学位論文要旨



No 216227
著者(漢字) 斎藤,吉広
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヨシヒロ
標題(和) GaAs電子デバイスの製造プロセスに関する研究
標題(洋)
報告番号 216227
報告番号 乙16227
学位授与日 2005.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16227号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 岸尾,光二
 国連大学 教授 安井,至
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、GaAs電子デバイスの高性能化・低コスト化を念頭に、デバイス製造プロセスにおけるいくつかの重要な問題の解決を目指した。

 第1章では、半導体エレクトロニクス発展の歴史を俯瞰し、本研究の対象であるGaAsと電子デバイスの主流であるSiの物性面での比較を行なった。GaAsには高速性という長所の反面、組成変動/表面酸化物の不安定性/機械的強度の不足などの短所がある。これらが不純物濃度制御の困難さやスリップラインの発生など、GaAs特有の問題につながっていることを明らかにした。

 第2章では、GaAsに注入されたSi不純物の活性化の問題に関し、過去の文献を基に概説した。GaAsへのn型不純物導入には、Siイオンを注入し、800℃以上のアニールにより活性化するというプロセスが広く用いられている。活性化とはSiがGaサイトに入ってドナーになることだが、プロセス条件によっては逆にAsサイトに入ってアクセプタとなってしまう。具体的には、イオン注入後のレジスト除去に用いられるO2プラズマプロセスにおけるGaAs表面の酸化、及び、アニール時のAs解離を防止するための保護膜の性質が、活性化に大きな影響を与えることが報告されている。メカニズムとしては、酸化によるGa空孔増加とGaAs表面エッチング、保護膜による応力と保護膜へのGa外部拡散が、それぞれ重要な要因と考えられている。これらは活性化に対して同時に寄与することが多いが、過去の研究ではその効果の切り分けは充分なされていなかった。この点を踏まえ、各効果を定量的に評価することを本研究の目標とした。

 第3章では、O2プラズマによるGaAs表面酸化の活性化への影響を調べた。バレル式のO2プラズマ装置では複数枚のウエハがバッチ処理されるが、ウエハ間で注入層のシート抵抗(Rsh)に大きな差が生じることが確認されている(図1)。そのメカニズムとしては、活性化率低下とGaAs表面エッチングの2つが考えられた。

 これを検証するため、数値計算により各効果の見積もりを行い、次にTEM及びRBSを用いた分析実験で、その確認を行なった(図2, 3)。結果として、表面エッチング量には全く差がないこと、及び、酸化によりGa空孔が増加し、活性化率低下につながっている可能性が高いことが明らかとなった。

 第4章では、GaAs表面酸化とGa外部拡散量の影響を調べた。Ga空孔増加に対しては、O2プラズマによる酸化の他に、アニール中のGa原子の保護膜への拡散(=外部拡散)も影響する。TEM/RBSデータの詳細な解析、及び、TXRFとICP分析を組み合わせたGa外部拡散量の分析から、活性化率低下に対応してGa空孔濃度はウエハ間で約10倍の差が生じていることが推定された(図4)。

 第5章では、窒化シリコン(SiNx)アニール保護膜の活性化率への影響について調べた。プラズマCVDで形成されるSiNx膜は非晶質であり、その組成/構造と物性には大きなバリエーションがある。本研究では原料ガスであるNH3流量を変えてSiNx膜の組成を変化させた場合、ストイキオメトリよりもややN-richな組成において活性化率が最大となることを見出した。さらにメカニズムを調べるため、高温応力とGa外部拡散量の評価を行い、活性化率に対して後者の方が支配的な要因であることが明らかにした(図5, 6)。SiNx膜構造との関係については、FT-IRなどの分析結果から、高温応力はSiNx膜からの水素離脱と膜厚収縮に起因していること分かった。Ga外部拡散に対しては、アニール中のSiNx膜密度の増加、及び、SiNx膜成長初期に発生すると考えられるGaAs表面酸化物のエッチング、の2つの効果が寄与していることが推定された。

 第6章では、SiNx膜のもう1つの用途であるパッシベーション膜について、構造と性質を調べた。PE-CVDでのキャリアガスとしてN2の他にHeを添加することでSiNx膜の真性応力を低減できることが知られている。本研究では、応力低下に対応して、膜密度と屈折率が増加していることを実験により確認した。また、シンクロトロン放射光を用いたX線回折測定を試み、非晶質SiNx薄膜の動径分布関数を求めることに初めて成功した(図7,8)。これにより、PE-CVDによるSiNx薄膜とゾルゲル法による非晶質SiNx(バルク材料)やSi3N4結晶との構造の差異を捕えることができた。

 第7章では、GaAsウエハ内のスリップライン抑制に取り組んだ。スリップは、アニール工程でのウエハ面内温度差が臨界値を越えると発生する。ファーネス方式のアニール装置を用いた場合、冷却過程で発生するウエハ面内温度差に関し、そのメカニズムを熱流体シミュレーションで解析し、それを基にいくつかの改善策を検討した(図9)。その結果、高熱伝導サセプタ材への変更、あるいは、冷却時の輻射熱抑制が、スリップ低減に有効であることを確認した。

発表状況(1) Y. Saito, T. Kagiyama, and S. Nakajima: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.4924-4927(2) Y. Saito, T. Kagiyama, and S. Nakajima: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.L1175-L1177(3) Y. Saito, S. Nakajima, and N. Shiga: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.2587-2591(4) Y. Saito and S. Nakajima: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.5450-5454(5) Y. Saito and S. Nakajima: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.L1495-L1497(6) Y. Saito, T. Hashinaga, N. Goto, and H. Nishizawa: Denki Kagaku 63. No. 6 (1995) pp.456-459(7) Y. Saito, Y. Tosaka, and S. Nakajima: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.L1391-L1393(8) Y. Saito and S. Nakajima: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.389-392(9) Y. Saito, T. Hashinaga, and S. Nakajima: IEEE Trans. Reliability, accepted for press.(10) Y. Saito and S. Nakajima: Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) pp.L1305-L1307

図1. ウエハ間でのシート抵抗の差

図2. TEMによる表面エッチング量の評価結果

図3. RBSによる表面酸化物量の評価結果

図4. Ga空孔増加量の推定

図5. SiNx膜による高温応力の測定結果

図6. SiNx膜へのGa/As外部拡散量

図8. SiNx薄膜の動径分布関数

図9. ウエハ温度の実測値とシミュレーション結果の比較

審査要旨 要旨を表示する

 GaAs電子デバイスはGaAsの持つ高い移動度や絶縁性といった特徴を生かし高速通信用素子として広く利用されている。しかしながらGaAsは、加熱によって容易に分解する、結晶欠陥が発生しやすい等の欠点も併せ持ち、その製造プロセスには多くの困難が存在するのもまた事実である。本論文では、GaAs電子デバイスの高性能化・低コスト化を念頭に、デバイス製造プロセスにおけるいくつかの重要な問題の解決を目指している。本論文は全8章よりなる。

 第1章では、半導体エレクトロニクス発展の歴史を俯瞰し、本研究の対象であるGaAsと電子デバイスの主流であるSiの物性面での比較を行なった。GaAsには高速性という長所の反面、組成変動/表面酸化物の不安定性/機械的強度の不足などの短所がある。これらが不純物濃度制御の困難さやスリップラインの発生など、GaAs特有の問題につながっていることを明らかにした。

 第2章では、GaAsに注入されたSi不純物の活性化の問題に関し、過去の文献のレヴューを行なった。デバイス製造プロセスでは、GaAs表面の酸化、及び、アニール保護膜の性質が、活性化率に大きな影響を与えることが報告されている。メカニズムに関しては、酸化によるGa空孔増加とGaAs表面エッチング、保護膜による応力と保護膜へのGa外部拡散などが、重要な要因と考えられている。実際のデバイス製造においては、これらは活性化率に対して同時に寄与することが多い。しかし、過去の研究では、分析技術が未発達だったこともあって、その効果の切り分けは充分なされていない。この点を踏まえ、各効果を定量的に評価し、効果の切り分けを行なうことを本研究の目標とした。

 第3章では、O2プラズマプロセスによるGaAs表面酸化の問題を調べた。同プロセスにより、ウエハ間でFETの閾値電圧(Vth)や注入層のシート抵抗(Rsh)に大きな差が生じることが確認されている。まず数値計算により、活性化率低下とGaAs表面エッチングの効果の見積もりを行なった。次にTEM及びRBSを用いた分析実験で、その検証を行なった。結果として、表面エッチング量には全く差がないこと、及び、酸化によりGa空孔が増加し、活性化率低下につながっていることを明らかにした。

 第4章では、GaAs表面酸化とGa外部拡散量の影響を調べた。Ga空孔増加に対して、O2プラズマによる酸化の他に、アニール中のGa原子の保護膜への拡散(=外部拡散)も影響する。前章のTEM/RBSデータの詳細な解析から、酸化によるGa空孔増加は1.4×1015/cm2と推定された。一方、Ga外部拡散については、TXRFとICP分析を組み合わせて拡散量の絶対値を求めた。その結果、活性化率が低下したウエハのGa拡散量は4.67×1014/cm2となっており、これは他のウエハの約3倍に相当する。2つの効果を合わせると、Ga空孔濃度はウエハ間で約10倍の差となっており、これが活性化率低下の原因であると考えられる。

 第5章では、SiNxアニール保護膜の活性化率への影響について調べた。PE-CVDで形成される非晶質SiNx膜は組成と構造に大きなバリエーションがあるが、その活性化率との関係には未解明の部分が多い。今回、組成の異なるSiNx膜を形成し、活性化率を評価した結果、ややN-richな組成のときに活性化率が最大となることが明らかとなった。また、活性化率に影響を与えると言われている高温応力をin-situ測定した結果、組成がN-richになるに従って、単調に応力が減少していることを確認した。一方、Ga外部拡散量については、活性化率が最大となるポイントで拡散量も最大となっていることが明らかとなった。活性化率に対しては、後者の方が支配的な要因であると考えられる。

 高温応力/外部拡散とSiNx膜の組成/構造の関係についても解析を行なった。FT-IRなどの分析結果から、高温応力はSiNx膜からの水素離脱と密接に関連しており、膜中に残留するSi-H量が多いほど顕著になると考えられる。Ga外部拡散に対しては、アニール中のSiNx膜密度の増加、及び、SiNx膜成長初期に発生すると考えられるGaAs表面酸化物のエッチング、の2つの効果が寄与していることが推定された。

 また、本研究で得た知見を実際のGaAs MESFET量産に適用し、Vth標準偏差としてウエハ面内で0.007V、ウエハ間で0.017V(@ゲート長0.44μmのE-FET)を実現した。

 第6章では、SiNx膜のもう1つの用途であるパッシベーション膜について、構造と物性を調べた。ここでの重要な特性の1つは真性応力であり、PE-CVDでのキャリアガスとしてN2の他にHeを添加することで応力を低減できることが知られている。本研究では、応力低下に対応して、膜密度と屈折率が増加していることを実験により確認した。これは、He添加により膜が緻密になっていることを示唆している。また、シンクロトロン放射光を用いたX線回折測定を試み、非晶質SiNx薄膜の動径分布関数を求めることに初めて成功した。これにより、PE-CVDによるSiNx薄膜とゾルゲル方による非晶質SiNx(バルク材料)やSi3N4結晶との構造の差異を捕えることができた。

 第7章では、スリップラインの発生を抑制するため、ファーネスアニール工程の改善を図った。まず、アニール冷却過程での温度差発生メカニズムについて、熱流体シミュレーションにより解析した。その結果、冷却は主としてウエハ周辺部から石英管への輻射によって進行すること、面内温度差はウエハ中心部から周辺部への熱伝導が輻射に比べて小さすぎると発生すること、石英管内のN2ガス流による冷却効果は輻射に比べて小さいことが明らかとなった。さらに、温度差低減策として、熱伝導率の高いAlNサセプタの適用、及び、冷却速度の緩和による輻射熱抑制が有効であることをシミュレーションあるいは実験により確認した。

 第8章は本論文の総括であり、本論文で得られた成果を要約し、結果をまとめている。

 本論文では、GaAs電子デバイスの高性能化・低コスト化を念頭に、デバイス製造プロセスにおける重要な問題点の原因を解明し、得られた知見を基にいくつかの問題点を解決している。従って、本論文は、半導体プロセス工学の発展におおいに資するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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