学位論文要旨



No 216275
著者(漢字) 下畑,賢司
著者(英字)
著者(カナ) シモハタ,ケンジ
標題(和) 常電導転移型高温超電導薄膜限流素子の大電流化に関する研究
標題(洋)
報告番号 216275
報告番号 乙16275
学位授与日 2005.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16275号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 小田,哲志
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

限流器は、通常時は低インピーダンスで系統に影響を与えず、電力系統の事故時はインピーダンスが増加し短絡電流を抑制する機器である。このため、短絡電流の増加による遮断器リプレースのみならず、従来困難であった系統連係への適用,超電導ケーブルの保護用など電力系統への導入効果が検討されている。

超電導材料は、ある電流までは超低損失で電流を流せ、ある電流を超えると抵抗を発生する。このため、超電導材を限流器に適用すると、理想的な限流器となり得、しかも無制御で動作する特徴がある。電力機器に適用可能な限流素子には、kA級の電流容量、kV級の耐電圧が要求されるため、大容量の限流素子を開発する必要がある。また、限流素子には、事故時に限流器として動作するのみならず、定常時には低損失で安定に通電できることが要求される。

本論文は、高温超電導薄膜の常電導転移を利用した抵抗型限流素子において、電流容量の増大に関する研究開発をまとめたものであり、次の5点を主要な研究課題とした。1)限流エレメントの特性把握、2)限流器のシミュレーション法の検証、3)限流器の基本設計のための検討、4)限流ユニットの試験および評価、5)これらの成果を設計への反映させた1.2 kA限流ユニットの実証。各研究課題の目的および成果を以下に示す。

1)限流エレメントの特性評価

電力機器に適用可能な電流容量がkA級の限流素子の実現には、1枚の超電導膜からなる限流エレメントを直並列に接続して大容量化する必要があるが、そのためには、まず限流エレメントの特性を最大限発揮させることが重要である。限流エレメントの特性は、限流エレメントの電流−電界特性と密接に関係するため、定常時の典型的電界μV/cmから、限流動作時の典型的電界V/cmレベルの広範囲の特性を検討した。さらに、抵抗率の極めて小さい限流エレメントに交流を通電すると、限流エレメントの幅方向に大きな偏流が発生することが予想される。このため、複数の磁場センサで限流エレメント表面の磁界分布を測定し、これから限流エレメント幅方向の電流分布を計算する方法を提案し、幅方向の電流分布を検討した。これらの知見を基本とし、限流エレメントにおいて、定常時の連続通電特性、定格電流を投入する際に直流分が重畳した場合の投入特性、系統事故時の限流動作、事故後の超電導復帰特性の検討を行い、以下の成果が得られた。

Icの1.3倍程度以下の電流では、幅方向の電流は偏流するが、それ以上の電流では電流分布は一様である。事故時に限流器として動作を開始する電流はIcの2〜3倍程度であるので、この場合の限流エレメントの電流分布は均一とみなせる。

定格電流とIcの関係は、Icの1.3倍程度の交流ピーク電流を連続通電してもクエンチしないが、投入可能な電流は突入時のクエンチで制限され、ほぼIcに等しい。

事故時の限流特性では、金保護膜の厚みやバイパス抵抗の併用などで限流時のインピーダンスを調整し、限流初期の電流オーバシュート量の制御することで、均一クエンチが達成できる。また、限流時の印加可能電圧は、限流動作継続時間3サイクルの条件で20 V/cmであり、最高許容温度は約500 Kである。

事故後の復帰特性では、限流エレメント長手方向の端部から中央部の順に超電導復帰した。300 Kからの超電導復帰時間は、長さ10 cmの限流エレメントで3秒程度である。

2)限流器のシミュレーション法の確立

限流器は新しい電力機器であり、特に超電導限流器では実用化に近い規模の試作は行われていない。このため、高温超電導薄膜を用いた常電導転移型超電導限流器の全体イメージを把握し、利点・開発課題を明確にすることが重要であり、このためにはシミュレーションが有効である。このため、系統に流れる電流と限流素子の温度上昇などを、電気回路と熱の連成解析により計算する限流器シミュレーション法の確立を行った。

シミュレーション結果と、限流エレメントの試験結果を比較することにより、連続通電時の検討、限流初期のクエンチ挙動の詳細検討、限流動作継続中の検討、および限流動作後の復帰特性の検討と、限流器としての一連の動作シミュレーションが可能であることを示し、限流器の設計ツールとして活用できることを確認した。

3)常電導転移型高温超電導薄膜限流器の基本設計のための考察

限流器の全体イメージを把握し、利点・開発課題を明確にすることを目的とし、シミュレーションにより超電導限流器の基本設計のための考察を行った。最初に、最も実用化が近いと考えられる7 万V級系統への適用を例に、限流素子とバイパスリアクトルを並列に接続した限流システムの検討を行った。ここでは、限流器導入前に対する事故電流抑制効果や限流素子部に流れる電流の遮断時間が、限流素子仕様に与える影響を調査した。次に、限流エレメントを並列に接続した限流ユニットでは、限流エレメント間の偏流を防止することが重要と考えられるため、限流エレメントの配置が、電流分布、通電損失および常電導転移特性に及ぼす影響を検討した。さらに、限流素子に用いる限流エレメントの枚数低減のためには、その仕様を最適化する必要がある。このため、限流エレメントの金保護膜厚、基板材料および厚み、超電導特性など限流エレメント仕様と限流特性の関係を検討し、限流動作時の常電導転移挙動、温度上昇や熱歪の検討を行った。これらから、以下の成果が得られた。

限流システムでは、限流素子の単位長さあたりの印加電圧が重要な指標であり、限流リアクトルの有無などシステム構成に依存せず、限流素子への通電時間に依存する。通電時間が1サイクルで30 V/cm、3サイクルで20 V/cm、7サイクルで12 V/cm程度である。

限流動作後の復帰時間は数秒であり、限流動作開始電流はIcの2〜3倍の範囲である。

限流ユニットの限流エレメント配置として、対称配置のため電流分布を均一化でき、損失が低減できる多角形配置を提案した。

限流ユニットでは、各限流エレメントのIcにばらつきがある場合でも、また各限流エレメントに偏流がある場合でも、ほぼ同時にクエンチを開始する知見を得た。

限流開始時の均一クエンチと、限流動作中の温度上昇から、限流抵抗を決める金保護膜の厚みには、最適な値が存在する。

局所的にIcの劣化があっても、それが分散していれば過度の温度上昇には至らないが、劣化が局所的な場合クエンチの発生も局所的となり、過度に温度上昇する。

熱伝導率の高いサファイア基板に成膜した限流エレメントでは、熱応力による基板の破断は発生ぜず、最高温度が限流エレメントの設計指標である。

4)限流エレメントを並列接続した限流ユニットの開発

限流エレメントを並列接続した限流ユニットについて、素子配置と電流分布が、通電損失や限流特性に与える影響に着目し、以下の成果が得られた。

限流ユニットのIc程度の電流を連続通電した結果、多角形配置した素子では電流分布は均一であり損失は小さいが、平面配置では端部の限流エレメントに多くの電流が流れ、大きな損失が発生する。これから、限流ユニットにおいて限流エレメントの多角形配置が有効である。

平面配置で電流が不均一な場合でも、損失は大きいものの、Ic程度の電流を投入および連続通電可能である。

限流ユニットでは限流開始時に電流再配分し、これはクエンチを加速する。また、素子抵抗が大きい場合、電流振動により大きな熱ショックが発生し、素子が損傷する。さらに、限流特性は多角形配置や平面配置の素子配置に依存しない。

5)1.2 kA限流ユニットの開発

kA級限流ユニットを実現するためには、限流エレメントを並列に接続して電流容量を増加するとともに、並列数低減のため幅の広い限流エレメントを用いることが望ましい。このため、1.2 kA限流ユニットで用いる幅広の限流エレメントにおいて、連続通電特性および限流特性の検討を行った。次に、幅広の限流エレメントを並列接続した1.2 kA限流ユニットの、限流エレメントの仕様や並列数の見直しを行った後、1.2 kA限流ユニットの定格電流の投入特性と連続通電特性、および限流特性の検討を行い、以下の成果が得られた。

幅広の限流エレメントの特性は、通電損失が幅の増加とともに増加するが、限流特性は均一にクエンチして、限流動作開始時に幅方向に電流が振動する。

1.2 kA限流ユニットにおいて、ユニット外の磁界の影響により電流偏流が現れるので、電流の戻り部などを含めて対称配置する必要があるが、電流偏流がある場合でも1.2 kAの連続通電が可能であった。限流動作時は、限流エレメントが均一にクエンチし、設計通りの性能を発揮した。

これらをまとめると、限流エレメントの限流素子としての基礎特性を把握し、その結果を基に限流器のシミュレーション法を確立できた。また、限流器のシステム設計の検討では、限流器の全体像を明らかにして利点や新たな課題が抽出できた。さらに、限流ユニットの電流容量の増大に必要な並列接続技術を確立でき、これらの成果を1.2 kAの電流容量を有する限流ユニットにおいて検証し、常電導転移型高温超電導薄膜限流器の大電流化に向けて、大きな前進が出来た。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「常電導転移型高温超電導薄膜限流素子の大電流化に関する研究」と題し, イットリウム系超電導薄膜を用い,限流器としての要求事項である大電流化に関して,薄膜である限流エレメントの特性評価,特性解析のためのシミュレーション法の確立,限流器の基本設計法の提案,限流エレメントの並列接続法とその特性評価を行い,実用化の一里塚である1.2kA限流素子を開発に成功したことをまとめたものであり,7章から構成される.

第1章は序論で,超電導限流器の種類・特徴,常電導転移型超電導薄膜素子に関する研究の意義・背景を示し,この研究の目的と内容について述べている.

第2章は「限流エレメントの特性評価」と題し,1枚の薄膜からなる限流エレメントに対して,幅方向の電流分布特性試験法等を提案し,定常連続通電特性,直流重畳電流特性,限流動作特性,限流後の超電導復帰特性を実験的に示している.

第3章は「限流器のシミュレーション法の確立」と題し,限流器動作の特性把握のための電気回路と熱の連成解析による限流器シミュレーション法を提案し,第2章における実験結果と比較検証し,シミュレーション法の妥当性を示している.

第4章は「常電導転移型高温薄膜限流器の基本設計のための考察」と題し,実用化の最短目標である7万kV級電力系統への適用を例として要求仕様を明確にし,シミュレーションを用いて基本設計に関して考察すると共に,数百A級の薄膜素子の並列化による特性評価を行い,多角形形状の並列構造を提案し,具体的な設計例を示している.

第5章は「限流エレメントを並列接続した限流ユニットの開発」と題し,前章での検討結果を実験的に検証すると共に素子配置と電流分布が通電損失と限流特性に与える影響に関しての考察を述べている.

第6章は「1.2kA限流ユニットの開発」と題し,限流エレメントの多角形配置並列接続の限流特性を実験的に考察し,その電流リードの配置などを含めたシステムを開発し,短絡電流を8kAから0.8kAに限流できることを検証し,この研究を所望の目的を達成できたことを示している.

第7章は「本研究の結論と実用化に関する課題」と題し,本研究の総括を述べると共に実用化への課題と展望について述べている.

以上これを要するに,本論文は常電導転移型高温超電導限流素子の大電流化を目的に,超電導薄膜1枚の限流動作の特性実験法の提案とその実験結果をもとに解析のためのシミュレーション法を確立し,さらに多角形配置並列による大電流化を提案し,実用化の一つの指針である1.2kA限流ユニットを設計・製作・限流動作実証試験を通して,実験的にも理論的にも高温超電導薄膜限流器実用化の道を大きく開発したものであり,電気工学,超電導工学,電力系統機器学に貢献するところが多い.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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