学位論文要旨



No 216236
著者(漢字) 宮田,剛志
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,ツヨシ
標題(和) 企業的養豚経営の形成論理に関する研究
標題(洋)
報告番号 216236
報告番号 乙16236
学位授与日 2005.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16236号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 小田切,徳美
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

我が国の養豚部門は、戦後の食料消費の拡大、土地利用からの離脱、繁殖雌豚の繁殖サイクルにあわせた飼養管理形態の確立といった経営内外の要因に支えられて、国内生産の発展がみられた国内農業の中でも数少ない部門である。しかし、1990年以降、消費が停滞局面に突入し、輸入豚肉の急増も加わって、国内生産においては急激な減少がみられるようになった。ただし、国内生産がこのように急激な減少を示す中で、企業的養豚経営のみがその飼養頭数を増加させてきた。したがって、今後の国内生産の動向はこの企業的養豚経営の動向如何によっている。また、このような消費の停滞局面における農業構造の再編過程は、稲作や酪農はもとより、他の農産物と比較しても著しく速いテンポで進捗しているため、養豚のそれが注目されるゆえんである。そこで本論文では、統計と事例調査を基に、企業的養豚経営の形成論理に関して定量・定性の両面から分析を行った。そこでは、特に、養豚経営に上向展開を迫る経営外部・内部の要因に着目してそれぞれ分析を行った。以下、各章の内容である。

第1章では、まず、企業的養豚経営の展開を可能とした経営内外の要因について確認した。その上で、1990年以降、国内生産が減少を示す中で、企業的養豚経営のみが飼養頭数を増加させている実態を明らかにした。そのため、今後の国内生産の動向は企業的養豚経営の動態如何によっているため、この企業的養豚経営の形成論理を解明することが課題として設定される。加えて、大規模養豚経営の形成やその性格解明といった点に着目して先行研究の整理を行うことで、定量・定性の両面から課題に接近することが求められた。

第2章では、養豚経営に上向展開を迫る経営外部の要因とそれに規定された養豚経営の動態、つまり、豚肉の需給構造の変化とそれに規定された養豚経営の動態について、農林水産省「食料需給表」、「農業センサス」等の各種統計を用いて定量的分析を行った。豚肉の需給構造においては、1990年以降消費の停滞局面に突入しており、輸入豚肉の急増も加わって、国内生産量においては急激な減少を示すこととなった。この結果、養豚の構造変動が導かれた。そこでは、特に、相異なる2つの養豚経営の動態が明らかとなった。第1の動態としては、急激な階層分解の進展と大規模な農家以外の農業事業体(以下、事業体と略記)の形成が挙げられる。この過程で、会社が牽引役となって事業体が、飼養頭数に占めるシェアを確実に高めていく一方で、事業体、農家においては飼養頭数そのものが減少していくという方向で構造再編が進んできた。もちろん、そこで形成された大規模事業体、特に会社では、企業形態、雇用労働力の面においてもその「企業的性格」を強めてきた。また、第2の動態としては、大規模事業体の規模拡大路線とは明らかに異なる「川中」「川下」部門に事業多角化を行う事業体の経営展開が指摘できる。このような事業体の動態は、90年代に入り縮小していく消費量をめぐり、その生き残りをかけ、家計消費、外食等、食肉加工部門において輸入豚肉と競合しない、あるいは、消費者の質的充足を充たすための差別化した製品を生産していくための経営展開であったと理解することが可能である。

第3章では、中央畜産会「先進事例の実績指標」の個表データを用いて、1986年から1996年の期間に上向展開をはかった経営を、家族労働力のみの経営、臨時雇を雇い入れた経営、常雇を雇い入れた経営の3つのタイプに分類しその定性的分析を行った。これは、繁殖雌豚の繁殖サイクルにあわせた飼養管理形態の確立によって、目標とする年間所得から経営内の所与の労働力数のもとある程度の常時飼養頭数規模が逆算可能となったためである。養豚経営に上向展開を迫る養豚経営内部の要因としては、上向展開過程における繁殖雌豚1頭当たり所得(以下、1頭当たり所得と略記)の低下が挙げられる。1頭当たり所得では、家族、常雇と労働力の質に関係なく、平均規模以上に飼養頭数の増加がはかられた場合、その上限とともに下限も現れてくる。加えて、1頭当たり所得では、常雇を雇い入れた経営と、家族労働力のみ、臨時雇を雇い入れた経営との間に構造的な格差が発生していた。このため、これら3つのタイプの経営においては、施設機器具に大規模な投資が行われていることも加わって、交易条件に悪化がみられた際は一層の上向展開が迫られた。そして、このような1頭当たり所得の構造的格差は、繁殖雌豚1頭当たり出荷頭数(以下、1頭当たり出荷頭数と略記)と単価の低さの技術要因に起因していた。また、この格差は離乳後から出荷までの期間の技術格差であった。加えて、分娩前の繁殖雌豚の飼養管理においても3つのタイプの経営それぞれに技術問題が残っていた。しかし、3つのタイプの経営それぞれでは、1人当たり繁殖雌豚常時飼養頭数が増加する一方で、1頭当たり出荷頭数はそれぞれ安定的に推移していることからも、分娩後の肥育過程において3つのタイプの経営それぞれに技術水準が平準化しつつあることがうかがわれた。そして、このような分娩後の飼養過程の技術水準の平準化に伴い、かつて指摘された上向展開における生産費の上昇といった高コスト構造も、この時期の常雇を雇い入れた経営では解消されつつあった。この結果、所得水準においては、3つのタイプの経営ともに経営としては自立経営下限所得が実現されており、さらに、常雇を雇い入れた経営では年間農業所得/1人も自立経営下限所得を実現している年度が確認された。つまり、常雇が雇い入れた経営では、要素に対する支払いの実現だけではなく家族労働においてもより機会報酬の実現が目指され、費用収益構造において企業的発展も確認された。対照的に、その他2経営においては年間農業所得/1人において自立経営下限所得を大幅に下回り、1日当たり所得/1人、1時間当たり所得/1人では依然としてなお低い水準のままであった。

第4章では、事例調査を基に企業的養豚経営の今日的到達点について定性的分析を行った。これは、第3章での分析対象が、基本的には家族労働力主体の経営であり、そこに一部、臨時雇や常雇が導入された経営を扱っているため、第2章で明らかとなった大規模事業体の実態の多くについては、その分析の対象外となっているためである。今日、企業的養豚経営は、生産者、農協、農外資本の資本毎に設立されており、そこでは資本毎に特徴のある経営展開がみられた。ただし、このような資本の性格の差異に伴う経営展開も基本的には豚肉の需給構造の変化に規定された展開であった。そこでは、1970年代後半より既に交雑利用が進んでおり、また、その技術の安定化のための規模拡大、つまり、原種豚、F1生産部門の統合も進んでいた。加えて、1990年代後半以降、これら企業的養豚経営で農場が新設される際は、「原種豚-F1-肉豚」がその単位となっており、そこでの農場の規模も豚肉の需給構造の変化に規定されて大規模化していた。このため、そこでは必然的に高い資本装備や、作業分化の進展、1人当たり繁殖雌豚常時飼養頭数の多さがもたらされていた。さらに、このような近年設立された大規模農場では、繁殖雌豚1頭当たり出荷頭数や出荷される肉豚の品質において、ともに高い技術水準が実現されていた。一方で、70年代に設立された今日では相対的に規模が小さくなっている農場では、第3章で明らかとなった、常雇を雇い入れた経営の技術問題が依然として顕在化していた。ただし、分娩回転数においては、いずれの農場においても繁殖雌豚の繁殖サイクル通りの回転数が実現していた。また、費用水準においても農場の大規模化に伴い低下傾向を示していた。このため、企業的養豚経営間では主としてこのような技術格差に基づく収益格差の存在が明らかとなった。

第5章では、各章の分析結果を踏まえて、今日の国内生産の動向の総括を行った。企業的養豚経営では、1990年以降、特に、豚肉の需給構造の変化、つまり、養豚経営外部の要因に規定されて上向展開がはかられてきた。ただし、そこでは、従来指摘されてきたような上向展開過程の低収益性の問題やその規定要因となる技術問題、費用問題が解決されている経営の存在も明らかとなった。一方、依然として、国内飼養頭数の約6割を占める農家においてはその問題が顕在化していた。このため、農家においては企業的養豚経営との間において厳しい経営間競争にさらされるだけでなく、今後、メキシコからの輸入を含めますます輸入圧力が強まっていくことが確実視される中で、一層厳しい状況に追い込まれていくことが示唆された。このため、本論文では、分析の対象外となったこれら農家において、今日その生き残りをかけてどのような取り組みが行われているのか、その結果、いかに効率的な肉豚生産システムを形成しているのかを実証していくことが、今後の残された課題となった。

審査要旨 要旨を表示する

日本農業における養豚部門は消費の増大に対応した国内生産の急速な拡大ののち、1990年以降、消費の停滞局面に突入した。この局面では豚肉輸入の急増を背景として、国内生産の急激な縮小がみられる反面、企業的養豚経営のみが飼養頭数を増大させるという形で構造再編が急速に進んでいる。それは今後の国内生産の動向が基本的に企業的養豚経営のあり方によって規定される関係が成立したことを意味している。

このような消費の停滞局面における構造再編の急進展という事態は稲作や酪農はもとより、他の作目・畜種と比較しても養豚において顕著にみられる特徴であって、日本農業全体の構造再編が課題となっている今日、養豚業の行方に関心が集まる所以である。

本論文は統計分析と事例実態調査をもとにして、企業的養豚経営の形成論理に関する定量的・定性的分析を課題とするものである。そこではとくに、養豚経営に規模拡大・上向展開を迫る経営内外の要因に注目して検討が行なわれている。

まず、第1章では上述のように、1990年以降、養豚業をめぐって新たな状況が出現したことを豚肉需給構造の統計分析を通じて明らかにする一方、大規模養豚経営の形成・位置づけに関する膨大な先行研究の整理を行ない、本論文の課題と意義を明確にした。

第2章では豚肉の需給構造の変化とそれに対応した養豚経営の動向に関する定量的分析を行なった。そして第1に、急激な階層分解の進展とその下での大規模な農家以外の農業事業体(以下では事業体と略記)の形成を統計的に確認し、このプロセスが主として会社形態の企業によって担われ、それらの飼養頭数シェアの拡大と雇用労働力依存傾向の深化=企業的性格の強化がみられることを指摘した。しかし、他面では第2に、こうした大規模事業体の規模拡大路線とは明らかに異なって、「川中」・「川下」部門に事業多角化を図る動きがみられたが、それは低価格志向の輸入豚肉とは競合しない領域で差別化した製品開発をめざす経営対応として理解できるとした。

続く第3章では、中央畜産会の『先進事例の実績指標』の個表データを用いて、1986-96年の間に規模拡大を実現した経営を、a家族労働力のみの経営、b臨時雇を導入した経営、c常雇を導入した経営の三タイプに分け(ただしいずれも家族経営の枠内に止まる)、定性的分析を行なった。労働力に注目した経営区分を採用したのは、繁殖雌豚の繁殖サイクルに合わせた飼養管理形態の確立によって、目標とする年間所得から経営内の所与の労働力数を前提にして、ある程度の常時飼養頭数規模の逆算が可能となった事態を考慮したからである。

そして、繁殖雌豚1頭あたり所得の低下が一層の規模拡大を促迫する要因であること、1頭当たり所得では三タイプの間に構造的な格差が存在することを明らかにした。さらに、1頭当たり所得の構造的格差は雌豚1頭当たり出荷頭数の差と単価の格差という技術的要因により規定されているものの、これらの技術水準は平準化傾向を強めるとともに、常雇導入経営では規模拡大過程における生産費上昇といった高コスト構造の解消傾向がみられ、費用収益構造における企業的発展を確認した。

第4章は家族経営の枠を大きく超えた企業的養豚経営が取り上げられ、家屋経営からの発展タイプ、農協資本の参加タイプ、農外資本による設立タイプに分けて、詳細な定性的分析を行なった。ここでは1970年代からの技術発展の延長線上で、90年代の新規農場開設にあたっては「原種豚―F1―肉豚」を単位とした組織化が図られ、豚肉需給構造の変化に対応した大規模化(高い資本装備・作業分化の進展・1人当たり雌豚常時飼養頭数の高い水準)が必至となっている構造が明らかにされた。そして、技術格差に照応した形で収益格差が形成されており、規模の経済の発現が看取された。

第5章は以上の分析の総括である。メキシコとのFTA締結などを通じて豚肉輸入の拡大が見通される中で、これまで指摘されてきた上向展開の過程における低収益性・経営の技術問題・費用問題が解決されている企業的経営の存在が確認される一方、これらの問題が解決されておらず、飼養頭数の約6割をしめる農家が厳しい競争環境におかれることが示唆された。

以上のように、本論文は1990年以降新たな需給局面に突入した養豚において構造再編が進む状況を企業的経営の形成という視点から定量的・定性的に明らかにしたものであり、他の作物・畜種における分析はもとより日本農業全体の構造再編を考えるうえで貴重な手掛りを与えたものであって、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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