学位論文要旨



No 216239
著者(漢字) 岩松,準
著者(英字)
著者(カナ) イワマツ,ジュン
標題(和) 建設業の産業組織論的研究
標題(洋)
報告番号 216239
報告番号 乙16239
学位授与日 2005.04.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16239号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

日本の建設業界は現在、市場縮小という環境変化のただ中にあり、産業としての効率性を高めつつ、直面する様々な問題に対応していくことが切実に求められている。本論文はこのような時代背景と問題意識のもとに、建設業という産業分野とこれに属する建設企業を主な研究対象として、それらが実際の建設市場においてどのように振る舞っているのか、その結果としての建設の市場環境や産業組織をどう捉えるのが妥当か、また、いろいろと指摘される建設業の非効率は実態的にはどう存在しているのかを検討すること等を通じて、建設業の産業レベルでの生産性や効率性の向上に資する知見を得ることを目的としている。

本論文は、建設企業のレベルやそれより上位の産業レベルに主要な関心を向けている。これは従来、ミクロ経済学の応用的な一領域であり、企業と産業の関係を研究対象とする産業組織論(Industrial Organization)が取り扱ってきた分野であるが、建設業を研究対象とする本論文においても参照すべき論点や方法論を多く持っている。そこでとりまとめの枠組みとして、伝統的産業組織論が依拠する「S-C-Pパラダイム」に倣い、建設業の市場構造が市場行動を規定し、さらに市場行動が市場成果を規定するという一連の因果関係を想定したなかで、現代の建設業がおかれている状況を分析した。そして、本論文の各章は市場の構造、行動、成果にそれぞれ対応しており、このような3方面から建設業の分析を総合的に行ったものである。

本論文は8章の構成となっている。

第1章は「序論」として、論文の背景・目的・方法を明らかにするとともに、統計的な方法による建設業研究という本論文の全体的な性格から、建設業研究において最低限おさえておくべき建設業の範囲などの統計的定義、範疇についての記述を行っている。これは本論文全般に関係するが、主に2、3章で展開される記述の基礎となる部分でもある。

第2章及び第3章は、建設の「市場の構造」について統計データをもとに論じた部分である。21世紀初頭の建設業界では、特に一部の地域においてダンピングの横行に見られる過当競争が生じ、建設企業の倒産・淘汰再編の動きがみられるなど、建設市場を取り巻く環境にはたいへんな厳しさがある。個別の建設物の価格形成、建設企業の経営、さらに建設業全般の生産性・競争性のあり様には、こうした建設業がおかれた市場環境が多大な影響を与えていると考えられる。建設業の効率性を議論する本論文の前段として、日本の建設業がおかれた市場環境の現象面に注目して、公表されている統計資料を利用した分析や記述を行っている。

第2章「建設市場の統計分析」では、建設市場そのものの特性と動向を把握するための記述を行った。建設市場の規模を日本のみでなく世界の建設投資の中で比較するという水平的な方向と、歴史的な推移及び将来の見通しという垂直的な方向とで論じるとともに、投資の内外循環として建設業と他産業との関わりについて産業組織論の知見を用いて考察した。また、建設活動を示すさまざまな指標と建設市場の関係についても論じた。

続く第3章「建設業の産業組織」では、建設業の産業組織を考察対象として、市場構造の視点からまず企業数の多寡を時系列的な視点から検討した。企業数については第1章で述べた定義問題や統計上の差違がその把握を難しくしている面があることを指摘した。続いて企業規模格差や集中度、重層構造など産業内の構造分析を行い、近年みられる倒産や合従連衡の動向にふれた。さらに、建設企業をかたちづくっている建設現場の組織に着目して、その規模格差について検討した。最後に、建設労働者の推移や実態について、季節変動や年齢構成の変化などを含めて多面的に論じ、さらに最近顕著にみられている労働移動についても言及した。

第4章及び第5章は、「市場の成果」として位置づけられる部分である。

第4章「建設コストの内外価格差」では、1985年プラザ合意後の円ドルレートの急激な変化を背景として現れた日本における全般的な物価高についての関心が、建設物を巡って取り上げられるに至った問題を取り扱った。建設物の内外価格差は確かに存在しているが、その理由のひとつとしては、日本における製造業の生産性の高さに比べた際の建設業のそれの低さに起因する「内々価格差」という見方ができる、ということを述べた。この点は市場成果のもうひとつの検討を行った第5章の建設業の生産性に関する考察と結びつく。続いて、価格についての国際比較をする際の比較方法の原理ともいえる代表性原則、同一性原則について述べ、実際に行われている国際比較プログラム(ICP)やその比較方法論における最近の国際的な議論の紹介を行った。そしてICPの方法論を援用し、日米それぞれで実務的な目的で存在するコスト刊行物だけを利用した独自の方法による内外価格差の計算・集計を試みた。続いて、その内外価格差が発生する原因について多くの内外文献をもとに考察した。また、価格のトレンドを追跡する際に不可欠な建築費指数のわが国及び諸外国での動向を補論としてまとめた。

第5章「建設業の生産性」では、市場成果のもう一つの考察として、建設業の生産性を取り上げた。内外価格差に関する議論がそうであるように、マクロレベルでは生産性が必ずしも高くないというのが建設業の特徴となっているが、産業レベルのマクロの生産性に焦点を当て、ミクロレベルのそれとの関わり、諸外国や他産業との比較という視点から考察を加えた。まず、はじめに生産性とはそもそもどのようなことを指しているか、どのような指標が開発されているのかについての基礎的な検討を行った。続いて建設業の生産性指標として実務的な統計において取り上げられている指標についての実態を検討し、指標間の定義に不統一がある点などを指摘した。さらに、建設業の具体的な生産性の推移をみるため、生産性測定のレベルを設定し、マクロやミクロの統計資料に基づきながら、それらレベル間の数値の大小関係について考察した。最後に、マクロな国際統計を利用して建設業の労働生産性の国際比較と考察を行った。

第6章及び第7章は建設における「市場行動」として位置づけられる部分である。

第6章「入札分析にみる競争」では、近年公開された公共工事の入札データを分析し、企業行動について検討した。建設業は受注産業であるから、企業間競争は入札において典型的にみられるはずである。そして競争の態様は企業経営や建設業の成り立ちと密接なつながりを持つ。談合体質など協調的な行動様式が指摘される建設業界であるが、その実態はどうなのか、また、建設業の中で経営や競争はどう行われているのかという関心のもとに、近年公表が進んでいる公共工事の入札結果データを収集し、欧米の入札研究で利用されている分析の方法論を援用しながら、日本における競争環境について統計的な観点より明らかにした。データ分析が示していることは、日本では相対的に入札値にばらつきが見られないという特徴を有すること、経営規模により競争上有利な工事規模が存在することなどである。また、競争入札の理論モデルの検討と、日本での入札データを基にして、入札参加者数の大小が競争環境に与えている影響についての実証的な分析も行った。

第7章「建設企業の入札戦略」では、建設企業の競争が典型的に行われている入札における価格提示がどのような原理に基づいて行われているのかについて、見積コストに一定の大きさのマークアップを加えると捉えるマークアップ戦略という考え方を紹介し、欧米での建設分野における研究成果を示しつつ、日本での研究の可能性について言及した。また、近年問題として取り上げられるようになったダンピングや談合の問題について、やや歴史的な視点を入れて考察した。さらに補論として欧州でのダンピング問題(ALT: Abnormally Low Tenders)に関する検討成果についても述べた。そして、こうした入札戦略を建設業の生産性・効率性の向上に如何に結びつけるべきかについては、欧州で検討が進められているEMAT(Economically Most Advantageous Tender:経済的に最も有利な入札)や総合評価方式等を例とする入札制度の新しいデザインが重要であることを最後に述べた。

第8章は以上の議論を総括する形でまとめた結論の章である。

以上のように、本論文の全体構成は、伝統的な産業組織論の方法論にもとづき、建設業をめぐる「市場構造」、「市場行動」、「市場成果」という3つの側面から総合的に検討・考察したものになっている。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「建設業の産業組織論的研究」は、建設業という産業分野とこれに属する建設企業を主な研究対象として、それらの実際の建設市場における振る舞い、その結果としての建設の市場環境や産業組織の適切な捉え方、建設業の非効率の実態を詳細に検討することを通じて、建設業の産業レベルでの生産性や効率性の向上に資する知見を得ることを目的とした論文で、全8章から成っている。

第1章「序論」では、研究の背景、目的、方法を明らかにしている。その中で、伝統的産業組織論が依拠する「S-C-Pパラダイム」に倣い、建設業の市場構造が市場行動を規定し、さらに市場行動が市場成果を規定するという一連の因果関係を想定したなかで、現代の建設業がおかれている状況を分析する方針を明らかにしている。

第2章及び第3章は、建設の「市場の構造」について統計データをもとに論じた部分である。先ず、第2章「建設市場の統計分析」では、建設市場の特性と動向を把握するための記述を行っている。具体的には、日本の建設市場規模の国際的な特殊性と時系列的な変化の傾向を明らかにするとともに、産業組織論の成果を用いて、投資の内外循環として建設業と他産業との関わりに言及している。

第3章「建設業の産業組織」では、先ず企業数の多寡を時系列的な視点から分析した後、企業規模格差や集中度、重層構造など産業内の構造を明解に分析している。次いで、建設企業をかたちづくっている建設現場の組織に着目して、企業規模によるその格差の存在を指摘している。更に、建設労働者の推移や実態について、季節変動や年齢構成の変化などから建設労働者の推移や他産業と比較した際の特殊性を明らかにしている。

第4章及び第5章は、「市場の成果」について論じた部分である。先ず、第4章「建設コストの内外価格差」では、建設物の内外価格差が話題となった経緯について説明した後、それは確かに存在するが、その主因が、製造業の生産性の高さに比べた際に建設業のそれが低いことに起因する「内々価格差」であると指摘している。次いで、価格についての国際比較をする際の方法の原理に論及し、既存の方法を評価した後に、日米それぞれのコスト刊行物だけを利用した新たな内外価格差の計算・集計方法を提示している。

第5章「建設業の生産性」では、市場成果についてのもう一つの考察として、建設業の生産性について論じている。具体的には、産業レベルのマクロの生産性に焦点を当て、生産性に関する既存の指標の利用実態を検討し、指標間の定義に不統一があること等を指摘している。次いで、生産性測定のレベルを設定し、各種統計資料に基づきながら、それらレベル間の数値の大小関係を明らかにするとともに、建設業の労働生産性の国際比較を行っている。

第6章及び第7章は建設における「市場行動」を論じた部分である。先ず、第6章「入札分析にみる競争」では、近年公表が進んでいる公共工事の入札結果データを収集し、欧米の入札研究で利用されている分析の方法論を援用しながら、日本における競争環境について統計的な観点より明らかにしている。具体的には、日本では相対的に入札値にばらつきが見られないこと、経営規模により競争上有利な工事規模が存在すること等を指摘している。また、競争入札の理論モデルに基づき、入札参加者数の大小が競争環境に与える影響を明らかにしている。

第7章「建設企業の入札戦略」では、入札における価格提示について、見積コストに一定の大きさのマークアップを加えるものとして捉える考え方を紹介し、日本での適用の可能性を見極めている。次いで、ダンピングや談合の問題について、歴史的な視点を入れて考察し、総合評価方式等を例とする入札制度の新しいデザインが重要であることを指摘している。

第8章では、以上の研究成果を総括し、結論としている。

以上、本論文は、伝統的な産業組織論の方法論と広範なデータ群の適切な収集、分析に基づき、「市場構造」、「市場行動」、「市場成果」という3つの側面から日本の建設業の特性を総合的に解明したものであり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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