学位論文要旨



No 216267
著者(漢字) 徳永,輝久
著者(英字)
著者(カナ) トクナガ,テルヒサ
標題(和) 新規成長ホルモン分泌促進剤の探索合成研究
標題(洋)
報告番号 216267
報告番号 乙16267
学位授与日 2005.06.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16267号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

成長ホルモン(GH)は脳下垂体から分泌され、成長促進作用やタンパク質合成、脂肪分解等の代謝作用を有するなど、生体にとって重要な役割を果たしているホルモンである。組換えヒト型成長ホルモン(rhGH)はGH分泌不全症である小人症の治療薬として、数十年来使用されている。rhGHはさらに、骨折やターナーシンドローム、老化の進展阻止に有効に働いたとの知見も得られている。しかしrhGHは高価であること、経口吸収性の欠如のため注射による投与を必要とするなどの課題がある。従って、経口投与によりGH分泌を促進させる化合物はrhGHに替わる有用な薬剤になる可能性が期待され、探索が進められてきた。

これまでにさまざまなペプチド性、非ペプチド低分子の成長ホルモン分泌促進剤(GHS)が見出され、そのGH分泌促進作用は、脳下垂体や視床下部を中心に広範な臓器に存在するGHS受容体(GHS-R)を介することが明らかとなっている。このうちペプチド性GHSは高活性の化合物が見出されてはいるものの、経口吸収性の点で問題があった。一方、MK-677(1)に代表されるいくつかの低分子GHSは、経口吸収性があり小児や成人のGH分泌不全症を対象に臨床試験が進められたが、いずれもジペプチド側鎖やトリペプチド鎖をもち構造に類似性があるものに限られていた。以上のような背景のもと、既存のGHSと比べ同等以上の活性と新たな特徴を持ち、経口投与可能である新規なGH分泌促進剤の創出を目指し探索研究に着手した。

リード化合物の選択

新規なGH分泌促進剤の探索にあたり、まず住友製薬社内化合物ライブラリーを用いたランダムスクリーニングを実施した。化合物の評価はラット脳下垂体初代培養細胞を用いたGH分泌試験により行なった。その結果、数点の化合物がヒット化合物として見出された。その中から、GPCRの一つであるGHS-Rをターゲットとする際に適当と考えられるファーマコフォアを持つこと、誘導体合成可能なドラッグライクな骨格であること、さらに既存のGHSとは全く異なる構造を有していたことからオキシインドール骨格を持つ化合物に着目し、化合物2をリード化合物することにした。化合物2からの合成展開として類縁化合物の評価結果を参考に、3位芳香環の変換およびオキシインドール環4-7位の変換に注力することにした。それぞれの部位の変換は経口吸収性に適切と考えられる物性とするため、clogPを指標とした脂溶性の低減を考慮に入れながら行なうことにした。

オキシインドール誘導体の構造活性相関

まずオキシインドール環4-7位への置換基導入の可能性を検討した。オキシインドール環4-7位の各場所を臭素原子で置換した誘導体および無置換体を合成し評価を行なった。リード化合物2と比較して4位ブロモ体3の活性は向上し、オキシインドール環の4位および6位が置換可能であることが示唆された。そこで、4位と6位の両方を置換基で修飾し、脂溶性の低減への手がかりとするためいずれかの置換基に親水性官能基の導入を試みることにした。親水性置換基として3-ヒドロキシー1-プロピニル基をもつ化合物を合成し活性を比較した結果、4位置換体では活性が低下するものの6位置換体4の活性は維持されており、6位は親水性置換基による修飾が可能であることが示された。またオキシインドール環4位の置換基としてトリフロオロメチル基を持つ化合物5も化合物4と同等の活性を示した。

6位置換体として脂溶性の低減を念頭におき、さまざまな親水性置換基を導入した化合物を合成した。一連の化合物の中でアミド誘導体6に、化合物5と比較して約10倍のGH分泌活性の向上が見られた。しかしこの三重結合をもつ誘導体の脂溶性は依然として高いことから、脂溶性が低減した6-カルバモイル体7を合成した。化合物7は6位変換体の中で最も強い活性を示し、活性、脂溶性の面で最も良好な6位置換基としてカルバモイル基を見出した。

ナフチル基は脂溶性が比較的高いため、3位をより脂溶性の低い芳香環に変換することを検討し、2-クロロフェニル基が脂溶性の低減、活性の面で良好であることが分った。化合物8は7と比較して大きくGH分泌活性が向上し、リード化合物に対して活性および物性を大きく改善した化合物を得ることに成功した。化合物8の両エナンチオマーを評価したところS体のみに強いGH分泌活性があることが分った。化合物8S (SM-130686)は高活性化合物としてのちに詳細な評価を行った。

さらなる活性の向上と構造活性相関を調べる目的で、3位芳香環の変換を行なった。化合物の評価は、ヒトGHS-R発現膜画分を用い[125I]グレリンを放射リガンドとする結合阻害実験により行なった。置換基効果を調べる目的で無置換フェニル体、各モノクロロフェニル体、各モノメトキシフェニルの活性を比較した。その結果、2-クロロフェニル体と比べいずれも結合活性が減弱し、置換基がメトキシ基の場合、対応するクロロ置換体と比較して結合活性が低下することが分った。以上の結果より、2'位の置換基の存在が活性に重要であること、3位芳香環の置換基として脂溶性置換基が望ましいことが示唆された。そこで、2'位に塩素原子を持つ各ジクロロ体を合成し評価を行なった。

その結果、化合物8(IC50=4.0nM)と比較して、2,4-ジクロロフェニル体9、2,5-ジクロロフェニル体10ではそれぞれ200倍、17倍と大幅な結合活性の向上が示された。特に2,4-ジクロロフェニル体9のIC50値は内在性リガンドであるグレリン(IC50=0.14nM)の値を凌ぐものであり受容体へ極めて高い親和性を持った化合物であることが分った。

化合物の評価

GHS-Rに対する化合物の機能を調べる目的で、ヒトGHS-Rを過剰発現させたcHO細胞内のCa2+濃度を指標にするFLIPRアッセイを行なった。グレリンの反応性と比較して化合物8は最大65%のCa2+濃度上昇を引き起こし、フルアゴニストである既存のGHSとは異なりパーシャルアゴニストであることが分った。一方化合物9は91%の最大反応性を示し、8と比較してアゴニスト性の向上が見られた。

化合物8SのGH分泌作用がGHS-Rに選択的に作用した結果かどうか確認する目的で、受容体特異性を調べた。化合物8SはヒトGHS-Rに強い親和性を示したが、他の50以上の受容体、酵素に対するIC50値は1μM以上であり、GHS-Rに対して高い親和性と選択性を持つリガンドであることが示された。

GH分泌促進剤としての有用性を検証する目的で、ラットを用いた成長試験において化合物8Sおよび9の評価を実施した。4日間の反復経口投与の後、両化合物とも用量依存的に優位な体重増加作用を示した。のちの研究により8S投与による体重増加分は、ほぼ除脂肪組織重量の増加によるものであることが明らかとなっている。この結果は、8SがGH分泌を介した同化作用を向上させたことを示唆するものであり、既存のGHSや内在性リガンドのグレリン投与で報告されている脂肪重量の増加とは異なり、大変興味深い知見であると考えられた。

化合物8Sと化合物9のラットにおける薬物動態試験を実施した。両化合物はともに生体内利用率28%と経口吸収性を示した。

総括

オキシインドール化合物2をリード化合物とした合成展開の結果、 GHS-Rに高い親和性と選択性を示し、経口投与で効果を示す新規GH分泌促進剤(GHS)を見出すことに成功した。化合物8S (SM-130686)に代表される本オキシインドール誘導体は、構造的に既存のGHSとは全く異なる点で斬新なものであり、薬理的にも既存のGHSにはないパーシャルアゴニストとして動物試験において特徴的な作用を示す極めてユニークなGHSであることが明らかとなった。なお本研究着手後に、GHS-Rの内在性リガンドとしてグレリンが見出された。グレリンはGH分泌促進作用だけでなく摂食亢進作用、脂肪蓄積作用、循環器系への作用など多彩な薬理作用を有し、エネルギー代謝調節に大きく関与するホルモンであることが明らかになりつつある。本研究成果により得られた化合物は、GH分泌促進剤としての可能性だけではなく、グレリンやGHS-Rの生理的機能を解明するツールとしても有用な化合物となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

成長ホルモン(GH)は脳下垂体から分泌され、成長促進作用やタンパク質合成、脂肪分解等の代謝作用を有するなど、生体にとって重要な役割を果たしているホルモンである。組換えヒト型成長ホルモン(rhGH)はGH分泌不全症である小人症の治療薬として、数十年来使用されているが、経口投与によりGH分泌を促進させる化合物はrhGHに替わる有用な薬剤になる可能性が期待され、探索が進められてきた。

MK-677 (1) に代表されるいくつかの低分子GHS(成長ホルモン分泌促進剤)は、経口吸収性があり小児や成人のGH分泌不全症を対象に臨床試験が進められたが、いずれもジペプチド側鎖やトリペプチド鎖をもち構造に類似性があるものに限られていた。以上のような背景のもと、既存のGHSと比べ同等以上の活性と新たな特徴を持ち、経口投与可能である新規なGH分泌促進剤の創出を目指し探索研究に着手した。

まず住友製薬社内化合物ライブラリーを用いたランダムスクリーニングを実施し、化合物2がリード化合物として選択された。

次にオキシインドール環4−7位への置換基導入の可能性を検討した。その結果、リード化合物2と比較して4位ブロモ体3の活性は向上し、オキシインドール環の4位および6位が置換可能であることが示唆された。そこで、4位と6位の両方を置換基で修飾し、脂溶性の低減への手がかりとするためいずれかの置換基に親水性官能基の導入を試みることにした。親水性置換基として3−ヒドロキシ−1−プロピニル基をもつ化合物を合成し活性を比較した結果、4位置換体では活性が低下するものの6位置換体4の活性は維持されており、6位は親水性置換基による修飾が可能であることが示された。またオキシインドール環4位の置換基としてトリフロオロメチル基を持つ化合物5も化合物4と同等の活性を示した。

さらに脂溶性の低減を念頭におき、検討を行った結果、化合物7が6位変換体の中で最も強い活性を示し、活性、脂溶性の面で最も良好な活性であった。

ナフチル基は脂溶性が比較的高いため、3位をより脂溶性の低い芳香環に変換することを検討し、2−クロロフェニル基が脂溶性の低減、活性の面で良好であることが分った。化合物8は7と比較して大きくGH分泌活性が向上し、リード化合物に対して活性および物性を大きく改善した化合物を得ることに成功した。化合物8の両エナンチオマーを評価したところS体のみに強いGH分泌活性があることが分った。化合物8S (SM-130686) は高活性化合物としてのちに詳細な評価を行った。

さらなる活性の向上と構造活性相関を調べる目的で、3位芳香環の変換を行なった。その結果、2−クロロフェニル体と比べいずれも結合活性が減弱し、置換基がメトキシ基の場合、対応するクロロ置換体と比較して結合活性が低下することが分った。以上の結果より、2' 位の置換基の存在が活性に重要であること、3位芳香環の置換基として脂溶性置換基が望ましいことが示唆された。そこで、2' 位に塩素原子を持つ各ジクロロ体を合成し評価を行なった。

その結果、化合物8(IC50 = 4.0 nM)と比較して、2,4−ジクロロフェニル体9、2,5−ジクロロフェニル体10ではそれぞれ200倍、17倍と大幅な結合活性の向上が示された。特に2,4−ジクロロフェニル体9の IC50 値は内在性リガンドであるグレリン(IC50 = 0.14 nM)の値を凌ぐものであり受容体へ極めて高い親和性を持った化合物であることが分った。

オキシインドール化合物2をリード化合物とした合成展開の結果、GHS-Rに高い親和性と選択性を示し、経口投与で効果を示す新規 GH分泌促進剤(GHS)を見出すことに成功した。化合物8S (SM-130686)に代表される本オキシインドール誘導体は、構造的に既存のGHSとは全く異なる点で斬新なものであり、薬理的にも既存のGHSにはないパーシャルアゴニストとして動物試験において特徴的な作用を示す極めてユニークなGHSであることが明らかとなった。なお本研究着手後に、GHS-Rの内在性リガンドとしてグレリンが見出された。グレリンはGH分泌促進作用だけでなく摂食亢進作用、脂肪蓄積作用、循環器系への作用など多彩な薬理作用を有し、エネルギー代謝調節に大きく関与するホルモンであることが明らかになりつつある。本研究成果により得られた化合物は、GH分泌促進剤としての可能性だけではなく、グレリンやGHS-Rの生理的機能を解明するツールとしても有用な化合物となることが期待される。博士(薬学)として十分な研究成果と判断された。

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