学位論文要旨



No 216252
著者(漢字) 瀬川,耕司
著者(英字)
著者(カナ) セガワ,コウジ
標題(和) 非双晶YBa2Cu3Oy単結晶における面内電荷輸送特性の研究
標題(洋) In-plane charge transport properties in untwinned YBa2Cu3Oy single crystals
報告番号 216252
報告番号 乙16252
学位授与日 2005.05.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16252号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 今田,正俊
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、過剰ドープから希薄ドープの非超伝導組成まで酸素量を広く系統的に変えたYBa2Cu3Oy(YBCO)非双晶単結晶を再現性よく作製する方法を確立し、その電荷輸送特性を精密に測定した。その中でも希薄ドープ域の単結晶を非双晶化して物性を測定した例はこれまでになく、本研究が初めての報告となる。以上の測定からYBCOのCuO2面における輸送特性を求めて酸素量に対する系統性を詳しく議論した結果、YBCO系に電荷ストライプが存在することを示唆する結果が得られたのでそれを報告する。

YBCO系が他の高温超伝導体と異なる点として、1)超伝導を示す組成でもCu-Oボンド方向に伝導の異方性がある、2)酸素量の変化する範囲が広いので、元素置換をせずに広い範囲でキャリア濃度を変化させられる、というものがある。これらの性質は電荷が一次元的に自己組織化してできるとされる「電荷ストライプ」の研究の舞台として適していると考えられる。結晶構造の面内異方性はわずかな一次元性を電子系に導入することが期待される。また、自己組織化という現象を研究するためには自己組織化のきっかけになりかねない結晶の不均一性は極力排除すべきである。このような系で電荷の振舞いを直接反映すると考えられる電荷輸送特性がどのように振舞うかはたいへん興味深い。しかし、非双晶結晶を使って系統的に広く酸素量を変えた実験はこれまでに報告されていなかった。

本研究の実験においては、構成元素しか含まないイットリアるつぼを使って高純度のYBCO単結晶を作製し、広く酸素量を変化させてかつ非双晶化したものについて、面内の電気抵抗率、Hall係数、磁気抵抗、熱電能を精密に測定した。試料の酸素量調整の後でも非双晶化が可能であることは本研究で初めて見出された。この技術は特に希薄ドープ域の非双晶単結晶を得るために必要不可欠である。

図1(a)に、酸素量y=6.45-7.00の試料におけるa軸方向の電気抵抗率ρaの温度依存性を示す。a軸はCu-O鎖に垂直方向であるため、Cu-O鎖が一次元的な電気伝導を示したとしてもそれは関与せず、ρaはCuO2面の物性を反映すると期待される。高温ではρaは酸素量を減らすとともに単調に増加するが、低温では異常な振舞いが観測された。酸素量がy=6.60-6.80の範囲では〜120K以下で抵抗率の温度依存性がほとんど重なってしまっている。この現象の起源として、1)酸素量が変化してもキャリア濃度が変化していない、2)キャリア濃度の変化の抵抗率への効果を打ち消すように散乱時間が変化している、の2つの可能性が考えられる。高温におけるHall係数や熱電能の振舞いからはこれらの試料で酸素量を減らすとキャリア濃度が単調に減少することが示唆されるため、観測された抵抗率の温度依存性の重なりの起源は上記の可能性の後者である可能性が高い。Hall係数と抵抗率から求めたHall移動度の酸素量依存性もこの説明と矛盾しない振舞いを示している。

当然ながら電気抵抗率はCu-O鎖に並行な方向に電流を加えても測定できて、面内抵抗率はρaの他にρbも得られるが、従来はこの2つの差を生み出す要素はCu-O鎖の電気伝導のみであると考えられていた。つまり、Cu-O鎖から酸素が減少すればその一次元的な電気伝導は顕著に抑制されてρaとρbは同じ値に収束すると期待され、現にTcが60K程度を下回らない試料では実験的にも確かめられていた。しかし、本研究で希薄ドープ域まで酸素量を減らしてρaとρbを測定すると、Tcが60Kを下回る領域では酸素量を減らすと面内異方性が増大する振舞いが観測された。様々な試料におけるρa/ρbの温度依存性を図1(b)に示す。酸素量y〓6.55の試料では温度を下げると面内異方性が増大し、y=6.30の試料ではρa/ρbが2.5を超えていることがわかる。過去の研究から格子定数の面内異方性は酸素量を減らすと単調に減少することがわかっているが、抵抗率の面内異方性はそれと逆の振舞いを示している。わずかな結晶の面内異方性をきっかけとして電子が一次元的に自己組織化して電荷ストライプを形成するということがこの現象の起源の可能性の1つとして考えられる。

図2(a)に、Hall係数の温度依存性を様々な試料について示す。高温のHall係数は酸素量を減らすと単調に増大するが、低温では異常に減少する振舞いがy=6.60-6.85の試料で見られた。この減少はy=6.75付近で最も顕著である。Hall係数の急激な減少はLa2-x-yNdySrxCuO4(LNSCO)やLa2-xBaxCuO4(LBCO)でも観測されており、電荷ストライプの存在によって起きている可能性が示唆される。

磁場中での電気抵抗の変化である磁気抵抗も、広い範囲の酸素量を持つ試料で測定した。横磁気抵抗から縦磁気抵抗を差し引いて求めた軌道磁気抵抗は、室温付近まで有限な値が観測された。これは常伝導状態の磁気抵抗であると考えられ、その温度依存性は磁気伝導率(-Δσ)が(aT2+b)-2となることがわかった。低温の磁気抵抗からは、常伝導状態の寄与を差し引いて磁気伝導率の超伝導ゆらぎ成分を求めることができる。磁気伝導率の超伝導ゆらぎ成分を、横軸に試料の酸素量、縦軸に規格化した温度をとってグレースケールでプロットした図を図2(b)に示す。磁気伝導率の超伝導ゆらぎ成分は酸素量の変化に対して単純な振舞いを見せず、酸素量y=6.70-6.75で増大していることがわかる。この超伝導ゆらぎ成分の温度依存性を解析することで面内方向のコヒーレンス長と平均場の上部臨界磁場を求めることができる。その酸素量依存性を図2(c)と2(d)に示す。酸素量y=6.70-6.75の試料でコヒーレンス長が増大し、上部臨界磁場が小さくなっていることがわかる。このことは、これらの組成ではその周囲の組成よりも磁場によって超伝導が抑制されやすくなっていることを示唆している。実際に強磁場下で抵抗率を測定すると酸素量6.70付近の試料は酸素量6.65の試料よりも超伝導が抑制されやすいことを示す結果が得られている。

本研究で、YBCO系の輸送特性における未解明の様々な異常が明らかになった。不足ドープ域においては酸素量を減らすと格子定数の面内異方性が小さくなるにもかかわらず、電気抵抗率の面内異方性は逆に大きくなる振舞いが観測された。この事実から、YBCO系では電荷の一次元的な自己組織化により、電荷ストライプが形成されて一次元的な電気伝導を示している可能性が考えられる。また、酸素量y=6.75付近の組成において、(1)低温でのキャリアの散乱が酸素量に対して異常な変化を見せること、(2)Hall係数がTc直上で顕著に減少すること、(3)超伝導が磁場で抑制されやすくなっていること、が明らかになった。これらの組成は60K付近でTcが異常な酸素量依存性を示す「60K異常」の見られる組成であることから、今回観測された異常は「60K異常」である可能性が高い。また、この組成でのキャリア濃度は高温のHall係数や熱電能で見る限りは1/8付近と考えて矛盾せず、また観測された異常はホール濃度1/8付近のLBCO系やLNSCO系で観測されていた振舞いと類似していることから、YBCO系の「60K異常」はLa214系の「1/8異常」と同様にTcの抑制によるものであり、電荷ストライプが密接に関係している可能性が高いと考えられる。La214系だけでなくYBCO系においても、電子状態を直接反映する電荷輸送特性に電荷ストライプの存在する可能性を示す結果が得られたことから、電荷ストライプ形成はLa214系に特有の現象ではなく、高温超伝導体に共通した現象であることが期待される。

図1:(a)酸素量y=6.45-7.00の試料における、Cu-O鎖に垂直方向の面内電気抵抗率ρaの温度依存性。(b)様々な酸素量の組成におけるρa/ρbの温度依存性。

図2:(a)様々な組成におけるHall係数の温度依存性を片対数プロットした図。(b)磁気伝導率の超伝導ゆらぎ成分の変化を(T-Tc)/Tc-y平面でプロットした図。(c)磁気伝導率の超伝導ゆらぎ成分の温度依存性から求めたζabのy依存性。(d)ζabから求められた平均場のHc2のy依存性。

Kouji Segawa and Yoichi Ando,Phys.Rev.Lett.86,4907(2001).Kouji Segawa and Yoichi Ando,J.Low Temp.Phys.131,821(2003).Kouji Segawa and Yoichi Ando,Phys.Rev.B 69,104521(2004).Y.Ando,K.Segawa,S.Komiya,and A.N.Lavrov, Phys.Rev.Lett.88,137005(2002).
審査要旨 要旨を表示する

銅酸化物高温超伝導体の発見以来18年が経ち,多くの実験データが蓄積され.理論的研究も大きく進展したが.大きな目標である超伝導機構の解明にはいまだ至っていない.その理由のひとつとして,高温超伝導体では組成制御・欠陥制御が難しいために,高品質の試料を用いた精密で系統的な実験データの蓄積が十分でなかったことが挙げられる.本論文では,代表的な高温超伝導体のひとつであるYBa2Cu3Oy(YBCO)の高品質単結晶を作製し,磁気抵抗,ホール係数を含む輸送係数を精密かつ系統的に測定し,高温超伝導体で広く見られる異常な物性と,この系特有の振る舞いを明らかにしている.YBCO単結晶は,ホール濃度を決定している酸素量の制御が難しいことに加え,Cu-O鎖の酸素原子の配列に起因する物理量の異方性が双晶化により覆い隠されてしまうことにより,本質的な物性量を抽出することが遅れていた.論文提出者は,全組成y領域にわたって酸素量が制御され,かつ双晶をもたない単結晶を作製することに成功し,輸送現象のCuO2面内異方性を系統的に研究している.得られた輸送係数は,CuO2面内における電荷ストライプの形成や揺らぎなど,新規な現象を示唆している.

本論文は7章からなる.第1章では,まず本研究の背景として,YBCOを中心とした高温超伝導体の物性を紹介している.とくに,中性子散乱で最初に見出された非整合ピークと,それに基づいて提唱された電荷ストライプモデルについて述べ,YBCOにおける物性の異常と電荷ストライプが関係する可能性を述べている.

第2章では,実験方法について述べている.最適ドープ領域から希薄ドープ領域に至るYBCO単結晶試料の作製とその熱処理・非双晶化は,本論文の大きな特徴であり,詳しく述べられている.偏光顕微鏡で観察しながら圧力をかけることによって,低温で非双晶化できることを見出している.この方法により,構造の異方性がごくわずかな希薄ドープ試料でも非双晶化が可能となった.また,輸送現象の測定に際しての工夫や,細心の注意を払った測定と解析も本論文の特徴であり,その実験方法についての詳しい説明がされている.

続く第3章で,最も基本的な輸送係数であるCuO2面内方向の電気抵抗率を測定し,CuO2面の寄与とCu-O鎖の寄与を分離している.その結果,Cu-O鎖の酸素配列がほぼ等方的になる希薄ドープ領域で,予想に反して電気抵抗の異方性が増大することが見出された.この現象を説明するために,CuO2面内でホールがストライプ状に秩序化していることが提唱されている.

第4章では,ホール係数の測定結果とその解析が述べられている.CuO2面内のキャリアーのホール移動度が,臨界温度が60K付近で変化しなくなるいわゆる「60K異常」の組成(y〜6.65)より大きなホール濃度で減少することを見出し,電荷ストライプの影響による可能性を指摘している.

第5章では,磁気抵抗の測定結果と解析結果が述べられている.超伝導揺らぎによる磁気抵抗の理論式を用いて得た超伝導オーダーパラメータのコヒーレンス長は,「60K異常」を越えた組成y〜6.7で異常に増大し,上部臨界磁場は異常に減少していることを見出している.これより,この組成で超伝導が壊れやすくなっているとしている.

第6章では,上記の異常な輸送現象が発現する機構について考察を行なっている.希薄ドープ領域の電気抵抗の異常な異方性も,「60K異常」付近のホール移動度の減少と超伝導の抑制も,ともに電荷ストライプの影響として考察されているが,両者の振る舞いが大きく異なっていることも指摘されており,今後の研究の発展への期待が述べられている.そして,最後の第7章で,本論文の結論をまとめている.

以上のように本論文は,典型的な高温超伝導体であるYBCOについて,酸素量を制御し非双晶化した高品質単結晶を作製し,輸送現象の異方性を精密に測定し,その実験結果に基づいて深い物理的洞察を行なったことで高く評価された.なお,本論文の一部は,安藤陽一,小宮世紀.A.N.Lavrov各氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験,解析,考察を行なったもので.論文提出者の寄与が十分であると判断する.したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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