学位論文要旨



No 216234
著者(漢字) 小西,博郷
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,ヒロサト
標題(和) イネの根の生長制御に関与するジベレリン応答性タンパク質 : fructose-1,6-bisphosphate aldolase C-1の単離と機能解析
標題(洋)
報告番号 216234
報告番号 乙16234
学位授与日 2005.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16234号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 米山,忠克
 農業生物資源研究所 チーム長 小松,節子
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

植物にとって重要な根の発生や伸長の過程は、遺伝的要因と環境要因によって様々に変化する。根は養水分の吸収や植物体の支持といった機能を担っているが、その効率は根の量や形状あるいは土壌中での分布の様相によって影響を受ける。したがって、根がどのように形成されて機能しているかを明らかにするためには、根の生長に関与する要因を研究することが必要である。そのためには、プロテオーム解析技術を用いて根の生長に関与するタンパク質群を総括的に同定し機能解析する方法が考えられる。プロテオーム解析技術は優れた分解能の二次元電気泳動で分離した個々のスポットに、タンパク質の構造と機能に関する情報を与えるものであり、ゲノム塩基配列情報が充実した現在、ある種の生理現象に関与するタンパク質を探索する場合などには非常に有効な手法である。本研究では、プロテオーム解析を用いて、イネの根の伸長に関与するタンパク質として、ジベレリン応答性のfructose-1,6-bisphosphate aldolase C-1(aldolase C-1)を単離し、その生物学的機能の解明を試みた。

まず、根の生長促進に関与するブラシノライドとジベレリンの最適濃度を検討した。根の伸長生長に対して、ブラシノライドは0.01μMで、ジベレリンは0.1μMで促進作用を示したので、これらの濃度で根を処理して変動するタンパク質群を解析した。幼苗期イネの根からタンパク質を抽出し、一次元目にチューブゲルを用いた二次元電気泳動により分離した。クマシーブリリアントブルーで染色した二次元電気泳動像を画像解析して、得られた幼苗期イネの根タンパク質スポットについて気相プロテインシーケンサーおよび質量分析計を用いて分析した。促進がより顕著であった0.1μMジベレリン処理で、20S proteasome β5 subunit、glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase、aldolase C-1(図1左)が増加した。Aldolase C-1は、0.01μMブラシノライド処理で同様に増加した。

ジベレリン処理により変動するタンパク質とジベレリンとの関連をさらに明確にするため、ジベレリンの生合成阻害剤であるウニコナゾール、ジベレリンと拮抗的に働くアブシジン酸、ジベレリン欠損変異体である短銀坊主を用いて発現量が変化するタンパク質群を検索した。ジベレリン処理により増加し、ウニコナゾールおよびアブシジン酸処理で減少し、さらに短銀坊主内で存在量が少ないタンパク質としてaldolase C-1を検出した(図1右)。

Aldolaseはあらゆる生物に存在しており、その産生エネルギーは多様な生物機能に利用されている。ジベレリンで誘導されるaldolase C-1と根の生長との関連について詳しく探究するため、抗aldolase C-1抗体を用いたウェスタンブロットおよびDNAプローブを用いたノーザンブロットを行った。タンパク質およびmRNAレベルで、日本晴をウニコナゾール処理した場合や短銀坊主内で減少しているaldolase C-1の発現が、ジベレリンを加えることで回復した。また、日本晴をジベレリン処理し、根におけるaldolase C-1の発現を経時的に解析したところ、mRNAは12時間で、タンパク質は48時間でそれぞれ発現が最大となった。また、濃度依存的処理では根の伸長生長を促進する0.1μMジベレリンでaldolase C-1の発現が最大であった。組織特異性解析において、aldolase C-1は根において特に発現量が多く、根の部位別では生長に関わる根の先端部位で発現レベルが高かった。さらに、地上部の伸長組織を含んだ葉鞘において多く発現し、根と同様ジベレリン処理によりaldolase C-1発現量が増加した。

Aldolase C-1と根の生長との直接的な関係を解析するため、アンチセンス法によりaldolase C-1の発現抑制形質転換イネを作製した。対照の根は播種後6日で55 mm伸長したが、アルドラーゼの発現を抑制した形質転換イネでは根の伸長が対照と比較して顕著に抑制された(図2左)。そして、播種14日後においても根の伸長は抑制されていた(図2右)。このことより、aldolase C-1は根の形態形成を決定する一要因であることが明らかとなった。

さらにaldolase C-1発現抑制形質転換イネを用いて、根におけるaldolase活性を測定した。ジベレリン処理により対照では活性が上昇したが、aldolase C-1発現抑制形質転換イネでは対照と比較して活性が顕著に低く、ジベレリン応答性が低かった。この結果から、aldolase活性がジベレリンの下流で調節され、根の生長の制御に関与していることが示された。

根の生長には細胞伸長が関与し、これは液胞の膨圧調節によることから、免疫沈降法によりaldolase C-1とvacuolar H+-ATPase(V-ATPase)との相互作用を解析した。V-ATPaseの2種のサブユニットを抗原として調製された抗体を用いて、イネの根タンパク質中で相互作用するタンパク質を沈殿させ、抗aldolase C-1抗体を用いたウェスタンブロットで検出した。イネの根においてaldolase C-1とV-ATPaseが相互作用していることが明らかとなり、aldolase C-1の集積促進がATP供給を増大し、V-ATPaseを直接活性化することによって細胞伸長に影響を与える可能性が示された。

また、Ca2+-dependent protein kinase(CDPK)はV-ATPaseを活性化することより、ジベレリン情報伝達に関与する。そこで、CDPKがaldolase C-1の発現に対してどのように影響を与えるかを検討した。ジベレリンで誘導されるOsCDPK13の発現抑制形質転換イネを作製した結果、対照ではカルシウムにより発現が誘導されるaldolase C-1が、OsCDPK13発現抑制形質転換イネでは発現量が少なく、ジベレリンにより増加しなかった。このことより、ジベレリンにより誘導されるaldolase C-1の発現に、細胞質内カルシウムとOsCDPK13が関与していることが明らかとなった。

以上のことから、プロテオーム解析手法を用いることにより、はじめてジベレリン情報伝達にaldolase C-1が関与していることを明らかにした。そして、OsCDPK13を介したジベレリン情報伝達系により誘導されるaldolase C-1が、糖代謝によるATP産生を増大させて、V-ATPaseの活性化や液胞機能に影響を与え、細胞伸長を活発にすることにより根の伸長生長を促進することが強く示唆された。

図1 ジベレリン処理で増加するaldolase C-1(左) ウニコナゾールおよびアブシジン酸処理で減少または短銀坊主内で存在量が少ないタンパク質(右) BBTI:Bowman-Birk tripsin inhibitor CYP:cyclophilin OLE:oleosin

図2 Aldolase C-1発現抑制形質転換イネ(AS)の播種後7日間の根の生長曲線(左) 播種14日後の根の状態(右) VC:対照

審査要旨 要旨を表示する

植物の生長にとって重要な根の発生や伸長の過程は、遺伝的要因と環境要因によって様々に変化する。根は養水分の吸収や植物体の支持といった機能を担っているが、その効率は根の量や形状あるいは土壌中での分布の様相によって影響を受ける。したがって、根がどのように形成されて機能しているかを明らかにするためには、根の生長に関与する要因を研究することが必要である。本論文は、プロテオーム解析手法を用いて、イネの根の伸長制御に関わる因子としてfructose-1,6-bisphosphate aldolase C-1(aldolase C-1)を単離・同定し、それが根の伸長を制御する植物ホルモンジベレリンのシグナル伝達に関与していることを明らかにしたものである。Aldolase C-1は解糖系において、フルクトース 1,6-ビスリン酸をジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒド 3-リン酸へと分解する反応を可逆的に触媒する酵素である。

まず第1章では、根の生長やプロテオーム解析について概説した後、本研究の目的について述べている。第2章では、プロテオーム解析手法によるイネの根タンパク質の網羅的解析を行った。二次元電気泳動の一次元目に等電点電気泳動チューブゲルと固定化pH勾配チューブゲルを用いることでタンパク質を高度に分離・検出することが可能になった。また、検出した多数のタンパク質の同定をプロテインシークエンサーを用いたアミノ酸配列解析と質量分析により行い、イネの根タンパク質データファイルを充実させるとともに、プロテオーム解析の有用性を示した。

第3章では、イネの根の生長に関与するタンパク質の検索を行った。ジベレリン、ブラシノライド、アブシジン酸、さらにはジベレリンの生合成阻害剤であるウニコナゾールやジベレリン欠損矮性変異体である短銀坊主を用いて、イネの根の伸長が促進、あるいは抑制されている場合に発現レベルが変動しているタンパク質を検索した。その結果、aldolase C-1が、根の伸長が促進される0.1μMジベレリン処理、0.01μMブラシノライド処理で、共通して増加し、根の伸長が抑制されるアブシジン酸処理、ウニコナゾール処理、短銀坊主において共通して減少するタンパク質として同定された。

第4章では、イネの根の生長に関与すると考えられるaldolase C-1の機能解析を行った。正常型イネ日本晴をウニコナゾール処理した場合や短銀坊主で減少しているaldolase C-1の発現が、ジベレリンを加えることで回復することをタンパク質およびmRNAレベルで示した。また、日本晴におけるジベレリンの処理濃度とaldolase C-1の発現レベルとの関連についても調べ、根の伸長促進が最大となる0.1μMでタンパク質およびmRNAレベルで発現が最大となることを示した。Aldolase C-1は根において発現量が多く、根の部位別では生長が盛んな根の先端部位で特に発現レベルが高かった。Aldolase C-1の発現抑制形質転換体イネを作製したところ、それらにおいては根の伸長が抑制され、ジベレリン処理した場合のアルドラーゼ活性も顕著に低下していた。一方、根の生長に関与する細胞伸長は液胞の膨圧調節によることから、免疫沈降法によりaldolase C-1と液胞型ATPアーゼ(V-ATPase)との相互作用を解析した。V-ATPaseを抗原として調製された抗体を用いて、イネの根タンパク質中で相互作用するタンパク質を沈殿させ、その中にaldolase C-1が存在することを抗aldolase C-1抗体を用いたウェスタンブロット法により確認した。こうして、aldolase C-1の集積がATP供給を増大し、V-ATPaseを直接活性化することによって細胞伸長を促進している可能性が示された。さらに、ジベレリンのシグナル伝達系因子の一つであるCa2+-dependent protein kinase OsCDPK13の発現抑制形質転換体イネにおいては、aldolase C-1の発現がジベレリンにより誘導されないことを示し、aldolase C-1のジベレリン応答性には、OsCDPK13が関与していることを明らかにした。

第5章では、得られた結果を総括し、aldolase C-1の誘導を介するジベレリンによる根の伸長促進機構のモデルを提案した。

以上、本論文は、プロテオーム解析手法を駆使して、ジベレリンによるイネの根の伸長生長制御に関与する因子としてaldolase C-1を単離・同定し、それがV-ATPaseとの相互作用を介して機能することを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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