学位論文要旨



No 216260
著者(漢字) 金山,洋一
著者(英字)
著者(カナ) カナヤマ,ヨウイチ
標題(和) 鉄道の整備・運営制度における公益性と経営効率性を両立させる公民分担方式の研究
標題(洋)
報告番号 216260
報告番号 乙16260
学位授与日 2005.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16260号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 加藤,浩徳
 東京大学 教授 山内,弘隆
内容要旨 要旨を表示する

わが国の鉄道サービスは、安全性、安定性、定時性に優れている一方で、大都市圏においてはピーク時の激しい混雑や低い速達性、異なる会社線を乗り継いで移動する時や近年開業した3セク新線に見られる高運賃、欠落線(ミッシングリンク)等の整備の困難化などの課題がある。他方、地方都市等においては人口の減少や車社会の進展から鉄道事業者が厳しい経営を強いられ、施設の適切な保守管理の困難化、運行サービスの低下などの課題があり、廃止に至った鉄道路線もある。これらは、運賃収入を主たる原資とした民間等鉄道事業者に整備・運営を委ねる「制度」の成功と失敗の結果に他ならない。

鉄道は、運賃や頻度などに関する一定のサービスレベルが提供されているとき、高齢者や学童など交通弱者を含む多くの年齢層が利用できる交通機関としてその役割をいかんなく発揮し、にぎわいの発生や効率的な居住立地・従業所立地を促し、都市の維持や発展に対し効果を及ぼす都市の装置といえる。近年、都市再生が叫ばれ、主として面の開発が行われつつあるが、真に使いやすい鉄道のネットワーク・サービスの提供によって人々のモビリティを高め交流を活発化することが、経済の活性化を促す基本的な都市再生の施策と考えられる。これは、都市を一つのデパートと考え、鉄道をエレベータと見なすとイメージしやすい。

大都市圏や地方都市における鉄道の課題が今後とも解決されることがなければ、国際化、高齢化、女性の社会進出、地球環境問題への対応といった社会経済情勢の変化にあって、大都市圏はグローバルな都市間競争に負け、地方都市は衰退の道を歩むものと思われる。こうした問題の進行はスピードが遅く、回復にも相当の時間が必要となるため、10年、20年と経過するに従い顕在化し、大きな社会問題となってからでは既に手遅れになっていると考えられる。

そこで、持続可能な都市を創造し、後世に対して経済的に自立した住みやすい都市・国土を残せるよう、社会的な必要性に応じた重点的な鉄道整備と良質なサービスの提供を可能とする制度の導入が急務であると考え、国や地方の財政状況の悪化にあって重点的な整備を可能とし、公益性と効率性を両立し、かつ長期的に機能しうるインセンティブ・コンパチブルな整備・運営制度を研究し、提案することとした。

研究は、自らの業務経験等から、利用者の立場、事業者の立場、鉄道固有の特性を踏まえ、鉄道の建設・運営・保守等の実務に基づいたアプローチを行い、理論検討を加えた。アプローチは、利用者のニーズと提供するサービスとの乖離、サービスの課題を解決するための技術的施策、技術的施策に対する鉄道事業者のモチベーション、鉄道事業者がモチベーションを持ちやすい制度の設計といった観点で行った。

制度の設計に際し、わが国よりもはるかに少ない輸送量にあって必要とされる鉄道整備が進められ、かつ低廉で使いやすい運賃で一定の運行サービスが提供されているものの非効率性を生み相当の公的支出を必要としている欧州、一方、公的な財政支出は少ないが社会的に必要とされる整備や使いやすいサービスの提供としては課題を有している日本の、失敗と成功の事例を参考にして考え方の妥当性を検証した。

なお、論文では、ネットワークの概成により鉄道事業者間に利害関係が生じやすく、市街化が進展している大都市圏を研究の主たる対象とした。

本研究の制度設計を通じてわが国で初めて明らかにしたものとしては、公民分担の理念に基づく上下分離方式の提案、公・民のリスク分担の手法、接続線等の整備に伴う反射損益(ある鉄道の整備、運賃・運行サービスの向上が、ネットワーク効果によって他社の路線に与える損益上の影響)に対する透明性ある調整機能、社会経済効果の発揮(公益性の発揮)を担保するパフォーマンスコントラクトの導入、運営の効率性とサービス向上を図る線路使用料の設定方法、市場競争原理の発揮を図る方法、安全確保のインセンティブを図る方法、開業後の公によるマネッジメントの考え方、オープンアクセス等納税者の資産としての公物管理に準ずる対応などがあげられる。

第1章では、研究の背景、目的、論文の構成などについて示す。第2章では、わが国で都市鉄道が誕生して以来の整備の歴史と、その結果生まれた今日における鉄道ネットワーク・サービスの現状を概観し、近年に至るまで増大する需要へのキャッチアップに追われてきたこと、現在においては、なお残るピーク時の混雑のほか、増発による混雑緩和施策にも起因する低い速達性、複数社線を乗り継ぐ場合や3セク新線の高運賃、ネットワークの不備(ミッシングリンク等)、都市と連携した駅整備の限界などの課題があることを明らかにする。第3章では、利用者の観点、社会の観点からニーズを明らかにする。第4章では、整備・運営制度の歴史と現状を概観し、事業者の発意に委ねた整備、経済性に基づくサービスレベルの設定と提供、運賃収入等営業収入に依存する整備運営の限界(民鉄)、補助金給付エリアの制約(補助金の給付を受けられるが市域内に活動エリアが限定される公営事業者)、構造の制約(地下鉄構造に限定される補助対象)、各事業者毎の独立採算性、需給調整規制(地域独占性の定着に寄与)といった制度の特徴を明らかにする。第5章では、第3章で示したニーズに応えるための技術的方策を示した上で、第4章で示した事業制度の特徴から想定される事業者のモチベーションを示す。第6章では、制度設計にあたって考慮すべき項目として、線としての特性に起因する整備の困難性、運行サービスの自由度の制約、ネットワーク効果による広域的な影響、労働集約的な事業運営といった鉄道固有の特徴を整理する。第7章で、整備・サービス改善が進まない課題として、整備リスクの巨大化等による事業者の投資モチベーションの低下、利便性向上と事業者の経済活動との乖離、反射損失の発生による事業者間をまたがる接続線整備等の困難化、公益性が目的の長期的な都市整備と、収益を重視し工期が短い鉄道建設のミスマッチ、エリア・構造による整備の限界といった課題を整理した。第8章で、上下分離に関する内外の事例と研究についてレビューした後に、第9章で、有効な公民分担方式としての上下分離方式の制度設計を行った。制度は、今後の整備は多くの場合相当の公的資金が必要となることを背景に、公益性はあるが民間事業者では整備が期待できないものを対象とし、公益性と効率性を両立させる制度の設計を行った。主な要件としては、上下両主体の公(下)・民(上)分担の明確化、整備リスクを下、運営リスクを上とするリスク分担の明確化、民営・公営といった運行主体の経営形態を問わず整備に所要の公的資金の投入を可能とすること、整備及び運賃・運行サービスにおける公益性発揮の確保、公的資金による整備の観点での既存事業者への反射損益の解消機能、運行の効率性を確保する競争環境の整備、運行事業者間の調整機能等とし、要件に伴って生じる納税者の財産としての公物管理に準ずる対応(オープンアクセス等)、要件を満たす機能としての整備リスクを運行事業者に負わせない上下間の会計分離、上下間のパフォーマンスコントラクト、参入インセンティブ・効率性追求のインセンティブ・サービス向上のインセンティブを付与する線路使用料の設定方法(定期的な見直し等)、安全確保のインセンティブを付与する保守管理の実施方策等について設計を行った。次いで、ケーススタディとして、従来の制度で整備された既存線や、構想路線を対象として、公民分担型上下分離方式(提案型)、補助金を用いない上下一体方式(従来)、償還型上下分離方式(現行)を適用した場合の事業性、社会経済効果等について一定の前提条件を置いて試算し、各方式間の試算結果の差を評価することにより運賃低減等による社会経済効果の発揮等の効果を確認した。最後に、公と民の役割と上下主体間のあり方を整理した。公(下)の役割は、納税者に対する還元の観点から、透明性とアカウンタビリティを確保しつつ、公益性を発揮しうる施設の整備、及び運賃・運行サービスの提供(パフォーマンスコントラクト)、適切な公費の執行、市場競争原理の環境整備としての差別的でない運行権の付与、合理的な線路使用料の設定等であり、民の役割は、効率的な運営、安全な運行、良質なサービスの提供である。また、制度の現実的な実効性を確保するため、上下主体間の独立性(下の中立性)、上下両主体の鉄道技術力の保有(情報の非対称の回避)、旅客流動に整合しうる広域的対応性(下)を要件として整理した。第10章では、制度提案が国に取り上げられ、2000年に答申された運輸政策審議会答申、2004年度現在進みつつある概算要求・法制化といった実務化について紹介すると共に、実際の制度化と提案内容との対応について整理した。また、鉄道事業者や自治体といった関係者からの評価を紹介した。第11章では、公民分担方式としての上下分離方式の適用可能性として、鉄道以外の軌道系システム等でも共通する考え方であること、新設線のみではなく、既存施設・設備の改良や駅の設置・改良にも適用できること、地方都市における鉄道インフラの公有によるサービスの向上と廃止の回避にも活用できることを示し、最後に、法制化後における現実の事業の実施に伴って整理が必要となる今後の課題と、長期的に見た鉄道分野の展望について示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、鉄道施設の整備保有と鉄道の運営とを分離するいわゆる「上下分離」方式の鉄道事業制度の設計問題を扱ったものである。 本研究の制度設計を通じて、わが国で初めて明らかにされたものとしては、公民分担の理念に基づく上下分離方式のコンセプト、公・民のリスク分担の手法、接続線等の整備に伴う反射損益(ある鉄道の整備、運賃・運行サービスの向上がネットワーク効果によって他社の路線に与える損益上の影響)に対する透明性ある調整機能、社会経済効果の発揮(公益性の発揮)を担保するパフォーマンスコントラクトの導入方法、運営の効率性とサービス向上を図る線路使用料の設定方法、市場競争原理の発揮を図る方法、安全確保のインセンティブを図る方法、開業後の公によるマネッジメントの考え方、オープンアクセス等納税者の資産としての公物管理に準ずる対応などである。

提出論文の第1章では、研究の背景、目的、論文の構成などについて示され、第2章では、わが国で都市鉄道が誕生して以来の整備の歴史と、その結果生まれた今日における鉄道ネットワーク・サービスの現状を概観し、近年に至るまで増大する需要へのキャッチアップに追われてきたこと、現在においては、なお残るピーク時の混雑のほか、増発による混雑緩和施策にも起因する低い速達性、複数社線を乗り継ぐ場合や3セク新線の高運賃、ネットワークの不備(ミッシングリンク等)、都市と連携した駅整備の限界などの課題があることを明らかにしている。第3章では、利用者の観点、社会の観点からニーズを整理し、第4章では、整備・運営制度の歴史と現状を概観し、事業者の発意に委ねた整備、経済性に基づくサービスレベルの設定と提供、運賃収入等営業収入に依存する整備運営の限界(民鉄)、補助金給付エリアの制約(補助金の給付を受けられるが市域内に活動エリアが限定される公営事業者)、構造の制約(地下鉄構造に限定される補助対象)、各事業者毎の独立採算性、需給調整規制(地域独占性の定着に寄与)といった制度の特徴を明らかにしている。第5章では、第3章で示されたニーズに応えるための技術的方策を示した上で、第4章で示した事業制度の特徴から想定される事業者のモチベーションを提示している。第6章では、制度設計にあたって考慮すべき項目として、線としての特性に起因する整備の困難性、運行サービスの自由度の制約、ネットワーク効果による広域的な影響、労働集約的な事業運営といった鉄道固有の特徴を整理している。第7章で、整備・サービス改善が進まない課題として、整備リスクの巨大化等による事業者の投資モチベーションの低下、利便性向上と事業者の経済活動との乖離、反射損失の発生による事業者間をまたがる接続線整備等の困難化、公益性が目的の長期的な都市整備と、収益を重視し工期が短い鉄道建設のミスマッチ、エリア・構造による整備の限界といった課題を分析している。第8章で、上下分離に関する内外の事例と研究についてレビューした後に、第9章で、有効な公民分担方式としての上下分離方式の制度設計を行っている。制度は、今後の整備は多くの場合相当の公的資金が必要となることを背景に、公益性はあるが民間事業者では整備が期待できないものを対象とし、公益性と効率性を両立させる制度の設計を行っている。主な要件としては、上下両主体の公(下)・民(上)分担の明確化、整備リスクを下、運営リスクを上とするリスク分担の明確化、民営・公営といった運行主体の経営形態を問わず整備に所要の公的資金の投入を可能とすること、整備及び運賃・運行サービスにおける公益性発揮の確保、公的資金による整備の観点での既存事業者への反射損益の解消機能、運行の効率性を確保する競争環境の整備、運行事業者間の調整機能等と分析されている。

要件に伴って生じる納税者の財産としての公物管理に準ずる対応(オープンアクセス等)、要件を満たす機能としての整備リスクを運行事業者に負わせない上下間の会計分離、上下間のパフォーマンスコントラクト、参入インセンティブ・効率性追求のインセンティブ・サービス向上のインセンティブを付与する線路使用料の設定方法(定期的な見直し等)、安全確保のインセンティブを付与する保守管理の実施方策等について設計を行っている。さらに、第10章では、制度提案が国に取り上げられ、2000年に答申された運輸政策審議会答申、2004年度現在進みつつある概算要求・法制化といった実務化について紹介すると共に、実際の制度化と提案内容との対応について整理している。第11章では、法制化後における現実の事業の実施に伴って整理が必要となる今後の課題と、長期的に見た鉄道分野での適用性上の展望について示している。

本研究は、以上のように主として都市鉄道における「上下分離方式」の事業制度の設計理念と個々のプロジェクトにおける具体的な制度設計方法を分析し提案するものであるが、その特筆すべき点は、次の二点である。まず第一は、単なる理念的なコンセプトの分析ではなく、現実的な都市鉄道プロジェクトに当てはめ、数値的解析によって上下分離方式の有効性を検討し、運行権付与比率や線路使用料設定値の解析を行っている点である。これによって、制度の意義とあり方がより鮮明な形で分析されている。第二は、本研究の成果が既に「鉄道利便増進法」(2005年)の制定に少なからず貢献し、実社会的に役に立っている点である。

以上より、本提出論文は、学術的にはもちろんのこと実社会に役立つ工学論文として非常に価値の高いものであるものと判断される。また、専門学術に関する試験及び語学に関する試験によって、金山洋一氏がこれらについても十分な見識を有していることも確認された。審査委員会は、委員一致して、同氏への博士(工学)の学位授与が妥当であると判断する次第である。

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