学位論文要旨



No 216263
著者(漢字) 吉田,禎雄
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヨシオ
標題(和) 均衡配分の実用化に関する実証的研究
標題(洋)
報告番号 216263
報告番号 乙16263
学位授与日 2005.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16263号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 加藤,浩徳
 東京大学 講師 大森,宣暁
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 教授 桑原,雅夫
内容要旨 要旨を表示する

我が国の交通配分では,QV式をリンクコスト関数とするネットワークに対し,24時間交通量を分割して配分する容量制限付き分割配分が実務で多く用いられているが,より合理的な経路選択行動を反映した均衡配分が注目され,固定需要の利用者均衡配分モデルについても実務における適用例が増加してきた.しかし,利用者均衡配分は道路利用者が情報を完全に把握しているとの強い仮定を持つものであるが,実際の道路利用者は部分的な情報や経験的な情報を持っているのみであり情報を完全に把握しているとの仮定は非現実的である.そこで,利用者が持っている不完全な情報による経路選択行動のばらつきを考慮した確率的利用者均衡配分が注目される.このモデルは,定式化において経路交通量を明示的に導入しているため,リンク交通量のみならず経路交通量に関しても解が一意に定まるという特徴があり,配分結果から多くの経路関係の情報を得ようとする実務において,利用者均衡配分に代わるモデルとして期待される.ただし,ランダム効用理論により経路選択構造を記述しているため,配分結果の評価では期待最小コストを用いる必要があるものの,この抽象的コストの概念を用いた実際的な評価について詳細に検討した事例がない.また,確率的利用者均衡配分に使用するリンクコスト関数等のパラメータについても汎用的なものがなく,その実用化には課題が残されている.

一方,我が国の交通問題の多くは,朝夕のピーク時に発生していることは周知の事実である.また,少子高齢化社会の到来と共に,交通問題への対応は,ハードな道路整備のみでなく,時間帯別車種別に実施されるソフトな交通施策の導入の重要性が増している.しかし,現状の配分手法では交混雑が発生するピーク時間帯の交通状況とオフピーク時の交通状況とが正しく評価できないといった問題がある.動的に変化する交通状況に対応する時間帯別利用者均衡配分モデルもあるが,利用者の完全情報仮定が残されており,より現実的な交通状況を把握するには,確率的利用者配分の経路選択構造を持った時間帯配分モデルが必要となる.

以上の背景をもとに,本研究は今後重要となる時間帯別の交通施策に対する適正な評価が可能な配分モデルの構築,入力パラメータとして重要なリンクコスト関数の推計,出力結果を用いた整備効果の計測方法の検討などを実施することで均衡配分の実用化に貢献しようとするものである.

本論文は、全7章から構成される.第1章では,上記内容を含む本論文の背景と目的を述べ,第2章では本研究に関連する配分モデルの詳細なレビューと均衡配分を実務に適用する上での課題を整理している.第3章では,均衡配分で重要となるリンクコスト関数の推計を既存の道路交通センサスデータを用いて実施し,第4章では確率的利用者均衡配分より求められる期待最小コストを用いた整備効果計測方法の検討を行っている.第5章では,時間帯別の交通需要を推計するための多種流時間帯別確率的利用者均衡配分モデルの構築を実施している.第3章から第5章までに検討した内容を実際の道路に適用した事例を第6章で述べた後,第7章で研究のまとめと残された課題の展望を整理している.第1章を除く、各章の具体的内容は以下のとおりである.

第2章では,本研究の基礎となる代表的な利用者均衡配分,確率的利用者均衡配分及び時間帯別利用者均衡配分の3種類の配分モデルを整理する.また,均衡配分を適用するときの実務上の要請と課題を整理した.特に,時間帯別の交通状況を推計するために必要となる検討課題を抽出し,緊急かつ重要な研究課題が本研究の対象であることを明確にした.

第3章では,配分条件で重要な要素であるリンクコスト関数のパラメータ推計を道路交通センサスデータにより実施した.我が国では,均衡配分に利用する汎用的なBPR型リンクコスト関数の推計に関する検討事例が少ない.これは,交通需要と走行状態に関するデータ収集が困難であることに起因している.特に,汎用的なBPR関数を推計する場合に簡単に利用できるデータとして道路交通センサスデータがあるが,観測誤差が多く,扱いにくいデータとなっていることが原因である.本研究では,道路交通センサスデータをもとに,停止時間と旅行速度の現状を検討し,複数年度のデータを平均化することにより観測誤差を少なくしてパラメータが推計できることを示した.また、信号交差点の影響を独立させたBPR型リンクコスト関数のパラメータ推計を試みた.このリンクコスト関数は信号交差点における平均的停止時間を明示的に導入したものであり,ネットワーク上の主なボトルネックである信号交差点の改良などの評価が可能な汎用性の高いものである.推計されたリンクコスト関数の妥当性を首都圏の実ネットワークを用いて検討し,再現性の高いものであることを確認した.

第4章では,実務で必要となる整備効果の計測について,確率的利用者均衡配分における問題点を実証的に示した後,計測上の問題の簡便な改良方法を提案した.確率的利用者均衡配分による整備効果の計測にあたって配分モデルと整合の取れた期待最小コストが整備効果を算定する場合の指標として利用されている.しかし,期待最小コストを用いて計測した整備効果が、整備量に比較して不安定になるという実務上の問題があり、これを実証的に示した.さらに,確率配分にDial法を用いた場合、明らかに利用される経路が欠落してしまうという問題や,収束計算過程に抽出される経路集合が変化するというアルゴリズムの問題点を具体的に示した.また,経路集合を明示的に扱う解法であるSimplical Decomposition法においても同様の問題が発生することを示し,期待最小コストを用いた効果計測が不安定になる原因の1つが経路集合の問題であることも実証的に示した.この問題への対応方法として,経路集合の抽出方法の改良及び整備前後の経路集合について和集合を取って作成した合成経路集合を用いる方法を提案した.この合成経路を用いることにより整備前後の経路集合が固定されるため,期待最小コストを用いた整備効果の計測が安定して可能となった.

第5章では,実務で要請の高い車種別・時間帯配分モデルを提案した.TDMなど交通政策の評価において,時間帯別・車種別の施策に対応した交通状況を推計する必要があるが,現状では実用的な時間帯配分手法がない.本研究では,多種流の確率的均衡配分とOD修正法による時間帯均衡配分を結合した多種流時間帯確率的均衡配分モデルを構築した.このモデルは,配分時間帯内で目的地に到達できない残留交通量を明示的に扱って時間帯間の均衡状態をも表現したものであると共に,異なる経路選択特性を持つ利用者別に料金抵抗や分散パラメータを与えることができるため,TDMなど車種別時間帯別施策の評価が可能なモデルとなっている.また,実際の道路網におけるモデルの再現精度の検討及び大型車のエリア規制の評価例を示し,実用性の高いモデルであることを示した.

第6章では,第3章から第5章で示した均衡配分の実用化の提案を総合的に適用した事例として沖縄県那覇市の車線規制を取り上げた.車線規制の評価では,車種別に車線規制を実施するHOVレーン併用バス専用レーンの導入効果と,時間帯別にネットワーク条件が変化するリバーシブルレーンの導入効果について計測を試みた.また,時間OD表をPT調査結果より作成する方法の検討や多くのプロジェクトを統一的に評価するための合成経路の作成方法についても検討を加えた.これらの結果より,均衡配分の実用化に際して必要となる課題が概ね解決されたことが確認された.

第7章では,本研究の成果をまとめた後,今後の均衡配分の適用に際しての課題を整理し,展望を述べた.本研究は,配分理論がいくら進歩しても,実際に利用されなければ有用なツールとはならないとの考えから,時間帯別により説明力のある交通状況を推計するツールの提供を目的としたものであり,リンクコスト関数の推計,確率的利用者均衡配分による評価方法,時間帯配分モデルの構築を中心に実証的に実施したものである.今後,ITSの発展による詳細なデータの収集と共に,地域特性を考慮したリンクコスト関数の構築,経路選択構造の解明,可能交通容量の検討,多様な料金体系の考慮など課題も残されているものの,本研究により実務上の緊急かつ重要な課題については概ね解決され,均衡配分の利用が促進されるものと考える.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、確率的均衡配分の実務への適用方法について検討した論文である。確率的均衡配分に着目した理由は、不完全情報による経路選択行動のばらつきを考慮している点で理論的に優れており、かつ、リンク交通量と経路交通量が一意に定まることから、配分結果から多くの経路関係の情報を得ようとする実務への適用が望まれるからである。具体的には、適用方法の課題の内、重要なものとして、信号交差点を考慮したリンクコストパラメータの推定、期待最小コストを用いた道路整備効果の算定方法、ならびに、多種流時間帯別確率的利用者均衡配分モデルの構築の三点を検討した。

本論文は7章からなり、1章では本論文の背景と目的を詳述している。

第2章では,本研究の基礎となる利用者均衡配分,確率的利用者均衡配分及び時間帯別利用者均衡配分の3種類の配分モデルを整理し、確率的均衡配分の利点を確認すると共に、その実務への適用課題を抽出し、緊急かつ重要な研究課題が本研究の対象であることを明確にしている.

第3章では,配分条件で重要な要素であるリンクコスト関数のパラメータの推計方法を検討している。リンクコスト関数として代表的なBPR関数を推計する場合に簡単に利用できるデータとして道路交通センサスデータがあるが,観測誤差が多く,安定したパラメータが得にくい状況に着目し,本研究では,道路交通センサスデータをもとに,停止時間と旅行速度の現状を検討し,複数年度のデータを平均化することにより観測誤差を少なくしてパラメータが推計できること,信号交差点における平均的停止時間を明示的に導入した関数が推定可能であることを示している.推計されたリンクコスト関数の妥当性を首都圏の実ネットワークを用いて検討し,再現性の高いものであることを確認している.

第4章では,実務で必要となる道路整備効果の計測について,確率的利用者均衡配分における問題点を実証的に示し,計測上の問題の簡便な改良方法を提案している.具体的には,期待最小コストを用いた効果計測が不安定になる原因の1つが経路集合の問題であることを実証的に明らかにし,この問題への対応方法として,経路集合の抽出方法の改良及び整備前後の経路集合について和集合を取って作成した合成経路集合を用いる方法を提案している.この合成経路を用いることにより整備前後の経路集合が固定され,期待最小コストを用いた整備効果の計測が安定することを,沖縄本島中南部の幹線道路網に適用して明らかにしている.

第5章では,実務で要請の高い車種別・時間帯配分モデルとして,多種流の確率的均衡配分とOD修正法による時間帯均衡配分を結合した多種流時間帯確率的均衡配分モデルを提案している.このモデルは,配分時間帯内で目的地に到達できない残留交通量を明示的に扱って時間帯間の均衡状態をも表現したものであると共に,異なる経路選択特性を持つ利用者別に料金抵抗や分散パラメータを与えることができるため,TDMなど車種別時間帯別施策の評価が可能なモデルとなっている.また,実際の道路網におけるモデルの再現精度の検討及び大型車のエリア規制の評価例を示し,実務への適用性を検証している.

第6章では,第3章から第5章で示した均衡配分の実用化の提案を総合的に適用した事例として沖縄県那覇市の車線規制を取り上げている.車線規制としては,車種別に車線規制を実施するHOVレーン併用バス専用レーンと,時間帯別にネットワーク条件が異なるリバーシブルレーンについて導入効果を明らかにしている.また,時間OD表をPT調査結果より作成する方法の検討,多くのプロジェクトを統一的に評価するための合成経路の作成方法についても検討している.これらの結果より,均衡配分の実用化に際して必要となる課題が概ね解決されたと結論している.

第7章では,本研究の成果と,今後の均衡配分の適用に際しての課題を整理している.本研究は,論理的に優れた確率的均衡配分手法の実務への適用方法に着目し,リンクコスト関数の推計,確率的利用者均衡配分による道路整備評価方法,時間帯配分モデルの構築を中心に,新しい方法を提案し,その有用性を実際の道路網への適用によって実証的に明らかにしたものである.今後,ITSの発展による詳細なデータの収集と共に,多様な料金体系の考慮など課題も残されているものの,本研究により実務上の緊急かつ重要な課題については概ね解決され,均衡配分の実務への適用が大きく促進されるものと考える.

なお、本論文は、共同研究の成果を含んでいるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(工学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク