学位論文要旨



No 216277
著者(漢字) 栗林,志頭真
著者(英字)
著者(カナ) クリバヤシ,シズマ
標題(和) ダイオキシン前駆体のリアルタイムオンライン計測技術の研究とダイオキシン類直接計測への応用
標題(洋)
報告番号 216277
報告番号 乙16277
学位授与日 2005.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16277号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,光男
 工学院大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 助教授 新井,充
内容要旨 要旨を表示する

ダイオキシン類polychlorinated dibenzo-p-dioxins/furans (PCDD/Fs) 及びその前駆体は深刻な環境汚染を引き起こすものとして社会的問題となっている。大気中への排出量の40%近くがごみ燃焼炉からのもので、燃焼排ガス中のPCDD/Fs 及びその前駆体の発生は、通常は燃焼状態に起因しており、燃焼を安定にする制御システムが必要である。そのため、信頼性のあるオンラインのリアルタイムモニターが求められている。

本論文は、ごみ焼却炉燃焼排ガス中の有害物質であるダイオキシン類およびその前駆体を短時間でオンライン検出する高感度で実用的な計測装置を開発する目的で、真空紫外1光子イオン化法を行うマイクロ波励起真空紫外光ランプと、目的イオンを選択的に蓄積するイオントラップ及び飛行時間型質量分析器とで構成される分析装置に関する開発研究の成果をまとめたもので、5章からなっている。

第1章は序論で、燃焼炉内のダイオキシン類濃度の指標として、従来のCOモニターに替えて、ダイオキシン前駆体をリアルタイムに計測することが必要であることを述べている。現在、実際のごみ焼却炉ではCO,NOなどの濃度をモニターして燃焼状態のコントロールを行っている。特にCO濃度は、不完全燃焼の指標であり、CO濃度が高く、PCDD/Fs及びその前駆体の濃度が高い領域ではよい指標とされてきた。しかし最近の高温燃焼の炉ではCO濃度およびPCDD/Fsの濃度が低く、CO濃度とPCDD/Fs濃度との相関が低いことが知られている。一方ダイオキシン前駆体濃度はそのような低濃度領域でもPCDD/Fs濃度とよい相関がある。

Fig.1にごみ焼却炉で見られる燃焼排ガス中各種成分の濃度範囲の比較を示す。CO濃度はppm(parts per million)以上であるのに対し、ダイオキシン類は0.1~100ppq(parts per quadrillion)であり、約9桁の差がある。一方ダイオキシン前駆体濃度は一般にPCDD/Fs濃度の数100倍多い10ppt(parts per trillion)~1ppb(parts per billion)程度なので、CO濃度でダイオキシン類の濃度を推定するよりも容易と考えられる。また濃度がPCDD/Fs濃度に比べ3桁多いので、計測自体もPCDD/Fs濃度の計測より容易である。従って、リアルタイムモニタリングする対象としては、ダイオキシン前駆体が有力で、ダイオキシン類濃度と相関がよく、ダイオキシン類よりも3桁程度高濃度なトリクロロベンゼン(T3CB)を指標とした。

本研究の主目的はごみ焼却プラントで実用できる、堅牢でかつ高感度なリアルタイムオンライン計測装置の開発であり、既往の研究をまとめた上で、開発する計測装置としては真空紫外1光子イオン化方式(VUV Single Photon Ionization)が有力であることを、他方式との比較で示した。

第2章では本研究で試作した真空紫外光イオン化イオントラップ付飛行時間型質量分析装置(VUV-SPI-IT-TOFMS)の詳細を述べている。Fig.2に装置の構成を示す。塩素数が多いダイオキシン類および前駆体を効率よくイオン化できる1光子イオン化法の光源として、水素のLymanα線(10.2eV)を発光する堅牢で実用的なμ波励起真空紫外光ランプを選定した。従来長時間の連続使用が難しかった真空紫外光透過窓(MgF2レンズ)の劣化を防ぐため、OHラジカルによるクリーニング法を開発して長寿命化を実現した。また、高感度化のために四重極型イオントラップ(Quadrupole IT)を採用し、IT内での目的分子の選択的蓄積法として、目的イオンと違う質量をもつイオンをnotched SWIFT法によって消滅する条件と、中性分子との頻繁な衝突を誘起してフラグメント化をすすめて同質量の夾雑物イオンとの分離を行うtickle法の条件とを実験的に把握した。なお、ITで選択的蓄積されたイオンは高分解能なReflectron型飛行時間型質量分析器(TOFMS)で検出される構成である。

以上の結果から、夾雑物の多い実排ガス計測においても高感度化に分析できる要素技術での目処を得た。

第3章では、前章で試作したVUV-SPI-IT-TOFMS装置を用いて、ダイオキシン前駆体(T3CB)計測時の最小検知感度と、実際のごみ焼却炉での実排ガス計測の試験結果について述べている。T3CBの標準ガスを用いて検量線を作成し、最小検知感度として10pptv(18秒間)を得ている。また実排ガス計測では、ガ標準スでは見られなかった新しいフラグメントの発生を観察した。新たに生じたこれらのフラグメントは、排ガス中に存在する10-20%のH2Oの影響で標準ガスで得られるフラグメントから派生したものであることを実験的に示した。これにより、実排ガスでも計測感度の低下がなく使用できる計測技術を確立できた。

また、本装置は、実用中のごみ焼却炉で引き続き行った7ヶ月間の長時間フィールド試験で耐久性、実用性等を検証できた。

なおこれらの結果は、公表されている他のオンラインリアルタイム計測結果と比較すると、実用性、感度の高さの点で世界最高レベルの性能である。

第4章では、前章で性能を確認した本装置をダイオキシン類の直接計測に適用した研究結果を述べている。ダイオキシン類は16の同族体から成っていて全てを計測するには長時間かかるので、ダイオキシン毒性等量との相関が高いP5CDF同族体に的を絞った。試作した計測システムは自動濃縮システムおよびGC装置と本装置との組み合わせで構成されており、標準試料により検量線を作成して最小検知感度を求めたところ、1pgであった。

本システムを実用中のごみ焼却炉で試験し、検出間隔が2~6時間で連続的に高感度なオンライン検出ができることを確認した。また、引き続き行った7ヶ月に及ぶ長時間フィールド試験で耐久性、実用性等を検証できた。

第5章は研究の総括であり、試作及び試験により得られた知見と未解決の問題点を整理し、今後の展望について述べている。ごみ焼却炉燃焼過程で、ダイオキシン前駆体発生をリアルタイムでオンライン計測し、最適な燃焼条件を把握することが重要で、それによりダイオキシン類の生成を抑制できる可能性がある。そのためのリアルタイムオンライン計測装置は本研究で開発できた。

また、本研究の成果を使って、ごみ焼却炉から排出されるダイオキシン類量を短時間でオンライン観測するシステムを開発した。その結果、今後の検出感度の向上によって、ダイオキシン類排出量の常時監視が実現する可能性を示すことができた。

Fig.1 Typical distribution of concentrations of dioxins and the precursors in a

Fig.2 Schematic drawing of the VUV-SPI-IT-TOFMS.

Fig.3 Ion signal intensities versus concentrations of T3CB standard gas

Fig.4 Comparison between the concentration of T3CB by VUV-SPI-IT-TOFMS and by conventional measuring method (GC/MS)

Fig.5 Ion signal intensities versus concentrations of P5CDF.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「ダイオキシン前駆体のリアルタイムオンライン計測技術の研究とダイオキシン類直接計測への応用」と題し、ごみ焼却炉燃焼排ガス中の有害物質であるダイオキシン類およびその前駆体を短時間でオンライン検出する高感度で実用的な計測装置を開発する目的で、真空紫外1光子イオン化法を行うマイクロ波励起真空紫外光ランプと、目的イオンを選択的に蓄積するイオントラップ及び飛行時間型質量分析器とで構成される分析装置に関する開発研究の成果をまとめたもので、5章からなっている。

第1章は序論で、ごみ焼却炉のダイオキシン類の大気排出量を抑制するには、燃焼炉内のダイオキシン類濃度の指標として、従来のCOモニターに替えて、より近い濃度のダイオキシン前駆体をリアルタイムに計測することが必要であることを指摘している。ダイオキシン類の濃度は極めて微量なためリアルタイムに直接計測することは難しい。そのためダイオキシン類濃度と相関がよく、ダイオキシン類よりも3桁程度高濃度なトリクロロベンゼン(TCB)を指標としたと説明している。その上で、ごみ焼却プラントで実用化するには、堅牢でかつ高感度なリアルタイムオンライン計測装置の開発が必要で、本研究の主目的であるとしている。また、既往の研究をまとめた上で、開発する計測装置としては、真空紫外1光子イオン化方式(VUV Single Photon Ionization)が有力であるとしている。

第2章では本研究で試作した真空紫外光イオン化イオントラップ付飛行時間型質量分析装置(VUV-SPI-IT-TOFMS)の詳細が述べられている。塩素数が多いダイオキシン類および前駆体を効率よくイオン化できる1光子イオン化法の光源として、水素のLymanα線(10.2eV)を発光する堅牢で実用的なマイクロ波励起真空紫外光ランプを選定している。従来長時間の連続使用が難しかった真空紫外光透過窓(MgF2レンズ)の劣化を防ぐため、OHラジカルによるクリーニング法を開発して長寿命化を実現している。また、高感度化のために四重極型イオントラップ(Quadrupole IT)を採用し、イオントラップ内での目的分子の選択的蓄積法として、notched SWIFT法による目的イオンと違う質量をもつイオンの消滅条件と、中性分子との頻繁な衝突を誘起してフラグメント化をすすめ、同質量の夾雑物イオンとの分離を行うtickle法の条件を実験的に把握している。なお、イオントラップで選択的蓄積されたイオンは高分解能なReflectron型飛行時間型質量分析器(TOFMS)で検出される構成としている。これらの結果から、夾雑物の多い実排ガス計測においても高感度に分析できる目処を得たとしている。

第3章では、第2章で試作したVUV-SPI-IT-TOFMS装置を用いて、ダイオキシン前駆体(TCB)計測時の最小検知感度と、実際のごみ焼却炉での実排ガス計測の試験結果について述べている。TCBの標準ガスを用いて検量線を作成し、最小検知感度として10pptv(18秒間)を得ている。また実排ガス計測では、標準ガスでは見られなかった新しいフラグメントの発生を観察している。これらの新たに生じたフラグメントは、排ガス中に存在する10-20%のH2Oの影響で標準ガスにより得られるフラグメントから派生したものであることを実験的に示している。これにより、実排ガスでも計測感度の低下がなく使用できる計測技術を確立したと結論付けている。また、本装置は、実用中のごみ焼却炉で引き続き行った7ヶ月に及ぶ長時間フィールド試験で耐久性、実用性等を検証できたとしている。なおこの結果は、公表されている他のオンラインリアルタイム計測結果と比較すると、実用性、感度の高さの点で世界最高レベルである。

第4章では、第3章で性能を確認した本装置をダイオキシン類の直接計測に適用した研究結果が述べられている。ダイオキシン類は16の同族体から成っていて全てを計測するには長時間かかるので、ダイオキシン毒性等量との相関が高い同族体に的を絞ったと説明している。試作した計測システムは自動濃縮システムおよびガスクロ装置と本装置との組み合わせで構成されており、標準試料により検量線を作成して最小検知感度を求め、1pgであるとしている。本システムを実用中のごみ焼却炉で試験し、検出間隔が2~6時間で連続的に高感度なオンライン検出ができることを確認している。また、引き続き行った7ヶ月に及ぶ長時間フィールド試験で耐久性、実用性等を検証できたとしている。

第5章は研究の総括であり、試作及び試験により得られた知見と未解決の問題点を整理し、今後の展望について述べている。ごみ焼却炉燃焼過程でのダイオキシン前駆体発生をリアルタイムでオンライン計測し、最適な燃焼条件を把握することによりダイオキシン類生成の抑制に結びつけることが重要であるとしている。また、ごみ焼却炉から排出されるダイオキシン類の量を常時観測するにはシステムの更なる短時間化が重要であるとしている。

以上要するに、本論文はごみ焼却炉等の夾雑物の多い系での極微量の有害物質の計測方法に関して、従来法を凌駕する実用的で高感度な計測技術を加えるものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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