学位論文要旨



No 216266
著者(漢字) 寺崎,太二郎
著者(英字)
著者(カナ) テラサキ,ダイジロウ
標題(和) 北米及びアジアにおける非在来型天然ガスの最適供給割合の予測
標題(洋)
報告番号 216266
報告番号 乙16266
学位授与日 2005.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16266号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 島田,荘平
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 講師 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、天然ガスの世界的な需要の伸びによって生じる供給不均衡を解消する過程において非在来型天然ガスの商業生産が進む可能性があることを明らかにする。世界の天然ガス需要は平均2.3%〜2.4%の伸びが予測されており、2000年の2兆5270億m3から2030年には5兆470億m3に達する見込みである。2000年における需給はほぼバランスしているが、2010年頃から需要が供給を上回るようになり、2030年には約7000億m3の供給不測が生じると予測されている。

ところで、天然ガスは輸送上の理由から地域限定的な性格がある。2000年における天然ガスの国際貿易量は総生産量の22%に当たる5263億m3に過ぎない。この内パイプラインによる貿易は約74%(3893億m3)で、残りはLNG(1370億m3;約1億トン)である。これらの貿易は国際的に遍く行われているわけではなく、いくつかの大きなブロックに分けて捉えることが出来る。パイプライン貿易が中心のブロックとして欧州・旧ソ連や北米、LNG貿易が中心のブロックとしてアジア・オセアニア・中東が挙げられる。このことは世界的な需給を考える場合に重要なポイントとなる。

天然ガスの供給地域は中東、東欧・北アジア、アフリカ、東南アジア・オセアニア等であり、需要地域は、西欧、北米、東アジア、南アジア等である。国としては、米国、日本、中国、インド等が今後の大口の需要国として挙げられる。こられの地域、国々においては、これから如何にして安価な天然ガスを確保するかが重要な課題になる。このため、長期的な在来型天然ガスの不足を補い、地域的な不均衡をなくする一環として非在来型天然ガスの開発が進む可能性がある。タイトサンドガス、コールベッドメタン、シェールガスといった非在来型天然ガスはこれまで経済的な理由から開発生産がなかなか進まなかった。しかし、米国においては、税制優遇措置の導入や技術革新による生産コストの低減により開発が進み、現在では天然ガス全供給量の約30%を占めるまでになっている。今後天然ガスの需要が伸びるアジアにはこれらの資源が豊かに存在している。米国で確立された技術をベースにこの地域における非在来型天然ガスの開発を進めることは意義があると考えられる。

新たに非在来型天然ガスを利用する場合、在来型天然ガスとのベストミックスを考慮することが重要である。経済的な観点からベストミックスを求めるためには、天然ガスの生産コストや輸送コストに関する的確な値が必要になる。しかし、生産コストについてはその予測が可能な手法が確立されているとは言い難い。また、これらの諸コストを用いた総供給コストの予測に関しても目的に合った手法を用いる必要がある。以上より、総供給コストが最小となる天然ガス供給割合の予測を行うことは意味があると考えられる。

予測計算に先立ち、遺伝的アルゴリズム法(GA法)および擬似ニュートン法について米国の実績値を利用して再現性(ばらつき)を比較した。その結果、GA法の方がばらつきが小さかったため、本研究にはこれを用いることとした。

天然ガスの生産開始時点から終了時点までの生産コストを推算可能にするため、米国、北海等の開発フィールドにおける生産コストの経時的変化を示す実績データや世界の天然ガス資源を開発の難易度でクラス分けした予測データ等を用いて、生産コストを推算する方法を検討した。その結果、究極可採資源量R、累計生産量Qを用いて、(R-Q)/R =0.5におけるコストを1としてコストを無次元化することにより、(R-Q)/Rをパラメータとして生産コストが推算可能であることがわかった。一方、非在来型天然ガスの生産コストに関してもガス種ごとに(R-Q)/Rをパラメータとした相関式を作成した。

GA法を用いて2001年〜2030年の北米、およびアジア・オセアニア・中東における各種天然ガスの供給割合について総供給コスト最小化の観点から予測を行った。

先ず、北米の各種天然ガスに関する供給割合の予測は以下のような結果になった。非在来型天然ガスの総供給量は前半において約35%(約2900億m3)を数年維持した後、コスト高のため漸減するものの後半は約20%(約1700億m3)の水準で推移し、引き続き重要な地位を占める。一方、在来型天然ガスの供給量は前半約5000億m3で推移し、後半に入ると約1500億m3増大するが、この分はカナダ産の在来型天然ガスによって補われる。

アジア・オセアニア・中東天然ガス圏全体の需給バランスについて予測を行った。30年間の前半はそれまでの流れを引き継いで東南アジアが主な供給地域となるが、後半は中東が東南アジアを追い越す。一方、オセアニアはこの30年間において殆ど変化が見られない。また、中央アジアは後半に入ると伸び始め、2030年にはオセアニアに並ぶ。中東が伸びるのは、資源量の豊富さから供給コストの上昇速度が緩慢なためである。一方、オセアニアの伸び悩みは消費地域である東アジア、南アジアへの輸送コストの高さが原因となっている。

今後主な輸入国になると見られる中国、インド、日本の予測結果を以下に示す。なお、非在来型天然ガスとしては中国やインドで開発プロジェクトが企画されているCBMを計算対象に選定した。これらの国々の場合、総体的にLNG輸送コスト、非在来型天然ガス(CBM)の生産コストが増減のポイントとなった。中国で供給の中心となるのは国産在来型天然ガスである。2010年以降はLNGも伸びるが国産在来型の約50%程度に留まる。また、CBMがかなりの伸びを示し、輸入LNG以上の役割を果たす結果となった。中央アジア、東シベリアの天然ガスについても着実に伸びて行くことが示唆された。

インドでも供給の中心となるのは国産在来型天然ガスである。2010年以降は中東からのLNG輸入と国産CBMが伸び始めるが、東南アジアやオセアニアのLNGは殆ど伸びない。これは中東が他の2地域に比較して距離が近いことや、CBMの供給コストが相対的に低いことが理由になっている。

日本は、自国の天然ガス資源を殆ど保有せず、その需要は長期契約によるLNG輸入で賄われている。今回は需要見通しとLNG長期契約のギャップ分について予測を行ったところ、東南アジアからの輸入が大半を占めるという結果になった。しかし、供給コストは東南アジアが最廉価とは言えないので、LNG取引の柔軟化が進めば、中東やサハリンが伸びる可能性がある。一方、オセアニアは資源量の少なさ、輸送距離の長さの点で他の地域より不利な立場にある。

東南アジア、オセアニア、中東の供給量予測結果と中国、インド、日本の輸入量予測結果のバランスを見ると、2025年以降、日本、中国、インド向け供給量だけで東南アジアやオセアニアの供給量予測を上回った。この需給不均衡は、中東、中央アジア、東シベリア、及び非在来型天然ガスによって埋められるものと考えられる。

最後にアジアの天然ガス資源の将来について3つの提言を行った。

(1)非在来型天然ガス(CBM)の開発促進とパイプライン輸送網・供給網の建設を進めることによりアジア地域の天然ガス需給ギャップを狭める。

非在来型天然ガスの利用には輸送手段の充実が前提となるため、これはパイプライン輸送の手段で後れをとっているアジアの大きな課題である。

(2)LNG取引・輸送の柔軟性を高め、ブロック間の需給の円滑化を図る

LNGの生産・輸送コストは近年、一層の低下が図られるとともに、従来の固定的な契約形態が見直され、より柔軟な契約形態に向かいつつある。地域内における需給調整に加え、中東、オセアニア諸国から北米向け、欧州向けの輸出の増加を踏まえて、取引・輸送の柔軟性を一層高める必要がある。

(3)世界の天然ガス資源量評価と供給能力予測の恒常的調査分析を行う。

天然ガス供給割合の最適化計算においては、資源量の確度が大きな影響を及ぼす。しかし、非在来型天然ガスに関する資源探査はまだ不十分であり、米国以外の資源量は特に不確実性が高いため、さらなる調査が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

クリーンエネルギーとして期待されている天然ガスは、今後年平均2.3%〜2.4%の割合で需要が伸びると予測されており、世界の需要は2000年の2兆5270億m3から2030年には5兆470億m3に達する見込みである。現在、需給はほぼバランスしているが、2010年頃から需要が供給を上回るようになり、2030年には約7000億m3の供給不測が生じる可能性がある。しかしながら、天然ガスは輸送上の理由から地域限定的な性格があり、2000年における天然ガスの国際貿易量は総生産量の22%に当たる5263億m3に過ぎない。この内パイプラインによる貿易は約74%で、残りはLNGである。しかも、これらの貿易は国際的に遍く行われているわけではなく、いくつかの大きなブロックに分かれているのが現状であり、今後世界的な需給を如何にしてバランスさせるかが重要である。ところで天然ガスの輸出地域は中東、東欧・北アジア、アフリカ、東南アジア・オセアニア等であり、輸入地域は、西欧、北米、東アジア、南アジア等である。国としては、米国、日本、中国、インド等が今後の大口輸入国として挙げられる。こられの地域、国々においては、安価な天然ガスを安定して確保することが重要な課題になるといえ、非在来型天然ガスの開発も一部では検討されている。

寺崎太二郎氏は、1993年よりエネルギー総合工学研究所においてコールベッドメタンやメタンハイドレート等の非在来型天然ガス資源に関する調査研究を行い、その後都市ガス会社において原料の多様化を目的に各種天然ガス資源の調査を行った。わが国のメタンハイドレート資源の開発研究にも関わり、非在来型天然ガスの実用化可能性について広く研究を行って来た。新たに非在来型天然ガスを利用する場合、在来型天然ガスとの経済的なベストミックスを志向することが重要であり、そのためには、天然ガスの生産コストや輸送コストに関する的確な情報と適切な予測方法が必要になる。しかし、非在来型天然ガスに関する情報は未だ十分とはいえず、アジア地域を対象とした予測も行われていない。

本論文の第1章では本研究の趣旨、従来の研究の問題点と本研究の位置づけ、本研究の目的および本論文の構成について、述べ、序論としている。

第2章では非在来型天然ガスの定義、非在来型天然ガスの資源量、非在来型天然ガスの開発生産を概説し、さらにタイトサンドガス、コールベッドメタン、シェールガスについて米国における商業化の現状や各国の開発状況を述べ、非在来型天然ガスの今後の実用化可能性について考察している。

第3章では最適供給割合の予測計算に用いる基礎データについてまとめている。予測計算には天然ガスの資源量、天然ガスの生産コスト、輸送コスト、天然ガスの需要見通し、天然ガスの生産実績に関するデータが必要となる。米国地質調査所や米国エネルギー省のレポート、およびOECDや国際ガスユニオン(IGU)のレポート等を基に必要なデータがまとめられていると共に、生産コストに関しては各種のデータを基にして推算式を提案している。この推算式は残存資源量をパラメータとして生産コストの相対的な値を算出するもので、これによりガス田の地域的あるいは開発段階の相違に関係なく生産コストを求めることが可能になった。

第4章では最適供給割合の予測計算において総コストの正味現在価値の最小化によって最適な供給割合を求める考え方の根拠と予測計算モデルを示している。計算方法としては遺伝的アルゴリズムおよび準ニュートン法を取り上げ、これらの方法による計算の流れ、計算の条件を示した上で、アメリカを対象とした計算を行った。その結果、本研究における計算についてはばらつきや再現性の点で遺伝的アルゴリズムが適していることを示した。

第5章では北米天然ガス圏を対象とする予測計算を行い、今後も非在来型天然ガスが重要な存在であることを示した。

第6章ではアジア・オセアニア・中東天然ガス圏を複数のブロックに分け、これらをさらに輸出ブロックと輸入ブロックに大別して天然ガス貿易の流れを予測した。さらに日本に関する予測計算に加えて、今後急激に需要が伸びると予想される中国、インドについてコールベッドメタンを含めた予測計算を行った。これらの予測計算からコールベッドメタンがこの地域において実用化される可能性を示すと共に、得られたブロック間の流れ、ブロック〜輸入国間の流れを基に、アジア・オセアニア・中東天然ガス圏全体の需給バランスを考察した。

第7章では、本研究における結論と今後の課題を提言した。

以上、本論文における天然ガスの最適供給割合予測計算では、総コストの正味現在価値の最小化を図ることにより最適供給割合が求められている。ここで用いられた予測計算方法は、(1)遺伝的アルゴリズムの適用、(2)残存資源量をパラメータとした生産コスト推算式の提案、(3)地域のブロック分割による天然ガスの流れの明確化、に特徴がある。また、計算内容は、(1)非在来型天然ガス(コールベッドメタン)も含んでいる、(2)アジア・オセアニア・中東天然ガス圏を予測対象にしている、点に特徴がある。今後、飛躍的に経済発展すると見られているこれらの地域における天然ガス資源の流れに関して、新たなの視点が提供されたことは大きな意義があり、この地域に豊かに眠る非在来型天然ガスの有効利用を図る上でも大きな波及効果があると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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