No | 216203 | |
著者(漢字) | 中村,肇 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,ハジメ | |
標題(和) | 動画表示液晶表示デバイスの研究 | |
標題(洋) | Liquid Crystal Display Devices for Motion Picture Applications | |
報告番号 | 216203 | |
報告番号 | 乙16203 | |
学位授与日 | 2005.03.09 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 第16203号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 液晶表示デバイス(LCD)の発展は目覚しく、表示装置としては色純度や視野角などの点ですでにフラットパネルディスプレーの主役としての機能は十分に備えているといえる。しかし近年、通信技術の発展やディジタルテレビ放送の開始に例示されるように動画表示の需要が増大しつつあるにもかかわらず、LCDの応答特性は一般に画面のフレーム時間(16.7ms)より遅く、動画表示にはいささか不利であるとされており、しかも動画対応に関する総合的な研究はほとんどされていないのが現状である。 本研究は、そのような制約下において動画表示特性を改善する技術およびそれを支える解析手法あるいはモデルについて議論する。 そのために、まず、液晶デバイスの電気光学応答の理論の再構築として、従来の弾性および誘電トルクだけではなく、物性研究でのみ考慮されていた流体力学的フローを取り込み、さらに実際の液晶デバイスにおける時分割駆動の影響を考慮することにより、ダイレクターの応答を正確に記述するモデルを提示する。このモデルは後述するオーバードライブ技術の理論的裏づけを与える。次に、プラズマディスプレーの分野で用いられている動画像の基本的概念を発展させ、LCDでは初めて動画品質の定量化およびその劣化の本質の解明を行うことができるモデルを導入する。 そして、これらの応答解析手法および動画像モデルを適宜用いて、動画表示技術を二分するアプローチであるオーバードライブ技術(所定の電圧よりも大きい電圧を最初のフレームに加えることにより見かけの応答速度を改善)およびブランキング技術(各フレーム時間に短時間のブランキング期間を挿入しCRTのインパルス型発光に近づける試み)について、それらの効果を詳細に評価するのが本論文の目的である。各章の具体的内容は以下の通りである。 まず、本研究の簡単なバックグランドを与えた後(第一章)、液晶の基本的物性と電気光学応答の簡単な紹介を行い、典型的なデバイスとして、ツイストネマティック、インプレーンスイッチング、垂直配向、パイセル、強誘電液晶の動作原理および応答特性などの特徴について概要を示す(第二章)。実際の液晶デバイスの応答は、いわゆる応答の時定数で表される一律な応答ではなく、流体力学的フローの影響(バイアス除去時に生じるバックフローと呼ばれるダイレクターの逆回転による応答の一時的な遅れおよび見かけの粘性係数の変化など)、時分割駆動の影響(フレーム時間内に発生するダイレクターの緩和が引き起こす光学応答の脈動)などの応答遅延要因が加わったものである。さらに、液晶デバイスの連続発光モード(CRTはパルス発光)が動画像劣化に与える人間工学的な問題は重要で、これは筆者が発展させた動画像モデルとして章を改めて詳述する(第三章)。 液晶材料の改良の努力にも限度があることを前提とし、高速応答化のための新たな視点での取り組みとして、駆動系の変更により電気光学応答特性を改善する技術、すなわち、所定の電圧よりも大きい電圧を最初のフレームに加えることにより見かけの応答速度を改善するいわゆるオーバードライブ技術を、初めて理論と実験により検討する。 ここでは代表的なデバイスであるツイストネマティックに適用し、顕著な応答速度の改善を達成できることを示す。計算からも実験と非常によく一致する結果が得られている。インプレーンスイッチングでも同様の改善がはじめて明らかなったが、フローや時分割駆動の影響はほとんど現れず、比較的簡単なダイレクター応答となっていることが注目される(第四章)。 なお、ある特定の画素設計では、隣接画素のゲート電圧の変動がゲート容量を通してオーバードライブ電圧として自動的に現れることを利用して、駆動系の変更を施すことなく同様の効果を得ることができる容量結合方式と呼ばれる方法がある。十分な電圧範囲が得にくい欠点などがあるが、追加コストが生じないという点に特徴がある(第五章)。 LCDでは動画表示品質を評価するための手段はほとんど注目すべきものがなかったが、プラズマディスプレーなどの分野では、表示されている移動物体を正確にトラッキングしている観察系を仮定し、そこに形成されるべき像の空間プロファイルを決定する方法がすでに存在していた。 これをLCDに適用しさらに発展させたのが本論文で導入する動画像モデルである。 その大きな特徴は、形成されるべき像の空間プロファイルをデバイスの電気光学応答から一意的に導出できることであり、このモデルにより、インパルス型の発光を伴うCRTでは移動速度に依らず元の画像を正確に再現できるのに対し、発光が持続するLCDでは、観察像の幅の広がりおよび光強度の低下が移動速度に比例するという説明が初めて与えられた。また、ブランキング技術に関して、実験では50%以上のブランキングジューティーサイクルでCRTと同様の動画表示品質が得られることが判明したが、その改善効果を定量的に評価できることも示した。 さらに点滅バックライト方式(バックライトをLCD表示に同期させて点滅させる)の特有の問題点である輪郭部で発生するゴースト(実験で筆者により確認されている)の原因が、時分割駆動に起因することも理論的な裏づけを与えることができた(第六章)。 最後に、ネマテッィク液晶では最も応答速度が速く動画表示に適したパイセルについて述べる(その高速性の原因はいろいろあるが、フローによる応答遅延がないことを指摘しておく)。 このデバイスの歴史的意義は、単に応答速度が速いというだけではなくブランキング方式を適用して初めてCRTに匹敵する動画品質が期待できることを実験的に示すのに寄与した点である。しかしながら、閾値電圧以下ではベンドモードが消滅しその電圧付近でのデバイスの安定性に大きな問題点があった。たまたま、ブランキング駆動の適用実験の際に、各フレーム期間に高電圧が短時間印加されることにより、100msec程度の寿命を持つ準安定なベンド状態の存在が発見され、著者はこれを「ダイナミックベンド」と名づけ、ブランキング駆動と組み合わせることにより、パイセルを0Vから駆動できることを示した。なお、視野角に関しては、新規なディスコティック液晶フィルムの開発により、より完全な光学補償が可能となり、これら全ての技術の組み合わせにより初めてCRTに匹敵する動画品質および視野角を有するLCDが実現できた(第七章)。 動画表示技術の適用指針は、(1)オーバードライブ方式に代表される電気光学応答の改善を行うべきである(高速応答性の乏しいデバイスに対しては特に有効である)、(2)それにさらにバックライトなどによるブランキング方式を組み合わせることにより、動画品質のさらなる改善が得られる。なお、残念ながら実用化はされなかったがパイセルという究極のデバイスがなければ本研究で議論したようなLCDの動画技術の基本概念の確立はできなかったであろうと思われる。 また、現実に、ここ数年、ここに述べた技術の効果の確認が各社で行われされつつあり、その一部が市場に登場し始めていることを付け加えておく。 | |
審査要旨 | 本論文は、題目「Liquid Crystal Display Devices for Motion Picture(動画表示液晶表示デバイスの研究)」が示すように、液晶表示デバイスの動画表示特性技術に関する研究である。論文は全八章からなり、各章の具体的内容は以下の通りである。 第一章では、本研究の背景と目的が述べられている。すなわち近年の通信技術の発展やディジタルテレビ放送の開始により動画表示の需要が増大しつつあるにもかかわらず本格的な動画対応液晶デバイスに関する研究がほとんどないのが現状であり、本研究はそのような制約下において動画表示特性を改善するためのオーバードライブとブランキングという技術およびそれを支える解析手法あるいはモデルを提案することが目的であるとしている。 第二章では、本論文の内容を理解するための前提知識として、液晶の基本的物性の初歩的な解説および近似モデルを用いた電気光学応答の簡単な紹介を行っている。そして典型的なデバイスとして、ツイストネマティック、インプレーンスイッチング、垂直配向、パイセル、強誘電液晶の動作原理および応答特性などの特徴について概要が示されている。 第三章は、液晶デバイスの電気光学応答の理論に関して、従来の弾性および誘電トルクだけで構成するのではなく、物性研究でのみ考慮されていた流体力学的フローを取り込み、さらに実際の液晶デバイスにおける時分割駆動の影響を考慮することにより、ダイレクターの応答を正確に記述するモデルを提示し、いくつかの代表的な例を与えている。このモデルは続く章で議論するオーバードライブ技術の理論的裏づけとなっている。 第四章では、高速性に欠ける液晶デバイスに対する有力な応答高速化の方法として、駆動系の変更により電気光学応答特性を改善する技術、すなわち、所定の電圧よりも大きい電圧を最初のフレームに加えることにより見かけの応答速度を改善するいわゆるオーバードライブ技術を、実験および前章で導入した計算モデルにより検討している。例えば、代表的なデバイスであるツイストネマティックに適用し顕著な応答速度の改善に成功している。同様の効果が得られるインプレーンスイッチングでは、フローや時分割駆動の影響がほとんど現れず、比較的簡単なダイレクター応答であるとの指摘も加えている。なお、第五章では、駆動系の変更を施すことなく同様の効果を得ることができる容量結合方式と呼ばれる方法も併せて検討し、効果があることを実証している。 第六章では、プラズマディスプレーの分野で用いられている動画像の基本的概念を発展させ、LCDでは初めて動画品質の定量化およびその劣化の本質の解明を行うことができるモデルを導入している。このモデルが明らかにしたのは、(1)有限の電気光学応答速度を有する液晶の場合に、その時間応答特性から形成されるべき像の空間プロファイルを一意的に導出できること、(2)インパルス型の発光を伴うCRTでは移動速度に依らず元の画像を正確に再現できるのに対し、連続発光タイプであるLCDでは、移動速度に比例した観察像の幅の広がりおよび光強度の低下を定量的に記述できること、(3)ブランキングによりそのような液晶の欠点の改善の程度も同様に定量的に説明できること、である。実験からは、50%以上のブランキングジューティーサイクルでCRTに近い動画表示品質が得られることが確認され、同様の効果を有する点滅バックライト方式の特有の問題点である輪郭部で発生するゴーストが時分割駆動に起因することがこの動画像モデルにより明らかにされている。 第七章においては、ネマテッィク液晶の中では最速の応答速度を有するパイセルを用いた動画表示ディスプレーについて述べている。ベンド状態は、ある閾値電庄以下ではエネルギー的により安定なスプレー状態に転移するため、高い駆動電圧を余儀なくされ、閾値電圧付近でのデバイスの安定性にも問題点があったとする。たまたま著者はベンド定常状態印から電圧を除去した直後に100msec程度の寿命を持つ準安定なベンド状態が存在すること発見し、これを「ダイナミックベンド」と名づけ、ブランキング駆動と組み合わせることにより、パイセルを0Vから駆動できることを示した。視野角に関しては、より完全な光学振補償を可能にする新規なディスコティック液晶フィルムを採用し、プランキング駆動による動画機能を有するCRTに匹敵する動画品質および視野角を有するLCDの開発に成功している。 第八章では本論文の成果の結論が与えられている。 以上、本論文は、液晶物性から動画像の表示概念までの多角的な要素技術を融合させることにより、高品質の動画を表示する液晶ディスプレーの開発に成功した。物性工学、デバイス工学の発展に寄与するところ大であり、本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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