学位論文要旨



No 216217
著者(漢字) 藤田,剛
著者(英字) Fujita,Go
著者(カナ) フジタ,ツヨシ
標題(和) ツバメのルースコロニー形成に関わる行動プロセスの解明
標題(洋)
報告番号 216217
報告番号 乙16217
学位授与日 2005.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16217号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 助教授 宮下,直
 東京大学 助教授 高槻,成紀
 立教大学 教授 上田,恵介
 奈良女子大学 助教授 高須,夫悟
内容要旨 要旨を表示する

 鳥類や哺乳類などの社会性をもつ動物を対象とした空間パターンの研究では,社会行動の適応的機能や進化そのものが興味の中心となり,空間パターンの定量的な記載が遅れている.しかし,社会性をもつ動物こそ,空間パターン研究の興味深い対象であると考えられる.その複雑な社会性によって,空間パターンがスケールに依存して変化する可能性が高いからである.

 本研究では,ルースコロニーと呼ばれる緩やかな集中パターンをもつツバメ Hirundo rusticaの巣を対象に,複数スケールにわたる空間パターン解析を行った.コロニー内のスケールでは,種内托卵や子殺しなど同種個体による不利益が生じることが報告されていることから,巣が間置きしていると予想された.しかし,調査したすべてのコロニーでは巣が1 - 3 mのスケールでランダム分布していた.不利益が生じる可能性が高いにも関わらず巣が間置きしない理由として,ツバメが隣巣から見えない位置を選好して営巣していることがパターン解析によって示された.また,その適応的機能として,種内托卵が生じる可能性を下げていることが野外実験によって示唆された.すなわち,ツバメの巣の正面に鏡を設置する実験や巣と巣の間にあるしきりを除去する実験で,種内托卵による不利益が生じる産卵期にのみ成鳥が巣を防衛する時間が延びた (図1).コロニー内でのツバメの巣はデンマークでは集中分布,米国では間置きしていることが報告されている.コロニー内の遮蔽物の分布の違いによって,これらコロニー内の巣の空間パターンの地理的変異も説明可能であると考えられた.

 コロニー間および単独巣のスケールで,ツバメの巣は一貫して集中パターンを示していた.この大スケールでの集中を示したのは,本研究が最初である.この大スケールでの集中は,潜在的営巣場所や食物の分布の影響だけでは説明できなかった.大スケールでの集中を生じさせる要因として,以下の2つの行動プロセスに注目したモデルを構築した.(1) 雌による雄の選り好みが雄のつがい形成率に影響している.(2) その影響が巣なわばり間距離に依存して変化するため,雄は自分のつがい形成率がもっとも高くなる距離に巣なわばりをつくろうとする.このモデルは,調査地のツバメの巣の空間パターンをよく説明できた.すなわち,実際の巣の分布とこのモデルの予測の適合度がが帰無モデルよりも高くなる条件が存在した (図2).雄の巣なわばりの分布とつがい形成率の関係に注目し,大スケールで巣が集中することの適応的機能が存在する可能性を示したのも本研究が最初である.

 ツバメのルースコロニーという巣の空間パターンは,これらの行動プロセスを通して生じていると考えられた.種内托卵や雌による雄の選り好みは,鳥類に広く認められている現象である.したがって,本研究が明らかにした隣巣から見えない位置に営巣する行動と雌の選り好みによる雄のつがい形成率への影響は,ツバメの巣だけでなく,広く他の鳥類の営巣様式にも関わっている可能性がある.

図1. ツバメの巣の正面に鏡を設置した場合と巣と巣のあいだのしきりを除去した場合の雌の在巣時間の変化

図2. 実際のツバメの巣とモデルの予測との適合度.この値が小さいほど適合度が高い.モデルの詳細は本文参照.

審査要旨 要旨を表示する

 鳥類や哺乳類などの社会性をもつ動物を対象とした空間パターンの研究では,社会行動の適応的機能や進化そのものが興味の中心となり,空間パターンの定量的な記載が遅れている.しかし,社会性をもつ動物こそ,空間パターン研究の興味深い対象であると考えられる.その複雑な社会性によって,空間パターンがスケールに依存して変化する可能性が高いからである.

 本論文では,ルースコロニーと呼ばれる緩やかな集中パターンをもつツバメ Hirundo rusticaの巣を対象に,複数スケールにわたる空間パターン解析を行った.コロニー内のスケールでは,種内托卵や子殺しなど同種個体による不利益が生じることが報告されていることから,巣が間置きしていると予想された.しかし,調査したすべてのコロニーでは巣が1 - 3 mのスケールでランダムに分布していた.不利益が生じる可能性が高いにも関わらず巣が間置きしない理由として,ツバメが隣巣から見えない位置を選好して営巣していることがパターン解析によって示された.また,その適応的機能として,種内托卵が生じる可能性を下げていることが野外実験によって示唆された.すなわち,ツバメの巣の正面に鏡を設置する実験や巣と巣の間にあるしきりを除去する実験で,種内托卵による不利益が生じる産卵期にのみ成鳥が巣を防衛する時間が延びた.コロニー内でのツバメの巣はデンマークでは集中分布,米国では間置きしていることが報告されている.コロニー内の遮蔽物の分布の違いによって,これらコロニー内の巣の空間パターンの地理的変異も説明可能であると考えられた.

 コロニー間および単独巣のスケールで,ツバメの巣は一貫して集中パターンを示していた.この大スケールでの集中を示したのは,本研究が最初である.この大スケールでの集中は,潜在的営巣場所や食物の分布の影響だけでは説明できなかった.大スケールでの集中を生じさせる要因として,以下の2つの行動プロセスに注目したシミュレーションモデルを構築した.(1) 雌による雄の選り好みが雄のつがい形成率に影響している.(2) その影響が巣なわばり間距離に依存して変化するため,雄は自分のつがい形成率がもっとも高くなる距離に巣なわばりをつくろうとする.このモデルは,調査地のツバメの巣の空間パターンをよく説明できた .すなわち,実際の巣の分布とこのモデルの予測の適合度が帰無モデルよりも高くなる条件が存在した.雄の巣なわばりの分布とつがい形成率の関係に注目し,大スケールで巣が集中することの適応的機能が存在する可能性を示したのも本研究が最初である.

 ツバメのルースコロニーという巣の空間パターンは,これらの行動プロセスを通して生じていると考えられた.種内托卵や雌による雄の選り好みは,鳥類に広く認められている現象である.したがって,本研究が明らかにした隣巣から見えない位置に営巣する行動と雌の選り好みによる雄のつがい形成率への影響は,ツバメの巣だけでなく,広く他の鳥類の営巣様式にも関わっている可能性がある.また,地域の個体群の空間分布や繁殖のあり方にも深く関わっており,本研究で得られた成果は,鳥類の保全をめぐる問題にも貢献できる可能性がある.

 以上の理由により,本研究は基礎,応用両面から学術上貢献するところが大きく,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40227