学位論文要旨



No 216259
著者(漢字) 鷲見,信二郎
著者(英字)
著者(カナ) スミ,シンジロウ
標題(和) (-)-Aspidophytineの全合成
標題(洋)
報告番号 216259
報告番号 乙16259
学位授与日 2005.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16259号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,秀利
内容要旨 要旨を表示する

緒言

中南米に産するHaplophyton cimicidumは、「cockroach plant」と呼ばれ、その葉を乾燥したものは、古くから殺虫剤として用いられてきた。Haplophytine(1)は、1950年代にSnyderらによって、Haplophyton cimicidumの葉から単離された二核性アルカロイドであり、その構造は、1975年にCava、Yatesらによって、X線構造解析により決定された。Aspidophytine (2)は、haplophytineの酸分解により得られた6環性のインドールアルカロイドであり、ラクトン化されたアスピドスペルマ骨格を有することが、その構造上の特徴である。これら化合物の合成は、その複雑な構造のためか、近年まで達成されなかった。Aspidophytine(2)の合成については、1999年にCoreyらによる不斉全合成が報告されたのが唯一の例であり、haplophytine(1)の全合成は、未だ達成されていない。筆者は、これら化合物の複雑な構造に興味を覚え、haplophytine (1)の全合成を最終目標としてaspidophytine (2)の合成研究を開始した。

尚、合成にあたっては、筆者が所属した福山研究室で開発されたラジカル的インドール合成法、及び2-ニトロベンゼンスルホニル基(以下Ns基と略す)を用いる2級アミン合成法を活用することとした。

合成計画

Aspidophytine(2)の合成研究に着手するにあたり逆合成解析を行った。すなわち、2のラクトン環は、合成の最終段階で閉環することとし、まず5環性化合物Aを合成することとした。この5環性化合物Aは、11員環環状アミンBのアミン保護基の脱保護と同時に生成するイミニウムイオンへの分子内Mannich反応により構築することを計画した。

また、この11員環環状アミンBは、インドールユニットCと光学活性なアセチレンユニットEを縮合したのち、Nsアミドを用いる2級アミン合成法により調製することとした。さらに、インドールユニットCについては、2-アルケニルフェニルイソシアニドDを用いるラジカル的インドール合成法により合成することとした。一方、光学活性アセチレンユニットEは、光学活性なシクロペンテノールGを用いたClaisen-Johnson転位によって得られるシクロペンテンFのオレフィン部分の酸化的開裂により合成することとした。

インドールユニットの合成

文献既知の方法に従いバニリンより4工程で得られる2-ニトロベラトルアルデヒド3をHorner-Emmons反応により増炭し、桂皮酸エステル4を得た。4のニトロ基を還元し、アニリン誘導体としたのち、アミノ基をホルミル化、続いて脱水し、環化前駆体である2-アルケニルフェニルイソシアニド5とした。5をアセトニトリル中AIBN存在下に、n-Bu3SnHと加熱することにより、ラジカル的な環化反応が起こり2-スタンニルインドール6が生成した。

6を単離することなく、2位スタンニル基をヨウ素で置換し、2-ヨードインドール7を調製した。7のエステル部分を還元したのちアセチル基で保護し、目的とするインドールユニット8を合成した。

光学活性アセチレンユニットの合成

TIPS-アセチリドをシクロペンテノン9に1,2付加して得られるアルコールを酸性条件下に転位反応に付し、ラセミ体のシクロペンテノール10とした。10を酢酸ビニル共存下に、Amano lipase PSを用いてエステル化することにより光学分割を行い、目的とする(S)-シクロペンテノール11を収率48%、光学純度99%eeで調製した。このエステル化の選択性は高く、反応時間を延長しても、収率及び光学純度の低下は見られなかった。得られた11をClaisen-Johnson転位反応に付すことにより、光学活性な4級炭素を構築し、引き続きTIPS基を除去してシクロペンテン12とした。12のオレフィン部分を酸化的に切断し、得られたアルデヒドを還元してジオール13へと導いた。続いて、13の水酸基を位置選択的にTBDPS基で保護しモノオール14とした。14の水酸基をSwern酸化によりアルデヒドとしたのち、このアルデヒドをジメチルアセタールとして保護し、目的とする光学活性アセチレンユニット15を合成した。

(-)-Aspidophytineの合成

インドールユニット8と光学活性アセチレンユニット15の合成が完了したので、(-)-aspidophytine(2)の合成を開始した。まず、インドールユニット8と光学活性アセチレンユニット15を薗頭反応により結合し、2-アルキニルインドール16を調製した。

16のアミノ基をBoc化したのち、10% Pd/C存在下に接触還元を行ったところ、選択的な部分還元が進行し、目的とするシスオレフィン17のみが良好な収率で得られた。アミノ基無保護のままでは、Lindlar触媒を用いてもアルカンまで還元された事から、Boc基の立体的な効果または電子求引性が原因ではないかと考えている。

得られたシスオレフィン17のアセチル基を除去し、Nsアミドとの光延反応によりNsアミド基を導入し化合物18とした。引き続き、18のTBDPS基を除去し、再度、光延反応に付すことにより、11員環環状アミン19を4工程77%の収率で合成した。続いて、アセタールを脱保護しアルデヒド20へと導いた。20のNs基を炭酸セシウム、チオフェノールの条件で除去したところ、Ns基の除去と同時にチオアミナール21が主生成物として得られた。21を単離することなくTFAで処理し、続いてリン酸緩衝液中で攪拌することにより、Boc基の脱保護を行った。その結果、Boc基の除去と同時に環化が進行し、目的とする5環性化合物23が単一異性体として得られた。酸処理を行った段階で、22に示したようなイミニウムイオンが生成し、脱炭酸と同時に分子内Mannich反応が起こり、23が生成したものと推定している。

23の共役イミン部分の立体選択的1,2還元とアミノ基の還元的メチル化を同時に行い、最終中間体24を得た。最後に、24のエステル部分を加水分解したのち、Coreyらの方法に準じて酸化的ラクトン化を行い、(-)-aspidophytine (2)を合成した。得られた化合物の物理化学的データは、旋光度を含め文献値と一致し、(-)-aspidophytine (2)の不斉全合成を終了した。

審査要旨 要旨を表示する

Haplophytine (1)は、Haplophyton cimicidumの葉から単離された殺虫作用のあるアルカロイドで、1975年に構造決定がなされた。一方、aspidophytine (2)は、haplophytine(1)の酸分解により得られ、ラクトン化されたアスピドスベルマ骨格を有している。Aspidophytine (2)の合成は1999年にCoreyらよって報告されたのが唯一の例であるが、haplophytine (1)の全合成は未だ達成されていない。鷲見は、haplophytine (1)の全合成を究極的な目的とし、その重要な合成中間体であるaspidophytine (2)の効率的全合成ルートの開発を行なった。

まず鷲見は、2-ニトロベラトルアルデヒド3より数工程で合成したイソニトリル4をラジカル環化反応に付しインドールを形成したのち2位をヨウ素で置換、さらに官能基変換を行いインドールユニット6を合成した。この合成法は、各工程とも高収率であり複雑な後処理を必要としないことからスケールアップ可能な優れた合成法となっている。

次に鷲見は、アセチレンユニット合成の鍵となる光学活性な4級炭素の構築法を検討し、酵素による光学分割により調製した(S)-シクロペンテノール9をClaisen-Johnson転位反応に付すことにより(R)-シクロペンテン10へと導くことに成功した。この際アセチレンの保護基をTMS基からTIPS基に変更することによりClaisen-Johnson転位反応の収率が向上することを見出している。10のオレフィン部分を酸化的に切断したのち、数工程を経て目的とするアセチレンユニットを合成した。

続いて鷲見は、6と12を薗頭反応により縮合し、得られた2-アルキニルインドール13のシスオレフィンへの選択的な部分還元を検討した。その結果、13のアミノ基無保護のままではアルカンまで還元が進行するが、アミノ基を嵩高くかつ電子求引性のBoc基で保護することによりシスオレフィン14のみが定量的に得られることを見出した。さらに14の3位側鎖側にNsアミド基を導入したのち閉環することにより、14から77%の収率で11員環環状アミン16を合成した。16のアセタールを除去し17としたのちNs基及びBoc基の脱保護を連続して行うことにより5環性化合物18を単一の異性体として得ることに成功し、Nsアミド基を用いるこの合成戦略がアスピドスベルマ骨格の構築に極めて有効であることを明らかにした。

最後に18の立体選択的1,2還元とアミノ基の還元的メチル化を行なったのちCoreyらの方法を用いて酸化的ラクトン化を行い(-)-aspidophytine (2)の全合成を達成した。

鷲見は、haplophytine(1)の生合成前駆体であり、また重要な合成中間体である(-)-aspido-phytine(2)の効率的な合成ルートの開発に成功し、haplophytine(1)の全合成に向かって大きく前進した。また、本合成法は広くアスピドスペルマアルカロイド類の合成にも応用可能であり、薬学研究に寄与するところ大である。よって、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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