学位論文要旨



No 216242
著者(漢字) 森,淳
著者(英字)
著者(カナ) モリ,アツシ
標題(和) 低損失テルライト光ファイバとその広帯域光増幅器への応用
標題(洋)
報告番号 216242
報告番号 乙16242
学位授与日 2005.04.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16242号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 多久島,裕一
 東京大学 助教授 井上,博之
内容要旨 要旨を表示する

Er3+添加光ファイバ増幅器の出現は、光ファイバ通信における距離(損失)という制限要因を取り除き、1万km以上に及んで3R再生中継器を必要としない海底光通信をも実現するという革命をもたらした。通信容量が年々加速度的に増大するのに伴い、通信の大容量化を経済的に進めるため波長分割多重(WDM)伝送方式の導入が進んでいるが、この方式を実現することができるのはEr3+添加光ファイバ増幅器が複数の波長の信号を一括増幅することが可能なためであった。しかしながら、このWDM伝送方式における通信容量の大容量化は信号のチャンネル数をどこまで増やせるかに大きく依存しており、伝送ファイバや信号送受信器においては既に十分な帯域を有しているため、光ファイバ増幅器の増幅帯域が制限要因となっているのが現状である。

本研究は、WDM伝送方式における更なる大容量化に向けて、増幅器用光ファイバの材料ガラスを従来用いられてきた石英系ガラスからテルライト(TeO2)ガラスに置き換えることにより、光増幅器の増幅帯域を飛躍的に拡大することを目的とする。具体的には、テルライトファイバ及びEr3+を添加したテルライトファイバの低損失化を図り、これらを用いて広帯域であるだけでなく、実用的なEr3+添加テルライトファイバ増幅器(EDTFA)及びテルライトファイバラマン増幅器を実現することであり、以下の7章から構成されている。

第1章「序論」では、光通信システムにおける光増幅技術の役割、光増幅技術の種類と特徴、WDMシステムの進展と広帯域光増幅器について記述し、本研究の目的と論文の構成を明らかにした。

第2章「テルライトガラスの基本特性」では、TeO2-Bi2O3-ZnO-Li2O系及び  TeO2-Bi2O3- ZnO-Na2O系ガラスを作製し、ガラス化範囲、結晶化に対する熱安定性、光透過特性及び屈折率波長分散などの基礎物性を明らかにした。特に、TeO2-Bi2O3-ZnO-Li2O系において熱的に極めて安定でかつ透過特性にも優れた組成を見出し、Er3+を添加した同ガラスの光吸収・発光及び発光寿命などのEDTFAの基本となる物性を明らかにした。更に、同ガラスのラマン散乱を測定し、ラマン散乱強度が純粋石英の30倍程度強く、ラマンシフト量も大きいことを見出した。

第3章「テルライトファイバの低損失化」では、単一モードテルライト光ファイバの作製について検討した。単一モード光ファイバの作製はサクションキャスティング法によるファイバ母材の作製、ジャケット延伸法によるコア径の細径化、ジャケット線引き法による光ファイバ線引きにより行った。特に、テルライトファイバの低損失化を達成するためにはTeO2原料の高純度化は必須であり、これによりEr3+添加テルライトファイバにおいて27 dB/km@1.23 mを達成した。また、ラマン増幅器用ファイバでは、これまでEr3+の吸収により顕在化していなかった1.5 m帯のOH基による吸収が損失増大の原因となっており、溶融前の原料の脱水工程を導入することにより、20 dB/km@1.56 mを実現した。

第4章「Er3+添加テルライトファイバ増幅器(EDTFA)」では、まずEr3+添加テルライトファイバの基本的な増幅特性を示し、次に実用的な利得平坦型C+L帯一括型増幅器及びL帯増幅器を構成し、増幅特性を詳しく調べた。基本的な増幅特性として、反転分布状態と増幅帯域および利得の長波長限界、励起波長と雑音指数、利得制御性、温度依存性、スペクトルホールバーニング、L帯における四光波混合の抑制について検討した。EDTFAの最大の特徴である増幅帯域の広帯域性は、誘導放出断面積が短波長側及び長波長側の両方で強く裾を引いていること、及びシグナルESA断面積が長波長側から立ち上がっていることに起因していることを明らかにした。反転分布状態を中間状態に設定した場合、1600 nm付近に盛り上がった特徴的な誘導放出断面積のために、CからL帯までを一括で増幅する増幅器が可能となる。しかしながら、利得偏差が大きいため、利得平坦化、低雑音指数及び高出力化を同時に実現するには3段のEDTF間の2箇所に利得等化器を挿入する構成にする必要があることを示した。同構成により、石英系のEDFAでは不可能であったC+L帯70.8 nm一括増幅の実用的な増幅器を実現した。また、EDTFをL帯に適用した場合、及びL帯より更に長波長のE(extended)L帯に適用した実用的な増幅器を作製した。これらの増幅器を用いた並列型の増幅器を示すと共に有用性を確認するために、伝送実験への適用例を示した。

第5章「テルライトファイバラマン増幅器」では、テルライトガラスの大きな非線形屈折率とファイバの低損失化により、石英系ファイバ以外では初めて実用的なファイバラマン増幅器を実現した。誘導ラマン散乱係数を石英系ファイバと比較し、ピークの散乱係数が16倍、ストークスシフトが1.7倍であること、更に、散乱スペクトルが石英系ファイバでは単峰性であるのに対して、テルライトファイバでは双峰性を示すことを明らかにした。次に、従来の石英系ラマン用ファイバの1/10程度の長さである250mのテルライトファイバを多波長励起することにより、160 nmの超広帯域一括増幅に成功した。次に、本アンプを実用的な光増幅器とするため、石英系ファイバラマン増幅器とのハイブリット構成を採用し、更に伝送ファイバを用いた分布ラマン増幅技術を付加することにより、124 nm帯域313チャンネルの10Gbit/s信号を一括中継増幅伝送することに成功した。

第6章「テルライトファイバ及びファイバモジュールの信頼性」では、テルライトファイバの高強度化、ファイバモジュール化した場合のファイバの寿命を評価すると共に光部品の標準的信頼性評価法であるBellcore Technical Advisory TA-AWT-001221に準拠した試験、及び光信号を増幅した状態での長期動作安定性試験を行った。ファイバ母材表面のウエットエッチング処理により、ファイバ強度は平均469MPa(最大603MPa)に向上し、同ファイバを用いた寿命推定試験の結果、40 mmを越えるボビン径に対して25年以上(許容故障率10 )の寿命が確保できることを明らかにした。Bellcore仕様に従った6試験いずれにおいても故障はなく、テルライトファイバモジュールが実用環境下で十分な安定性を有することを明らかにした。また、長期動作安定性試験からテルライトファイバモジュールが実用動作条件下で安定した増幅動作が可能であることを示した。

第7章「総括」では、本研究を総括した結論を記述した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「低損失テルライト光ファイバとその広帯域光増幅器への応用」と題し、7章より構成されている。本論文は、WDM伝送システムの大容量化を可能にする光ファイバ増幅器の広帯域化を図ることを目的として、ファイバを構成する材料ガラスを従来の石英系ガラスに代わって新規に見出したテルライトガラスを用いることにより、Er3+添加ファイバ増幅器およびファイバラマン増幅器においてその増幅帯域を飛躍的に拡大できることを提案・実証するとともに、これら増幅器のWDM伝送システムへの応用について検討した結果が述べられている。

Er3+添加光ファイバ増幅器の出現は、光ファイバ通信における距離(損失)という制限要因を取り除き、1万km以上に及ぶ海底全光通信をも実現するという革命をもたらした。通信容量が年々加速度的に増大するのに伴い、通信の大容量化を経済的に進めるため波長分割多重(WDM)伝送方式の導入が進んでいるが、この方式が実現できたのもEr3+添加光ファイバ増幅器が複数の波長の信号を一括増幅できるという優れた特性のおかげである。しかしながら、このWDM伝送方式における通信容量の大容量化は信号のチャンネル数をどこまで増やせるかに大きく依存しており、伝送ファイバや信号送受信器においては既に十分な帯域を有しているため、光ファイバ増幅器の増幅帯域が制限要因となっているのが現状である。本研究では、WDM伝送方式における更なる大容量化に向けて、増幅器用光ファイバの材料ガラスを従来用いられてきた石英系ガラスからテルライト(TeO2)ガラスに置き換えることにより、光増幅器の増幅帯域を飛躍的に拡大することに成功している。さらに実現したテルライトEr3+添加ファイバ増幅器およびテルライトファイバラマン増幅器のWDM伝送システムへの応用についても検討し、その有用性を実証している。

第1章は序論であり、光通信システムにおける光増幅技術の役割、光増幅技術の種類と特徴、WDMシステムの進展と広帯域光増幅器について記述され、本研究の目的と論文の構成を明らかにしている。

第2章では、TeO2-Bi2O3-ZnO-Li2O系及びTeO2-Bi2O3-ZnO-Na2O系ガラスを作製し、ガラス化範囲、結晶化に対する熱安定性を調べた結果が示されている。その結果見出された安定組成について、光透過特性や屈折率波長分散などの基礎光学物性、及びEr3+を添加した同ガラスの光吸収・発光及び発光寿命などのEDTFAの基本となる物性を明らかにしている。更に、同ガラスのラマン散乱特性についても検討されている。

第3章では、低損失単一モードテルライト光ファイバの作製について検討されている。まず、光ファイバの損失要因と単一モードテルライト光ファイバの作製工程について述べられており、試作したテルライトファイバの損失要因を分析した結果、低損失化を達成するためには、TeO2原料の高純度化、及びすべての原料の脱水乾燥が必須であることが結論されている。

第4章では、まずEr3+添加テルライトファイバの基本的な増幅特性として、反転分布状態と増幅特性および利得の長波長限界、励起波長と雑音指数、利得制御性、温度依存性、スペクトルホールバーニング、L帯における四光波混合の抑制について検討されている。次に、実用的な利得平坦型C+L帯一括型増幅器の設計法及び構成した増幅器の特性について述べられている。さらに、L帯に適用した場合、そして拡張L帯へ適用した場合の実用的な利得平坦型増幅器を試作し、WDM伝送実験へ適用した結果が示されている。

第5章では、テルライトガラスの大きな非線形屈折率とファイバの低損失化により、石英系ファイバ以外では初めて実用的なファイバラマン増幅器を実現した結果が示されている。誘導ラマン散乱係数を石英系ファイバと比較することにより、使用ファイバ長が短尺かつ少ない励起光波長数でS、C、L帯をカバーする170 nmにわたる超広帯域ファイバラマン増幅器が実現できる可能性があることが示されている。さらに、テルライトファイバラマン増幅器を実用的な光増幅器とするため、石英系ファイバラマン増幅器とのハイブリット構成を採用し、更に伝送ファイバを用いた分布ラマン増幅技術を付加することにより、大容量・広帯域一括中継増幅伝送に成功している。

第6章ではテルライトファイバ及びファイバモジュールの信頼性を検討している。母材表面のウェットエッチング処理によるテルライトファイバの高強度化、ファイバモジュール化した場合のファイバの寿命を評価すると共に、光部品の標準的信頼性評価法であるBellcore Technical Advisory TA-AWT-001221に準拠した試験、及び光信号を増幅した状態での長期動作安定性試験を行った結果について述べられている。

第7章は総括であり、本研究の成果をまとめるとともに、今後の課題を展望している。

以上のように本論文は、広帯域光ファイバ増幅器を実現するために、新規なテルライトガラス光ファイバを提案してその低損失化を図り、それを用いてEr3+添加ファイバ増幅器およびファイバラマン増幅器の増幅帯域を飛躍的に拡大できることを実証した。これら増幅器を用いてWDM伝送システムでの大容量・広帯域一括中継増幅伝送に成功しており、従来の石英系ガラス光ファイバ増幅器では不可能であった広帯域な光増幅が実現できることを示したものであって、電子工学の発展に大きな貢献を果たしている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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