学位論文要旨



No 216250
著者(漢字) 田中,伸彦
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ノブヒコ
標題(和) 地域森林計画区における観光レクリエーション機能の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 216250
報告番号 乙16250
学位授与日 2005.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16250号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 助教授 小野,良平
 東京大学 助教授 斎藤,馨
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、我が国が国土の3分の2を森林に覆われているという世界的な森林地域であることを念頭に、林野施策や森林計画に着眼し、観光レクリエーションのための森林管理のあり方について調査、分析、考察を行った一連の研究成果をとりまとめたものである。

論文の構成は、まず序章で、研究の意義および論文の目的・方法・構成を示した後に、第1章で「我が国の観光レクリエーションを巡る状況」を総論的にとりまとめた。具体的には、我が国のライフスタイルの実情および、ライフスタイルの中における観光レクリエーションの実態を、既存の統計資料などを用いて分析し、その特徴を明らかにした。そして、森林管理者が留意すべき問題点を整理した。さらに第1章の後半では、まず我が国で行われる森林観光レクリエーションの実態についてとりまとめた。具体的には、林野行政に関わる観光レクリエーションの既存政府統計を、モントリオールプロセスの基準・指標にあわせる形でとりまとめ、分析を行った。その結果、「農林業センサス」や「森林の多面的機能 森林・施設状況調査」など複数の既存統計資料が存在し、観光レクリエーションに関わる「森林面積」や「施設」、利用者数などの現状を把握することができた。また、引き続きレジャー白書の時系列データを用いて、我が国で行われる観光レクリエーション活動への参加率に関するトレンドを森林管理の観点から時系列的に分析した。その結果、1.観光レクリエーション活動への参加率と森林空間の利用形態との関係や、2.観光レクリエーション活動の時系列的トレンドと森林空間の利用形態との関係には具体的な関係性が見られないこと、また、3.観光レクリエーション活動への参加率と観光レクリエーション活動の時系列的トレンドとの間には、一定の関係が一部示唆されるものの、大きな関係性は見られないことなどが明らかになった。つまり、この時系列的分析で得られた結論から考察すると、我が国における森林管理上留意すべき観光レクリエーション活動別のトレンド分析の結果からは、各活動のトレンドが非常に多様性に富んでいるため、全活動を統一的な施策あるいは一律の基準で取り扱うことはできないため、多様な関係性があることを前提に踏まえながら、各観光レクリエーション活動に対し、個別的かつ継続的に対応していく必要があると判断できた。

第2章では、我が国の明治期以降の、観光レクリエーションに関わる森林管理の行政施策史を時系列的にとりまとめ、考察を行った。その結果、1.明治維新により我が国では近代的森林管理が幕を開け、2.大正期には保護林制度が誕生するなど観光レクリエーションに関わる森林管理施策が安定を見せ、3.昭和初期には観光レクリエーション施策の絶頂期を迎えたものの第二次世界大戦による中断を余儀なくされたこと、そして戦後に入り、4.1950年代後半頃までは林政そのものの復興にあてられたため、5.森林観光レクリエーション行政の胎動が見られたのは1950年代の終わりから1960年代半ばにかけてであったこと、さらに、6.1960年代半ばから後半にかけて、国有林を中心に、総合的な観光レクリエーション施策の基盤が整備されていき、7.1970年代から1980年代半ばにかけて、国有林・民有林を問わずに森林観光レクリエーション施策の展開が見られるようになり、8.1980年代後半からは、バブル期における民間主導の開発型施策、不況期における非開発型の施策と様相を変化させながらも、森林観光レクリエーション施策の著しい多様化が進んできたことを明らかにすることができた。

第3章では、観光レクリエーションに関わる森林管理について、戦後の我が国の林学分野の研究レビューを時系列的にとりまとめ、考察を行った。その結果、我が国では戦後十数年間は観光レクリエーションに関わる林学分野の研究は散発的にしか見られなかったが、1.自然休養林を対象にした1960年代後半以降の研究からまとまった研究が行われるようになったことを明らかにした。そして、その後研究テーマは広がりを見せ、2.山村地域の総合的土地利用を視野に入れた観光レクリエーションに関する研究、3.都市地域・都市住民の森林観光レクリエーションに関わる研究、4.森林の観光レクリエーション機能に関わる他の多面的機能の研究、5.森林の風致施業に関する研究、6.森林観光レクリエーション地域の施設や備品に関わる研究、7.観光レクリエーション機能の地理的解析・地帯区分などに関わる研究、8.県民の森や森林公園などの運営管理に関わる研究、9.観光レクリエーションを通じた地域活性化に関わる研究、10.森林観光レクリエーションに関わる林野施策に関する研究、11.森林観光レクリエーションに関わる海外調査研究、12自然の保全と森林観光レクリエーションに関わる研究、13.森林観光レクリエーション地の利用者に関する研究、14.森林観光レクリエーション地や施策の歴史的発展過程に関する研究、15.森林の持つ観光レクリエーション機能の評価に関する研究、16.リゾートブーム下の森林観光レクリエーションに関する研究、17.所有者・管理者・地域住民などからみた観光レクリエーションに関する研究、18.公益的機能としての森林観光レクリエーション機能の経済評価研究、19.森林空間に対する心理的、生理的な調査研究、20.森林に関わる観光レクリエーション種目に関する個別的研究、21.療養およびユニバーサルデザインに関する研究などがまとまって行われてきたことを明らかにした。

第4章では、具体的な現場レベルの調査研究事例として、千葉県内に6箇所ある県民の森を対象に行った管理実態調査、アンケート調査の結果をとりまとめた。具体的には、まず作業員作業日誌の解析による年間管理作業の実態分析・考察を行い、続いてAHP法を用いて県民の森の管理者を対象に管理作業に対する意識調査を行った。その結果、例えば、管理している森林の状況が類似していれば、県民の森の面積が広くなるにつれて、ビジター管理に割かれる労力が大きくなり、生物管理作業が後回しにされる実態が作業日誌の解析調査から読み取ることができ、その状況は管理者の意識調査からも裏付けられた。そして、この様な第4章から得られた結論を、数百km2規模の流域スケールの森林管理に拡大させて考察したところ、流域スケールではより生物管理に手が回らない状況が想定できた。そのため、流域規模の観光レクリエーションのための森林管理においては、如何に優先順位を的確にして、整備の方向性をはっきりと示した管理計画を策定するかが重要な課題であるということが明らかになった。

序章から第4章までの成果を踏まえて、第5章では、現代の森林計画体系の中に、観光レクリエーションのための森林管理を組み込む手法の開発を行った。はじめに、観光レクリエーションに関わる既存の森林評価手法を概観し、その特徴や問題点を考察した。つぎに、地域に散在する観光レクリエーション資源・施設の森林管理面から見た場合の重要度や、その資源・施設のために管理を行うことが有効な森林の地理的範囲に関するアンケートを行い、定量的な指標を得た。さらにその指標を受けて、5×5メッシュのフィルタリング法を用いた森林管理上留意すべき観光レクリエーション地区の地理的評価手法を開発し、旧笠間営林所管内(茨城県・栃木県)で予備的検討を行った。そして、その結果手法の有効性を確認したため、現実の森林計画区である茨城県の霞ヶ浦地域森林計画区(都市近郊平地流域)および八溝多賀地域森林計画区(中山間流域)の2箇所で同手法を適用して、手法の追証を行った。さらに、両流域の特徴の比較・考察も行った。

以上の一連の調査、分析、考察により、我が国で行われる幅広い種類の観光レクリエーション活動を考慮した森林管理のあり方を、流域スケールの森林計画の遡上に載せるための手法を開発することが可能になった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、林野施策や森林計画に着眼し、観光レクリエーションのための森林管理のあり方について調査、分析を行い、森林の有する観光レクリエーション機能評価を流域スケールの森林計画上に反映させるための手法開発を行ったものである。

まず序章で、研究の意義および論文の目的・方法・構成を示した後に、第1章では我が国の観光レクリエーションを巡る状況を総論的にとりまとめている。我が国のライフスタイルの実情および、ライフスタイルの中における観光レクリエーションの実態を、既存の統計資料などを用いて分析し、その特徴を明らかにし、森林管理者が留意すべき問題点を整理している。そして、この時系列的分析で得られた結果から、我が国における森林管理上留意すべき観光レクリエーション活動は多様性に富んでいるため、全活動を統一的な施策あるいは一律の基準で取り扱うことはできず、その多様性を前提として、各観光レクリエーション活動に対し個別的かつ継続的に対応していく必要があると結論づけている。

第2章では、我が国の明治期以降の、観光レクリエーションに関わる森林管理の行政施策を詳細に分析し時系列的にとりまとめ考察を行っている。そして、明治期から今日に至るまでを8期に区分し、各時期の特質および位置づけを明らかにしている。また、明治期の保安林制度や大正期の保護林の制定など、林野独自で観光レクリエーションのための森林管理施策を展開したケースもあるが、多くは他省庁に端を発する観光レクリエーション政策の動向に対応する形での施策展開であり、地域全体を考慮した観光レクリエーション施策あるいはランドスケープ構造を考慮した施策展開になっておらず、20世紀の間は外圧にもとづく対応型の施策スタイルが中心であったことを明らかにしている。

第3章では、観光レクリエーションに関わる森林管理について、戦後の我が国の林学分野の研究をレビューし、時系列的にとりまとめ考察を行っている。その結果、各種の研究をその特徴から21のカテゴリーに区分することができたが、実行性を念頭に置き、(1)森林計画制度における適用を意識し、(2)現場の森林計画担当者の裁量の自由度が高いこと、(3)既存の情報データベースの利用が可能であること、を強く意識した観光レクリエーションに関わる計画手法の開発研究は、ほとんど見出すことはできないと結論づけている。

第4章では、現場レベルの調査研究として、千葉県内に6箇所ある県民の森を対象に行った管理実態調査、担当者へのアンケート調査の結果をとりまとめている。まず作業日誌の解析による年間管理作業の実態分析・考察を行い、続いてAHP法を用いて森林管理者を対象に管理作業に対する意識調査を行った。その結果、森林の面積が広くなるにつれて、ビジター管理に割かれる労力が大きくなり、生物管理作業が後回しにされる実態が作業日誌の解析調査から明らかになり、その状況は管理者意識調査からも裏付けられた。つまり、流域規模の観光レクリエーションのための森林管理の場合、的確に優先順位をつけ、整備の方向性を明確に示した管理計画を策定することが重要課題であると考察している。

第5章では、第4章までの成果を踏まえ、現代の森林計画体系の中に、観光レクリエーションのための森林管理を組み込む手法の開発を行っている。まず、観光レクリエーションに関わる既存の森林評価手法を概観し、その特徴や問題点を考察している。つぎに、地域に散在する観光レクリエーション資源・施設の森林管理面から見た場合の重要度や、その資源・施設のために管理を行うことが有効な森林の地理的範囲に関するアンケートを行い、定量的に評価するための指標を得ている。さらにその指標を受けて、フィルタリング法を用いた森林管理上留意すべき観光レクリエーション地区の地理的評価手法を開発し、旧笠間営林所管内(茨城県・栃木県)で予備的検討を行い、手法の有効性を確認したうえで、現実の森林計画区である茨城県の霞ヶ浦地域森林計画区(都市近郊平地流域)および八溝多賀地域森林計画区(中山間流域)の2箇所で同手法を適用して、手法の追証を行い、さらに両流域の特徴の比較・考察も行っている。

以上、本研究は我が国で行われる多様な観光レクリエーション活動を考慮した森林管理に関して、施策、研究、実態を膨大な資料・データをもとに分析し、現状の問題点を明らかにしたうえで、森林の有する観光レクリエーション機能の評価手法とともに、流域スケールの森林計画の遡上に載せるための手法を検討、開発したものと評価できる。本研究で得られた知見は、今後の景観保全や農村景観に関する研究および実践に大きな影響を与えるものと考えられ、学問上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50264