No | 216269 | |
著者(漢字) | 本江,正茂 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モトエ,マサシゲ | |
標題(和) | 環境情報デザイン論 : 場所へのコミットメントを支援する情報技術の使い方に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216269 | |
報告番号 | 乙16269 | |
学位授与日 | 2005.06.08 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 第16269号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の概要 本研究は,没場所化し離散的な様相を示す現代社会において,場所へのコミットメントを支援することを通じて,新たな形の「場所」論的な共同性の再構築をはかるべく,その方法として「環境情報デザイン」という新しいデザインの枠組みを提示し,その様態の一端を明らかにすることを目的とする。 近代を通じて移動と通信の能力が拡張していくことによって,人々は場所の拘束から解放されていった。それは人々にかつてない自由をもたらすものであったが,同時に,コミュニティは具体的な場所との絆を失い,離散的な様相を呈するようになった。だが「場所」は,単に人々を拘束する"くびき"ではなく,そのコミュニティに豊かな意味を供給する源泉でもあり,場所性の凋落すなわち「没場所性」の拡大はコミュニティの存立基盤をあやうくしてしまう。 しかし,いったん獲得した移動と通信の自由をいまさら否定することは現実的ではないとすれば,我々は,新しい形の「場所」性を創造し,その「場所」性にもとづいた共同性を再構築する必要があるだろう。 ハリソンらによれば「空間は機会であり,場所とは了解された現実である*1。」抽象的な「空間」を生きられた「場所」たらしめるためには,人々の積極的な場所へのかかわり,コミットメントが必要である。「場所」は時間をかけて「場所」になるのであって,いきなり「場所」をつくることはできない。しかし,その場所化の機会を最大化する「空間」ならデザインできるし,場所化が促進されるようなプロセスのデザインは可能であるだろう。人々がその環境から情報を発見し,その価値を表現し,コミュニティにおいて共有し,さらに環境へと定着させるというプロセスを繰り返すことによって,その場所に豊かな意味を公共性をもったかたちで定着させていく,そのようなプロセスのデザインである。 そこで、本研究では「環境情報デザイン」という新しいデザインの枠組みを提案する。「環境情報デザイン」とは,情報を環境のうちに適切に現勢化*2させることによって,人間のコミュニケーション能力を拡張し,人間一環境系における様々な情報のやり取りを可能にするようなデザイン行為のことをいう。それは空間の場所化--場所を現象すること--を促進するプロセスをデザインするものである。*1 Steve Harrison,Paul Dourish,Re-P1ace-ing Space:The Role of Plac and Space in Collaborative Systems,CSCW'6,1996,http://www.ics.uci.edu/jpd/Publications/place-paper.html*2 actualize。"virtual"が「潜勢的」であるのに対し,"actual"が「現勢的」 とはいえ,環境情報デザインが没場所性の拡大に原理的に抗するものであるとはいえない。没場所性もまた,環境情報デザインによってもたらされうるものだからである。空間から獲得された情報を規格にそって整形し,すなわち「漂白」して環境に返すのであれば,その環境情報デザインのプロセスはかえって没場所化を進めるものとなるであろう。これは,たとえば,民主主義が必ずしも平和を原理的に約束するものではないというのと同型の議論である。 環境情報デザインにおいては,デザイン対象となる事物そのものよりも,人間と環境との情報のやりとりのされ方に注目する。同じ対象を扱いながらも,環境情報デザインは,従来のデザイン対象によって分類される建築デザインやグラフィック・デザインのそれとは違う枠組みによって,デザイン行為を捉える。たとえば,建築デザインによって建築空間が作られるのと同じように,環境情報デザインによって「空間ディスプレイ」が作られる。できあがったモノを見れば同じものなわけだが,ファセットを違えることによって,そこに,これまでとは異なる問題系を立ち上がらせようというのである。 本研究では,環境情報デザインの実践プロジェクトとして,都市空間をワークプレイスとして評価する研究,メンバーの位置情報を共有したコラボレーション支援システム"CAMS"の設計と運用実験,携帯電話からの位置情報付き写真投稿による地域情報共有およびその空間的展示のシステムである「時空間ポエマー」の設計・実装・運用実験等を行い,その実践のプロセスで得られた知見に関する検討を通じて,環境情報デザインの一端を明らかにしようとする。 これらの研究を通じて,人間が場所から情報を(1)発見し,情報を(2)表現してデザインし,さらにデザインの成果をコミュニティの他の人々と(3)共有して,再び場所に(4)定着するという4つのステップからなる行為の系を構成し,さらにこれをスパイラル状に推進して場所を現象させていく「メタ行為」として,環境情報デザインをモデル化することができた(図1)。 こうした新しい枠組みが必要になるのは,デザインの問題が複雑かつ曖昧になる中で,産業構造に直結したデザインの対象によってデザイン行為を縦割りにしたままでは,適切な問題解決を行うことが難しくなってきているからである。こうした問題は,単に要素技術の問題であるだけでなく,それらの統合された人間一環境系全体に関わる。新しいデザインの方法論が求められている。 環境情報デザインは,建造環境のデザインと情報環境のデザインを統合して「ひとつの問題」として対応することで,より多くの課題に応えるデザインを可能にしようとするものである。こうした「環境情報デザイン」の領域は,建築的な知識を生かしうる領域であって,建築的な知見のより積極的な導入がはかられるべきであると考える。 論文の構成 本論文は次のような2部構成をとる。 第一部は理論編である。 第1章では,エドワード・レルフの「没場所性」の概念を概観し、現代社会における「場所」の凋落について論じる。場所の凋落に抗するには,場所への配慮が育まれなければならず,場所へのコミットメントを回復する必要がある。 第2章では,没場所性の拡大と場所の凋落に関する現代日本の事例として,郊外ロードサイドおよび「広告都市=渋谷」について論ずる。レルフの指摘した没場所性は,現代日本においてもはっきりと確認される事態だといえる。 第3章では,哲学者や文学者など様々な論者の技術と社会の関係に関する議論を参照しつつ,近代の情報技術が,世界の均質化と没場所性の拡大に加担してきたことを確認する。と同時に,それは技術の使い方によるのであって,異なる技術の使い方のデザインが必要であることを述べる。 第4章では,場所を現象させる技術としてのメディア技術に関わる知覚論や知識論を検討し,環境と人間の絶えざるコミットメントの重要性を確認し,環境情報デザインモデル構築への準備を行う。空間と場所の違い,アフォーダンス,暗黙知, SECIモデル,ミメーシス理論などが議論の対象となる。 第5章では,環境情報デザインのモデルを説明する。それは,主体と環境との相互作用を通じて,環境の情報が段階的に変換されながら増幅され,コミュニティにおいてスパイラル状に「場所」が現象していくプロセスを方法論的にモデル化したものである。場所へのコミットメントを通じて,場所の情報が発見され,表現され,共有され,定着していくサイクルを繰り返すことによって,場所の意味は豊かになる。 第6章では,デジタルデータの表象システム,空間ディスプレイ,トポロジーモデル,世界モデルとしての(建築)などの論点から,建造環境と情報環境の様々な水準における関係性を述べる。 第7章では,21世紀における設計方法論の観点から,環境への積極的なコメットメントとしての人間-環境系における環境情報デザインについて,欠乏の充足から余剰の管理へ,ドメインからスタンスへ,ルーチンからプロジェクトへなどの論点から述べる。 第二部は実践編である。筆者が情報技術と場所との関係について実践してきたシステムデザインおよびフィールドワークについて述べる。多くは共同研究の成果である。 第8章「ワークプレイスとしての都市空間」研究では,モバイルPCをもって都市空間で作業を行う人々が,その場所をワークプレイスとして何に注目して評価するかを調査した。 第9章「リモートコラボレーションにおける位置情報の共有」では,互いの位置情報を共有する=コンテクスト・アウェアネスな情報システム"CAMS"を企画・設計・実装し,運用実験をおこなった。 第10章「時空間ポエマー」は、携帯電話からの位置情報付き写真投稿による地域情報共有およびその空間的展示のシステムである。運用実験においては、それぞれの場合の特性に応じたシステムの改変を行ってきている。モバイル情報端末を利用して、場所へのコミットメントを回復することの可能性について検討する。 第11章「携帯電話のまなざしについて」では,時空間ポエマーの運用実験の結果得られた写真の画像内容の分析を行い、ケータイ・カメラ特有の写真の構造について検討する。 第12章「ケータイ写真の時間と構図」では,ケータイのカメラで撮影される写真のモチーフや構図,撮影タイミングなどの分析を通じて,ケータイカメラという新しいデバイスの世代別性別々の利用状況等について予備的な考察を行った。 図1環境情報デザインモデル | |
審査要旨 | 本研究の目的は,没場所化し離散的な様相を示す現代社会において,場所へのコミットメントを支援することを通じて,新たな形の「場所」論的な共同性の再構築をはかるべく,その方法として「環境情報デザイン」という新しいデザインの枠組みを提示し,その様態の一端を明らかにすることである。 対象は,建築や都市の環境デザイン理論とその事例,および場所に関連する情報システム理論とその事例であり,理論的な考察とともに,自ら開発した情報システムの運用実験の結果を基礎資料として考察している。こうして達成された本研究の特徴は,建造環境のデザインと情報環境のデザインを統合して「ひとつの問題」として対応することで,より多くの課題に応える新しいデザインの枠組みを構成しようとする点にある。 本論文は2部13章から構成されている。 第一部は理論編である。環境と情報の両分野にまたがるデザインの問題を整理し,建造環境論と情報環境論の両面から考察を加えている。 第1章では,エドワード・レルフの「没場所性」の概念を概観し、現代社会における「場所」の凋落について論じる。場所の凋落に抗するには,場所への配慮が育まれなければならず,場所へのコミットメントを回復する必要がある。 第2章では,没場所性の拡大と場所の凋落に関する現代日本の事例として,郊外ロードサイドおよび「広告都市=渋谷」について論ずる。没場所性は,現代日本においてもはっきりと確認される事態だといえる。 第3章では,様々な論者の技術と社会の関係に関する議論を参照しつつ,近代の情報技術が,世界の均質化と没場所性の拡大に加担してきたことを確認する。と同時に,それは技術の使い方によるのであって,異なる技術の使い方のデザインが必要であることを述べる。 第4章では,場所を現象させる技術としてのメディア技術に関わる知覚論や知識論を検討し,環境と人間の絶えざるコミットメントの重要性を確認し,環境情報デザインモデル構築への準備を行う。空間と場所の違い,アフォーダンス,暗黙知,SECIモデル,ミメーシス理論などが議論の対象となる。 第5章では,環境情報デザインのモデルを説明する。それは,主体と環境との相互作用を通じて,環境の情報が段階的に変換されながら増幅され,コミュニティにおいてスパイラル状に「場所」が現象していくプロセスを方法論的にモデル化したものである。 第6章では,デジタルデータの表象システム,空間ディスプレイ,トポロジーモデル,世界モデルとしての(建築)などの論点から,建造環境と情報環境の様々な水準における関係性を述べる。 第7章では,21世紀における設計方法論の観点から,環境への積極的なコメットメントとしての人間-環境系における環境情報デザインの可能性について述べる。 第二部は実践編である。筆者が情報技術と場所との関係について実践してきたシステムデザインおよびフィールドワークについて述べる。 第8章において,第一部理論編での議論を整理したうえで,第二部を構成する各実践例と環境情報デザインモデルとの関係について整理する。 第9章「ワークプレイスとしての都市空間」研究では,モバイルPCをもって都市空間で作業を行う人々が,その場所をワークプレイスとして何に注目して評価するかを調査している。 第10章「リモートコラボレーションにおける位置情報の共有」では,互いの位置情報を共有する=コンテクスト・アウェアネスな情報システム"CAMS"を企画・設計・実装し,運用実験をおこなった結果について述べる。 第11章「時空間ポエマー」は、携帯電話からの位置情報付き写真投稿による地域情報共有およびその空間的展示のシステムである。運用実験においては、それぞれの場合の特性に応じたシステムの改変を行ってきている。モバイル情報端末を利用して、場所へのコミットメントを回復することの可能性について検討する。 第12章「携帯電話のまなざしについて」では,時空間ポエマーの運用実験の結果得られた写真の画像内容の分析を行い、ケータイ・カメラ特有の写真の構造について検討する。 第13章「ケータイ写真の時間と構図」では,ケータイのカメラで撮影される写真のモチーフや構図,撮影タイミングなどの分析を通じて,ケータイカメラという新しいデバイスの世代別性別々の利用状況等について予備的な考察を行っている。 以上,情報を環境のうちに適切に現勢化させることによって,人間のコミュニケーション能力を拡張し,人間一環境系における様々な情報のやり取りを可能にするようなデザイン行為として,「環境情報デザイン」の枠組みを提案している。 筆者は,建築・都市デザインの知識と経験をベースに,幅広い領域にまたがる資料を縦横に駆使して理論モデルを構築する一方,情報技術の進展がもたらす人々の行動の変化を敏感にとらえ,新たな行動を支援するシステムの設計・実装・運用実験を行うシステム・デザインを実践してきている。本論は,建造環境デザイン論と情報環境デザイン論を統一的な視野におさめて考察することで,環境情報デザインという新たなデザインの枠組みを提示することができた。 それゆえ,論文の成果は,デザインの問題が複雑かつ曖昧になる中で,産業構造に直結したデザインの対象によってデザイン行為を縦割りにしたままでは,適切な問題解決を行うことが難しくなってきている日本のデザイン方法論研究に対して様々な示唆を含んでいる。 以上のように,本研究は環境学,建築環境設計学の発展に寄与するところが多大である。よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/38118 |