学位論文要旨



No 216257
著者(漢字) 増本,智彦
著者(英字)
著者(カナ) マスモト,トモヒコ
標題(和) 血管系Interventional RadiologyのためのX線-MRIハイブリッドシステムに関する研究
標題(洋)
報告番号 216257
報告番号 乙16257
学位授与日 2005.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16257号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
 東京大学 助教授 森田,明夫
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景・目的

Interventional Radiology(以下IVR)は,画像によるガイド下で針・カテーテルなどを用いて治療手技を行う放射線医学の一分野である。IVRは,病変へのアプローチの観点から分類すると,血管系IVRと非血管系IVRの2つに大きく分けられる。原則として,血管系IVRは,高い空間・時間分解能を有するX線透視およびDigital Subtraction Angiography(以下DSA)という撮影方法が可能なX線DSA装置を用いて行われる。

一方,最近ではMRIを用いたIVR手法がinterventional MRIという分野を形成しており,主に非血管系IVRに応用されている。この利点は,(1)放射線被曝がない,(2)任意の方向の断層像が得られる,(3)優れた軟部組織コントラストが得られる,といったことである。ただし,MRIには空間・時間分解能がX線装置に劣るという欠点があるため,これまで血管系IVRへの応用は遅れていた。

そこで我々は,X線装置とMRIを同時に使用可能なハイブリッドシステムを構築して血管系IVRに応用すれば,両者の利点を享受することが可能であろうと仮定した。また,X線下で行う手技の一部をMRI下で行うことができれば,放射線被曝の減少にも寄与できる可能性があると考えた。

本研究では,まずX線DSA装置とMRI装置の相互干渉を検討した上で,両者を同室に配置したハイブリッドシステムを構築し,技術的な実用性を検証する。

また,X線透視下の手技の一部をMRIで代用するために,MR digital subtraction angiography(MRDSA)という撮像法の開発を行い,基礎的検討を行う。

最後に,本ハイブリッドシステムを用いた血管系IVRの臨床応用として,軟部組織血管奇形の治療を行い,本システムが臨床での使用に耐えうることおよび治療にとっての有用性があることを示す。

基礎的検討(1): X線-MRIハイブリッドシステムの構築・相互作用の基礎的検討

0.3Tのオープン型MRI装置およびポータブル型X線DSA装置を使用し,両者の位置関係・状態による相互干渉を検討した。MRI装置がX線DSA装置に及ぼす影響は,MRI室内の3ケ所(MRI装置の0.5mTライン・1mTライン・2mTライン)にX線DSA装置を設置してグリッドファントムの撮影を行い,グリッドの歪みおよびフォーカスに与える影響を視覚的に評価した。X線DSA装置がMRIに及ぼす影響は,X線DSA装置をMRI室内の0.5mTラインの位置に設置した状態で円柱ファントムを撮像し,artifactの視覚的評価およびsignal-noise ratio(SNR)の比較を行った。

結果として,0.5mTラインの外にX線DSA装置を設置し,MRI撮像中にX線DSA装置の電源を全てOFFとすることで,相互影響は許容範囲内となった。

臨床でMRI装置とX線DSA装置を適宜切り替えられるように患者寝台の改良を行い,患者を移動せずに寝台の移動のみで両者の装置を適宜使用することを可能とした。

基礎的検討(2):MRI下の血管系IVRにおける血流のモニタリング方法(2D MRDSA)の開発

X線下で行う手技の一部をMRI装置で代用して行うことができれば,X線被爆や両装置間の切替の手間を軽減することができると考え,two-dimensional MR digital subtraction angiography(2D MRDSA)という撮像法の開発を行った。0.3Tのオープン型MRI装置で,2D RF-spoiled steady-state acquisition with rewound gradient echo (2D RS SARGE)という撮像法を用い,撮像パラメータ・造影剤濃度の最適化を行った。

血管内に注入したGd造影剤を描出することを想定し,様々な造影剤濃度のファントムを,パラメータを調節して撮像したところ,10あるいは25 mmol/LのGd造影剤(2%〜5%希釈に相当)が高いSNRを示すことが確認された。

この結果をもとに,健常ボランティアの上腕動脈を用いてin vivoの評価を行ったところ,同様の造影剤濃度で良好な血管描出が得られ,血管解剖・血流動態をリアルタイムに確認することが可能であった。

臨床的検討:X線-MRIハイブリッドシステムを用いた軟部組織血管奇形の硬化療法

このシステムを用いて,軟部組織血管奇形に対する経皮的硬化療法を施行した。この治療は,病変となる異常血管腔内を穿刺して,硬化剤を注入することで病変を縮小させる治療法である。対象として,頭頚部・四肢などの血管奇形の患者15例(男性:女性=7:8,年齢は15〜69歳,平均34.7歳)に対して17回の硬化療法を施行した。

治療直前に,病変を穿刺して造影剤のみを注入し,X線DSA装置下で治療のシミュレーションを行った。治療可能と判断された場合は,MRI装置に寝台を移動し,硬化剤と造影剤の混合液を注入して,MR撮像下で薬剤の分布を確認した。必要に応じてこの手技を繰り返した。また,一部の症例では,MRDSAを用いた血流動態の確認を行い,X線DSAの所見と比較した。

全例で,重篤な術中合併症なく全ての手技を施行できた。手技時間は平均120分であった。ハイブリッドシステムにおけるMRIとX線装置の使用については,患者の移動なくテーブルの移動・回転のみで両者間を行き来することができるため,短時間(1分以内)で両者を切り替えて使用することが可能であった。装置の切替に起因するトラブルはなく,手技の障害となるような相互干渉(画像の歪み・アーチファクト)も認められなかった。

X線装置下で行った治療のシミュレーションでは,治療前に病変の血流動態を把握することができ,不適切な部位への治療を避けることができた。MRI下で行った硬化療法では,全例において,薬剤(硬化剤と造影剤の混合)の分布をリアルタイムに観察することができ,病変内の薬剤分布の把握・薬剤の注入量の調節に有用であった。また,治療のシミュレーション時にMRDSAを行った症例では,一部の例外を除いてX線DSAと類似する画像を得ることができた。

まとめと今後の展望

血管系IVRの支援を目的として,低磁場オープン型MRI装置とポータブルX線DSA装置を組み合わせたハイブリッドシステムを開発した。本システムの特色は,X線装置とMRI装置といった異なるmodalityを同一治療手技中に適宜切り替えて使用できることである。患者自身は移動せずに,テーブルを移動するのみなので,装置間を複数回切り替えても再度患者の位置合わせを行う必要はなく,手技の正確さ・時間の短縮を図ることができる。本システムを用いることで,これまで主にX線DSA装置下で行われてきた血管系IVRの安全性を保ちつつ,MRI画像という新たな情報を付加することができる。

本研究では,このシステムが臨床での使用に耐えうることを証明し,血管系IVR手技の一つとして軟部組織血管奇形に対する治療で有用性があることを確認した。また,MRDSAという新しいMR撮像法の開発によってX線を用いる手技の一部をMRIで代用することができ,手技中の放射線被曝を減少させられる可能性を示した。

今後は,さらに基礎的検討を積み重ね,特にMRIの恩恵を受けると思われる手技(例えば,超急性期脳梗塞の血栓溶解療法,悪性腫 の動注化学療法など)への臨床応用を検討したいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,血管系interventional radiology(以下IVR)を効率よく安全に支援することを目的として,低磁場オープン型MRI装置とポータブルX線DSA装置を組み合わせたハイブリッドシステムを開発し,その基礎検討・臨床応用を試みたものであり,下記の結果を得ている。

0.3Tのオープン型MRI装置およびポータブル型X線DSA装置を使用して両者の位置関係・状態による相互干渉を検討した結果,MRI装置の0.5mTラインの外にX線DSA装置を設置することでMRI磁場のX線DSA装置への影響が許容範囲内となることが示された。また,MRI撮像中にX線DSA装置の電源を切ることで,X線DSA装置がMRI装置に及ぼす影響も許容範囲内となることが示された。臨床でMRI装置とX線DSA装置を適宜切り替えられるように患者寝台の改良を行い,患者を移動せずに寝台の移動のみで両者の装置を適宜使用可能なハイブリッドシステムを構築することができた。

X線下で行う手技の一部をMRI装置で代用して行うことができればX線被爆や両装置間の切替の手間を軽減することができると考え,two-dimensional MR digital subtraction angiography(2D MRDSA)という撮像法の開発・最適化を行った。ファントム実験により,適切な撮像パラメータ・造影剤濃度を用いることで高いsignal-noise ratio・contrast-noise ratioが得られることが示された。この結果をもとに健常ボランティアで評価を行った結果,同様の条件で良好な血管描出が得られ,MRI装置下で血管解剖・血流動態をリアルタイムに確認可能であることが示された。

ハイブリッドシステムを用いた臨床応用として,軟部組織血管奇形に対する経皮的硬化療法を施行した。2つの装置を組み合わせることによって,X線DSA装置の優れた空間・時間分解能とMRI装置の優れた軟部組織コントラスト・空間把握能力・安全性といった両者の利点を享受することができ,治療に有用な情報が得られた。本システムを用いない治療と比べて合併症・治療効果に有意差はなく,治療に有用な情報が増加したことによって安全性・効率性は増したと考えられた。また,前述したMRDSAという手法の臨床応用も行い,一部の例外を除いてX線DSAと類似した血管の動態像を得ることができた。

以上,本論文では,血管系IVRの支援を目的としたX線-MRIハイブリッドシステムの開発を行い,これまで主にX線DSA装置下で行われてきた血管系IVRと同等の安全性を保ちつつ,MRI画像という新たな情報を付加することができることを示した。本研究では,このシステムが臨床での使用に耐えうることを証明し,血管系IVR手技の一つとして軟部組織血管奇形に対する治療で有用性があることを確認した。また,MRDSAという新しいMR撮像法を用いることで,手技中の放射線被曝を減少させられる可能性を示した。将来的には被曝が全くないMRI装置単独での血管系IVR施行が期待されるが,その前段階での検証・データ蓄積に本研究は重要な貢献をなすと思われ,学位の授与に値するものと考えられる。

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