学位論文要旨



No 216274
著者(漢字) 黒澤,修
著者(英字)
著者(カナ) クロサワ,オサム
標題(和) DNAの電気力学的操作法の開発と遺伝子解析への応用
標題(洋)
報告番号 216274
報告番号 乙16274
学位授与日 2005.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16274号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鷲津,正夫
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 講師 小穴,英廣
 大阪大学 教授 福井,希一
内容要旨 要旨を表示する

微細加工技術と電気力学的効果の組み合わせにより,DNA分子を微細構造中の指定位置に伸長固定する技術の開発を行い,その応用,特に,伸長DNAの指定位置を切り出して増幅する「モレキュラーサージェリー」に基づいたDNA解析の手法の開発を行った。得られた成果は,以下に要約される。

高周波・高電界中におけるDNA分子の挙動を明らかにし,電気力学的効果を用いたDNAの伸長固定の手法の開発を行った。

1) 熱運動によりランダムコイル状の形状をとっている溶液中のDNA分子に,1 MHz,1 MVp/m程度の高周波・高電界を印加すると,電界と平行に配向し,構造定数 1μm/3kbpで決まる長さまで伸長することを発見した。

2) 薄膜電極の作る不平等電界を用れば,伸長したDNAを誘電泳動により駆動し,多数のDNAを各分子の一端が電極エッジに接する形で配向配列することができることを見出した。

3) 電極材料としてアルミニウムを用いれば,電極エッジに接した分子端が永久的に固定されることを見出した。

4) 伸長配向DNAの固定方法として,a) 2価の正イオンの架橋効果により,電極エッジに伸長配列固定したDNA分子を,ガラス基板上に全体固定する方法,b) 電極エッジに伸長配列固定したDNAを流れにより電極面側に反転させ,電極面(金属面)上に全体固定する方法,c) 電極間に分子パターニングを施すことにより,電極エッジに伸長配列固定したDNA分子を多点固定する方法,などを開発した。

5) 励起電極間においた電源に接続されない浮動電位(フローティングポテンシャル)電極を用いると,溶液の対流を生じずに溶液中に高電界を印加できることを発見し,DNA分子よりもわずかに狭いギャップを持つフローティングポテンシャル電極系を用いて,電極間を橋絡した形でDNA分子の両端を固定できることを示した。さらに,伸長固定されたDNAと外来分子との自由な相互作用を保証するため,電極間をエッチングで掘り下げることにより,DNAが固体表面と接することなく電極間に懸架される,DNA High-Wire Systemを開発した。

このようなDNAの伸長固定技術は,空間分解能を持ったDNA関連解析の基本技術として,以下で述べるような様々な応用への道を開いた。

電気力学的効果により,電極エッジに伸長配列固定したDNA分子が,DNAの物理長(1μm/3kb)で決まる長さまで伸長することを利用したDNA解析技術について開発を行った。

  本研究で開発した手法によりDNA分子の一端を電極エッジに揃えて伸長配列できることを利用して,DNAの分子量分布を測定する方法を開発した。すなわち,試料を蛍光染色して電極エッジに伸長配列固定し,その蛍光強度分布を電極エッジからの位置の関数として測定すれば,DNAの分子量分布が得られる。この手法によれば,数キロベース以上のDNAの分子量の測定を,従来のゲル電気泳動法やパルス電気泳動法に比べ,はるかに簡便に行うことができる。また,この手法が,制限酵素の制限部位の検出手法として,あるいはDNAを末端から消化するエクソヌクレアーゼの活性測定の手法としても利用可能であることを実験的に示した。

電極エッジに伸長配列固定したDNA分子を,物理的手法を用いて,位置を指定して切断・加工を施す手法(モレキュラーサージェリー)につき開発を行った。

1) 電極エッジに伸長配列固定したDNA分子に,集光した紫外線レーザーを照射することで,DNA上の任意部位を光学分解能の範囲内の精度で瞬時に切断することができることを示した。

2) 2価イオンによるイオン架橋効果を用いて固定した伸長DNAを,AFM探針で物理的に切断することができることを示した。

伸長配列固定したDNA分子を,狙った位置で切断・回収して配列解析を行うという,モレキュラーサージェリーに基づくDNAの配列解析法を提案し,そのための要素技術の開発を行った。

1) 犠牲層,キャリア層および電極からなるマイクロデバイスを用い,a) この上に伸長固定したDNAの狙いの部分をAFMの探針を用いてキャリア層ごと切断し,b) 犠牲層を溶解することによりDNA断片をキャリア層に固定されたまま回収し,c) キャリア層を溶解することによりDNA断片を試験管に回収し,d) DNA断片の両端に短いオリゴヌクレオチド(アダプター)を付加し,e) アダプター上の配列をもとにPCR増幅する,というモレキュラーサージェリーに基づくDNAの配列解析法を考案し,その各プロセスの収率を定量的に評価した。

2) キャリア層を用いることにより,切断したDNAを損失なく回収することができることを示した。

3) 蛍光染色による可視化観察がDNAの分子損傷の原因となることを見出した。これを防ぐため,DNAの両末端のみを蛍光標識する方法を開発し,この方法を用いれば分子損傷なくDNAの切断回収が行えることを示した。

4) AFM探針による切断は,DNAに分子損傷を与えること,この切断端の損傷は,T4DNAポリメラーゼでは修復処理できないことが判明した。

5) 切断端の損傷を制限酵素で除去する手法を考案し,これを用いれば,切断回収したDNA断片の約10 %を増幅することができることを実証した。

以上の結果より,DNAを末端から順次切断・回収し,回収した断片の配列解析を行うことで,もとのDNA上の位置がわかった状態での配列解析が可能になることが実証された。この手法によれば,従来のショットガン法で必要とされる再構築の煩雑さをともなわない,効率的な解析が実現可能と期待される。

本研究で開発したDNAの電気力学的操作法を基本技術として,筆者との共同研究として行われた発展的研究に関してまとめた。

1) 伸長固定DNAのAFM観察:基板上に全体固定したλDNAを,AFMで直接観察した。その結果,電極エッジに配列固定されたDNAの密度が,6-7 本/μmであることを明らかにした。また,引き伸ばしたDNAを観察することで,DNA上での結合タンパクの位置を特定できることを示した。

2) DNAの静電操作法用いたAFM探針へのDNA固定:電極エッジに片端固定したDNA分子のもう一方の末端をAFM探針の先端に捕まえることで,DNA1分子レベルでの操作が可能であることを示した。

3) RNAポリメラーゼ等DNA結合タンパクとDNAとの相互作用観察:DNA High-Wire Systemにより,DNA結合タンパクのDNA上での1分子ダイナミクスの直接観察を実現した。その結果,DNA上の特定の配列を認識するタンパクは,DNAに結合した後,DNA上を一次元拡散(滑り運動)して特定の配列を探し出し,結合することを明らかにした。

4) 酵素固定化微粒子によるDNAのモレキュラーサージェリー:電極エッジに両端固定したDNAを,酵素固定化プローブを用いて,場所を指定して酵素的に切断できることを示した。

5) DNAの相補性による自己組織化を利用したナノ構造の構築:自己組織化を利用したナノ構造の構築のための土台として伸長固定した1本鎖DNAを用いる手法を提案し,電気力学的手法により1本鎖DNAのHigh-Wire Systemを構築できることを示した。

これらの研究を通じ,DNAの電気力学的な分子操作の方法を確立するとともに,その応用が開発された。この技術は,DNAの配列解析・オプティカルマッピング・DNA/タンパク相互作用の解析・DNAをもとにした分子組立や分子エレクトロニクス素子の構築など,いわゆるDNAのバイオナノテクノロジーの基本技術として,今後の広範囲な発展・応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,微細加工技術と電気力学的効果の組み合わせにより,DNA分子を微細構造中の指定位置に伸長固定する技術の開発を行い,その応用として,特に,伸長DNAの指定位置を切り出して増幅する「モレキュラーサージェリー」に基づいたDNA解析を実現するために行った研究開発の結果をまとめたものである。

第1章では,序論として,本研究の背景,従来の研究,目的を述べている。

第2章では,電気力学的効果を用いた分子操作の一般的な原理と,対象をDNAに特定した場合の原理につき述べている。

第3章においては,高周波・高電界中におけるDNA分子の挙動を明らかにし,電気力学的効果を用いたDNAの伸長固定の手法の開発を行っている。具体的には,1) 1 MHz,1 MVp/m程度の高周波・高電界の印加により,DNA分子を,電界と平行に配向させ,構造定数 1μm/3kbpで決まる長さまで伸長できること,2) 薄膜電極の作る不平等電界を用いれば,伸長したDNAを誘電泳動により駆動し,多数のDNA分子を電極エッジに配向配列することができること,3) 電極材料としてアルミニウムを用いれば,電極エッジに接した分子端を永久的に固定することができること,4) 伸長配向DNAを基板上に固定する方法として,a) 2価の正イオンの架橋効果で,ガラス基板上に全体固定する方法,b) 電極エッジに伸長配列固定したDNAを流れにより電極面側に反転させ,電極面(金属面)上に全体固定する方法,c) 電極間に分子パターニングを施して,DNA分子を多点で固定する方法,5) DNA分子よりもわずかに狭いギャップを持つフローティングポテンシャル電極系を用いて,電極間を橋絡した形でDNA分子の両端を固定する,DNA High-Wire Systemの開発,などを示している。

第4章では,本研究で開発した手法で,電極エッジに一端を揃えて伸長配列したDNA分子の長さを直接測定することにより,数キロベース以上のDNAの分子量の測定を,従来のゲル電気泳動法やパルス電気泳動法に比べ,はるかに簡便に行うことができること,および,DNAを末端から消化するエクソヌクレアーゼの活性測定を簡便に行うことができることを示している。

第5章においては,電極エッジに伸長配列固定したDNA分子を,物理的手法を用いて,位置を指定して切断・加工を施す手法(モレキュラーサージェリー)として,集光した紫外線レーザーを照射することで,DNA上の任意部位を光学分解能の範囲内の精度で瞬時に切断することができること,および,AFM探針で物理的に切断することができることを示している。

第6章においては,伸長配列固定したDNA分子を,狙った位置で切断・回収して配列解析を行うという,モレキュラーサージェリーに基づくDNAの配列解析法を提案し,そのための要素技術の開発を行っている。具体的には,基板上に伸長固定したDNAの任意部位をAFM探針で物理的に切断した後,切断したDNA断片を効率的に回収するため,犠牲層,キャリア層および電極からなるマイクロデバイスを開発し,基板上で切断したDNA断片を損失なく回収できることを実験的に示している。また,回収したDNA断片の両末端にアダプターと呼ばれる既知配列のオリゴヌクレオチドを付加しPCR増幅するため,切断端の損傷を制限酵素で除去する手法を考案し,これにより,切断回収したDNA断片の約10 %を増幅できることを実験的に明らかにしている。

以上の結果は,DNAを末端から順次切断し,回収した断片を,もとのDNA上の位置情報を保存したままで配列解析をするといった,順次的配列解析が実現可能であることを示しているといえる。

第7章においては,本研究で開発したDNAの電気力学的操作法を基本技術として,筆者との共同研究として行われた発展的研究に関してまとめられている。具体的には,以下の結果が示されている。1)基板上に全体固定したλDNAのAFMでの直接観察による伸長固定DNAの密度測定。2)電極エッジに片端固定したDNA分子のもう一方の末端をAFM探針の先端に捕まえることによる,DNA1分子レベルでの操作。3)DNA High-Wire Systemを用いた,DNA結合タンパクのDNA上での1分子ダイナミクスの直接観察。4)DNA High-Wire Systemと酵素固定化プローブとの組み合わせによる,場所を指定したDNAの分子切断。5)電気力学的手法による1本鎖DNAのHigh-Wire Systemの構築。

これらの研究を通じ,DNAの電気力学的な分子操作の方法を確立するとともに,その応用が開発された。この技術は,DNAの配列解析・オプティカルマッピング・DNA/タンパク相互作用の解析・DNAをもとにした分子組立や分子エレクトロニクス素子の構築など,いわゆるDNAのバイオナノテクノロジーの基本技術として,今後の広範囲な発展・応用が期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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