学位論文要旨



No 216228
著者(漢字) 吉尾,正史
著者(英字)
著者(カナ) ヨシオ,マサフミ
標題(和) イオン性液体の組織化と機能化
標題(洋) Self-Organization and Functionalization of Ionic Liquids
報告番号 216228
報告番号 乙16228
学位授与日 2005.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16228号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
 東京大学 助教授 工藤,一秋
内容要旨 要旨を表示する

 分子の自己組織化を利用して、ナノからマイクロメートルレベルまでの階層的な秩序構造を形成させることにより、高機能性材料を構築することは重要な課題である。特に、電子やイオンを伝導する有機材料は、分子エレクトロニクス・イオニクス材料への展開が期待されている。その中で、近年、機能性分子としてイオン性液体が注目を集めている。イオン性液体は、イオンのみで構成される室温で等方性の液体であり、不揮発性、高イオン伝導性を示すといった従来の液体とは全く異なる性質を示す。もし、このような新しい液体に液晶性を付与して高度に組織化することができれば、異方的イオン伝導性を示すような新しい機能性材料が得られるはずである。イオン性液体の高次構造を制御した例として、化学的あるいは物理的にゲル化させたイオンゲルがある。しかしながら、イオン性液体を低次元に組織化して異方的な機能を発現させようとする研究例はない。そこで本研究では、イオン性液体の組織化による液晶形成と配向構造制御による異方的イオン伝導機能の発現を目指した。汎用のイオン性液体と水素結合性液晶との複合化による液晶化、イオン性液体の化学修飾による液晶化、および液晶性を示す重合性イオン性液体の高分子フィルム化により、異方的イオン伝導性を示す新しい有機イオン伝導材料を開発した。

 高イオン伝導性を示すイオン性液体として、ペルフルオロアニオンを有するイミダゾリウム塩が広く研究されている。イオン性液体の高イオン伝導性を保持したまま二次元に秩序化することを目的として、イオン性液体およびこれと部分的に相溶する液晶性分子とを混合して組織化する手法を考えた。汎用のイオン性液体として、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム テトラフルオロボレートを用いた。液晶性分子として、分子末端に二つまたは一つの水酸基を有する棒状分子を設計・合成した。これらを様々な比率で混合することにより、層状にイオン性液体を組織化した分子集合体液晶を構築した。ここでは、水酸基とイオン性液体との間に働く相互作用、主には水素結合により、ナノメートルスケールで相分離した秩序構造の形成が可能となっている。液晶性分子およびこれとイオン性液体からなる分子集合体のサーモトロピック液晶性を偏光顕微鏡観察、示差走査熱量分析、エックス線散乱測定により調べた。水酸基を二つ有する液晶性分子は単独で79から210 ℃までカラムナー液晶性を示すのに対し、イオン性液体との等モル混合体は14から198 ℃までスメクチック液晶性を示した。また、水酸基を一つ有する液晶性分子との集合体もスメクチック液晶相を形成し、イオン性液体が組織化されることにより、スメクチック液晶の層間距離が広がることが示された。一方、水酸基を全く持たない液晶性分子とイオン性液体との混合においては、相互作用が働かないためにマクロな相分離が観察され、イオン性液体は組織化されないことが分かった。

 異方的高速イオン伝導性を実現するためには、欠陥のない均一な分子配向を広い面積で実現することが必要である。層状集合体を基板上で均一に配向制御することにより、二次元的にイオンを高速伝導する材料の構築に成功した。イオン性液体と水酸基を有する液晶性分子の等モル集合体は、櫛形金電極付きガラス基板上およびITO(Indium Tin Oxide)透明電極を蒸着したガラス基板上で自発的に垂直配向した。この配向した集合体の異方的イオン伝導度を交流インピーダンス法により温度可変で測定した。くし形金電極付きガラス基板を用いたセルでは、スメクチック液晶の層に平行な方向のイオン伝導度が測定でき、ITO電極セルを用いたセルでは、スメクチック液晶の層に垂直な方向のイオン伝導度を測定することが可能となる。測定の結果、層構造に平行な方向の伝導度は、層構造に垂直な方向の伝導度よりも高いことが分かった。スメクチックA相においては、約30〜80倍程度の伝導度の異方性が得られるのに対し、スメクチックB相においては、3100倍という大きな異方性が得られた。この結果は、スメクチックB相では液晶基が層内でより密にパッキングすることにより、層構造に垂直な方向へのイオン伝導を効率よく阻害したためと考えられる。また、集合体が液晶相から等方相に転移すると、伝導度の異方性が消失することが示された。このことはスメクチック液晶状態において、自己組織的に長距離の異方的イオン伝導パスが形成されていることを示唆している。

 層状に組織化されたイオン性液体の分子運動性を評価するために、スメクチックA相における層構造に平行な方向のイオン伝導度の温度依存性から、イオン伝導に必要とされる活性化エネルギーを算出した。その結果、水酸基を二つ持つ液晶性分子による集合体の活性化エネルギーは、水酸基を一つ持つ液晶性分子による集合体の活性化エネルギーの約2倍であると見積もられた。このことから、液晶性分子が持つ水酸基の数が多いほどイオン性液体との相互作用が増すために、イオン性液体の運動性が抑制されると考えられる。

 イオン性液体と水酸基を有する扇状液晶性分子の自己組織化により、ヘキサゴナルカラムナー液晶性を示す分子集合体液晶を構築することができた。扇状分子は単独で48〜69 ℃でキュービック液晶相を示すが、イオン性液体として1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ブロマイドと等モルで混合して得られる集合体は、24〜120 ℃までヘキサゴナルカラムナー液晶相を示した。このカラムナー液晶をせん断により均一配向させることで、異方的な一次元イオン伝導を測定することに成功した。また、扇状液晶性分子とイオン性液体のモル比が2:8の集合体は、高温側でキュービック液晶相を、低温側でカラムナー液晶相を示した。このような集合体は、温度変化によりイオン伝導をオン-オフできるスイッチング材料として機能することが期待される。

 イオン性液体を化学修飾して液晶化することにより、異方的イオン伝導体を構築できた。カラムナー液晶相を発現するイオン性液体として、1-メチル-3-(3,4,5-トリスアルコキシベンジル)イミダゾリウム テトラフルオロボレートIL(n)(n:メチレン鎖長)を設計・合成した。IL(n)の相転移挙動を調べたところ、n=6,8,10,12,14,16,18の化合物は、サーモトロピックヘキサゴナルカラムナー液晶相を形成した。例えば、IL(8)は-29〜133 ℃、IL(12)は17〜183 ℃という広い温度範囲でカラムナー液晶相を示した。これらの化合物では、イオン性部位と非イオン性アルキルフェニル部位とが自発的にナノメートルレベルで相分離するために、イオン性部位がカラムの中心に組織化されたカラムナー構造を形成していると考えられる。

 金電極付きガラスセルに試料を封入し、等方相から徐冷すると、偏光顕微鏡下でファンテクスチャーが観察された。これはカラムの向きが不揃いのポリドメイン構造が形成されていることを示している。異方的イオン伝導性を実現するためには、カラムの向きを均一に配向させる必要がある。液晶状態でせん断応力を印加したところ、カラムを均一にホモジニアス配向(カラム軸が基板と平行に配向)させることに成功した。

 金電極に対してカラムを平行および垂直に配向させたIL(8)およびIL(12)について異方的なイオン伝導度を測定した。液晶相では、カラム軸方向のイオン伝導度は垂直な方向の伝導度よりも高く、約10〜40倍の異方性を示した。また、メチレン鎖長が短いIL(8)の方が、カラム軸方向に高イオン伝導度を示すが、異方性は小さくなるという結果が得られた。このことは、メチレン鎖長が短いほど電極単位面積あたりの伝導パスの数が多くなるためであり、またカラム軸に垂直な方向のイオン絶縁性が低下するためと考えられる。

 異方的イオン伝導構造を自己組織化により形成した場合、用途によっては、環境や刺激により構造が変化しない安定な材料が必要とされる場合がある。特に、次世代リチウムイオン電池の電解質として、液漏れがない高イオン伝導性を示す高分子フィルム材料が求められている。その中で、等方性イオン性液体の重合による高分子フィルム化が高い関心を集めている。

 そこで、異方的イオン伝導性を示す新しい高分子フィルム電解質を開発するために、イオン性液体部位を有する液晶性モノマーを均一配向させたまま光重合することを考えた。イオン性液体部位としてイミダゾリウム塩構造を有する棒状・扇状モノマーを設計・合成した。これらのモノマーは、それぞれ35〜106 ℃でスメクチックA液晶相を、20〜50 ℃でヘキサゴナルカラムナー液晶相を形成した。モノマーに光ラジカル開始剤として、アセトフェノン誘導体を添加したものを重合性試料とした。液晶相において、これらの試料をガラス基板上に均一配向させた後、紫外光(365 nm, 35 mW/cm2, 15〜60 min)を照射することにより重合を行った。その結果、モノマーの配向状態を維持したフレキシブルな自立性高分子フィルムを得ることに成功した。得られたフィルムは、200 ℃においても均一配向を維持しており、重合により液晶構造の熱的安定性が向上した。また、フィルム断面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、フィルム内部に配向がそろったナノ構造の形成が確認された。配向したモノマーおよび重合フィルムの層構造あるいはカラム構造に平行および垂直な方向のイオン伝導度を測定した。モノマーでは、液晶相-等方相転移に伴うイオン伝導度の急激な変化が観察された。一方、光重合フィルムでは、液晶構造が固定化されているため、モノマーでみられるような伝導度の急激な変化は観測されなかった。また、等方性イオン性液体を重合する場合と異なり、重合による伝導度の低下が起こらないことが分かった。これはイオン性液体部位がナノ構造に組織化されていることにより、イオン性部位の絡み合いが起こらないためと考えられる。

 本研究では、新しい機能性溶媒であるイオン性液体を液晶化し、配向構造を制御することにより、異方的イオン伝導性を示す二次元・一次元イオン伝導体を構築した。これらの材料は、次世代のバッテリー用電解質として有用であるばかりでなく、選択的物質透過膜や触媒など、広範な分野での機能性材料としての応用が可能であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、自己組織化プロセスを利用して、ナノからマイクロメートルスケールまでの階層的な秩序構造を有する電子・イオン伝導性有機材料の構築が大きな関心を集めている。これらは、次世代のエネルギー・情報伝達材料としての展開が期待されている。本論文は、高イオン伝導性、不揮発性を示すイオン性液体に着目し、イオン性液体を組織化した新しい液晶性分子集合体の構築と配向制御による異方的イオン伝導機能の発現に関する研究について述べている。本論文は、以下の5章から構成されている。

 第1章は序論であり、イオン性液体、液晶材料、および関連する分子集合体の物性と機能について紹介している。さらに、イオン伝導性を示す液晶材料開発の経緯について述べ、これらの研究背景をもとに、本研究の目的と意義について述べている。

 第2章では、汎用のイオン性液体と水素結合性の低分子液晶との複合化および自己組織化による液晶性分子集合体の構築について述べている。単独では秩序構造を形成しないイオン性液体を層状・カラム状に組織化するために、水酸基を有する棒状あるいは扇状の液晶性分子を設計合成している。これらの分子とイオン性液体が水素結合を介して自己組織化し、ナノスケールで相分離させることにより、イオン性液体がスメクチック層状構造の層間およびヘキサゴナルカラムナー構造のカラムの中心に組織化できることを示している。さらに、これらの分子集合体を均一に配向制御することにより、異方的なイオン伝導機能が発現することを明らかにしている。高異方性・高イオン伝導性を示す液晶材料を開発するためには、ナノスケールのイオン伝導パスをマクロスコピックに配向させることが重要であると結論づけている。

 第3章では、イオン性液体の性質を示す分子の化学修飾によるイオン性液晶の開発とイオン伝導特性について述べている。イオン性液体の中でも高イオン伝導性を示すイミダゾリウム塩に着目し、自己集合してカラムナー構造を形成するように、扇状のフェニルアルキル部位を導入した誘導体を設計している。アルキル鎖がエチル基からオクタデシル基まで変化させたテトラフルオロボレート塩、およびアルキル鎖をドデシル基に固定してアニオンを変化させた塩を合成し、液晶性とイオン伝導性を比較している。イオン絶縁性部位として機能するアルキル鎖がより短い塩ほど高イオン伝導性を示すが、異方性が小さくなることが示されている。また、アニオンが大きいほど高イオン伝導性を示すが、液晶性が低下することが述べられている。これらの結果は、カチオンであるイミダゾリウム環の共鳴構造とアニオンとの相互作用と関連させて考察することで、ある程度説明できると結論づけている。

 第4章では、異方的なイオン伝導性を示す高分子フィルム材料の作製について述べている。第3章で示した分子設計に基づいて、メタクリレート基やアクリレート基などの重合基を導入したイオン性液晶を合成している。棒状および扇状のイミダゾリウム塩が、それぞれスメクチック液晶相およびカラムナー液晶相を形成することが示されている。これらのモノマーに光ラジカル開始剤を混合し、液晶相において均一配向させた状態で光重合することにより、モノマー状態の配向構造を維持した機械的に安定な高分子フィルムを得ることに成功している。これらのフィルムに対して異方的なイオン伝導度を測定しており、高分子化することにより異方性が向上することが示されている。この結果は、液晶性ナノ構造が重合により安定化されることで、イオン伝導パスの揺らぎが低下し、伝導パスに垂直な方向へのイオンの拡散が効率よく抑制されるためと結論づけている。

 第5章は、本論文の結論であり、本研究を通して得られた知見および新しいイオン伝導性液晶材料の開発指針について述べている。

 以上のように、本論文はイオン性液体の組織化による液晶化と配向制御による異方的イオン伝導機能の発現に関する研究について述べたものであり、今後の自己組織性機能材料の開発に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51223