学位論文要旨



No 216200
著者(漢字) 岡本,訓明
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,クニアキ
標題(和) 新規固定化パラジウム触媒の設計および構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 216200
報告番号 乙16200
学位授与日 2005.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16200号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

 近年、グリーンケミストリーへの関心が高まる中、回収・再使用を目的とした触媒の開発は数多くなされている。しかしながら、真に効率的な固定化触媒は限られており、触媒を固定化することによって活性が低下する場合が多く、また触媒の担体からの溶出もしばしば起こるのが現状である。本研究では、固定化により活性が低下せず回収・再使用が可能な固定化触媒の開発、その適用範囲の拡大、ならびに、触媒のさらなる高活性化を目的に検討を行った。

 筆者らの研究グループでは、担体として合成高分子を用いることに着目して触媒の固定化を検討し、これまでにマイクロカプセル化パラジウム触媒(MC Pd)ならびに、その耐溶媒性を改良した高分子カルセランド型触媒(PI Pd 2a)を開発してきた。これらの触媒は、強い結合ではなく、弱い相互作用により金属触媒を固定化するため固定化による活性の低下が少ないのが特徴である。また、高分子を架橋することによって溶媒や基質に対する耐性が増したPI Pd 2aは、アリル位置換反応や水素化反応において、MC Pdでは使用できなかった反応溶媒を用いても回収・再使用が可能となり、より実用性が高められた(Scheme 1)。そこで筆者は、PI Pd 2aの適用をさらに拡大するべく、まず、本触媒を用いる鈴木-宮浦カップリングの検討を行った。

 鈴木-宮浦カップリングは、汎用性が高く工業生産にもしばしば用いられる反応である。近年、高分子に固定化した配位子にパラジウムを担持させた固定化パラジウム触媒が数多く開発され、本反応に適用されている。本反応では、用いる配位子によって反応性が大きく変わることが知られており、目的のカップリング反応において良好な結果を得るために、しばしば最適な配位子のスクリーニングが行われる。しかしながら、これらの固定化触媒を用いる場合、反応によって配位子を適宜変更するのは困難である。PI Pd 2aを用いる鈴木-宮浦カップリング反応を種々検討した結果、様々なホスフィン配位子を外部から添加することが可能であり(Scheme 2)、配位子を適宜変更することで、反応性を大きく向上させられることを明らかにした。特に、立体障害の大きい基質を用いるカップリング反応では、その効果が顕著に現れた。また、2aの回収・再使用も可能であること(Table 1)、ならびに2aが本反応において、非常に高い活性を示すことを明らかにした(Scheme 3)。

 次に、高分子カルセランド型パラジウム触媒を高温・高圧下における水素化反応に適用するため、より耐久性の高い触媒を新たに設計した。工業生産における水素化反応では、生産性の向上のために過酷な条件(高温・高圧)が適用される場合も少なくない。そこで筆者は、より耐久性の高い高分子担体1bから、PI Pd 2bを合成し(Scheme 4)、種々の水素化反応に適用した。その結果、オレフィンの水素化だけでなく、ベンジルエーテルの切断、ニトロ基の還元、キノリンの芳香環の水素化などが、室温、常圧条件下で円滑に進行することを見出した。また、高温・高圧下において、ナフタレンやフェナントレンの芳香環の還元が円滑に進行し、この条件でも触媒の回収・再使用が可能であることが明らかとなった(Table 2)。さらに、パラジウムを被毒することで知られる、窒素や硫黄原子を分子内に有する基質の水素化も円滑に進行し、2bが被毒に対しても耐性を示すことが明らかとなった。

 一方、PI Pd 2aを、鈴木-宮浦カップリングと同様に有用な反応であるHeck反応へ展開する中で、配位性の極性溶媒を用いた場合に顕著なパラジウムの溶出が起こるという問題が浮上した(Scheme 5)。配位性の極性溶媒はホスフィンフリーのHeck反応において効果の高い反応溶媒であることが知られている(Jeffery's condition)。そこで筆者は、配位性の極性溶媒を用いるHeck反応においても回収・再使用が可能な触媒の創製を目的として、固定化方法を根本的に改良することとした。疎水性のベンゼン側鎖と親水性側鎖が主鎖に対して完全に分離された両親媒性高分子1cは、適当な極性溶媒を含む溶媒中で高分子ミセルを形成すると考えられる(Scheme 6)。このミセル溶液に極性の低いPd(PPh3)4が存在すると、パラジウムは高分子ミセル内に局在化し、これによって、極性溶媒中での反応においてもパラジウムの溶出が抑えられると考えた。また、高分子ミセルの内側で安定化を受けながら0価パラジウムが生成することで、クラスターが大きく成長するのを抑制できる可能性があり、触媒のさらなる高活性化も期待できる。1cとPd(PPh3)4とを、DCM/アルコール中で混合したところ、直径数百ナノメートルの球状ミセルが形成された。この時、用いるアルコールを変えることでミセルの凝集度に差が生じた。t-アミルアルコール(t-AmOH)を用いた場合はミセルの分散性が高く(Figure 1a)、MeOHの場合はミセルが凝集し析出物を与えた(Figure 1b)。この析出物をろ過後に加熱架橋したところ、直径数十ナノメートルの球状ないし棒状ミセルからなる3次元網目構造を有する架橋高分子ミセル型パラジウム触媒(PI Pd 2c)が得られた(Figure 1c, 1d)。得られた2cはN-メチル-2-ピロリジノン(NMP)を溶媒に用いるHeck反応において回収・再使用が可能であり、パラジウムの溶出も認められないことが明らかとなった(Table 3)。なお、2cがミセル性を有していること、およびパラジウムがミセルの内部(疎水性部分)に局在化していることが種々の実験により確認されている。

 また、DCM/t-AmOHを溶媒に用いて得られる高分子ミセル型パラジウム触媒が、ミセル性および触媒活性を維持したまま、ガラス、樹脂などの担体表面にコーティングできることを見出した(Scheme 7)。この時に用いる担体の量を相対的に増やすことで、パラジウムの担持量を極端に減ずることも可能となった。これにより反応液中での触媒の拡散性が向上したことで、Heck反応においてさらなる触媒量の低減化が可能となり、turnover number(TON)が28万に達した(Scheme 8)。

 次に、さらに詳細に触媒構造を調べるために、X線吸収微細構造(XAFS)スペクトルによる解析を行った。2c および金属パラジウム(Pd foil)のXANES、EXAFSスペクトルの比較から、本触媒中のパラジウムは金属状態のPd(0)クラスターであることが判明した。また、フーリエ変換EXAFSスペクトルのカーブフィッティング分析を行ったところ、2c 中のPd-Pdの原子間距離が2.76 Å、配位数(CN)が4.4と計算された(Table 4)。球状の最密充填構造をとる、いくつかのモデルクラスターの粒子径および配位数を計算し、Pdの原子数に対してプロットしたところ、それらの相関曲線からCNが4.4のPd(0)クラスターはPd原子7つからなり、その直径は0.7 nmと見積もられた(Figure 2)。筆者が調べた限り、これまで1 nm未満の安定なクラスターは確認されておらず、本Pdクラスターは現段階で最小の安定クラスターであると言える。また、2.14 Åの距離に炭素原子または酸素原子の存在が確認できた。この距離はごく最近、その構造が明らかにされたペリレン-テトラパラジウム錯体におけるPd-C結合の距離、2.14-2.47 Åと一致するものであり、これによって2cにおけるPdと高分子中のベンゼン環との間の相互作用が示唆されたものと考えている。

 ところで、Pd(0)クラスター(Pd/Cなど)を用いたHeck反応では、真の活性種はクラスターそのものではなく反応液中へ溶出した極めて微小なPd種であることが、最近複数の研究グループにより報告されている。その根拠として、クラスターから活性種が生成するための誘導期が反応初期に観測されること、および反応途中でろ過により触媒を除去しても、そのろ液で引き続き反応が進行することなどが示されている。2cを用いて同様の実験を行ったところ、反応初期に誘導期は観察されたが、ろ液では反応は全く進行しなかった(Figure 3)。すなわち、2cでは反応初期にクラスターから活性種が生成すると考えられるが、生成した活性種は高分子ミセルの外側に出ることはなくミセル内で触媒サイクルが回り、反応後に再生したPd(0)も微小クラスターとしてミセル内に留るものと考えられる(Scheme 9)。

 以上、筆者は高分子カルセランド型パラジウム触媒の適用の拡大、ならびに、新規固定化パラジウム触媒の設計および構造に関する研究を行い、以下の知見を得た。

1) PI Pd 2aを触媒として用いる鈴木-宮浦カップリングを実現し、また、外部から添加するホスフィン配位子の種類によって顕著に反応性が変化することを明らかにした。

2) 担体高分子の構造を耐久性の高いものに変更することで、より過酷な条件下における水素化反応に適用できることを明らかにした。

3) 新たに開発した架橋高分子ミセル型パラジウム触媒が、ホスフィンフリーの Heck 反応に有効であり、回収・再使用が可能かつパラジウムの溶出も起こらないことを見出した。また、その触媒構造を解析しパラジウムが極めて微小なクラスターとして固定化されていることも明らかにした。さらに本触媒が著しく高い活性を有することを示した。

Scheme 1. Polymer Incarcerated Palladium

Scheme 2. Effect of Phosphine Ligands

Table 1. Reuse of PI Pd 2a

Scheme3.Suzuki-Miyaura Coupling Using PI Pd 2a

Scheme 4. Preparation of PI Pd 2b

Table 2. Reuse of PI Pd 2b Under Harsh Conditions

Scheme 5.Heck Reaction Using PI Pd 2a.

Scheme 6. Polymer Micelle-Encapsulated Palladium

Figure 1. a) TEM image of micelle solution (DCM/t-AmOH),b) TEM image of micelle solution (DCM/MeOH), c) TEM imageof 2c, d) SEM image of 2c.

Table 3. Reuse of Micelle-Pd 2c

Scheme 7. Micelle-Pd Coating on Support

Scheme 8. Heck Reaction Using Micelle-Pd

Table 4. Curve-fitting Analyses of Fourier-Filtered EXAFS

Figure 2. Geometrical Calculation of Diameter of Small Sphere Pd Clusters and the Average Coordination Number in the Cluster.

Figure 3. Plot of Yield Versus Time for Heck Reaction and Filtrate Test.

Scheme 9. Assumed Mechanism

審査要旨 要旨を表示する

 近年、グリーンケミストリーの中核を成す触媒として、固定化触媒が注目されている。固定化触媒を用いると、触媒と生成物との分離が容易になり、また、触媒は理想的には何度でも回収して繰り返し使えるので、廃棄物を限りなくゼロに近づけることも可能である。一方、問題点としては、多くの場合固定化触媒の調製に煩雑な操作が必要とされる点、固定化する前の触媒に比べると固定化触媒は活性が低い点などが挙げられる。本論文は、現代有機合成で汎用されているパラジウム触媒に注目し、容易に調製でき、高い活性を有する新規固定化パラジウム触媒の設計および構造に関する研究を行った結果について述べたものである。

 まず、第一章では、固定化パラジウム触媒を用いる鈴木-宮浦カップリングについて述べている。すでに当研究室では、担体としてポリスチレンをベースとした高分子を用い、電子的な弱い相互作用に基づく新規金属触媒の固定化法を開発し、マイクロカプセル化パラジウム触媒(MC Pd)、さらには、その耐溶媒性を改良した高分子カルセランド型パラジウム触媒(PI Pd)を開発している。本章ではまず、PI Pdの鈴木-宮浦カップリングへの適用を検討している。鈴木-宮浦カップリングは、医薬品開発にもしばしば用いられる重要な反応の一つである。近年、金属の溶出、混入の問題から、配位子を高分子上に固定化したパラジウム触媒が開発され、本反応への適用が検討されている。本反応は、用いる配位子によって反応性が大きく変わることが知られているが、固定化触媒を用いる場合、反応によって固定化配位子を適宜変更するのは困難である。本論文では、PI Pd を用いる鈴木-宮浦カップリング反応を種々検討し、様々なホスフィン配位子を外部から添加することが可能であり、配位子を適宜変更することで、反応性が大きく向上することを明らかにしている。特に、立体障害の大きい基質を用いるカップリング反応では、その効果が顕著に現れている。また、触媒の回収、再使用も可能であること、ならびにここで開発した触媒が本反応において、非常に高い活性を示すことを明らかにしている。

 続いて、高温・高圧下における水素化反応に適用可能な、耐久性の高い高分子カルセランド型パラジウム触媒(PI Pd)の開発について述べている。工業生産における水素化反応では、生産性の向上のために高温・高圧といった過酷な条件が適用される場合も少なくない。そこで本論文では、より耐久性の高い高分子担体を設計、合成し、それからPI Pd を調製した後、種々の水素化反応に適用している。その結果、オレフィンの水素化だけでなく、ベンジルエーテルの切断、ニトロ基の還元、キノリンの芳香環の水素化などが、室温・常圧条件下で円滑に進行すること、また、高温・高圧下において、ナフタレンやフェナントレンの芳香環の還元が円滑に進行すること、いずれの場合も、触媒の回収、再使用が可能であることを明らかにしている。さらに、パラジウムを被毒することで知られる窒素や硫黄原子を分子内に有する基質の水素化も円滑に進行し、本パラジウム触媒が被毒に対しても耐性を示すことを明らかにしている。

 第二章では、PI Pd をHeck 反応へ展開する中で、配位性の極性溶媒を用いた場合に顕著なパラジウムの溶出が起こるという問題に直面し、配位性の極性溶媒を用いるHeck 反応においても回収、再使用が可能な触媒の創製を目的として、固定化方法の根本的な改良を行っている。疎水性のベンゼン側鎖と親水性側鎖が主鎖に対して完全に分離された両親媒性高分子を設計し、適当な極性溶媒を含む溶媒中で高分子ミセルを形成させ、このミセル溶液に極性の低いPd(PPh3)4 を存在させると、パラジウムは高分子ミセル内に局在化し、これによって、極性溶媒中での反応においてもパラジウムの溶出が抑えられ、また同時に、高分子ミセルの内側で安定化を受けながら0 価パラジウムが生成することで、クラスターが大きく成長するのを抑制できる可能性があり、触媒のさらなる高活性化も期待できる、という仮説を立てている。実際、この両親媒性高分子とPd(PPh3)4 とを、DCM/アルコール中で混合すると、直径数百ナノメートルの球状ミセルが形成されることを明らかにしている。また、この時、用いるアルコールを変えることで、ミセルの凝集度に差が生じること、すなわち、t-アミルアルコール( t-AmOH)を用いた場合はミセルの分散性が高く、MeOH の場合はミセルが凝集し析出物を与えることを見出している。さらに、この析出物をろ過後に加熱架橋すると、直径数十ナノメートルの球状ないし棒状ミセルからなる3 次元網目構造を有する架橋高分子ミセル型パラジウム触媒が得られることも明らかにしている。こうして得られたパラジウム触媒は、N-メチル-2-ピロリジノン(NMP)を溶媒に用いるHeck 反応に有効であり、また、触媒の回収、再使用も可能であり、パラジウムの溶出も認められないことを明らかにしている。さらに、触媒の構造に関して、ミセル性を有していること、パラジウムがミセルの内部(疎水性部分)に局在化していることを種々の実験により明らかにしている。

 また、DCM/ t-AmOH を溶媒に用いて得られる高分子ミセル型パラジウム触媒が、ミセル性および触媒活性を維持したまま、ガラス、樹脂などの担体表面にコーティングできることも見出している。この時に用いる担体の量を相対的に増やすことで、パラジウムの担持量を極端に減ずることも可能であり、これにより反応液中での触媒の拡散性が向上したことで、Heck 反応においてさらなる触媒量の低減化が可能となり、turnover number(TON)が28 万回に達することも明らかにしている。

 次に、さらに詳細に触媒構造を調べるために、X 線吸収微細構造(XAFS)スペクトルによる解析を行い、ここで開発した架橋高分子ミセル型パラジウム触媒および金属パラジウム(Pd foil)のXANES、EXAFS スペクトルの比較から、本触媒中のパラジウムは金属状態のPd(0)クラスターであることを明らかにしている。また、フーリエ変換EXAFS スペクトルのカーブフィッティング分析を行い、パラジウム触媒中のPd-Pd の原子間距離が2.76 Å、配位数(CN)が4.4 と計算している。球状の最密充填構造をとるいくつかのモデルクラスターの粒子径および配位数を計算し、Pdの原子数に対してプロットし、それらの相関曲線からCN が4.4 のPd(0)クラスターはPd 原子7 つからなり、その直径は0.7nm と見積もっている。これまで1nm 未満の安定なパラジウムクラスターは確認されておらず、本Pd クラスターは現段階で最小の安定クラスターであると言える。また、2.14 Å の距離に炭素原子または酸素原子の存在が確認でき、この距離はごく最近、その構造が明らかにされたペリレン-テトラパラジウム錯体におけるPd-C 結合の距離、2.14-2.47 Å と一致するものであり、これによって架橋高分子ミセル型パラジウム触媒におけるPd と高分子中のベンゼン環との間の相互作用が示唆されている。さらに反応機構に関する詳細な実験を行い、本パラジウム触媒は反応初期にクラスターから活性種を生成し、生成した活性種は高分子ミセルの外側に出ることはなくミセル内で触媒サイクルが回り、反応後に再生したPd(0)も微小クラスターとしてミセル内に留る機構を推定している。

 以上、本論文は、医薬品合成にも汎用されているパラジウム触媒に注目し、容易に調製でき、高い活性を有する新規固定化パラジウム触媒の設計および構造解明に関して顕著な成果を挙げており、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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