学位論文要旨



No 216223
著者(漢字) 兼松,学
著者(英字)
著者(カナ) カネマツ,マナブ
標題(和) 建築材料分野における性能指向型設計支援多基準最適化システムの構築
標題(洋)
報告番号 216223
報告番号 乙16223
学位授与日 2005.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16223号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨 要旨を表示する

 性能規定は,対象とするものが満たすべき性能のみを記述したものであり,従前の仕様規定のような経験論的手法がもつ非合理的な側面の改善を指向する概念として提案された.これに対し,性能設計は,その性能規定を如何に実現するかの方法論を示したもので,さらには与条件下で最適な説明変数を得るための具体的手法が示されている必要がある.

 性能規定が技術指針のあるべき方向であることは議論の余地がないが,特に建築物は,一般的に用途・目的,立地条件,床面積,管理主体,経済規模,供用期間などが多岐広範にわたるため,これらの要因に対する最大公約数的な仕様を定めるだけでは必ずしも合理的でない局面も多い.また,設計に関わる事業主体の裾野は広く,充分な情報量と技術力を兼ね備えた大企業から,零細企業に至るまで様々な意思決定主体が関わる事から,積極的な性能設計手法の構築はなによりも重要である.以上のような事実を背景として,建築材料分野における性能指向型の設計法あるいは材料設計法の体系化が強く望まれている.具体的には,複数の要求と制約条件のなかで,無数の選択肢の中から最適解を導出することが可能な体系で,かつ新規材料などの選択肢の増加に柔軟に対応できる枠組みの構築が急務であるといえる.

 このような背景から,本研究の目的は,このように建築材料分野の随所で直面する工学的に多基準な意思決定プロセスに対して,最適化論的アプローチによる性能指向型材料設計の体系を提案し,そこに共通する問題構造を抽出することで,最適解導出のための汎用システムを構築することにある.

 そこで,本研究は上記目的の達成にむけ,

 − 最適化論的アプローチにより「材料の設計因子」,「性能」,「評価」の3つの関係を多基準最適化問題として記述するための方法論の提示

 − 性能指向型材料設計における多基準最適化表現に対するパレート最適解集合の導出を目的とした,汎用多目的最適化システムの構築

− 上記汎用多目的最適化システムの有用性の実証研究

 を目的とした一連の研究を行った.その結果,得られた成果と今後の課題を,本論にに従い章毎に以下にまとめる.

 まず,第2章においては,既往の文献調査により,性能設計および多目的最適化手法,性能評価に関する研究を概観し,性能に基づく材料選択・材料設計の具体例より性能指向型材料設計の定義と問題点を整理するとともに,価値関数の導入から多基準最適化問題の構成までの流れを整理を行った.また,遺伝的アルゴリズムに関する既往の研究より,本手法が,大域的かつ発見的探索に優れ,同時に逆問題への適用が容易な上,安定して良解の導出を行う事が可能であることが明らかとなった.

 第3章においては,まず,建築材料に要求される性能項目と,建築材料の性能あるいは物性,指標の関係の類型化を行い,制約型性能評価関数および単峰型性能評価関数を定義した.このふたつの関数系により,白山らが提案したような建築材料分野における性能評価関数および制約条件を集約して表現できることを示した.次に,提案した性能評価関数を用いて,性能指向型材料設計の多基準最適化表現化手法の提案を行い,様々な意思決定のステージおいて共通する問題構造の表現が可能であることを示した.また,性能指向型材料設計の多基準最適化表現に対しパレート最適の概念を導入し,玉置らの手法を応用しパレート最適解空間の導出を目的とした遺伝的アルゴリズムによる多基準最適化システム(bmeGA)の構築を行った.

 最後に,提案した評価関数と仮想の多基準最適化問題を汎用多目的最適化支援システムに実装し,システムの有効性について考察した.その結果,bmeGAは,2基準最適化問題に対して,柔軟にパレート最適個体の集合を提示できることが示唆された.また,多基準最適化問題に対しても,重み付け係数法による場合に多峰性を有するような問題においても,柔軟に最適個体集団を提示できる事が確認された.さらに,評価基準が相反しており,明確な最適解が見当たらないような関数系においては,妥協解の提示を行うことが確認され,意思決定支援ツールとしてより高い汎用性の情報提供が可能であることが明らかとなった.

 以上より,3章で提案した多基準最適化表現により,建築材料分野における性能指向型設計法を最適化問題として取り扱う事が可能であることが示され,さらに,このような形で表現された問題に対しては,汎用多目的最適化支援システムが有効である事を確認した.

 続く,第4章および第5章においては,第3章で提案したシステムの有効性の実証研究として,コンクリートの調合設計支援システムのおよび鉄筋コンクリート構造物の維持保全計画策定支援システムの開発を行い,本システムの有用性の確認を行った.

 まず,第4章においては,コンクリートの調合設計に対する本システムの適用を試みた.そのためには,まず,コンクリートの調合からコンクリートの物性を予測するための探索域全域を網羅する物性予測関数の構築が不可欠であった.そこで,本研究においては,既往の文献調査を中心とし,強度,スランプ,中性化,塩化物イオン濃度などに探索域全域を網羅する統計的物性予測関数の構成により,コンクリートの物性値予測モデルの構築を行った.例えば,強度においては強度寄与率の概念よりコンクリートの強度を推定を行い,流動性においては呉らの手法を用いた余剰ペースト膜厚理論によるコンクリートの塑性粘度・降伏値の導出を行うなど,網羅的かつ理論的な性能予測関数系の構築を行った.

 次に、本システムを用いていくつかのケーススタディによる実証研究を行った結果,いずれのケースにおいても,本システムによって十分具体的で要求性能を満たすパレート最適解候補群の導出が可能なことが示され、当該分野における最適化論的アプローチによる性能指向型材料設計が有効であることが実証された。

 第5章においては,鉄筋コンクリート構造物の維持保全計画策定支援システムの開発をおこない,当が異分野における最適化論的アプローチによる性能指向型材料設計手法の実証研究を行った.

 まず,本システムの構築には,性能評価関数である補修材料の劣化抑制効果とその劣化メカニズムを明らかにする必要があるため,非定常拡散モデルを軸とした,中性化予測システムの構築を行った.中性化は非定常拡散理論に従うものとし,特に反応消費項を系全体の見かけの反応消費項として取り扱う方法を採用した.その結果,コンクリートないしモルタルの中性化速度は, 既往の文献値と良好な一致関係得ることができ,本手法の妥当性が明らかと成った.また,中性化保護効果を有すると考えられている仕上材あるいは補修材について,拡散モデルに基づく中性化保護性能の定量的評価手法の構築を行った.その結果,本手法により既往の促進劣化試験を良好に模擬することが可能であり,精度の高い劣化予測が可能であることが明らかとなった.

 以上より,これらを組み合わせることにより維持保全効果の定量的評価が可能なコンクリートの維持保全劣化モデルを得た.

 続いて,ここで得られたモデルを利用し,鉄筋コンクリート構造物の維持保全計画策定支援システムの開発を行った.中性化環境および塩害環境を想定したケーススタディの結果,これらの状況下における維持保全計画策定に対して有効な解が導出できることを確認した。

 以上を総括すると,最適化論的アプローチにより「材料の設計因子」,「性能」,「評価」の3つの関係を多基準最適化問題として記述するための方法論を提示し,性能指向型材料設計における多基準最適化表現に対するパレート最適解集合の導出を目的とした,汎用多目的最適化システムの構築を行った.さらに,これらの実証研究により,本手法が性能指向型材料設計に対するパレート最適解導出に有効であることが示された.

以上

審査要旨 要旨を表示する

 兼松学氏から提出された「建築材料分野における性能指向型設計支援多基準最適化システムの構築」は、建築材料分野の随所で直面する工学的に多基準な意思決定プロセスに対して、最適化論的アプローチによる性能指向型材料設計の体系を提案し、そこに共通する問題構造を抽出することで最適解導出のための汎用システムを構築することを目的としたものであり、目的を達成するために、最適化論的アプローチにより「材料の設計因子」、「性能」、「評価」の3つの関係を多基準最適化問題として記述するための方法論の提示がなされるとともに、性能指向型材料設計における多基準最適化表現に対するパレート最適解集合の導出を目的とした汎用多目的最適化システムの構築がなされ、最後に汎用多目的最適化システムの有用性について実証がなされている。

 本論文は6章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

 第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

 第2章では、既往の文献調査により、性能設計、性能評価および多目的最適化手法に関する研究についてのレビューがなされており、性能指向型材料設計の定義と問題点が整理されるとともに、価値関数の導入から多基準最適化までの流れについて整理がなされている。また、遺伝的アルゴリズムが大域的かつ発見的探索に優れており、逆問題への適用も容易で安定して良解の導出を行うことが可能な手法である旨を明らかにしている。

 第3章では、建築材料の要求性能項目と性能・物性・代替指標との関係の類型化が行われるとともに、制約型性能評価関数および単峰型性能評価関数が設定されており、これらの関数形によって建築材料分野における性能評価関数および制約条件を集約して表現できることが示されている。また、性能評価関数を用いて、性能指向型材料設計の多基準最適化表現手法の提案が行われており、様々な意思決定ステージおいて共通する問題構造の表現が可能であることが示されている。さらに、パレート最適解空間の導出を目的とした遺伝的アルゴリズムによる多基準最適化システム(bmeGA)の構築が行われ、システムの有効性について考察がなされている。その結果、bmeGAは、2基準最適化問題に対して柔軟にパレート最適個体の集合が提示でき、重み付け係数法による場合には多峰性を有するような問題においても柔軟に最適個体集団が提示されることが確認されるとともに、評価基準が相反しており、明確な最適解が見当たらないような関数系においても妥協解を提示できることが確認されており、bmeGAは意思決定支援ツールとして汎用性が高く信頼できる情報の提供が可能なシステムであることを明らかにしている。

 第4章では、コンクリートの調合設計に対するbmeGAの適用が検討されている。すなわち、既往の文献調査に基づき、強度、スランプ、中性化速度係数、塩化物イオン拡散係数などといったコンクリートの性能・物性を使用材料およびコンクリートの調合から予測可能な性能予測関数の構築がなされ、それらの性能予測関数がbmeGAに実装された後、数通りのケーススタディが行われている。その結果、いずれのケースにおいても、bmeGAによって要求性能を満たすパレート最適解候補群を導出可能であることが示されており、コンクリートの調合設計における最適化論的アプローチによる性能指向型材料設計の有効性が実証されている。

 第5章では、鉄筋コンクリート構造物の維持保全計画策定支援システムの開発が行われ、最適化論的アプローチによる性能指向型材料設計手法の有効性の実証がなされている。システムの構築が主眼とされているため、検討対象の劣化現象は中性化および塩害に限定されてはいるが、二酸化炭素の拡散を非定常とし、反応消費項を系全体の見かけのものとして取扱うことでコンクリート・モルタルの中性化速度を忠実に表現できることが確認されており、また、仕上材・補修材の中性化抑制性能についても定量的な評価がなされている。それらをbmeGAに実装することにより、鉄筋コンクリート構造物の維持保全計画策定支援システムの開発がなされており、ケーススタディの結果、実際の鉄筋コンクリート構造物の維持保全計画策定に対して有効な解が導出できることが確認されている。

 以上のように、本論文では、最適化論的アプローチにより「材料の設計因子」、「性能」、「評価」の3つの関係を多基準最適化問題として記述するための方法論が提示され、性能指向型材料設計における多基準最適化表現に対するパレート最適解集合の導出を目的とした汎用多目的最適化システム(bmeGA)の構築がなされている。さらに、ケーススタディを通じて提案された手法が性能指向型材料設計に対するパレート最適解導出に有効であることが示されている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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