学位論文要旨



No 216254
著者(漢字) 北村,英哉
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,ヒデヤ
標題(和) 社会的認知における情報処理方略の活性化の研究
標題(洋)
報告番号 216254
報告番号 乙16254
学位授与日 2005.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(社会心理学)
学位記番号 第16254号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,勧
 東京大学 教授 池田,謙一
 東京大学 教授 秋山,弘子
 学習院大学 教授 外山,みどり
 国際基督教大学 教授 笹尾,敏明
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、情報処理方略の活性化を取り上げた。第1章で理論的検討を行い、第2章、第3章、第4章において、9つの実証的研究を示し、最後の第5章において、総合的議論と今後の展望を論じた。最初に理論的な核心部分についての要点を示す。

知識の2つのタイプ−宣言的知識と手続き的知識の区別を行い、社会的認知研究における情報処理方略を手続き的知識のひとつと位置づけた。情報処理方略とは、「心的プロセスとして生じる一連の情報処理の仕方」であると定義づけ、対人認知の構えとしての対人認知方略や印象形成のカテゴリー・ベース処理方略、個人ベース処理方略、また、説得の二過程モデルに現れるヒューリスティック処理、システマティック処理、ならびに自動的処理、コントロール処理などを情報処理方略として考え得るとした。情報を処理していくプロセスに重点を置いた考え方を導入することによって、概念の活性化過程を理論的基盤としていたこれまでのモデルに比べて、さまざまに観察される現象の説明力が増し、これまでの理論では説明できない独自的な説明が可能となることを示していくことが本論文の目的である。

実証的研究においては、以上の情報処理方略という考え方がいかに有効で、実際に機能しているかという点を示し、情報処理方略がさまざまな状況で活性化されて、対人記憶や社会的判断など社会的認知過程に影響を及ぼしている点を示した。実証的研究の章毎の研究目的は以下のようになっている。まず、第2章では、情報処理方略という考え方が有効であることを示すことを目的とした。情報処理方略のひとつである対人認知方略が、対人記憶および他者の叙述に影響することを示した。第3章では、情報処理方略が一連のまとまりをもった心的メカニズムであることを示すことを目的とした。そのために、文脈的に情報処理方略を活性化させることができるかどうか、その効果の検討を行った。第3章では、異なる活性化のもたらし方として、認知者の気分状態を取り上げ、気分によって情報処理方略がいかに活性化されるか検討することを目的とした。以上が実証的研究の流れと配置である。以下に、各章の要約を示していく。

第1章では、情報処理方略および活性化現象について理論的検討を行った。これまで社会的認知研究においては、宣言的知識の活性化を理論基盤とする意味ネットワークモデルや概念のアクセスビリティという考え方に基づいて研究が行われてきた。しかし、活性化の効果が長期に渡ることもあり、概念の活性化だけによって、とりわけ高次の社会的判断プロセスの説明を行っていくのに不十分な点があることを指摘した。活性化拡散の進行のみによって考えるのではなく、データをまとめていく仕方である情報処理方略に着目することは、評価や判断へと至るプロセスを描くことに役立つものと考えた。

そこで、情報処理方略を「心的プロセスとして生じる一連の情報処理の仕方」と定義し、概念中心の考え方と対置させて、プロセスに重点を置いた考え方をとることの必要性と意義を論じた。これまで、社会的対象の情報処理過程について、記憶過程の認知心理学的モデルを応用し、概念中心の活性化拡散モデルに基づいた説明がとられることが多かった。しかし、社会的認知研究の関心として、他者や社会的対象についての印象判断や評価など、社会的判断過程が問題にされることが多く、理論的基盤と扱う現象との間にいくらか隔たりのある状況が生じていたものと考えられる。社会的判断は思考に近い高次認知過程であり、どのように情報を獲得して、そして獲得した情報をいかに統合していくか、この高次過程に関わるモデルが必要とされている。ここにおいて、情報処理方略というデータのまとめ方に関わるダイナミックなプロセスを描く考え方を導入する意義があるものと考えられた。

第2章では、3つの実証的研究を示し、人が他者を見る際にどのような次元を強調し、着目して情報処理を行うか、研究1においては、教示によって一種の対人認知方略である視点を活性化することによって、研究2および研究3においては、次元的認知方略の個人差に基づいて情報処理方略の利用を描き、宣言的知識に基づく人物表象モデルやスキーマモデルよりも妥当な説明ができる現象のあることを示した。すなわち、人は他者認知を行う際に、単極的に概念を用いるよりも、着目する次元上に他者を位置づけるような次元的認知方略を用いていることを他者情報の記憶成績ならびに叙述の頻度によって検討し、次元的認知に沿った両極的な認知が行われていることを明らかにした。

第3章では、情報処理方略が心的メカニズムにおけるひとつの単位として働いていることを実証するために、先行課題によって文脈的に活性化された情報処理方略が、後続課題において起動しやすくなることを実験によって示した。研究4−1、4−2において、他者を所属集団や職業的カテゴリーから見るカテゴリー・ベース処理方略と個人として見る個人ベース処理方略を対置させ、各々の処理方略を先行課題によって活性化させると後続課題のターゲット人物について、活性化された方略に基づいた認知が生じやすくなることを明らかにした。具体的には、実験で、人を集団メンバーとして評価する課題を先行課題として行う群と人を個人として評価する課題を行う群を設け、後続課題として、集団メンバーとして見るとネガティブであるが、個人として見るとそれよりもポジティブとなるターゲット(研究4−1)、あるいは、その逆のターゲット(研究4−2)を示して、ターゲット人物に対する評定を検討することによって、情報処理方略の活性化の効果を検証した。

さらに、研究5において、論理的処理方略と感性的処理方略を対置させ、各々を先行課題によって活性化させると、後続課題の物語の登場人物について、理性的反応ならびに感情的反応それぞれが生じる程度に違いがもたらされることを示した。これによって、情報処理方略という手続き的知識も先行課題によって活性化が生じること、そして、ひとつのまとまったプロセスとして駆動されることが明らかになった。

第4章では、認知者の気分状態によって情報処理方略を活性化させた。ポジティブ気分時には、ヒューリスティック処理方略あるいは自動的処理方略、ネガティブ気分時にはシステマティック処理方略ないしはコントロール処理方略が取られやすくなることをさまざまな認知対象、課題を通じて検討を行う4つの実証的研究を示した。

研究6では、説得的メッセージの処理について、ネガティブ気分時に、よりシステマティックな処理がなされやすいことを示し、研究7の冒頭で、これら情報処理方略の活性化が自動的処理ならびにコントロール処理という2つの処理方略の対置によって理解していくことがより適切であることをこれまでの知見と照らしつつ論を展開した。

ポジティブ気分は、環境が問題をはらんでいないことのシグナルであり、そのために元来備わっている、あるいは既に獲得されている自動的な反応をそのまま出力するような自動的処理方略を働かせやすい。それに対して、ネガティブ気分は環境状況が何らかの問題をはらんでいることのシグナルであり、そのために、慎重に検討するコントロール処理方略が起動しやすい状態になっているものと考えられる。

以上の検討の上で、宣言的知識モデルに基づいた感情ネットワークモデルと、感情情報説、情報処理方略の問題を比較して論じ、自動的な感情情報の利用とそのコントロール処理を対置させた商品評定の実験的研究を示した。その結果、商品を評価するにあたって、ポジティブ気分状態に比べてネガティブ気分状態においてコントロール処理が生じやすいことを明らかにした。また、宣言的知識モデルに基づく感情プライミング理論によっては、結果の妥当な説明ができず、感情情報説に基づく判断プロセスが働いていることを示した。

研究8では、さらに、自動的処理方略−コントロール処理方略の違いを明らかに観察しやすい有名性の誤帰属課題を用いて検討を行い、ポジティブ気分にある者が自動的反応に基づくエラーを起こしやすいことを見出した。ポジティブ気分群の方が、一度呈示された無名な企業名を1−2日後に再び呈示された際に、有名であるとの誤判断がなされやすかった。ネガティブ気分群では、自動的な誤判断傾向をコントロールし、誤りが少なかった。

研究9では、引き続き、自動的反応をコントロールしなければならない注意の必要なアルファベット探索課題を用いることによって、ネガティブ気分時にエラーが少ないこと、また反応時間の分析から時間をかけた情報処理方略が用いられていることを明らかにし、ポジティブ気分時とネガティブ気分時の明瞭な情報処理方略の違いを浮き彫りにした。

第5章の総合的議論においては、これらの9つの実証的研究の成果を受けて、手続き的知識としての情報処理方略という新たな考え方、構成概念が社会的認知過程を描くために有効であることを論じ、これまでの成果によって明らかになった自動的処理方略−コントロール処理方略について知見をまとめ、さらにこれらの方略の活性化条件、知識が自動化していく道筋など検討の残された課題を指摘しつつ、将来の研究展望を描いた。今後の展望としては、人に備わった情報処理方略の機能が進化的に説明が可能となるだろうこと、進化的観点から、ポジティブ気分時の情報処理方略をさらに積極的に描き出すことができる可能性があることを論じた。また、社会生活上のスタンスや臨床的問題への適用など応用的な示唆を含んでいることを指摘し、情報処理方略というプロセスを重視する研究視点が有効な眺望を開き得ることを論じた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、社会的認知における情報処理過程にかかわるものである。他者やメッセージなどの社会的刺激を情報処理する際の心的過程について、その処理プロセスを重視するモデルを呈示し、実証実験を行っている。とくに、社会的認知過程において、「手続き的知識」の活性化を取り上げたことにこの論文の独創性がある。これまでの社会的認知研究では、宣言的知識、とりわけ意味ネットワークモデルを理論的基盤にした研究が多くなされてきた。それに対して、本論文では宣言的知識に対置させて手続き的知識を取り上げている。論文の中でも指摘されているように、ネットワークモデルは、記憶表象のモデルとして提案されたものであるが、社会的認知において多く扱われているのは、さらに高次の思考過程に近い判断を産出するプロセスである。社会的判断がどのように形成されるか、そのプロセスをモデル化していくにあたって、手続き的知識の働きに着目したことは、本論文の大きな貢献であり、これから多くの研究者の関心を引き付ける新たな研究分野となっていく可能性の大きいものと評価できる。

第1章では、手続き的知識の一種として「情報処理方略」を取り上げる意義が論考されている。情報処理方略とは、「心的プロセスとして生じる一連の情報処理の仕方」であると定義づけ、ひとつのまとまった手続き的知識として働くものであることを論じている。第2章においては、対人認知方略など情報処理方略の実際とその働きが3つの実験によって実証的に描かれている。例えば人の見方にあたる方略となる「どのような側面を重視するか」という視点が記憶の多寡に影響することが示されている。第3章では、先行課題による情報処理方略の活性化について3つの実験の結果が示され、情報処理方略を事前に活性化させることによって、後続の課題にその方略を適用する可能性が高まることが明らかになっている。これによって、情報処理方略がひとつのまとまった心的メカニズムとして扱い得るような構成概念であることを示している。第4章では、感情状態によって自動的処理方略、コントロール処理方略が活性化されることが4つの実験によって示されている。これは情報処理方略という認知プロセスと感情プロセスとを接合する興味深い知見であり、「感情と認知」という社会的認知分野の一つの先端領域を扱った優れた実証研究である。研究7、8の基をなしている実験論文は、日本グループ・ダイナミックス学会の2002年度の優秀論文賞を受賞するなど、本論文中に含まれている9つの研究はそれぞれ高水準のものと言える。

もっとも、情報処理方略を手続き的知識としていながら、その内容および仕組みが十分詳細に描かれているわけではない、という問題は残されている。しかし、これは今後の研究によって明らかにされていくべき課題であり、本審査委員会は、本論文が博士(社会心理学)の学位を授与するにふさわしい水準に達していると判断する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50265