No | 216280 | |
著者(漢字) | 伊地知,功史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イジチ,カツシ | |
標題(和) | ミスマッチ2本鎖RNAのアヒルB型肝炎ウイルスに対する抑制効果に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216280 | |
報告番号 | 乙16280 | |
学位授与日 | 2005.06.22 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第16280号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ヒトB型肝炎ウイルス(HBV)は血液を介してヒトに感染し、急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌などの重篤な疾患の原因ウイルスの一つである。日本国内おいて、1977年から日本赤十字社が実施している献血検体のHBs抗原によるスクリーニング検査により、輸血によるHBV感染者数は激減した。しかし、現在なおアジアやアフリカを中心に海外には多くのHBV感染者が存在し、人類にとっては未だ重要な病因ウイルスである。HBVは1965年に外被蛋白であるHBs抗原がオーストラリア抗原として発見されて以来、疫学的、免疫学的、分子生物学的な解析が行われ、医学上重要な知見が明らかにされてきた。しかし、現在においても充分なHBVの培養細胞系が確立されず、また、チンパンジーなど霊長類以外での動物感染系が存在しないために、その治療薬の開発や評価は容易でない。HBVと同じヘパドナウイルスに属し、分子生物学的にもHBVと類似のゲノム構造を有する肝炎ウイルスとして、アヒルB型肝炎ウイルス(DHBV)やウッドチャック肝炎ウイルス(WHV)などが知られている。これらのウイルスを用いることにより種々の化合物の抗ヘパドナウイルス活性の評価が行われてきた。我々は、DHBVが持続感染しているアヒルをHBVの実験感染動物モデルとして応用し、インターフェロン(I FN)誘導体であるミスマッチ2本鎖RNA(m-dsRNA、poly(I):poly(C12-U))の抗DHBV活性を検討した。また、m-dsRNAの作用機序を解明する目的で、DHBV感染アヒル初代肝細胞培養系を用いて、m-dsRNAの抗DHBV活性を核酸類似化合物の一つである3'-fluor o-5-methyl-arauracil(D-FMAU)と比較検討した。 DHBV持続感染アヒルを、孵化2日後のアヒルにDHBV陽性血清を静脈内接種し作製した。この感染によりアヒルは肝炎を発症せず無症候性キャリアとなる。感染後、8週齢以上経過したアヒルをDHBV持続感染モデルとして実験に供した。9羽のDHBV感染アヒルに、m-dsRNAを5mg/kg、静脈内に単回投与し、経日的に採取した血液中のDHBVDNA量を対照群の感染アヒル(10羽)と比較した。図1に示すように、m-dsRNAを投与したアヒルでは投与後3日間は有意な血液中のDHBVDNA量の減少が認められた。しかし、投与4日後以降は、対照群のアヒルと同じ水準までウイルスDNA量は上昇した。また、m-dsRNA投与前と投与2日後の肝組織を採取し、DHBVの複製過程に対する作用を検討したところ、DHBVDNA複製中間体の全てを一様に抑制していることが認められた。以上の結果より、DHBV持続感染アヒルにおいてm-dsRNA単回投与は、一過性ではあるが抗DHBV作用を示すことが明らかとなった。 次に、DHBV持続感染アヒルでm-dsRNAがIFN誘導体として作用するのか否かを調べるために、m-dsRNA投与後経時的に採取した血液中のIFN活性と2'-5'オリゴアデニレート合成酵素(2'-5'AS)活性を測定した。図2に示すように、血液中のIFNはm-dsRNA投与3時間後に極値に達したのち急速に減少し、投与24時間後には投与前の活性値に復した。一方、2'-5'AS活性はIFN活性が極値に達した投与3時間後より徐々に上昇し、投与48時間後においても高い活性を維持していた。これらの結果から、m-dsRNAはDHBV感染アヒルにおいてIFN活性とそれに続く2'-5'AS活性を誘導することが明らかとなった。次に、m-dsRNAの連続投与による抑制作用を検討した。m-dsRNAを0.2mg/kgおよび1.0mg/kg、1日1回、7日間、静脈内投与により、血液中DHBVDNA量の有意な減少が認められ、その作用は投与中のみならず投与終了後、少なくとも2週間は持続する事が明らかとなった。また、その抑制作用には0.2mg/kgおよび1.0mg/kgの投与用量による差異は認められなかった。このようなm-dsRNA投与中止後の持続的なDHBV抑制作用は、他に多く報告されている抗へパドナウイルス活性を有する核酸類似化合物には認められていない。我々は、m-dsRNA投与中止後の持続的な抑制作用の機序を明らかにする目的で、DHBV感染アヒル初代肝細胞培養系を確立し、in vivoでの薬効の再現性の確認とその詳細を検討した。 DHBV感染アヒル初代肝細胞培養系として、孵化2日後のアヒルにDHBV陽性血清を静脈内接種し、感染2週間後にコラゲナーゼ門脈注入法により分離採取した肝細胞を用いた。また、比較対照として、核酸類似体の中でも強い抗HBV活性を示すことで知られているD-FMAUを用いた。各化合物でDHBV感染アヒル初代培養肝細胞を16日間処理し、化合物処理最終日の細胞中のDHBVDNA量を調べた。m-dsRNAとD-FMAUのDHBVDNA合成に対する50%抑制濃度(ED50)はそれぞれ、0.34±0.06μg/ml、0.007±0.001μg/mlであり、D-FMAUはm-dsRNAの約48倍高いDHBVDNA合成の抑制作用を示した。 次に、m-dsRNAの持続的抑制作用を検討する目的で、16日間の処理後、培養液中からm-dsRNAを取り除き、さらに7日間培養した後の抗DHBV作用を比較検討した。図3に示すように、m-dsRNA投与中止7日後、ED50はわずかに増量し、0.5±0.07μg/ml投与で、中止前のED50:0.34±0.06μg/mlとほぼ同じ抑制が得られた。この結果は、DHBV感染アヒルの動物実験モデルで得た結果と類似しており、in vivoにおける化合物の抑制作用がDHBV感染アヒル初代肝細胞培養系においても再現できる事を示している。一方、D-FMAUは化合物除去実験では、ED50が0.007±0.001μg/mlから0.12±0.09μg/mlとなり、約17倍の活性低下をきたし、m-dsRNAで認められた持続的作用は得られなかった。 この両化合物の作用機序の相違を検討するために、DHBVRNA転写に対する影響を調べた。m-dsRNA(1μg/ml)およびD-FMAU(0.1μg/ml)をDHBV感染アヒル初代培養肝細胞に16日間処理し、細胞から抽出したRNAをノーザンプロット法にて解析した。m-dsRNAを処理した肝細胞では無処理肝細胞に比べ著しいDHBVRNA量の減少が認められた。D-FMAU処理肝細胞においてもDHBVRNA量の減少が認められたが、その抑制作用はm-dsRNAに比べて弱かった。m-dsRNAは主としてDHBVのRNA転写を抑制し、一方、D-FMAUはDHBVのDNA複製を強く抑制することが明らかとなった。これらの結果は、DHBVのRNA転写を抑制することにより持続的なウイルス抑制効果が期待できることを示している。すなわち、ウイルス複製過程におけるウイルスRNAへの転写過程の抑制が、抗HBV剤の重要な標的と成り得ることが示唆された。 以上のことから、DHBV感染アヒルを用いたHBV実験感染動物モデルにおいて、m-dsRNAはin vivoおよびin vitroで、連続投与により持続的な抗DHBV活性を示すことが明らかとなり、その作用機序の検討からDHBVDNA複製よりもむしろDHBVRNA転写を主として抑制することが明らかとなった。 図1 m-dsRNAの単回投与による抗DHBV作用。説明本文参照。*:P<0.002 図2 m-dsRNA投与後の血液中IFN活性および2'-5'AS活性の変化。説明本文参照。 図3 m-dsRNAとD-FMAUの抗DHBV活性の持続性。説明本文参照。 | |
審査要旨 | 本研究はアヒルB型肝炎ウイルス(DHBV)の肝細胞内増殖過程において、インターフェロン(IFN)誘導体として知られているミスマッチ2本鎖(m-dsRNA)の抑制効果を明らかにするため、DHBVに感染したアヒルを用いた実験系とDHBV感染アヒルの肝細胞を使用した実験系で解析を試みたものである。さらにDHBVに対する抑制効果が知られている既知の核酸アナログ(D-FMAU)との比較検討も行い、下記の結果を得ている。 1、m-dsRNA単回投与により、投与した全てのアヒルの血液中DHBVDNA量の減少が認められた。スポットハイブリダイゼーション法により血液中のDHBVDNA量を定量化し、その経時的変化率の解析を行った結果、m-dsRNA投与群は対照群に比べ約50〜80%の抑制が認められ、有意なDHBVDNA量の減少を示すことが明らかとなった。また、肝組織におけるDHBV複製に対する作用を調べた結果、m-dsRNA投与アヒルの全例でDHBVDNAの合成抑制が認められ、m-dsRNAはDHBV持続感染アヒルにおいてDHBVDNA複製の抑制作用を有することが明らかにされた。 2、IFN活性はm-dsRNAを投与した全てのアヒルにおいて認められた。また、2'-5'オリゴアデニル酸合成酵素活性も、IFN活性の極値後から高い活性が認められ、m-dsRNA投与によりDHBV感染アヒルの末梢血液中にIFNおよび2' 5'オリゴアデニル酸合成酵素活性が誘導されることが示された。 3、m-dsRNAの連続静脈内投与により、投与終了時には全てのアヒルで血液中DHBVDNA量の低下が認められた。また、一部のアヒルには投与終了後においても持続的な抑制作用が示され、m-dsRNAの連続投与により、単回投与では認められなかったDHBV複製の持続的な抑制を示すことが明らかとなった。 4、DHBV感染初代肝培養細胞のm-dsRNA添加培養では、濃度依存的にDHBVDNA複製の抑制が認められ、さらに、m-dsRNAの抑制作用は化合物添加中止後、持続的に抑制することが明らかにされた。D-FMAU添加培養ではm-dsRNAに比べ強いDHBVDNA複製の抑制が得られたが、m-dsRNAで示された持続的抑制は認められず、両者の化合物におけるDHBVDNA複製抑制作用機序の相違が示された。 5、DHBV感染初代肝培養細胞系を用いてDHBVRNA転写に対する抑制作用を検討した結果、m-dsRNAは主としてDHBVRNA転写阻害を、D-FMAUは主としてDHBVDNA複製阻害をきたす事が明らかとなった。 以上、本論文はDHBVの増殖過程において、DHBVDNAとDHBVRNAの複製転写時の解析から、m-dsRNAがDHBVDNAの複製を阻害するのみならず、 DHBVRNA転写阻害を強力に抑制することを明らかにした。本研究は、 DHBVの複雑な複製過程においてm-dsRNAが、D-FMAUなどの核酸アナログとは異なるユニークな抑制効果を示すことを示し、肝炎ウイルスに対する治療薬の標的選択に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50123 |