学位論文要旨



No 216279
著者(漢字) 宮澤,泰正
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザワ,ヤスマサ
標題(和) 渦活動による黒潮流路変動とその予測可能性
標題(洋) Kuroshio path variations due to meso-scale eddies and their predictability
報告番号 216279
報告番号 乙16279
学位授与日 2005.06.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16279号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 川辺,正樹
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 教授 山形,俊男
内容要旨 要旨を表示する

日本南岸を流れる黒潮は,大蛇行流路,非大蛇行接岸流路,非大蛇行離岸流路という3種類の安定した流路をとることが知られている。近年,人口衛星などの観測手段の発達や数値モデリングの進展により中規模渦と黒潮流路変動との関連が示唆されているが,渦解像の海洋大循環モデルを用いて中規模渦と黒潮流路変動の双方が現実的に表現された例は従来無かった。本論文では,高解像度(水平1/12度格子)の海洋大循環モデルを人工衛星観測等から得られた現実的な外力で駆動することにより,中規模渦活動と黒潮流路変動との相互作用をモデル内で表現できることを示した。さらに,開発した海洋大循環モデルにデータ同化とアンサンブル予測手法を適用し,1999年に生じた現実の黒潮流路変動の予測可能性について中規模渦との相互作用の観点から明らかにした。

最初に,1992年から1998年までの外力を用いて海洋大循環シミュレーションを行った。7年間の平均的な黒潮流路は非大蛇行接岸流路であったが,非大蛇行離岸流路への遷移も見られた。非大蛇行離岸流路は黒潮と高気圧性渦との相互作用によって生じることがわかった。さらに,一時大蛇行に似た流路も生じた。大蛇行的な流路は高気圧性の黒潮再循環が著しく強化された後に生じた。黒潮の再循環は,上流域から高気圧性渦が連続的に再循環域に進入し合体することによって強化される。これらの高気圧性渦がルソン島の北東海域から黒潮によって移流される過程で上流域の黒潮流量が経年的に増加する。一方,黒潮続流域域から伝播する低気圧性渦は黒潮の蛇行と合体し切離することによって蛇行の振幅を弱めその消滅に寄与することもわかった。

以上の結果は,日本南岸の黒潮流路変動が亜熱帯循環系における中規模渦活動と密接に関係していることを示唆している。特に,中規模渦活動を媒介として黒潮再循環が強化されたときに大蛇行的な流路が発生したことは興味深く,黒潮大蛇行発生の予測可能性を考える上で重要な示唆を与える。ただし,シミュレーションで表現された大蛇行的な流路は持続時間が1年に満たず不安定であり厳密な意味で大蛇行流路であるとは言えず,大蛇行流路が安定して持続する状態の再現には至らなかった。

流路の変動には中規模渦と黒潮の非線形な相互作用が大きく影響するので,現実の流路変動を正確に予測するためにはデータ同化により正確に初期状態を推定しその後の時間発展を予測することが必要になる。そこで,同じ海洋大循環モデルを用い現実の黒潮蛇行の予測可能性について調べるために,データ同化手法を適用し予測実験を行った。海面高度データを40日間モデルに同化することによって1999年の9月7日の初期値を作成しハインドキャスト実験を行った結果,1999年11月に生じた黒潮蛇行を再現することができた。この黒潮蛇行は,九州南東沖にあった高気圧性渦と黒潮の相互作用によって生じたものであり最初の大循環シミュレーションで表現された流路変動の過程とよく似ている。モデルは初期化以後80日間有意な予測をしていることがわかった。さらに,ブリーディング法によって10個の摂動を作成し9月7日の初期値にそれぞれ付加してアンサンブル予測実験を行った。アンサンブルメンバーの予測結果は,予測開始50日以降大蛇行型と非大蛇行型に分岐した。アンサンブル予測実験の結果は,1999年の黒潮が大蛇行及び非大蛇行流路の多重平衡状態にあったことを示唆している。

予測結果における大蛇行と非大蛇行の分岐の原因を調べたところ,初期状態における高気圧性渦の強度が分岐に大きく影響することがわかった。初期状態に強い高気圧性渦があった場合には,蛇行の成長に伴い下層と上層の流れが強く励起された状態が生ずる。この現象は大循環シミュレーションにおける蛇行の増幅の過程でみられたものと同様なものである。高気圧性渦の力学は前線地衡流レジームに従い,その振る舞いの時間スケールは下層の流れによって決められる。推定される時間スケールは,黒潮による直接の移流の時間スケール(10日程度)よりは長く予測結果の分岐が生ずる時間スケールである50-80日とほぼ一致した。このことは,蛇行の予測可能性を決める時間スケールが渦そのものの挙動に影響されていることを示唆している。

本研究は,日本南岸の黒潮流路変動のモデリングとオペレーショナルな予測に必要な以下の条件を示唆する。すなわち,北太平洋の亜熱帯循環全体をモデリングすること,黒潮・黒潮続流域及び亜熱帯前線海域を1/10度以下の水平高解像度で表現すること,海底地形を適切に取り扱い少なくとも20層以上の鉛直格子により成層を正確に表現すること,衛星海上風などの現実的な外力を用いること,正確な予測のために多種類のデータを同化することにより適切な初期値を与えることである。

審査要旨 要旨を表示する

日本南岸を流れる黒潮は,大蛇行流路,非大蛇行接岸流路,非大蛇行離岸流路という3種の安定した流路をとる。近年の人口衛星などの観測手段の発達や数値モデリングの進展により、中規模渦に連動した黒潮流路変動が注目されている。しかし,渦解像の海洋大循環モデルを用いて中規模渦と黒潮流路変動の両方が現実的に再現された例はこれまで無かった。本論文では,水平1/12度格子の高解像度海洋大循環モデルを人工衛星観測等から得られた現実的な外力で駆動することにより,中規模渦活動と黒潮流路変動との相互作用をモデル内で再現できることを示した。さらにデータ同化とアンサンブル予測手法を適用し,1999年に生じた現実の黒潮流路変動の予測可能性について、中規模渦との相互作用の観点から明らかにした。

本論文は4章から成る。第1章は導入部であり,黒潮流路の特徴付け,中規模渦と黒潮流路変動の関連,モデルによる黒潮流路変動再現の研究状況,及び本研究の目的である,中規模渦を分解する大循環モデルとこれにデータ同化を適用して行う現実の流路予測実験の必要性について述べている。第2章では大循環シミュレーションによって見られた中規模渦活動と黒潮流路変動との相互作用について,第3章ではデータ同化とアンサンブル予測手法を用いて行われた黒潮流路予測実験について述べている。第4章では全体のまとめと今後の展望及び課題を提示している。

最初に,1992年から1998年までの外力を用いて大循環シミュレーションを行った。モデルの7年間の平均的な黒潮流路は非大蛇行接岸流路であったが,非大蛇行離岸流路への遷移も見られた。この流路遷移は黒潮と高気圧性渦との相互作用によって生じたことがわかった。また,一時大蛇行に似た流路も生じた。大蛇行的な流路は高気圧性の黒潮再循環が著しく強化された後に生じた。この黒潮再循環の強化は,上流域から高気圧性渦が連続的に再循環域に進入し合体することによって生じていた。これら高気圧性渦がルソン島の北東海域から黒潮によって移流される過程で上流域の黒潮流量が経年的に増加していた。一方,黒潮続流域域から伝播する低気圧性渦は黒潮の蛇行と合体し切離することによって蛇行の振幅を弱めその消滅に寄与していた。

流路の変動には中規模渦と黒潮の相互作用が大きく影響するので,現実の流路変動を予測するためには、データ同化により正確に初期状態を推定することが必要になる。そこで黒潮蛇行の予測可能性について調べるために,データ同化・予測実験を行った。海面高度データを40日間モデルに同化することによって1999年の9 月7日の初期値を作成しハインドキャスト実験を行った結果,1999年11月の黒潮蛇行発生を再現することができた。この黒潮蛇行は,九州南東沖にあった高気圧性渦と黒潮の相互作用によって生じたものであり大循環シミュレーションで見られた流路変動とよく似ている。さらに,ブリーディング法によって10ケースの摂動を作成し9月7日の初期値にそれぞれ付加したアンサンブル予測実験を行った。アンサンブルメンバーの予測結果は,予測開始50日以降大蛇行型と非大蛇行型に分岐し、予測可能性の限界を明示した。アンサンブル予測実験の結果は,1999年の黒潮が大蛇行及び非大蛇行流路の多重平衡状態にあったことを示唆した。

論文前半のシミュレーションで見られた大蛇行的な流路の持続時間が1年に満たず,安定して持続する厳密な意味での大蛇行の再現には至らなかった点,また詳細な力学機構の解明という点では課題を残す。しかし,中規模渦活動を媒介として黒潮再循環が強化されたときの蛇行流路の形成過程を明らかにしたことは、黒潮蛇行発生の予測可能性に対し重要な示唆を与える点で評価に値する。また,後半部分においてアンサンブル予測手法を現実の黒潮流路に対して初めて本格的に適用した点で,今後のオペレーショナルな黒潮流路予測実現への寄与が大きい。以上より、学位論文として十分な成果であると判断する。

なお、本論文における成果の一部は、郭新字氏,及び紹介教官である山形俊男教授との共著論文としてJournal of Physical Oceanographyに掲載され,また別の一部が投稿中であるが,論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38156