学位論文要旨



No 216261
著者(漢字) 石川,雄章
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ユウショウ
標題(和) 道路計画制度における計画決定及びPIのあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 216261
報告番号 乙16261
学位授与日 2005.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16261号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 助教授 堀田,昌英
 東京大学 助教授 加藤,浩徳
 筑波大学 教授 石田,東生
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、広域的な道路計画を構想から事業化していく一連の手続きについて、計画決定とPIという行為に着目して、(1)イギリス、フランス、ドイツ(以下「欧州3カ国」という。)及び日本の道路計画制度と運用を調査する、(2)各国の制度と運用を比較分析することにより、道路計画制度を定義する構成要素の共通性と独自性を見いだす、(3)その結果を日本の道路計画制度と対比し、日本の道路計画制度の設計に役立てる、ことを目的とする。

本論文の構成は次の通りである。

第1章では、本研究の背景、目的及び構成を述べる。第2章では、関連する既往研究を整理し本研究の位置付けを明らかにする。第3章では、本研究の用語の定義や比較分析の考え方など基本的考え方を定義する。第4章から第7章では、欧州3カ国及び日本の道路計画制度の実態について、制度の基本構造、計画決定及びPIの概要を整理する。第8章では、欧州3カ国の道路計画制度の基本構造、計画決定及びPIの構成要素について分析を行うとともに、欧州3カ国に共通する考え方と日本の制度を比較し課題と改善の方向を示す。第9章では、本研究の内容と国土交通省が設置した研究会の提言や国土交通省のガイドラインを比較し、本研究がどのように反映されたかを明らかにする。第10章では、各国独自の考え方等に着目し、日本の制度設計にあたって学ぶべき点について考察する。第11章では本研究の結論及び今後の課題について述べる。

本研究のオリジナリティをまとめると次の通りとなる。

まず、研究の方法については、現地通訳等の助けを借りて、ア)仮説に基づく法令、ガイドライン等による公式手続きの確認、イ)欧州3カ国の政府関係者等へのインタビュー及び各種公文書による確認、ウ)仮説の再構築と不足情報の収集、のア)〜ウ)を繰り返すことで、各国とも多数の1次情報の収集と運用実態を含めた事実関係の確認を行った。

次に、研究の考え方については、(1)道路計画が構想から事業化へと向かっていく手続きの流れに着目し、「計画決定」と「PI」からなる道路計画制度の「基本構造」を明らかにした。これまでは、道路計画制度を一連の流れとしてとらえてきたため、手続きの意味を明確に認識していなかったが、計画決定とPIとに分けることにより、その「基本構造」を明示的に整理することができた。(2)現場経験に基づいて日本における道路計画推進上の課題を分析して、計画決定とPIの主な「構成要素」を整理したことにより、現場の課題解決に直結した内容となった。(3)「基本構造」と「構成要素」による共通の切り口で、欧州3カ国及び日本の制度や運用を比較分析することによって、「各国共通の考え方」と「各国独自の考え方」を明らかにした。このような各国間の比較分析は既存の研究では行われておらず、今後の各国制度の調査・研究に役立つものと考えられる。

最後に、研究の効果については、本研究の内容が、国土交通省の設置した研究会の提言等に活用された。また、この研究会の提言等を踏まえた制度や運用の改善が現場で始まっている。研究成果が現場に適用されその結果が評価できることは、研究と政策の望ましい関係の一つである。今後、この事例の蓄積が制度の改善につながることが期待される。

本研究により得られた結論は、以下の通りである。

道路計画制度の基本的な構造

第3章の考え方に基づいて第4章から第7章までの調査を行った結果、欧州3カ国及び日本の道路計画制度において「各国共通の考え方」が存在しており、その考え方は、(1)計画決定は3段階からなる、(2)PIは計画の評価システムと捉えられる、(3)道路計画制度は計画決定とPIの統合された仕組みである、ことが明らかとなった。

(1)計画決定は3段階からなる

計画決定は、構想段階、概略計画段階、詳細計画段階の3つの段階からなる。構想段階では全国的なレベルでの交通或いは道路網の計画、各路線の事業プライオリティを、概略計画段階では広域的なレベルで概略のルートや道路構造を、詳細計画段階では詳細な図面で事業実施を前提とした詳細な道路構造及び道路区域を定めている。このことは、精度が詳細になるだけでなく、必要性を示す「政策立案」から、「機能設計」である概略計画を経て、即地的な「構造設計」である詳細計画に、段階的に計画の持つ意意味が変わることを意味する。

(2)PIは計画の評価システムと捉えられる

PIは、計画の正当性・妥当性を高めるため、計画原案から計画決定に至る手続きのなかで事業者が計画原案に市民等の意見を反映しようとする行為であり、計画案を評価・改善するためのPDCA=P(plan)D(do)C(check)A(action)と捉えることができる。その際、Planは発議・告知=原案を作成し市民に計画案の内容を発表すること、Doは意見収集・討議=計画案に対する市民等の意見を収集し必要な場合には討議すること、Checkは分析・提案=これらの結果を踏まえて計画案の修正を行い最適な計画案を代替案とともに計画決定権者に報告すること、Actionは計画決定=計画決定権者が計画内容を決定し次の段階に進む手続きをとること、である。

(3)道路計画制度は計画決定とPIの統合された仕組みである

道路計画の手続きは、計画原案→PI→計画決定→より詳細な計画原案→PI→計画決定・・→事業化といった連続的な"流れ"となっており、道路計画制度は、各段階の計画決定を接点として、計画決定とPIとが統合された仕組みである。このため、計画決定とPIの構成要素を定義することで計画制度の骨格が決まる。なお、その根拠については、計画決定は道路関連法令の一連として規定し、PIは各国の社会的・制度的背景を踏まえて規定している。

日本の道路計画制度の課題と対応

第8章で欧州3カ国と日本の道路計画制度を基本構造と構成要素による共通の切り口で比較分析した結果、日本では概略計画段階に課題があり、(1)計画決定の制度化、(2)PIの制度設計が有効であることが明らかとなった。

(1)概略計画段階の計画決定の制度化

日本では、概略計画段階の計画決定の法的位置付けが明らかでなく、具体的ルートが行政の内部資料にとどまっていることが課題の原因となっている。このため、計画決定の手続きを制度化し内容を公表することが有効である。以下に日本の現在の課題と対応の方向を示す。ア)概略計画段階の決定の根拠が曖昧で計画内容が社会的認知を得ていないため、計画決定の法令上の位置付け及び社会的認知を得る手続きを確立する。イ)計画決定者が道路局長であることが、計画決定の効力を弱める一因となっているため、決定の効力を考慮して計画決定者を定め、現場の役割と手続きを定める。ウ)詳細計画段階で初めて具体的ルートが示され必要性の議論にまで遡ることが見受けられるため、概略計画の内容を示しPIを行うことを前提として、決定した計画は原則見直さないことをルール化する。エ)判断基準が技術的根拠に偏りがちであるため、多様な価値観を踏まえて判断できるよう、計画案に市民の意見を採り入れる手続き、計画案の前提条件や判断基準等を確立する。

(2)概略計画段階のPIの制度設計

日本では、概略計画段階の計画決定までの手続きが行政内部のみで行われてきたことが課題の原因となっている。このため、欧州の事例等を参考にPIを導入することが有効である。以下に欧州の各国共通の考え方と日本の対応の方向を示す。ア)欧州では、概略計画段階では事業の必要性を確認し市民の意見を入手するために、詳細計画段階では個人に意見提出の機会を与え個人の権利と公共の利益とを調整するために、PIが行われる。日本では、PIの目的を明確化し組織内で共有化した上で、これまで内部的に行ってきた手続きを開かれた制度として再構築する。イ)欧州では、PIは発議から計画決定までの手順や情報の取り扱いがルール化されている。日本では、PIの手順、情報の取り扱い等、基本的なルールを確立し、案件毎に手続きの妥当性が問題にならないようにする。ウ)欧州では、概略計画段階では事業主体が発議〜提案までを行い、PIの運営には第三者機関等が関与している。詳細計画段階では発議告知は事業主体が行うが、これ以外の手続きは事業主体以外の中立的な第三者が行っている。日本では、中立性、専門性などに配慮しつつ、事業主体や関連する主体の役割を明確化する。エ)欧州では、情報公開を前提として、概略計画段階では幅広い意見を聴取するが個別に回答は行わない。詳細計画段階では意見に対して個々に回答する。日本では、都市計画など既存の関連制度との整合を取りながら、現場の状況に応じたPIの方法が選択できるようにする。オ)欧州では、PIに要する期間は、概略計画段階では発議から大臣報告まで約4ヶ月、詳細計画段階では発議から大臣報告まで約1年余りを、標準的な期間としている。日本では、意見を聴取するのに必要十分な時間を考慮した上で、速やかに決定が行われるよう継続的に手続きを改善する。

道路計画制度への反映状況

第9章で分析した結果、国土交通省が設置した研究会の提言及び国土交通省のガイドラインに対して本研究の結果が反映されていることが明らかとなった。具体的には、ア)研究会提言及びガイドラインの基礎資料として、本研究の研究成果や収集整理した欧州3カ国の資料が数多く用いられている。イ)研究会提言は、課題認識、基本的考え方、新たな計画決定プロセスの提案において、本研究の内容とほぼ同様である。提言ではこれに加えて日本の制度への具体的な適用方法についても言及されている。ウ)ガイドラインは、基本的考え方等については本研究の内容とほぼ同様であるが、"さらに具体的な運用を示すべく"策定されたため、「概略計画検討の流れ」や「計画の評価」など現場での具体的な適用方法についても提案されている。

今後の課題

第10章では、欧州の各国独自の考え方にある「同じような問題意識」とその対処法に着目し、日本の制度設計にあたって学ぶべき点ついて考察した。具体的には、ア)「誰がどのように決めるのか」について、選挙で選ばれた者が決定権限を持つことが妥当と思われるが、現実的には、その権限を委任するためのルールの確立が重要である。その際の協力者は、行政機関だけでなく、NPOや大学など様々な機関が役割を担う可能性がある。イ)「いかにして計画の実効性を担保するのか」について、法令等の制度面の整備を行うとともに、決定内容が社会的認知を得る、守らない場合ペナルティが機能するなど、適切な運用を積み重ねることが必要である。ウ)「市民はいかに対応すべきか」について、計画決定は、本来、計画の公共性が私権を優越することを決定する意味を持つ。このため、行政が制度を整備し適切に運用することを前提として、市民が意思決定を行う一員であることを自覚して、決定過程に主体的に関与し、結果に責任を持って対応することが望まれる。エ)「社会システムをどうするか」について、行政や市民の取り組みに加え、今後は、情報の信頼性を担保する主体、関係者の建設的な議論を導く方法とそれを担う人材、それらに要する費用を負担する仕組み等の市民参加を支える社会システムを構築し、運用実績を積み上げることが課題となる。

また、このような社会を実現するためには、ア)将来ビジョンを描いて社会的なコンセンサスを取り付け、イ)行政だけでなく市民や企業、NPOなど多様な主体を巻き込み、ウ)人やお金や知識などの資源を総合的・計画的に投入し継続的に取り組むことが不可欠と考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、広域的な道路計画を構想から事業化していく一連の手続きについて、計画決定とPIという行為に着目して、(1)イギリス、フランス、ドイツ(以下「欧州3カ国」という。)及び日本の道路計画制度と運用を調査し、(2)各国の制度と運用を比較分析することにより、道路計画制度を定義する構成要素の共通性と独自性を見いだし、(3)その結果を日本の道路計画制度と対比し、日本の道路計画制度の設計に示唆を与える、という内容である。

第1章では、本研究の背景、目的及び構成を述べ、第2章では、関連する既往研究を整理し本研究の位置付けを明らかにしている。第3章では、本研究の用語の定義や比較分析の考え方など基本的考え方を定義している。第4章から第7章では、欧州3カ国及び日本の道路計画制度の実態について、制度の基本構造、計画決定及びPIの概要を整理し、第8章で、欧州3カ国の道路計画制度の基本構造、計画決定及びPIの構成要素について分析を行うとともに、欧州3カ国に共通する考え方と日本の制度を比較し課題と改善の方向を示している。第9章では、本研究の内容と国土交通省が設置した研究会の提言や国土交通省のガイドラインを比較し、本研究がどのように実務に反映されたか述べている。第10章では、各国独自の考え方等に着目し、日本の制度設計にあたって学ぶべき点について考察し、第11章では本研究の結論及び今後の課題について述べている。

本研究の学術論文としてユニークな点は以下のような点である。まず、研究の方法については、現地通訳等の助けを借りて、ア)仮説に基づく法令、ガイドライン等による公式手続きの確認、イ)欧州3カ国の政府関係者等へのインタビュー及び各種公文書による確認、ウ)仮説の再構築と不足情報の収集、のア)〜ウ)を繰り返すことで、各国とも多数の1次情報の収集と運用実態を含めた事実関係の確認を行っている。

次に、研究の考え方については、(1)道路計画が構想から事業化へと向かっていく手続きの流れに着目し、「計画決定」と「PI」からなる道路計画制度の「基本構造」を明らかにした。これまでは、道路計画制度を一連の流れとしてとらえてきたため、手続きの意味を明確に認識していなかったが、計画決定とPIとに分けることにより、その「基本構造」を明示的に整理することができた。(2)現場経験に基づいて日本における道路計画推進上の課題を分析して、計画決定とPIの主な「構成要素」を整理したことにより、現場の課題解決に直結した内容となった。(3)「基本構造」と「構成要素」による共通の切り口で、欧州3カ国及び日本の制度や運用を比較分析することによって、「各国共通の考え方」と「各国独自の考え方」を明らかにしている。このような各国間の比較分析は既存の研究では行われておらず、今後の各国制度の調査・研究に役立つものと考えられる。

最後に、研究の効果については、本研究の内容が、国土交通省の設置した研究会の提言等に活用された。また、この研究会の提言等を踏まえた制度や運用の改善が現場で始まっている。研究成果が現場に適用されその結果が評価できることは、研究と政策の望ましい関係の一つといえよう。今後、こうした研究の蓄積が制度のさらなる改善につながることが期待される。

以上のとおり、社会基盤施設整備の計画決定と市民関与のあり方について、日英独仏4カ国の制度比較とその運用実態比較を行い、実証的研究成果を取りまとめた本研究は、制度研究上のみならず実務上も極めて有益な知見をもたらしている。また学力審査についても、石川雄章氏の十分な学識の高さを確認した。以上総合的に見て、審査委員会は、同氏への博士(工学)の学位が妥当なものであると審査員一致して判断した。

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