学位論文要旨



No 216221
著者(漢字) 細川,佳史
著者(英字)
著者(カナ) ホソカワ,ヨシフミ
標題(和) セメントとの水和を考慮した数理モデルに基づく急結剤特性の定量的評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 216221
報告番号 乙16221
学位授与日 2005.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16221号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 講師 加藤,佳孝
 東京工業大学 助教授 坂井,悦郎
内容要旨 要旨を表示する

 急結剤によって顕著な影響を受ける吹付けコンクリートの特性としては,吹付けコンクリートと岩盤との付着性状や付着後の早期強度発現などがあり,また,急結剤によって吹付けコンクリートの長期強度や耐久性の低下が引き起こされることなどは良く知られた事実である。しかし,急結剤特性の基本的な知見は現場実験ごとの評価によることが多く,急結剤に関する汎用的な標準技術は未だ確立されていない状況にある。

 一方,2002年制定の土木学会コンクリート標準示方書にみられるように,コンクリートの設計体系は従来の仕様規定から性能規定へとシフトしつつあるが,こうした性能規定型の設計法では,設定した材料・配合に対し,要求性能の照査が可能なことが前提条件となっている。このことは,任意の材料や与えられた配合に対して,コンクリートがいかに挙動するかを数理的モデルにより記述することができれば,性能照査を容易に行うことができるようになることを意味する。従って,急結剤特性を定量的に示し,その特性値と配合から,任意の吹付けコンクリートの性能を予測可能とする技術の確立は,今日における重要課題といえる。

 以上の背景に鑑み,筆者は,次の3種の急結剤,すなわち,セメント鉱物系粉体急結剤(P1),高強度用セメント鉱物系粉体急結剤(P2),アルカリフリー液体急結剤(L)を対象とし,各急結剤特性の定量的評価,並びに,急結剤特性値と配合から付着性能や圧縮強度発現性といった吹付けコンクリートの性能を算定する技術を確立することを目的として,本研究を実施した。本論文は,研究の結果,得られた知見及びそれらに基づく考察をまとめたものであり,全8章で構成される。以下,各章ごとに論文の内容を述べる。

「第1章 序論」:急結剤特性の定量的評価においては,吹付けコンクリートの性能と急結剤特性の関係を数理モデルで表し,数理モデルを用いて急結剤の性能・特性を数値化することが重要となる。本研究では,急結剤がセメントと水和することによってその性能を発揮し,吹付けコンクリートの性能はその水和に大きな影響を受ける点に着目した.そこで,セメントと急結剤の水和反応により生成される水和生成物の化学的結合水分,いわゆる結合水量により定義される水和度に着目し,水和度を基礎にした吹付けコンクリートの数理モデルを構築して急結剤特性を定量的に評価することを基本コンセプトとした。また,検討対象とする吹付けコンクリートの性能については,これを強度の観点から区分し,材齢1時間前後までの急結剤特性を「凝結特性」,それ以降の特性を「硬化特性」とした。一方,急結剤の水和性状を表す特性値については,水和度の数理モデルから別途「水和特性」として定義した。

「第2章 既往の研究と本研究の位置付け」:現在使用されている急結剤の化学的作用機構については多くの知見が明らかとなっており,また,モルタルのプロクター貫入抵抗試験や模擬トンネルでの吹付け実験によって急結剤の特性が多数評価されていた。しかし,数理モデルによる吹付けコンクリートの性能の予測ならびに急結剤特性の評価という点から見れば,現状の知見は必ずしも満足しうるものではなかった。一方,ポゾランなどの混和材については水和を考慮したモデルによって断熱温度特性などの評価が可能とする報告があり,急結剤についてもこのようなモデルの構築とそれによる特性評価が可能であることが示唆された。

「第3章 水和度経時変化の数理モデルの構築と急結剤水和特性の定量評価に関する研究」:急結剤混合ペーストの水和度経時変化を表す数理モデルを構築し,急結剤の水和特性を表す3つの定量的指標(結合水量極限値w∞ ,初期水和度αq ,水和反応速度係数k,)を定義した。これら3つの急結剤特性に及ぼす水セメント比,および急結剤添加率Dの影響を検討した結果,急結剤水和特性を要素に持つベクトルと,水セメント比および急結剤添加率を要素に持つ配合条件ベクトル間の線形関係を仮定することにより,行列Hが重回帰分析によって得られた。この行列は,配合条件から急結剤の水和特性を規定する量であるから,これを急結剤水和特性の一つとして,水和特性−配合変換行列と定義した。これら急結剤水和特性と水和度経時変化モデルにより,任意の水セメント比,および急結剤添加率における急結剤混合系ペーストの水和度経時変化の算定が可能となった。

「第4章 強度発現モデルの構築と急結剤硬化特性の定量評価に関する研究」:材齢の進行に伴うコンクリートの強度発現のモデルとして,急結剤混合ペースト中において,生成する水和物が空隙を充填し,その充填率が増すことによって圧縮強度が増加するモデルを仮定し,圧縮強度と水和度の関係を表す強度発現モデルを導いた。吹付けコンクリートの圧縮強度はこの強度発現モデルに適用可能であったが,当該モデルによって定義される急結剤硬化特性については急結剤添加率の影響が認められたことから,急結剤添加率の影響を定量化し,標準強度発現率Rstおよび添加率影響度θ を,急結剤添加率を考慮した急結剤硬化特性の定量的指標として定義した.これら2つの急結剤硬化特性と強度発現モデルにより,任意の水セメント比および急結剤添加率における吹付けコンクリートの圧縮強度を算定することが可能となった.

「第5章 コンシステンシー評価モデルの構築と急結剤凝結特性の定量評価に関する研究」:急結剤混合ペーストの凝結性状の評価として用いられるプロクター貫入抵抗値は,ペーストの変形抵抗性,すなわちコンシステンシー評価とみなせるとの観点に立ち,プロクター貫入抵抗の経時変化について,ペースト中の自由水量と水和生成物を含めた固体の体積による微分方程式で記述した数理モデルを導いた。測定したプロクター貫入抵抗値の経時変化は,この数理モデルに適用可能であったので,このモデルにより,凝結発現率Sならびに初期変形特性U0を,急結剤凝結特性を表す定量的指標として定義した。これら急結剤凝結特性とコンシステンシー評価モデルにより,任意の水セメント比および急結剤添加率における急結剤混合系ペーストのプロクター貫入抵抗値の算定が可能となった。

「第6章 XRDにより評価した水和反応プロセスと急結剤特性との関係に関する研究」:急結剤の特性を水和反応プロセスの観点から検討するため,XRDにより急結剤混合系の未反応相と水和生成相を同定し,水和反応プロセスと急結剤特性の関係について考察した。定性分析の結果,材齢28日までの主な生成相として,エトリンガイトEtt,二水石膏Gyp,ポルトランダイトCHが生成することが明らかとなった。一方,定量的な評価として,水和反応式に基づきカルシウムシリケート相の反応率を評価する方法を考案し,急結剤の水和反応プロセスを定量的に評価する二つの指標,カルシウムシリケート相の水和低減率rCS,ならびに初期水和増加度Δα を定義した。この二つのパラメータと急結剤添加率Dとの線形関係から,通常,セメントの水和を阻害する混和材として急結剤が認識されているにもかかわらず,P2やLについてはそうした認識が必ずしも当てはまらないことが明らかとなった。また,水和反応プロセスを表すrCSおよびΔα と,第5章までに示した急結剤特性値との関係を検討した結果,硬化特性を表すθ と,rCS を急結剤添加率Dで除した値との間に負の相関関係が,また,Dに対する初期水和度αq の変化率δαq/δD=H22 と急結剤添加率Dで除した単位急結剤添加率あたりの初期水和増加度Δα/D との間には正の相関関係が存在することが明らかとなった。

「第7章 吹付けコンクリートの性能照査への応用」:第3章から第5章までの数理モデルや,モデルによって定義された急結剤特性を用いて吹付けコンクリートの性能を照査する方法を提案するため,吹付けコンクリートの性能として付着性能と圧縮強度発現性を設定し,付着性能については付着した吹付けコンクリートが剥落しない条件や吹付けコンクリートの引張強度を算定する式を,圧縮強度発現性については,強度予測の精度に関する安全係数を導出した。種々の配合や急結剤添加率の吹付けコンクリートについて,付着性能ならびに圧縮強度発現性を本提案に基づき照査した結果,急結剤Lの付着性能については,ベースコンクリートの水セメント比に応じた急結剤添加率の下限値を,また急結剤P1,Lの圧縮強度発現性については,ベースコンクリートの水セメント比が高い場合の急結剤添加率の上限値を,それぞれ考慮する必要があることが示された。

 以上のように,本研究で構築したモデルやモデルによって定量的に評価された急結剤特性値を用いることによって,吹付けコンクリートの性能照査を実現できることが示された.しかし,ここでの性能照査法は,急結剤の凝結・硬化特性やコンクリートの水セメント比など,材料の特性について主に着目しており,吹付けコンクリートの性能に大きな影響を及ぼすとされる吹付け施工条件や急結剤の混合性といった要因については全く考慮されていない.したがって,これらの要因についての検討が今後の課題と言える.施工条件に関しては,近年,詳細な測定データが蓄積されるようになっており,また,個別要素法を用いたシミュレーション技術の開発なども行われるようになってきた.こうした検討の積み重ねによって,施工条件を考慮した吹付けコンクリートの性能照査法の構築も,将来的には可能となるものと予想される.

審査要旨 要旨を表示する

 わが国は国土の特性上,社会基盤を整備するうえで他の先進国とは比較にならない程,トンネルを活用してきている。吹付けコンクリートは,トンネル工事における支保として,1960年代末から普及するようになったが,1999年のトンネルはく落事故を契機として,その品質が疑問視されている。吹付けコンクリートは,瞬時に強度発現を要求させる点において,普通コンクリートと大きく異なる性質を要求されるコンクリートであり,この性能を達成するために急結剤が開発され,現在では必要不可欠な材料となっている。しかし,急結剤添加後,コンクリートは瞬時に硬化するため,急結剤がコンクリートの品質に及ぼす影響を室内実験で評価することが難しく,実際に吹き付け施工を実施する必要がある。このため,急結剤の特性を定量的に評価できる程の知見が収集されず,実際には,現場においてその品質を確認することとなる。このため,吹付けコンクリートの配合は,過去の実績や経験に基づくものとなっていた。しかし,新技術の活用を容易とする性能照査型設定の概念が浸透しつつある現在において,このような状況は吹付けコンクリートの品質の向上の足かせとなる。本研究は,吹付けコンクリートの性能を,水和反応に立脚した形でモデル化することで,急結剤の特性を定量的に評価することを可能とし,最終的には性能照査型設計を可能とすることを目的として行ったものである。

第1章は序論であり,急結剤に関わる技術的課題とそれに至るまでの背景,並びに,研究の目的である,吹付けコンクリートの性能と急結剤の関係を数理モデルによって表し,急結剤の特性を定量的に評価する技術の必要性について述べている。また,数理モデルとして,急結剤とセメントの水和のメカニズムに立脚した数理モデルが有効であるとの考え方に基づき,本研究のコンセプトを定め検討を進めていく上での指針を明確にしている。

第2章は既往の研究と本研究の位置づけであり,水和を考慮した数理モデルに基づく急結剤特性の定量評価の必要性,ならびに研究を推進していくためのコンセプトの観点から既往の研究成果を概観し,吹付けコンクリートにおける急結剤の基本的役割と作用機構,吹付け実験による各種急結剤の評価,ならびに急結剤の水和特性の研究について知見を整理している。

第3章は,水和度経時変化モデルの構築と急結剤水和特性の定量評価に関する検討を行っており,セメントと急結剤の混合ペーストにおける水和度の経時変化のモデル化,ならびに,当該数理モデルを用いた急結剤水和特性の定量的評価について検討している。求められた水和特性については,配合条件との関係を検討することにより,任意の配合に対応できるようにモデル化している。

第4章は,強度発現モデルの構築と急結剤硬化特性の定量評価に関する検討を行っており,構築した水和度経時変化モデルを利用し,吹付けコンクリートの強度発現のモデル化,ならびに当該数理モデルを用いた急結剤硬化特性の定量的評価について検討している。提案したモデルは,吹付け実験より得られた試験結果を用いて,その妥当性を検証している。

第5章は,コンシステンシー評価モデルの構築と急結剤凝結特性の定量評価に関する検討を行っている,ペーストのプロクター貫入抵抗試験をペーストのコンシステンシー評価と位置づけて,プロクター貫入抵抗の経時変化式,ならびに水和度経時変化モデルの利用による水和を考慮した急結剤混合系ペーストのコンシステンシー評価モデルを構築している。さらに構築したモデルを用いて急結剤凝結特性を定量的に評価している。

第6章は,XRDにより評価した水和反応プロセスと急結剤特性との関係に関する検討を行っており,X線回折測定装置(XRD)により急結剤混合系の未反応相と水和生成相を同定し,水和反応プロセスと急結剤特性の関係について考察している。通常,XRDによる相同定の検討では,水和反応プロセスを定性的に評価することが多いが,XRDによりセメント鉱物の反応率を評価する手法についての検討も試みている。特に,強度発現性能に大きな影響を及ぼすと考えられるC3S,C2Sといったカルシウムシリケート相の反応率について,XRDプロファイルから定量する手法を検討し,定量評価したカルシウムシリケート相の反応率の観点から急結剤の特性を考察している。

第7章は,提案したモデルを用いた吹付けコンクリートの性能照査設計を,事例を用いて検討している。

第8章は結論であり,総括として本研究で得られた結論を要約している。

 以上を要約すると,吹付けコンクリートの性能(強度,付着性)を水和反応に立脚した形でモデル化することで,吹付けコンクリートの性能照査型配合設計を可能とした。さらに,提案したモデルを活用することにより種々の急結剤の特性を定量的に評価でき,新たな急結剤開発に資する研究成果となっており,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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