開発候補品4bの高次評価において、代謝安定性に種差が確認され、イヌ、マウスではほとんど代謝されないが、サル、ヒトでは速やかに代謝されることが明らかになった。実際にマウス、サルを用いてbioavailabilityを測定したところ、マウスではほぼ100%と良好な値を示したのに対して、サルでは10%以下だった。このため、4bの経口剤としての開発に疑問がもたれたため、新たに代謝安定性を改善した化合物の獲得を目指し、まず代謝物の同定を行った。

 LC/MS/MS解析より、代謝物hM-1はピリジン環部分の酸化体であることが示唆され、この結果をもとに予想代謝物を合成し、代謝物の構造をピリジン環5位水酸化体7であることを化学的に証明した (Fig. 5)。

 7は、in vitro抗細胞試験においてヒト肺癌PC-6およびマウス白血病P388細胞に対しては4bとほぼ同等の増殖抑制活性を示したが、PC-12などのP-糖蛋白発現細胞株に対しては著しく活性が低下した。また、PC-12を用いてin vivo抗腫瘍効果を評価したところ、予想通り4bと比較して中程度の抗腫瘍活性しか示さなかった。以上のことから、ヒトにおいては、「多剤耐性腫瘍に対して経口投与で有効性を示す」という4bの特徴が発揮されない可能性が高いと判断した。

4. 代謝安定性改善を志向した化合物の合成と評価

 経口タキサン誘導体4bがヒトでは速やかに代謝される結果を受けて、次に4bの優れた経口投与での活性を維持しつつ、代謝安定性を改善した化合物獲得を目的に合成研究を行った。代謝物7はin vitro試験においてP-糖蛋白発現株に対しては活性が低下したが、P388、PC-6に対する活性は4bとほぼ同等だったことから、代謝部位であるピリジン環5位に適当な置換基を導入することで抗細胞効果を維持しつつ代謝安定性を改善できるのではないかと考え、13位側鎖に置換ピリジン環を有するタキサン誘導体をデザインした。また、分子全体の物性を代える目的で水溶性基部分であるモルホリン環の他のアミノ基への変換、さらに代謝部位であるピリジン環自体の他の構造への変換も行った。合成した化合物を評価した結果、ほとんどの化合物に4bと同等の優れた細胞増殖抑制活性と良好な代謝安定性が認められた。次にin vivo抗腫瘍効果を評価したところ、5種の化合物が4bと同様広い有効用量域を示した。以上のデータに加えて、物性、安全性、PKスタディー等の高次評価の結果も含めて総合的に判断し、DJ-927を開発候補品として選抜した (Fig. 6)。

5. DJ-927のプロファイル

 DJ-927の代謝安定性は4b と異なり種差なく安定であり、マウス、イヌ、サルにおけるbioavailability (%) はそれぞれ107、47.4、62.6と良好な値を示し、現在進行中の臨床試験でも良好な経口吸収性が確認されている。チューブリン解重合阻害活性はパクリタキセルおよびドセタキセルとほぼ同程度であり、両薬剤同様チューブリンの解重合阻害により抗腫瘍効果を発揮していることを確認した。ヒト肺癌PC-12およびヒト大腸癌DLD-1のヌードマウス移植腫瘍に対する抗腫瘍効果を評価したところ、DJ-927はドセタキセルが無効なPC-12に対し、静注および経口投与において同じ投与量でほぼ同等の優れた薬効を示した。DLD-1に対しては、ドセタキセルが著しい体重減少を伴い有効性を示すのに対し、DJ-927は静注および経口投与において、同じ投与量でほぼ同等の薬効を示し、体重減少も速やかに回復した。さらに、DJ-927は既存タキサン誘導体と比較して優れた水溶性を有し、界面活性剤を必要としない製剤化が可能であり、今後注射剤としての開発も期待できる。

 以上、著者は既存タキサン誘導体が無効な多剤耐性腫瘍に対して経口投与で有効性を示し、水溶性に優れたDJ-927を創製した。DJ-927は、既存注射用タキサン系薬剤を有効性および利便性で凌ぐ新規経口タキサン誘導体であり、現在欧州・米国で臨床試験中 (Phase IIa study) である。

 癌化学療法の究極の目的は治癒であり、今回創製したDJ-927が癌患者の治癒あるいはQOLの向上に繋がることを、また、今回得られた数々の知見が今後の抗癌薬研究の発展に寄与することを期待している。

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

Fig.5

Fig.6

審査要旨 要旨を表示する

 パクリタキセル (タキソール(R)、1) は米国西部に自生している西洋イチイ (Taxus brevifolia) の樹皮より単離・構造決定された化合物であり、各種の癌に対し強い制癌作用を示す。ドセタキセル (タキソテール(R)、2) はヨーロッパイチイ (Taxus baccata) の針葉からの抽出物 (10-deacetylbaccatin III、3) より半合成されたタキサン系抗癌剤である (Fig. 1)。

 チューブリン解重合阻害剤であるタキサン系抗癌剤は固形癌に対して優れた有効性を示し、世界各国で注射剤として汎用されているが、両薬剤はP-糖蛋白により多剤耐性を獲得している腫瘍に対しては難治性という欠点を有している。また、水に極めて難溶という性質上、界面活性剤を溶解補助剤として使用しているが、この界面活性剤は過敏症反応を惹起するため、抗ヒスタミン薬などの前治療が必要とされている。さらに、いずれの薬剤も経口投与では有効性を示さない。経口抗癌剤の開発は利便性のみならず、患者の身体的負担減、さらには医療費削減の観点から判断しても非常に大きな意義を有している。そこで、武田泰幸はこれらタキサン系薬剤の問題点の克服、すなわち「両薬剤が無効な多剤耐性腫瘍に対して有効性を示し、水溶性に優れ、なおかつ経口投与でも有効な新規タキサン誘導体の創製」を目的に合成研究を行った。

武田泰幸は水溶性基としてモルホリン環を組み込んだ7-デオキシ-9,10-O-アセタール型タキサン誘導体4をデザインし、水溶性に優れた高活性タキサン誘導体の獲得を目指した (Fig. 2)。

1. 7-デオキシタキサン誘導体の合成法検討

 誘導体合成を始める前に、7-デオキシタキサン骨格の効率的な合成法を検討した。武田泰幸は簡便で大量合成可能な合成法として、6,7-オレフィン体の還元反応による7-デオキシタキサン誘導体の合成を検討した。3より良好な収率で得られる6,7-オレフィン体5の還元反応を種々の触媒を用いて検討した結果、Pd-Cを使用した場合に、長時間の反応時間は要するものの、ほぼ定量的に目的とする6が得られることを見出した (Fig. 3)。触媒量の増加および反応時間の延長によっても分解、副反応を伴うことなく、スケールアップも可能だった。本合成法は従来法と比較して簡便かつ高収率であり、有害な試薬も不要など、大量合成可能な優れた方法である。実際に本法をもとにDJ-927のプロセス研究が行われている。

2. 9,10-O-アセタール型タキサン誘導体の合成と抗腫瘍効果

 当初の目的である9,10-O-アセタール型タキサン誘導体の合成に着手し、13位側鎖を種々変換した化合物 (4a-e) を合成した (Fig. 4)。

 合成した4a-e はin vitro抗細胞試験においてパクリタキセル、ドセタキセルと比較して、P-糖蛋白が発現した多剤耐性株を含む腫瘍細胞に対して優れた増殖抑制活性を示し、また良好な水溶性も有していた。

 対照薬ドセタキセルが感受性を示すマウスメラノーマ (B16 melanoma BL6) を用いたin vivo抗腫瘍試験を、静注および経口投与で実施した結果、ドセタキセルは静注において高活性を示したが、経口投与では活性を示さず、経口吸収性が乏しいことを確認した。一方、合成化合物は経口投与においても抗腫瘍活性を示し、経口投与可能なタキサン誘導体の獲得に成功した。安全性等のデータも含めて、4bを開発候補品として選抜し、次にドセタキセルが低感受性であるヒト肺癌PC-12を用いたin vivo抗腫瘍効果を評価した。その結果、ドセタキセルは単回投与に加え、至的投与法とされている間欠投与でも低い抗腫瘍活性しか示さなかったが、4bは経口投与および静注いずれにおいても高い抗腫瘍活性を示し、既存タキサン誘導体が無効な多剤耐性腫瘍に対して、経口投与で有効性を示すタキサン誘導体4bの獲得に成功した。

3. 代謝安定性改善を志向した化合物の合成と評価

 経口タキサン誘導体4bがヒトでは速やかに代謝される結果を受けて、次に4bの優れた経口投与での活性を維持しつつ、代謝安定性を改善した化合物獲得を目的に合成研究を行った。代謝物はin vitro試験においてP-糖蛋白発現株に対しては活性が低下したが、P388、PC-6に対する活性は4bとほぼ同等だったことから、代謝部位であるピリジン環5位に適当な置換基を導入することで抗細胞効果を維持しつつ代謝安定性を改善できるのではないかと考え、13位側鎖に置換ピリジン環を有するタキサン誘導体をデザインした。合成した化合物を評価した結果、ほとんどの化合物に4bと同等の優れた細胞増殖抑制活性と良好な代謝安定性が認められた。次にin vivo抗腫瘍効果を評価したところ、5種の化合物が4bと同様広い有効用量域を示した。以上のデータに加えて、物性、安全性、PKスタディー等の高次評価の結果も含めて総合的に判断し、DJ-927を開発候補品として選抜した (Fig. 5.)。

 以上、武田泰幸は既存タキサン誘導体が無効な多剤耐性腫瘍に対して経口投与で有効性を示し、水溶性に優れたDJ-927を創製した。DJ-927は、既存注射用タキサン系薬剤を有効性および利便性で凌ぐ新規経口タキサン誘導体であり、現在欧州・米国で臨床試験中 (Phase IIa study) である。

 本結果は、博士(薬学)の業績として十分なものと判断した。

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

Fig.5

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