学位論文要旨



No 216201
著者(漢字) 森口,聡
著者(英字)
著者(カナ) モリグチ,アキラ
標題(和) 新規血小板GPIIb/IIIa拮抗薬FK419の脳梗塞治療薬としての有効性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216201
報告番号 乙16201
学位授与日 2005.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16201号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 津谷,喜一郎
内容要旨 要旨を表示する

 脳梗塞の発症要因として脳内の血栓や塞栓あるいは血行力学的障害等が挙げられ,これらが複雑に絡んで脳が虚血状態に陥ると考えられている。薬物治療としては,虚血による脳細胞死を防ぐ脳保護薬と血栓や塞栓の溶解や形成を抑制する抗血栓薬が開発されてきた。抗血栓薬としては米国でrecombinant tissue-plasminogen activator(t-PA)が認可されているが,脳出血リスクや発症3 時間以内の制限で使用は限られている。我国では抗血小板薬ozagrel,抗トロンビン薬argatroban,抗血栓溶解薬urokinase が使用されているが,有効性が限られ新たな薬物の出現が待たれている。

 急性期脳梗塞患者で発症後48 時間迄血小板が活性化していること,抗血小板薬aspirin が大規模臨床試験で僅かだが有効だったこと,脳梗塞患者剖検脳で梗塞巣周囲に高頻度に微小塞栓が存在し,更には患者の15-34%で発症後に神経症状が増悪することが報告されている。これらは,血小板活性化が脳梗塞の発症原因の一つであること,またその後の二次血栓形成により更なる循環障害が惹起され,梗塞巣拡大や神経症状悪化等の病態進展が起こることを示唆し,抗血小板薬は急性期脳梗塞治療薬として有用と考えられる。血小板膜糖蛋白(Glycoprotein: GP)IIb/IIIa は血小板膜表面上に存在し,フィブリノーゲン(Fg)受容体として血栓形成過程に関与する。GPIIb/IIIa とFg の結合が血小板凝集の最終過程の為,GPIIb/IIIa 拮抗薬は血小板刺激経路に関わらない強力な抗血小板薬となる。但し,強い血小板凝集抑制作用に伴い,出血性副作用が強い可能性が危惧されている。近年,in vitro の検討より,血小板の血管壁への接着や初期血栓形成にGPIIb/IIIa とvWF の結合が重要であり,血小板凝集を含む血栓成長にFg の結合が重要と報告されている。本論文ではヒト精製GPIIb/IIIa とFg 及びvWF との結合試験をスクリーニングに組み込み見出した出血性の低い新規GPIIb/IIIa 拮抗薬FK419((S)-2-acetylamino-3-[(R)-[1-[3-(piperidin-4-yl)propionyl]piperidin-3-ylcarbonyl]amino]propionic acid trihydrate)の薬理作用を纏めた。

1.新規血小板GPIIb/IIIa拮抗薬FK419の抗血小板作用プロファイルの特徴

 フローセル等の試験で,GPIIb/IIIa のリガンドであるFg とフォンビルブランド因子(vWF)が異なった役割を担っていると報告されている。我々はvWF の結合が出血性に重要と考え,一次にヒト血小板凝集を,二次にヒト精製GPIIb/IIIa とFg 及びvWF との結合試験を用いてスクリーニングし,既存のGPIIb/IIIa 拮抗薬に比べvWF よりもFg との結合を選択的に阻害するFK419 を見出した。FK419 は既存のGPIIb/IIIa 拮抗薬よりヒト血小板の凝集抑制作用に比べ接着抑制作用が弱かった。イヌ出血時間の検討で,FK419 は既存薬と同等の血小板凝集抑制作用を有するが出血時間延長作用は弱かった。出血時間延長作用と凝集抑制作用の血中濃度比は,GPIIb/IIIa に対するvWF とFg の結合阻害作用の比に良く相関し,更にはin vitro での血小板接着抑制作用と血小板凝集抑制作用の濃度比とも良く相関した。

 以上より,Fg とvWF のGPIIb/IIIa との結合に対する阻害作用が分離可能であること,GPIIb/IIIa 拮抗薬の出血時間延長作用は血小板凝集抑制作用と分離可能であることが判明した。血小板凝集はGPIIb/IIIa とFg の反応なので,出血時間延長作用の程度はGPIIb/IIIa へのvWF の結合を阻害する程度に関連しており,vWFを介する血小板の接着が初期の止血機構にとって重要であることがin vivo で始めて示唆された。

2.モルモット血栓性脳梗塞モデルにおけるFK419 の二次血栓形成抑制作用及び脳障害改善作用

 光感受性色素のローズベンガルを投与しつつモルモット中大脳動脈(MCA)に緑色光を照射すると,発生したラジカルで内皮損傷が起こり損傷部位に血栓を形成できる。照射強度で血栓の性質が変わり,本研究では二次血栓形成抑制作用を検討する為,軽度の照射条件で閉塞後早期に自然再開通し,以後閉塞再開通を一定時間繰り返す(cyclical flow reductions:CFRs)条件とした。薬物は初期血栓形成に影響せず,臨床に近い閉塞後投与とした。FK419 はCFRs 回数と総血管閉塞時間を減少した。一方,ozagrel は総血管閉塞時間のみ短縮し,argatroban は何ら改善しなかった。FK419 は24時間後の脳梗塞巣及び神経症状も改善したが,ozagrel 及びargatroban は改善しなかった。脳傷害巣の大きさは総血管閉塞時間との相関が高く,CFRs 回数とも相関した。

 以上より,二次血栓形成が脳傷害巣形成に関与しており,FK419 は二次血栓形成を抑制することにより脳傷害を改善することが示唆された。GPIIb/IIIa 拮抗薬の閉塞前投与での有効性は報告されていたが,本試験で閉塞後投与でも有効であることが判明した。

3.モルモット血栓性脳梗塞モデルにおけるFK419 の血栓溶解作用及び溶解後の微小循環障害改善作用

 第二章でFK419 は初回再開通時間の短縮傾向,即ち血栓溶解作用を有する可能性を示した。そこで本検討ではFK419 の血栓溶解作用を,光照射を強くして閉塞性のMCA 血栓を作成する条件で検討した。In vitro の検討でFK419 とtirofiban は血小板凝集抑制作用に加え凝集血小板解離作用を示した。モルモット脳梗塞モデルで,FK419 及びtirofiban は用量依存的に初回再開通時間を短縮した。FK419 は脳傷害巣も用量依存的に縮小し,神経症状も改善したが,tirofiban は明らかな作用を示さなかった。FK419 とtirofiban の差を解明する為,虚血中心部の線条体局所脳血流量(rCBF)を測定した。MCA 閉塞で何れの動物も速やかにrCBF は消失した。対照群ではMCA 血流の自然再開通後rCBF が回復する動物としない動物がいた。FK419 投与でMCA 血栓は早期に溶解し,rCBF は虚血前のレベルに回復した。Tirofiban 投与でもMCA 血栓は早期に溶解したが,rCBF は回復しなかった。In vitro の追加検討でFK419 はコラーゲンビーズへの血小板及び好中球の接着を抑制したが,tirofiban のその作用は弱かった。

 T-PA は血栓を溶解するものの,aspirin,ozagrel,argatroban 及びheparin は全く無効な本モデルで,GPIIb/IIIa拮抗薬は血栓溶解作用を示すことが明らかになった。凝集血小板解離作用の無いaspirin 及びozagrel は血栓溶解作用を示さないことより,血栓溶解作用には同作用が寄与している可能性が示唆された。また,本モデルではMCA 閉塞再灌流後にno reflow 現象と言われる微小循環障害が発生しており,FK419 はMCA 本幹部の血栓を溶解するだけでなく,微小循環障害も改善することにより脳障害を改善することが明らかになった。この作用にはFK419 の血小板接着抑制作用及び好中球接着抑制作用が関与している可能性が示唆された。

4. リスザル血栓性脳梗塞モデルにおけるFK419 の血栓溶解作用及び脳障害改善作用

 臨床での有効性をより正確に予測する為にはヒトにより近い動物を用いて評価することが重要である。我々は,モルモットの実験技術を応用してリスザルで血栓性MCA 閉塞脳梗塞モデルを確立し,米国で承認されているt-PA と比較検討した。白質/灰白質の割合等ヒトの脳構造と類似点の多いリスザルを用いた本モデルでは,覚醒状態,手足の麻痺,歩行異常等の運動障害といったヒトの症状に類似した項目が観察できた。また,梗塞範囲として外側溝周辺の大脳皮質,基底核及び内包が広範に傷害され,脳梗塞好発部位である中大脳動脈系閉塞患者を想定した評価系が確立できた。FK419 は用量依存性に血栓を溶解し,神経症状を改善し,脳梗塞巣を縮小した。T-PA は血栓を溶解し,脳梗塞巣を縮小したが,神経症状は改善傾向を示す動物と悪化を示す動物に分かれた。組織学的な観察で,t-PA 投与動物脳には微小出血像が観察された。In vitro の検討で,FK419 は血小板凝集を抑制するだけでなく,凝集惹起後に添加した場合凝集血小板塊を解離させた。

 以上より, FK419 はリスザル脳梗塞モデルにおいてt-PA と同様に閉塞血栓溶解作用を示し,脳障害を改善することが明らかとなった。

結論

〓 GPIIb/IIIa とそのリガンドであるFg 及びvWF の結合を選択的に阻害可能であること,両阻害作用と出血性とに相関が認められること,新規GPIIb/IIIa 拮抗薬FK419 はそのリガンド選択的な阻害作用により出血性副作用と分離した血小板凝集抑制作用を持つことが判明した。

〓 FK419 は脳虚血病態の進展に重要な役割を果している二次血栓形成を抑制するだけでなく,一次血栓を溶解し,更には脳虚血後に発生する微小循環障害も改善することが判明した。これらの作用には凝集血小板解離作用や血小板及び好中球接着抑制作用が関与している可能性が示唆された。

〓 FK419 の血栓性脳梗塞モデルでの有効性はモルモットだけでなくリスザルでも同様に発揮されることが判明した。

 以上より,脳虚血病態の形成には,初期血栓だけでなく,二次血栓や微小循環障害も重要であり,これらに有効な新規GPIIb/IIIa 拮抗薬FK419 はt-PA と並ぶ脳梗塞急性期治療薬になりうる可能性が示唆された。

表1 各種GPIIb/IIIa 拮抗薬のリガンド選択性

表2 各種GPIIb/IIIa 拮抗薬の血小板凝集抑制作用と接着抑制作用

表3 イヌにおける凝集抑制作用及び出血時間延長作用

図1 リガンド選択性,血小板接着抑制作用と出血性との相関

図2 モルモット血栓性脳梗塞モデルにおける有効性

図3 FK419 及びtirofiban のin vitro プロファイル

図4 モルモット血栓性脳梗塞モデルにおける有効性

図5 虚血中心部位の線条体局所脳血流量の変化(個々の動物の変化)

図6 リスザル血栓性脳梗塞モデルにおける有効性

図7 梗塞部位に認められる微小血栓及び微小出血

審査要旨 要旨を表示する

 血小板活性化が脳梗塞の発症原因の一つであり、また発症後の二次血栓形成による循環障害によって梗塞巣拡大や神経症状悪化等の病態進展が惹起することが示唆されており、抗血小板薬は急性期脳梗塞治療薬となる可能性が考えられる。血小板膜糖蛋白(Glycoprotein:GP) IIb/IIIa は血小板膜表面上に存在し、フィブリノーゲン(Fg)受容体として血栓形成過程に関与する。GPIIb/IIIa とFg の結合が血小板凝集の最終過程であるため、GPIIb/IIIa 拮抗薬は血小板刺激経路に関わらない強力な抗血小板薬となりうる。ただし、強い血小板凝集抑制作用に伴い、出血性の副作用が強くなる可能性が危惧される。近年、in vitro の検討より、血小板の血管壁への接着や初期血栓形成にGPIIb/IIIa とvWF の結合が重要であり、血小板凝集を含む血栓成長にFg の結合が重要であると報告されている。本研究ではヒト精製GPIIb/IIIa とFg 及びvWF との結合試験をスクリーニング系に組み込んで見出した、新規GPIIb/IIIa 拮抗薬FK419 ((S)-2-acetylamino-3-[(R)- [1-[3-(piperidin-4-yl)propionyl]piperidin-3-ylcarbonyl]amino] propionic acid trihydrate)の薬理作用を解析し、出血性の低い有望な脳梗塞治療薬となる可能性を示した。

 FK419 は既存のGPIIb/IIIa 拮抗薬に比べvWF よりもFg との結合を選択的に阻害し、ヒト血小板の凝集抑制作用に比べ接着抑制作用が弱かった。また、イヌ出血時間で検討したところ、FK419 は既存薬と同等の血小板凝集抑制作用を有するが出血時間延長作用は弱いことが明らかになった。出血時間延長作用と凝集抑制作用の血中濃度比はGPIIb/IIIa に対するvWF とFg の結合阻害作用の比に相関しており、in vitro での血小板接着抑制作用と血小板凝集抑制作用の濃度比ともよく相関していた。次に脳梗塞に対する有効性をモルモット脳梗塞モデルを用いて検討した。FK419 は中大脳動脈(MCA)再閉塞回数と総血管閉塞時間を減少させ、24 時間後の脳傷害巣及び神経症状を改善した。脳傷害巣の大きさは総血管閉塞時間との相関が高く、また再閉塞回数とも相関していた。

 上記の検討中にFK491 に血栓溶解作用がある傾向が認められたので、その点を次に検討した。モルモット脳梗塞モデルでは、FK419、tirofiban 及びt-PA は用量依存性に血栓を溶解させた。FK419 及びt-PA は脳傷害巣も用量依存的に縮小させ、神経症状も改善したが、tirofiban には明らかな作用が認められなかった。FK419 とtirofiban の違いを解明する目的で、虚血中心部である線条体の局所脳血流量(rCBF)を測定した。MCA 閉塞により速やかにrCBF は消失したが、対照群ではMCA 血流の自然再開通後rCBF が回復する動物としない動物が存在した。FK419 投与でMCA 血栓は早期に溶解し、rCBF は虚血前のレベルに回復した。Tirofiban 投与でもMCA 血栓は早期に溶解したが、rCBF は回復しなかった。本モデルにおいては、MCA 閉塞再灌流後にno reflow 現象と言われる微小循環障害が発生しているが、FK419 はMCA 本幹部の血栓を溶解するだけでなく、微小循環障害も改善することにより脳障害を抑制することを明らかにした。In vitro の検討でFK419 とtirofiban は同等の血小板凝集抑制作用及び凝集血小板解離作用を示したが、コラーゲンビーズへの血小板及び好中球の接着抑制はFK419 に比べtirofibanの作用は弱かった。

 臨床での有効性をより正確に予測するためには、ヒトにより近い動物を用いて評価することが重要であると提唱されており、リスザル脳梗塞モデルを用いて検討した。白質/灰白質の割合等などヒトの脳構造と類似点の多リスザル脳梗塞モデルでは、覚醒状態、手足の麻痺、歩行異常等の運動障害といったヒトの症状に類似した項目が観察できた。また、梗塞範囲として外側溝周辺の大脳皮質、基底核及び内包が広範に傷害され、脳梗塞好発部位であるMCA 系閉塞患者に類似していた。FK419 は用量依存性に血栓を溶解し、神経症状を改善し、さらに脳梗塞巣を縮小した。T-PA は血栓を溶解し脳梗塞巣を縮小したが、神経症状は改善傾向を示す動物と悪化を示す動物に分かれ、一定した成績は得られなかった。組織学的な観察でt-PA を投与した動物の脳に微小出血像が認められた。

 本研究では新規GPIIb/IIIa 拮抗薬FK419 の薬理作用を検討した。その結果、GPIIb/IIIa とそのリガンドであるFg 及びvWF の結合を選択的に阻害可能であること、出血時間延長作用とGPIIb/IIIa へのvWF の結合阻害作用とが相関することを示し、またFK419 はそのリガンド選択的な阻害作用により出血性の副作用とは分離可能な血小板凝集抑制作用を有することを明らかにした。さらに、脳梗塞モデルを用いた検討により、二次血栓形成が脳傷害巣形成に関与しており、FK419 は二次血栓形成を抑制することにより脳傷害を改善することを示した。FK419 は血栓溶解作用のみならず、脳虚血病態の形成に重要な微小循環障害も改善することを明らかにした。これらの作用には凝集血小板解離作用や血小板及び好中球接着抑制作用が関与している可能性を示唆した。これらの知見はGPIIb/IIIa 拮抗薬が有用な脳梗塞治療薬になりうる可能性を示唆するとともに、GPIIb/IIIa の生理学、生化学的研究の進展に貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認められた。

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