学位論文要旨



No 216206
著者(漢字) 岡部,明子
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,アキコ
標題(和) 1990年代EUサステイナブルシティの政策展開 : 「都市・地域からなる欧州」の視点から
標題(洋)
報告番号 216206
報告番号 乙16206
学位授与日 2005.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第16206号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景・意義:「グローバル化あるいは欧州化」と「地球環境」

 1993年マーストリヒト条約発効でEUは統合へのプロセスを加速させ、「欧州化」の流れが力強さを増した。1992年リオの地球環境サミットでアジェンダ21が採択され、「サステイナブルな発展」が地球規模の環境的合意となった。欧州におけるサステイナブルシティへの取組みは、これらに呼応して浮上してきた。その成果と課題を明らかにすることは、欧州化同様、国を超えた動きが強まる「グローバル化」と「地球環境」という、日本を含めどこの都市も対応に悩んでいる問題に対して有用な示唆を与える点で意義深いと考えられる。

研究の目的:欧州サステイナブルシティの特徴と「都市・地域からなる欧州」

 本研究の全体目標は、「欧州におけるサステイナブルシティ思想の特徴とは何か」、「どのような経緯で欧州サステイナブルシティ像は定まっていったか」を明らかにすることである。

 本研究の特徴は、「欧州化」をEU政策強化の面からのみ理解せず、「都市・地域からなる欧州」の台頭ととらえている点である。欧州化が国民国家を相対化し、EUが、必ずしも国を経由せず、都市・地域と直接結び付き、EU-国-地域・都市が対等に関係を持つ構図の浮上である[図1]。この構図を念頭に置き、EUレベルの取組みと個別都市や地域の取組みの双方を研究対象とし、サステイナブルシティの欧州的特徴を抽出していく。

 まずEUレベルについては、サステイナブルシティと関係のあるEU提言を環境政策・地域政策・空間政策の3つの流れで整理し考察を加える。他方、都市・地域レベルについては、ビルバオ(バスク)とバルセロナ(カタルーニャ)を事例として取り上げる。域内南北間格差の是正がEU統合の成功のカギであるといわれていた1990年代に、両都市および地域は、「都市・地域からなる欧州」に立脚した都市再生戦略を推進し、欧州レベルで注目度を急激に上げた。国を超えた欧州レベルのロビー活動を活発化させ、欧州を舞台に発展の可能性を広げていった。

考察結果1:欧州サステイナブルシティの2つの特徴

 1990年代を通じて徐々に立ち現れてきた欧州サステイナブルシティの姿は、地球環境に配慮するだけでなく人間主義的に再生された都市であり、大都市ばかりでなく中小都市が多元的にネットワークする多心型システムに居場所を与えられた都市であることが、本研究により明らかになった。以下、上述の3つのEU政策の流れで、具体的にこの2つの特徴がどのように展開されていったか、その考察結果を示す。

 第1の流れである環境政策の取組み[表1]は、サステイナブルシティの概念化を進めて『サステイナブル都市報告書』(1996年)をまとめ、経済・環境・社会の3相をバランスさせたサステイナブルシティ像を提示した。これと並行して『サステイナブル都市キャンペーン』により都市自治体のネットワークを強める手助けをした。これら環境面からの取組みの原点となった『都市環境緑書』(1990年)は、機能主義を都市環境問題の主犯と指摘するなど「人間主義的」な思想が際立っている。同緑書には、中世以来、脈々と受け継がれた中小都市ネットワークシステムに好意的な記述が見られる。

 第2の流れは、地域政策面からである[表1]。地域政策総局は、1997年『都市アジェンダへ向けて』を公表し、都市重視への転換を宣言し、サステイナブルシティ指向を明示している。これと並行して、サステイナブルシティを目指す実験的補助事業を拡充していった。地域政策の重要課題が失業問題にあるために、アジェンダも補助事業も、サステイナビリティの社会的側面が突出したものになっている。すなわち、先述の環境面から提示されたサステイナブルシティ像以上に、人間が人間らしく暮らせる都市のイメージが色濃い。また、同アジェンダは、世界の他の地域と比べて中小都市が多く相互に近接している欧州都市システムを貴重な資産であるとし、これを現代に生かしていく方向で、サステイナブルな発展を探っている。

 第3の流れは、空間政策面からである。加盟国・EU・地域委員会で10年間議論の末、とりまとめられたのが空間開発見通しESDPである。ESDPは、多心型の都市ネットワークシステムが欧州全体の骨格となり、ネットワークの結節点である都市が農村と相互補完関係を強めることにより、環境・経済・社会のサステイナビリティをバランスよく欧州全体で追求していくシナリオを提示した。巨大都市を持たないデンマークやオランダなどの小国が、3大国支配の欧州を牽制するビジョンとして積極的に働きかけた成果であった。

 以上、EU政策の3つの流れを総合すると、環境・経済・社会文化のバランスをとりながらサステイナブルな発展を探るうちに、「人間主義的」「多心型」を特徴するサステイナブルシティ像が形成されていったことがわかる。

考察結果2:ビルバオとバルセロナ-「都市・地域からなる欧州」の視点で

 次に、ビルバオとバルセロナの2事例を「都市・地域からなる欧州」の視点に立って考察した。

 ビルバオは、1970年代から、重工業による環境汚染に加えて、鉄鉱・製鉄・造船の基幹産業が衰退し、高い失業率に悩まされるようになった。こうした経済不況の打撃を受ける前から、地域として自立を主張するバスク州は国民国家との衝突が絶えず、社会文化的に問題を抱えていた。経済に市民生活の質の向上の牽引役が見込めない厳しい現実で、環境・経済・社会文化を統合して市民の人間的な生活を取り戻そうという実験を試みた。これが、グッゲンハイム美術館に象徴される文化による都市圏再生戦略だったといえる。また、バスク州は、都市機能を複数都市で分担する多心型地域システムを伝統的に持ち合わせていた。この地域構造にサステイナブルな発展のカギを見出し、欧州の周縁に位置する地理的ハンディを克服しようと戦略的に提唱されているのが、バスク・シティ・リージョン構想であった。

 バルセロナの位置するカタルーニャ州は、バスクほど急進的ではないが地域主義(ナショナリズム)の強い地域であり、国民国家とは一線を画した発展戦略を推進してきた。バルセロナの疲弊地区ラバルで展開された独自の公共空間政策は、失業者・移民などに対する都市内の社会的排除の問題と広場や街路の空間の質を統合的に都市環境としてとらえる発想であった。また、22@事業は、工業専用地域のブラウンフィールドを転換し、知識社会に適合した混在型の都市集積に誘導するもので、機能主義に挑む試みであった。

 以上、ビルバオとバルセロナの2つの都市再生事例の考察結果から、自立意識が高く、地中海都市文化の伝統のある南欧諸地域では、戦略的に都市の占める位置が重かったことがわかる。すなわち、都市が地域発展の原動力である反面、都市問題が地域発展の足枷であった。これらの都市では、1980年代から、都市の疲弊地区にターゲットを絞り、人間主義的に都市を再生していくことで、都市全体そして地域の発展を戦略的に促す実験が始まっていた。こうした試行錯誤は、サステイナブルシティへの挑戦そのものであった。

 以上、EU政策と2都市事例の考察を総合すると、サステイナブルシティの欧州的特徴を以下のように具体化してとらえることができる。

 きれいな空気や水、緑豊かな生活環境も、人間のつくった広場や街路など質の高い建造環境も、多様な市民を包摂する社会文化環境も、都市全体の人間的な生活の質を充実させようとして、市民が自発的に求めているものである。これらを統合的にとらえたところに、人間主義的な性格の強い欧州サステイナブルシティ像は形成された。

 共同体としてのEUにとって、地域の社会文化的な多様性は基本理念である。環境負荷低減に加えて地域政治紛争の回避や欧州全体としての中心―周縁間の格差拡大の最小化などの判断基準を統合して、サステイナブルシティの延長で、2層の多心型都市システムが浮かび上がった。2層とはすなわち、バスク・シティ・リージョンのように地域内に多核を持ち合わせる一方、欧州全体としては、ロンドンからフランス・ドイツ国境地帯の『ブルーバナナ』に偏らず、本論で取り上げたバスクやカタルーニャのような周縁地域にも強い都市核を持つ多心型ネットワークとしての欧州である。

今後の課題:環境主義的な面と人間主義的な面の統合

 欧州サステイナブルシティへの取組みは、2000年に転換点を迎えた。EUという枠に庇護されている状態が薄れ、欧州レベルのネットワークの活動にフィールドを移し、それぞれの都市が自発的に取り組んでいく方向に向かっている。

 アルプス以北の都市でも、地中海都市のにぎわいをヒントにした都市再生が進み、人間主義的サステイナブルシティが欧州化する傾向が見られる。他方、バルセロナなど南欧諸都市も、遅れが指摘されていた地球環境主義的サステイナブルシティへの取組みを強化してきた。その陰で、郊外化が急速に進展し、サステイナブルシティの理想とされたコンパクトな都市像から遠ざかる傾向にある。本来、表裏一体で追求してきたはずのサステイナブルシティの人間主義的な面と地球環境主義的な面がねじれ、ひとつの都市像に収斂しているとはいいがたい。

 「創造的で多機能型の都市は、最も住みやすい都市でもあり、最も汚染しない都市である」つまり、「そこに住む人間にやさしい都市は、地球環境にもやさしい都市である」という欧州サステイナブルシティの原点に立ち戻って、今後は、EU政策というめがねを通して見えてくるものだけではなく、広く「欧州化と都市」の視点からサステイナブルシティについて考察していく必要があろう。

図1 欧州で都市・地域が浮上している構図 筆者作成

表1 1990年代都市政策の経緯:EU地域・環境政策と地域・都市 筆者作成

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、欧州におけるサステイナブルシティ思想の特徴を解明し、どのような経緯で欧州サステイナブルシティ像は定まっていったかを明らかにすることである。対象は1990年代の都市政策とその実施であり、欧州委員会の議事録、関係者へのインタビュー、事業対象都市でのインタビュー、現地の観察を基礎資料として考察している。

こうして達成された本研究の特徴は、「欧州化」をEU政策強化の面からのみ理解せず、「都市・地域からなる欧州」の台頭ととらえている点にある。欧州化が国民国家を相対化し、EUが、必ずしも国を経由せず、都市・地域と直接結び付き、EU-国-地域・都市が対等に関係を持つ構図を浮上させている。

本論は、3部8章から構成されている。

第I部では、EU補助事業の変遷と都市の関係について基本的な認識を整理し、EUの補助政策がそれぞれの都市にどのように影響を与えたかについて考察を加えている。

まず第1章で、EU補助事業についての基本的知識を整理した。EU執行機関である欧州委員会の特質としくみを概説した上で、地域政策総局の管轄する構造対策用基金について詳述している。

第2章では、構造対策用基金の中で、対象を都市問題に特定した補助金がどのような要請を受けて始まり、どのように進化していったかを考察している。

1989年から始まったUPP以降、共同体主導URBAN、主流目的2都市地域へ、段階的に発展していった経緯を追い、これら補助政策の成果を評価分析している。具体的な事例を取り上げて、補助事業による多様な都市実験を通じ経験を共有しながら、それぞれの都市に適ったサステイナブルシティへの途を具体化しようとする試みが思惑通り成果を上げたのかどうかを検証している。

第II部では、地域政策と環境政策がそれぞれに提示したサステイナブルシティへ向けた政策提言・方針の流れを追っている。第3章でまず、政策主体としてのEUに加え、国・地域・地方自治体とネットワーク組織など(II.3-2.)欧州レベルで活動する多様な主体の群像を明らかにしている。

補助政策と政策提言は呼応関係にある。ここでは、1990年代のサステイナブルシティに関連の深い政策提言として、環境・地域政策・空間発展戦略の3つの流れを取り上げている。

第4章では、環境面からの取組みを取り上げ、サステイナブル都市報告書(EC-Environment, 1996)と欧州サステイナブル都市キャンペーンを両輪とした取組みを中心に、異なる主体が関わってきたことを検証している。

第5章では、地域政策面から『都市アジェンダへ向けて』(EC-Regional Policy, 1997b)が提示され、翌1998年ウィーン都市フォーラムで行動計画骨子(EC-Regional Policy, 1998a)が採択される(II.5-2.)プロセスに焦点を当てている。

第6章では、欧州空間開発見通しESDP起草の背景、1989年のESDP策定へ向けた第1回会合から1999年ポツダム会議でESDP最終案(CSD, 1999)が採択されるまでの欧州空間戦略具体化のプロセスをたどった。

第III部では、ビルバオとバルセロナという2都市の事例を取り上げて1990年代EUサステイナブルシティ思想が生活の質を市民が実感できる成果をもたらす都市政策と同化していった理由を探っている。

第7章はビルバオである。ビルバオ都市再生の経緯をたどり、過大評価されがちのグッゲンハイム効果を批判的に考察した上で、その本質を追求した。次にビルバオが主体的に進める都市再生戦略がEUレベルの都市向け補助対象プログラムをどう認識しどのように活用してきたか、また欧州全体を視野に入れた「バスク・シティ・リージョン戦略」について考察した。

第8章は、バルセロナである。バルセロナモデルとよばれる四半世紀におよぶ都市再生のプロセスを3期に分けて検証し、バルセロナが欧州化を巧みに味方につけて、都市のサステイナブルな発展を主体的に描いてきた経緯をたどった。また、バルセロナモデルの制度・思想的背景と地域に広げたサステイナブルな発展戦略の方向性について考察した。

 以上、EU政策と2都市事例の考察を総合することで、欧州のサステイナブルシティの特徴を以下のようにまとめている。

1.経済、環境、社会の3相をバランスさせ、機能主義と一線を引く人間主義

2.国家だけでなく、地域、都市の重要性の強調。

3.多心型都市ネットワークに基づいた空間戦略

であるとしている。

筆者は、長年欧州に住み、現地でEUの都市政策による都市の変貌の現場に立ち会ってきた実体験を元に、膨大な関係資料を読みこなし、また現地での多数の関係者にインタビューを試み、EUレベルでの都市政策の経過を克明に記録し、かつ本質を多面的に解明することに成功している。

本論は、国民国家を超して都市と地域に視座を置くことで、EUの都市政策に関する信頼おける情報を整理することができた。それゆえ、論文の成果は、地方の時代と呼ばれながらも、具体的な都市政策的手段という点では十分な蓄積を持っていない日本の今後の都市政策に対して様々な示唆を含んでいる。

以上のように、本研究は、環境学、都市設計学の発展に寄与するところが多大である。よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50261