学位論文要旨



No 216235
著者(漢字) 高橋,幹
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,モトキ
標題(和) 根粒超着生ダイズ品種の開発及び生理・栽培的特性の解明
標題(洋)
報告番号 216235
報告番号 乙16235
学位授与日 2005.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16235号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 助教授 山岸,徹
 東京大学 助教授 山岸,順子
内容要旨 要旨を表示する

各種の作物の中で子実中のタンパク質含有率が最も高い作物であるダイズで多収を得るには,多量の窒素をダイズに集積させることが必要である。多くの根粒を着生する根粒超着生系統のダイズには,高い窒素固定能力をダイズの多収化や土壌窒素の保持に活かすことに期待が持たれた。しかし,通常品種の数倍以上の根粒を着生する根粒超着生系統は生育・収量が通常の品種より劣るのが一般的であった。

本研究では,まず,既存の根粒超着生系統En6500の根粒超着生形質を維持しながら,それ以外の劣った形質を改良して農業的実用性を高めたダイズ品種の開発を図った。次に,このようにして作出した根粒超着生ダイズ品種「作系4号」の詳細な特性の解明を図った。さらに,我が国のダイズ作付け面積の大部分を占める水田転換畑への作系4号の適応性を検討するとともに,省力的でかつ土壌有機物の保持効果が想定される次世代型の栽培法である不耕起狭畦栽培への適応性とこの条件下での多収化栽培技術を明らかにしようとした。

本研究で得られた結果の概要は次の通りである。

根粒超着生ダイズ品種作系4号の開発

En6500と原品種エンレイ等との交配によりEn6500の遺伝的改良を図り,新しい根粒超着生品種作系4号を開発した。作系4号について,普通畑での収量性などを検討し,以下の結果を得た。

3ヶ年の普通畑試験において,作系4号はEn6500に比べて極めて多収であり,収量水準が低い場合にはエンレイと比較しても多収を示す傾向にあった。

作系4号の収量性改善の原因として,1)子実が正常に充実し百粒重が増大したこと,2)開花期間の旺盛な栄養生長量によって初期生育量が小さいことが補われ,着莢数が増加したこと,3)莢実生長期において,比較的高い葉面積指数と葉の窒素含有率が確保されるため,光合成産物の生産とそれをエネルギー源とする窒素固定の増大が可能になったことが考えられた。

作系4号には開花期間の栄養生長等にエンレイと異なる性質が見られたため,SSRマーカー分析によって作系4号の遺伝子型を調べた。その結果,作系4号とエンレイとの間で多型を示すマーカーが多く,育成過程で自然交雑が起きた可能性が考えられた。そこで,花粉親の可能性のある品種を含めたマーカー分析を進めた結果,作系4号の母はエンレイとEn6500の交配後代であるEn-b0-1であり,父はタマホマレであることが明らかになった。

根粒超着生ダイズ品種作系4号の生理・生態的特性の解明

生育・収量が改善された根粒超着生品種作系4号の生理・生態的特性をポット試験で詳細に検討し,以下の結果を得た。

作系4号の個体当たりの窒素固定活性(アセチレン還元能)は開花期以降の全期間を通じてエンレイより高く,特に生育後半にその差が顕著であった。また,窒素固定依存率もエンレイより高かった。一方,施肥窒素吸収量と土壌窒素吸収量はエンレイより少なく,作物残渣に含まれる窒素量は多かったことから,作系4号の方が土壌中の窒素保持の点で有利なことが示唆された。

作系4号の葉の窒素含有率は開花期以降エンレイより高く,茎の窒素含有率は子実肥大初期以降高かった。葉のクロロフィル含有率はエンレイやタマホマレでは子実肥大初期以降に急速な低下がみられたが,作系4号では子実肥大後期まで高い値が保持された。葉の高い窒素含有率やクロロフィル含有率を反映して,子実肥大期における光合成速度も作系4号では他品種より高かった。作系4号は子実肥大期の窒素固定能力が高いため,葉から子実への窒素の転流に伴う葉の機能低下(いわゆる自己破壊)が生じにくいと考えられた。これを反映して,作系4号の乾物生産量は開花期までは少ないが,生育後期には多かった。作系4号の子実収量及び窒素全集積量はエンレイ及びタマホマレ以上の値を示した。

根粒非着生条件下での水耕ポット試験の結果,既存の根粒超着生系統En6500,En-b0-1の地上部重及び根重はエンレイより明らかに劣ったが,作系4号では開花期には若干劣るものの,生育中期以降はエンレイよりまさった。また,作系4号はエンレイに比べて開花期と成熟期が遅くなっていた。このような特徴は,花粉親のタマホマレに由来すると推定され,根粒超着生品種の欠点である茎葉と根の生育量の不足を補う効果があると考えられた。

作系4号栽培が後作に及ぼす影響を検討した結果,作系4号栽培時の比較品種に対する増収率が約3割以下ならば,作系4号跡のトウモロコシの生育の方がエンレイ跡より優る傾向にあった。作系4号跡地におけるトウモロコシ吸収窒素の増加分は88〜94%が土壌窒素由来であり,特に土壌窒素の保持効果が作系4号では高かった。以上はダイズの残渣を除いた条件下の実験結果であるが,残渣が土壌が還元される場合には残渣窒素量の多い作系4号跡の優位性がさらに増す可能性が示唆された。

作系4号の水田転換畑における多収化栽培技術の検討

根粒超着生ダイズ品種の実用化を図る上で,我が国のダイズ作付け面積の85%を占める水田転換畑への適応性の検討は必須である。茨城県稲敷郡新利根町の現地転換畑で作系4号の収量性と省力的栽培法として注目されている不耕起狭畦栽培への適応性を検討し,以下の結果を得た。

水田転換畑における2年間の耕起栽培では,作系4号はエンレイより初期生長量が小さいが,開花期間の栄養生長量が多いために,生長量が補われて成熟期にはほぼ同等となり,収量もエンレイ並であった。以上のように,作系4号は水田転換畑における慣行の耕起栽培に関してエンレイ並の適性を示した。しかし,初期生長量が小さい等の短所を補う栽培管理技術をさらに開発する必要があると考えられた。

4ヶ年間の試験の結果,作系4号は不耕起狭畦栽培条件下では,慣行の耕起標準畦幅栽培条件下より開花期までの初期生長量が多くなった。不耕起狭畦に窒素基肥の増量施用を組み合わせることにより,作系4号の初期生長量はさらに増大した。また,作系4号の収量は初期生長量の増大にしたがって増加する傾向を示したが,エンレイではこの傾向は認められなかった。

このように,土壌水分が高く保たれる不耕起栽培,同一裁植密度では株間が広いため生育初期の個体間競合が緩和される狭畦栽培,初期生育を促進し根粒の過剰着生を抑制する窒素基肥増肥栽培を組み合わせた結果,作系4号の収量は4カ年平均で同じ栽培法のエンレイより17%,慣行栽培法のエンレイより26%多収になった。

2004年に1ヶ年,水田転換畑における収量性をタマホマレと比較した結果,ポット試験とは異なり,作系4号のタマホマレに対する収量の優位性は認められなかった。タマホマレは作系4号より晩生であるために,収量性に関しては有利であるが,この圃場試験では,莢実形成期の天候不順もあって作系4号の窒素固定の潜在能力が十分発揮されなかったと考えられた。

ただし,作系4号はタマホマレと比較して,1)熟期が早いためダイズ−コムギの作付け体系に容易に導入できる,2)子実のタンパク含有率が高いため豆腐加工適性が高い,3)作系4号跡の方がタマホマレ跡より後作の生育が促進される傾向にある,などの利点がある。品種の選択にあたっては,収量性のみでなく,これらの条件を総合的に考慮して判断することが重要であるが,そのような意味で作系4号は十分品種選択の候補になると考えられた。

以上を要するに,本研究では,ダイズの安定多収化を目的として,既存の根粒超着生系統の欠点を改良して実用性を高めた根粒超着生品種作系4号を世界で初めて開発し,作系4号の種々の生理・生態的特性を明らかにするとともに,水田転換畑条件下での次世代型栽培法である不耕起狭畦栽培への適応性と多収化栽培技術を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

各種の作物の中で子実中のタンパク質含有率が最も高いダイズで多収を得るには,多量の窒素を集積させることが必要である。通常品種の数倍以上の根粒を着生する根粒超着生ダイズに対して,高い窒素固定能力をダイズの多収化や土壌窒素の保持に活かすことに期待が持たれた。しかし,これらの根粒超着生系統は生育・収量が通常の品種より劣るのが一般的であった。

本研究では,まず,既存の根粒超着生系統En6500をもとに根粒超着生形質を維持しつつ,それ以外の劣った形質を改良して農業的実用性を高めたダイズ品種の開発を行った。次に,作出した根粒超着生ダイズ品種「作系4号」の詳細な特性の解明を行った。さらに,我が国のダイズ作付けの大部分を占める水田転換畑への作系4号の適応性を検討するとともに,省力的でかつ土壌有機物の保持効果が想定される次世代型の栽培法である不耕起狭畦栽培への適応性とこの条件下での多収化栽培技術を明らかにしようとした。本論文は3つの章から構成されている。

根粒超着生ダイズ品種作系4号の開発

En6500と原品種エンレイ等との交配によりEn6500の遺伝的改良を図り,新しい根粒超着生品種作系4号を開発した。

3ヶ年の普通畑試験において,作系4号はEn6500に比べて極めて多収であり,収量水が低い場合にはエンレイと比較しても多収を示した。

作系4号の収量性改善の原因として,1)子実が正常に充実し百粒重が増大したこと,2)開花期間の旺盛な栄養生長量によって小さい初期生育量が補われ,着莢数が増加したこと,3)莢実生長期において,高い葉面積指数と葉の窒素含有率が確保されるため,光合成産物の生産とそれをエネルギー源とする窒素固定の増大が可能になったこと、が考えられた。

作系4号には開花期間の栄養生長等にエンレイと異なる性質が見られたため,SSRマーカー分析によって作系4号の遺伝子型を調べた。その結果,作系4号の母はエンレイとEn6500の交配後代であるEn-b0-1であり,父は晩生多収品種タマホマレであることが明らかになった。

根粒超着生ダイズ品種作系4号の生理・生態的特性の解明

作系4号の個体当たりの窒素固定活性(アセチレン還元能)は開花期以降の全期間を通じてエンレイより高く,特に生育後半にその差が顕著であった。また,窒素固定依存率もエンレイより高かった。一方,施肥窒素吸収量と土壌窒素吸収量はエンレイより少なく,作物残渣に含まれる窒素量は多かったことから,作系4号の方が土壌中の窒素保持の点で有利なことが示唆された。

作系4号の葉の窒素含有率は開花期以降エンレイより高く,茎の窒素含有率は子実肥大初期以降高かった。葉のクロロフィル含有率はエンレイやタマホマレでは子実肥大初期以降に急速な低下がみられたが,作系4号では子実肥大後期まで高く維持された。葉の高い窒素含有率やクロロフィル含有率を反映して,子実肥大期における光合成速度も作系4号では他品種より高かった。作系4号は子実肥大期の窒素固定能力が高いため,葉から子実への窒素の転流に伴う葉の機能低下(いわゆる自己破壊)が生じにくいと考えられた。これを反映して,作系4号の乾物生産量は開花期までは少ないが,生育後期には多くなり、子実収量及び窒素全集積量はエンレイ及びタマホマレ以上の値を示した。

根粒非着生条件下での水耕試験の結果,既存の根粒超着生系統En6500,En-b0-1の地上部重及び根重はエンレイより明らかに劣ったが,作系4号では生育中期以降はエンレイよりまさった。また,作系4号はエンレイに比べて開花期と成熟期が遅くなっていた。このような特徴は,花粉親のタマホマレに由来すると推定され,根粒超着生品種の欠点である茎葉と根の生育量の不足を補う効果があると考えられた。

作系4号栽培が後作に及ぼす影響を検討した結果,作系4号のエンレイに対する増収率が約3割以下ならば,作系4号跡のトウモロコシの生育の方がエンレイ跡より優る傾向にあった。作系4号跡におけるトウモロコシ吸収窒素の増加分は88〜94%が土壌窒素由来であり,特に土壌窒素の保持効果が作系4号では高かった。

作系4号の水田転換畑における多収化栽培技術の検討

水田転換畑における2年間の慣行耕起栽培では,作系4号はエンレイより初期生長量が小さいが,開花期間の栄養生長量が多いために,成熟期には生長量がほぼ同程度となり,収量もエンレイ並であった。このように,作系4号は水田転換畑における慣行の耕起栽培に関してエンレイ並の適性を示した。

初期成長量が小さい等の短所を補う栽培管理技術を検討した結果,土壌水分が高く保たれる不耕起栽培,同一裁植密度では株間が広いため生育初期の個体間競合が緩和される狭畦栽培,初期生育を促進し根粒の過剰着生を抑制する窒素基肥増肥栽培を組み合わせることで,作系4号の初期成長量は増大し、収量は4カ年平均で同じ栽培法のエンレイより17%,慣行栽培法のエンレイより26%多収になった。

2004年に水田転換畑における収量性をタマホマレと比較した結果,ポット試験とは異なり,作系4号のタマホマレに対する収量の優位性は認められなかった。タマホマレは作系4号より晩生で,収量性に関してはもともと有利であるが,この圃場試験では,莢実形成期の天候不順もあって作系4号の高い窒素固定能力が十分発揮されなかったと考えられた。

ただし,作系4号はタマホマレと比較して,1)熟期が早いためダイズ−コムギの作付け体系に容易に導入できる,2)子実のタンパク含有率が高いため豆腐加工適性が高い,3)作系4号跡の方がタマホマレ跡より後作の生育が促進される傾向にある,などの利点がある。これらの条件を総合的に判断すると作系4号は十分品種選択の候補になると考えられた。

以上のとおり,本研究では,ダイズの安定多収化を目的として,既存の根粒超着生系統の欠点を改良して実用性を高めた根粒超着生品種作系4号を世界で初めて開発し,作系4号の種々の生理・生態的特性を明らかにするとともに,水田転換畑条件下での次世代型栽培法である不耕起狭畦栽培への適応性と多収化栽培技術を明らかにした。これらの研究は学術上および応用上価値が高く、よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50263