学位論文要旨



No 216240
著者(漢字) 牧村,和彦
著者(英字)
著者(カナ) マキムラ,カズヒコ
標題(和) 位置計測技術を用いた道路パフォーマンス指標に関する研究
標題(洋)
報告番号 216240
報告番号 乙16240
学位授与日 2005.04.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16240号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 講師 大森,宣暁
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 清水,英範
内容要旨 要旨を表示する

近年,道路整備の目標を道路の整備量を確保することから質の高い交通サービスを提供することに転換する必要性が唄われ,成果を重視した評価システムの導入が進められている.例えば国土交通省の業績計画書においては,交通サービスの程度を表す客観的な評価指標の一つとして渋滞損失時間を用い,渋滞損失時間を用いた政策評価を推進しており,事業執行プロセスやPI(パブリックインボルブメント)等様々な場面で,渋滞を表現するアウトカム指標が今後益々重要となる.

これまで実務で道路計画に用いられてきた代表的な渋滞関連指標には,旅行速度や渋滞長,渋滞損失額などがある.旅行速度の計測は人手により行われ,渋滞長の計測は目視により行われてきた.また渋滞損失などの経済損失はシミュレーションにより推計されてきた.しかし人手による計測の場合にはデータ精度や調査コストなどの問題があり,シミュレーションの場合には推計精度の問題がある.旅行速度は3〜5km区間といったセンサス区間の速度であり,これらデータからは渋滞ポイントやその程度は把握できない.渋滞損失額や損失人時間は政府の政策判断としての指標として機能する可能性はあるものの,市民や個々のドライバーが実感するアウトカム指標として十分機能するとは言い難い.

一方,IT(情報技術)の進展により,位置計測技術や移動環境計測技術,生体環境計測技術,さらには,情報通信技術の向上はめざましく,これら新技術を活用した様々な交通調査の新技術が開発,実用化されている.例えば,位置計測技術の進展は,連続的な時空間データとしてきめ細かな交通状況を再現可能にしている.特にカーナビゲーションシステム(以下,カーナビ)は,自律航法やマップマッチング処理などの組み合わせにより,位置計測精度が高く,マルチパスが多く発生する都市部において道路パフォーマンス計測の適用性が高いことが知られている.

以上の背景をもとに,本研究では,移動体観測調査としての基本的な技術である位置計測技術から取得できるデータに着目し,道路のパフォーマンス指標に関する提案ならびに交通計画への適用性について分析を行うことを目的とする.具体的には,

1)移動体観測調査から収集される位置データの道路パフォーマンス計測への適用性を考察し,実用的なデータ処理方法の提案を行う.

2)東京区部や名古屋市域を主な走行圏域とするタクシーの走行履歴データを用いて,走行特性を分析するとともに,道路のパフォーマンスを表現する渋滞関連指標及び指標の作成方法を提案する.

3)提案した指標について,実データデータを用いて指標の推計を行い,実務での適用性について考察し,最後に交通計画への活用について考察する.

の3点を目的とする.以下では,本研究を通じて得られた結論をまとめる.

2章では,道路パフォーマンスの計測を行う上での基本となる位置計測技術の性能や適用性を把握しておくことが重要であるとの認識に立ち,PHS,GPS,AGPS(アクティブGPS),カーナビ,RFIDタグの主に5種類の計測技術を対象に,道路パフォーマンス計測への適用性について,データ取得率,水平位置精度,操作性などから考察した.道路のパフォーマンス計測に求められるデバイスの最低要件として,(1)地上部のどこにおいてもデータが取得できること,(2)地形条件に関係なく高い水平位置精度が確保できていること,(3)短い間隔で位置情報が取得可能なことの3つの要件から,現時点ではカーナビ,GPS,PHS,gpsOne,電波タグの順に適用性が高いことが確認できた.

3章では,カーナビから取得されるデータを前提に,非固定経路の位置データを対象に,生データからリンク間の旅行時間までの一連のデータ処理手順について提案し,定周期の位置データを対象としたデータ処理方法と定周期の手法を改良した走行イベント毎の位置データのデータ処理方法の提案を行い,提案手法の性能について東京及び名古屋のタクシーデータを用いて考察した.非固定経路(定周期)のデータについては,1時間のデータを約1〜2分で算定可能であり,マップマッチング率は84.4%と高い結果が得られ,走行経路を正しく再現でき,また,リンクの流入及び流出ノードについても精度高くマッチングできていることを示した.また,非固定経路(走行イベント単位毎)のデータについては,1時間のデータを約30秒で算定可能であり(平均15秒間隔の場合),マップマッチング率はGPS単独測位で90%,カーナビデータで約98%と高い結果が得られ,これら結果から,本提案手法が実用性の高い手法であることを示した.

4章では,道路のパフォーマンスを表現する指標として,リンク間旅行速度,区間旅行速度,面(メッシュ)旅行速度,渋滞損失指標(渋滞損失金額,渋滞損失時間),渋滞に巻き込まれる時間割合,渋滞長,渋滞通過時間,信号待ち回数,渋滞継続時間の9つの指標の提案と定式化を行った.リンク,区間,面旅行速度と渋滞損失指標,渋滞に巻き込まれる時間割合は車両の位置と時刻のみから算定が可能であり,渋滞長,渋滞通過時間,信号待ち回数の3つの指標は車両の位置,時刻情報以外に走行速度の情報から算定が可能であることを示した.区間旅行速度は連続したリンクにおいては任意の地点間での算定が可能であり,個々の利用目的に対応し区間の集計値が算定できる.また,面旅行速度は,任意のエリアやエリアの特定な道路の集計値が算定でき,区間と同様利用目的に対応し面の特性を把握することができる.渋滞巻き込まれ時間割合は,特定区間での推計だけではなく,路線毎の渋滞状況を表現することや,面的にデータが蓄積されていれば,郊外と都心間といった任意のOD間での算定も可能である.渋滞長,渋滞通過時間,信号待ち回数は本章で提案した方法により,履歴データから自動的に共通のルールで算定可能であることを示した.

5章では,東京や名古屋等で収集されたデータを用い,データの基本的な特性を分析し,これら実データを用いて4章で定式化した指標を算定し,提案した指標の算定が可能であること実証し,実務的な見地から適用性について考察した.また,これら指標が算定可能となることにより,交通計画の今後の活用方策について考察した.1年間蓄積された20台のタクシーデータ(東京)を交通解析用に加工処理することで,時間帯にリンク当たり平均15〜30サンプルのデータが幹線道路において取得され,また20km四方のエリアにおいて時間帯毎に5〜7割のリンクをカバーすることが明らかとなった.この場合の計測にかかる費用は約440万円であり,このことは常時観測調査機器(トラカン)1台の約半分以下のコストでこれらデータが取得できることを意味し,今後実務における政策評価や交通調査の効率化及び高度化に大きく寄与する可能性を示した.リンクの平均旅行速度や標準偏差が算定可能になることで,「いつどこ渋滞マップ」や「いつどこ定時性マップ」として道路の実態を詳細な分解能で表現できることを示した.面旅行速度を算定することで,任意のエリアの月変動や曜日変動,時間変動が算定可能であることが確認できた.また,特定路線を対象に渋滞に巻き込まれる時間割合の時間帯別の特性が表現できることを示した.渋滞長と渋滞通過時間の2つの指標は,位置,時刻,走行速度のデータから渋滞と判断する基準値を与えることで算定可能であることを示すとともに,定点観測型では把握できない分解能で計測できることを示した.旅行速度調査用に収集されたデータをそのまま用いれば良く,これまで旅行速度調査と渋滞長計測調査の2つの調査を一つに統合できる可能性を示した.また,同様のデータにより交差点における信号待ち回数の算定が可能であることを示した.この指標は渋滞の閾値に依存しない指標であり,ボトルネック交差点の抽出や問題の実態を把握でき,実務における交通問題箇所特定の効率化に貢献できるとともに,PIや渋滞関連事業の事前事後評価の指標としても市民に分かりやすい指標の一つとして適用性が高い指標である.

また5章ではこれら指標が算定可能となることにより,履歴データを用いた今後の交通計画分野への活用方策について,施策の提案を行い,連続観測データを用いた交通センサスの可能性について東京や名古屋での実データを用いて考察した.連続観測データを用いることでこれまで3〜5年に1度,秋期の混雑時間帯のみの単断面の観測調査から,毎月といった連続観測調査に変革できる可能性を名古屋のデータから示した.これまで十分把握できなかった年変動や季節変動特性,平日,土曜日,休日の交通特性,時間帯別上下別の交通特性やピーク時交通特性が長期間継続的にモニタリングできる次世代センサスの実現が可能であることが確認できた.

最後に第6章では,本研究全体を通じて得られた結論と今後の課題と展望についてまとめた.

数十年後にはわが国の骨格となる交通体系はある程度整備され,半世紀後あるいは1世紀後に国民が求めるものは,紛れもなく交通のサービスであり生活の質,移動の質である.本研究には残された課題も多いものの,時刻と位置等の基礎的なデータのみから様々なアウトカムの指標化が可能であることを提示しており,今後の交通計画の幅広い発展可能性を秘めていると考えている.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、移動体観測調査としての基本的な技術である位置計測技術から取得できるデータに着目し,道路のパフォーマンス指標に関する提案ならびに交通計画への適用性について検討し、その有用性を明らかにした論文である。

本論文は6章からなり、1章では本論文の背景と目的を詳述している。GPS等による移動体観測データは、カーナビに実装されており、一秒間隔で精度の高い位置情報データを獲得できる特徴は広く知られている。しかし、この移動体観測データを道路のパフォーマンス指標の推定に応用するためのデータ処理技術は未完成であった。本研究は、このデータ処理技術を開発し、それを道路パフォーマンス指標の算出に応用し、その有用性を示す研究である。

第2章では,本研究に関連する既存研究を整理し、移動体観測調査に使用可能な高度情報通信機器の性能を比較し、カーナビ出力データの道路パフォーマンス指標計測への適用性が高いことを明らかにしている。

第3章では,移動体観測調査データの処理方法を提案している。具体的には、カーナビ出力データに、経路を特定するためのマップマッチングと、道路の走行速度算出に不要なため客待ちや荷の積み下ろしの停車を除く停止判定を加えた「プローブデータベース」を作成し、それをリンク毎の旅行時間データに変換した「走行データベース」を作成する手順を考案し、そのデータ処理技術を検討した。本研究でいうマップマッチングとは、カーナビ車載器内で行われている走行位置に隣接した道路上に車両の位置を補正する処理ではなく、車両の移動経路とリンクの進入・進出時刻を特定する二つの処理を包括したデータ処理である。まず、定周期型データの処理方法を提案し、経路特定精度を大幅に改善することを示し、次に、通信費用を大きく低減させるためにイベント(停車の前後、実車/空車切替、ウィンカーの切替)時のデータ収集を加えたイベント型データの処理方法を提案し、極めて高い95%以上の経路再現精度を、一定の計算負荷(一時間データを1〜2分で算定可能)で達成できることを明らかにした。

このデータ処理提案は、大量のカーナビ出力データに基づく道路パフォーマンス指標算定の基礎技術の開発として、高く評価できる。

第4章では、この処理方法により計測可能となる新しい道路パフォーマンス指標を定式化した。具体的には、道路のパフォーマンスを表現する指標として,リンク間旅行速度,区間旅行速度,面(メッシュ)旅行速度,渋滞損失指標(渋滞損失金額,渋滞損失時間),渋滞に巻き込まれる時間割合,渋滞長,渋滞通過時間,信号待ち回数,渋滞継続時間の9つの指標の提案と定式化を行い、提案した方法により,履歴データから自動的に共通のルールで算定可能であることを示した.

第5章では,東京や名古屋等で収集されたデータを用い,データの基本的な特性を分析し,これら実データを用いて4章で定式化した指標を算定し,提案した指標の算定が可能であること実証し,実務的な見地から適用性について考察し,交通計画における活用方策について検討した.

20台のタクシーデータ(東京)の年間走行軌跡データを交通解析用に加工処理することで,幹線道路においては時間帯にリンク当たり平均15〜30サンプルのデータが取得されるなど,常時観測調査機器1台の半分以下の経費で, ある程度のデータが収集可能であり、今後実務における政策評価や交通調査の効率化及び高度化に大きく寄与する可能性を示した.

また、提案指標を具体的に算出し、その時間的空間的な分解能の高さに着目して、「いつどこ渋滞マップ」や「いつどこ定時性マップ」などの新たな表現を提案し、これまでの旅行速度調査と渋滞長計測調査の2つの調査を一つに統合できる可能性を示し、ボトルネック交差点の抽出や問題の実態を把握など,交通問題箇所特定の効率化に貢献できることを明らかにした。

第6章では,本研究の成果をまとめている。主な成果は、1)移動体観測調査から収集される位置データの道路パフォーマンス計測への適用性を考察し,実用的なデータ処理方法の提案を行った、2)東京区部や名古屋市域を主な走行圏域とするタクシーの走行履歴データを用いて,走行特性を分析するとともに,道路のパフォーマンスを表現する渋滞関連指標及び指標の作成方法を提案した、3)提案した指標について,実データを用いて指標の推計を行い,実務での適用性について考察し,最後に交通計画への活用について考察した、の三点である。

以上より、本論文は、一定の客観的基準により統一的に道路パフォーマンス指標を算出する技術を開発し、その有用性を示したものと評価する。特に、データ処理技術の開発は、カーナビ等の走行履歴データを道路パフォーマンス指標の算定に活用する途を開拓したものであり、高く評価できる。また、提案手法による道路パフォーマンス指標の推定は、従来の交通調査と比較して、より効率的により分解能の高い指標を算定できる可能性を示したものとして、評価できる。また、道路パフォーマンス指標の推定精度を確保するための基準作成など、今後の検討課題も整理されている。

なお、本論文は、共同研究の成果を含んでいるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(工学)の学位を授与できると認める。

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