学位論文要旨



No 216281
著者(漢字) 宮本,索
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,サク
標題(和) Kruppel-like zinc finger transcription factor KLF5/BTEB2/IKLFに対する白血病関連タンパク質SETによる抑制作用の研究
標題(洋) Regulation of the Kruppel-like zinc finger transcription factor KLF5/BTEB2/IKLF by the leukemia-associated protein SET
報告番号 216281
報告番号 乙16281
学位授与日 2005.06.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16281号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

動脈硬化症や経皮的バルーン血管拡張術後の再狭窄では細胞増殖、細胞遊走及び細胞外マトリックスの産生・分解過程を含む血管リモデリングと呼ばれる血管壁の構造変化が起こる。特に血管の構成細胞である血管平滑筋細胞はこれらの病変形成過程において脱分化し、ミオシン重鎖アイソフォームの発現パターンが変化することが知られている。これまでに血管障害に伴う新生内膜内の血管平滑筋細胞に胎児型ミオシン重鎖(SMemb)が発現することが知られており、さらにSMembのプロモーター領域に結合し、その発現を亢進させる核内転写因子としてKruppel-like zinc finger factor 5(KLF5,別名 Basic transcriptional element binding protein-2(BTEB2),Intestinal-enriched Kruppel-like factor(IKLF)),が発見されている。KLF5はC末端に3つのzincフィンガードメインをDNA結合領域として持つ特徴的構造からKruppel-like factorファミリー転写因子群の一員に分類されている。最近、私たちが作製したKLF5ノックアウトマウスでは実験的血管障害処置による血管平滑筋の増殖が抑制されているのみならず、アンジオテンシンII負荷による心筋細胞の肥大および間質の繊維化が減弱していた。これらの結果によりKLF5が血管平滑筋細胞の形質変化だけではなく、間質細胞の活性化及び血管新生を含む血管リモデリング全般に関与していると考えている。また、ヒトでは冠動脈の肥厚した内膜でもKLF5の発現が認められている。さらに、tissue factor、 platelet-derived growth factor-A(PDGF-A)及びvascular cell adhesion molecule-1などの血管病変に関連する様々な因子がKLF5の下流遺伝子にあることが報告されていることからKLF5を介した転写機構を解析・制御することは平滑筋脱分化のみならず血管リモデリングの理解、血管病の予防。治療につながると考えられる。

哺乳類の遺伝子発現は単一の因子によるものではなくenhanceosomeと概念的に呼ばれる様々な核内因子の巨大複合体により制御されているため、KLF5による転写発現調節の研究においても核内相互作用因子を含めて解析することが必要と考えた。さらに、核内因子のzincフィンガー構造領域はDNAへの結合に寄与するのみではなく、タンパク質同士の相互作用に寄与すると報告されていることから本研究ではKLF5のDNA結合領域に作用する核内相互作用因子を探索・同定し、その作用を解析することにより、KLF5の転写制御機構を解明することを目的とした(Fig.1)。

KLF5 DNA結合領域に結合する核内相互作用因子を得るために、ヒスチジンタグ付加KLF5 DNA結合領域を精製、ニッケル樹脂に固定し、これに血管平滑筋培養細胞の核抽出液を添加した。KLF5 DNA結合領域と結合した因子はSDS-PAGE上に多数みられ、それぞれについてTOF-Massを用いたMass finger printing法及びMass sequencing法によりタンパク質を同定した。その内SDS-PAGE上39kDaのタンパク質はSETであった。SETは急性白血病の原因蛋白として知られていた。また、クロマチン構造の変換に寄与すると考えられていたが、転写制御に関しては未解明であったことからSETのKLF5に対する制御について解析することとした。まず、SETがKLF5と結合することを確認するために、精製したSETとKLF5DNA結合領域もしくはKLF5を用いてin vitroでKLF5とSETが直接結合することを確認した。また、細胞抽出液を抗KLF5抗体で免疫沈降させた沈降物にSETが含まれており、培養細胞内でSETがKLF5と結合していることを確認した。さらに、初代培養血管平滑筋細胞でSETはKLF5と同じく核内に局在することを確認した。次に、SETのKLF5に対する制御機能を解析するためにSMembのプロモーター領域をプローブとしてゲルシフトアッセイを行なったところSETはKLF5のプローブへの結合を阻害した。さらに、KLF5の下流遺伝子であるSMemb及びPDGF-A鎖をレポーターとして用いたレポーターアッセイによりKLF5によるこれら下流遺伝子の発現亢進をSETが抑制することがわかった。これらのことからSETはKLF5のDNA結合領域に結合し、KLF5の活性を抑制する因子であると考えられた。このことを確認するため、KLF5のみ、もしくはKLF5とSETを安定的に発現するNIH3T3-3細胞を作製し、KLF5の細胞増殖亢進作用に対するSETの抑制作用を検討したところKLF5の細胞増殖亢進作用はSETにより抑制されることがわかった。さらに、KLF5もしくはSETを発現するアデノウイルスを作製し、KLF5の細胞増殖亢進作用に対するSETの作用を調べたところ、やはりKLF5の細胞増殖亢進作用をSETが抑制した。これらの結果により、細胞レベルにおいてもSETにKLF5の効果を抑制する作用があることがわかった。また、KLF5はホルボールエステルによる細胞増殖刺激により早いタイミングで誘導がかかり増加することが知られていたが、同時にSETの発現及び下流遺伝子であるPDGF-A鎖のmRNA量を測定したところKLF5が発現増加するのと同時にSETの発現が減少し、その後にPDGF-A鎖mRNA量が増加していることがわかった。このことは刺激によりSETの発現量が減少し、KLF5の抑制を解除している可能性を示唆するものであった。また、この発現減少はKLF5の発現増加と同じタイミングでおこることからSETがKLF5と協調的に下流遺伝子の発現を調節していると考えられた。個体レベルではラットを用いたバルーン障害血管内膜肥厚モデルにおいて、肥厚した新生内膜において血管平滑筋細胞の核内にKLF5と同様にSETの発現がみられた。このことから個体レベルでもSETがKLF5を制御していると考えられた。バルーン障害血管内膜肥厚モデルは血管障害に呼応した生体の反応であり、KLF5の過剰な作用、特にKLF5に起因した過剰な細胞増殖克進作用をSETが発現することにより抑制し、無制限に細胞が増殖することを抑制していると考えた。以上の結果からSETがKLF5に対して抑制的に作用することを解明した。

次にp300によるヒストンのアセチル化をSETが抑制するとの報告があること、また、KLF5と類似の転写因子であるSpl及びErytkroid Kruppel-like factor(EKLF)がp300によりアセチル化を受けるとの報告がありKLF5も同様にアセチル化される可能性があることから、KLF5がp300によりアセチル化され、このアセチル化がSETにより調節されるという仮説を立て、検証した。まず、KLF5が細胞レベルでアセチル化されるかを[3H]acetateを用いて検討した結果、KLF5は細胞内でアセチル化されることが示唆された。次にKLF5の全長、DNA結合領域のタンパク質ならびにDNA結合領域を除いた領域のタンパク質を用いて、KLF5のDNA結合領域がアセチル化酵素であるp300によりin vitroでアセチル化されることがわかった。p300の機能としてアセチル化作用以外に核内因子間の橋渡し作用や転写因子群が集まるための足場となる作用を持つことが知られているため、p300がKLF5と相互作用しているか検討した。抗p300抗体を用いて細胞を免疫沈降した結果、免疫沈降物にKLF5が存在しており、細胞内でKLF5とp300が結合していると考えられた。さらに、p300のKLF5の転写活性化に及ぼす影響を解析するためにレポーターアッセイを行なったところ、KLF5による下流遺伝子の発現亢進をp300が促進した。p300のアセチル化領域欠損変異体では促進作用が減弱することから、KLF5に対する促進作用の一部はp300によるKLF5のアセチル化に起因するものであることが判明した。以上の結果からKLF5はp300によりアセチル化され、さらにKLF5による転写活性化をp300が促進することが明らかとなった。

次にp300によるKLF5のアセチル化をSETが抑制するかを検討した。精製したKLF5のDNA結合領域がin vitroでp300によりアセチル化される条件下でSETを添加するとKLF5DNA結合領域のアセチル化が抑制され、このアセチル化の抑制にはp300の添加前にSETを添加することが必要であることからアセチル化されたKLF5をSETが脱アセチル化するのではなく、SETがKLF5のアセチル化部位を覆い隠すことによりアセチル化を抑制するということがわかった。

本研究により、SETはKLF5のDNA結合を阻害し、転写の活性化を抑制するのに合わせてp300からのアセチル化を抑制し、KLF5の転写活性化効果を抑制するという2重の働きを持つ抑制性調節因子であることが判明した。また、細胞増殖刺激によりKLF5の発現が亢進すると同時にSETの発現が減少し、これによりKLF5に対する抑制を解除、下流遺伝子の発現増加につながるものと考えられる(Fig.2)。将来的にはSETのKLF5に対する作用を模倣した低分子化合物が効果的にKLF5を抑制することにより、動脈硬化などの血管病の予防・治療につながると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は血管のリモデリングにおいて重要な役割を演じていると考えられる転写因子(Kruppel-like zinc finger transcription factor 5,KLF5)の転写調節機構を明らかにするため、KLF5に対する相互作用因子を単離し、その制御メカニズムの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

KLF5のDNA結合領域に結合する相互作用因子を血管平滑筋培養細胞の核抽出液から単離し、急性白血病に関連するSETであると同定した。精製したSETとKLF5がin vitroで直接結合することが確認され、また、免疫沈降法により細胞内でも結合していることが確認された。

SETのKLF5に対する制御機構を解析するためにKLF5が調節する胎児型ミオシン重鎖遺伝子(SMemb)のプロモーター領域をプローブとしてゲルシフトアッセイを行ったところ、SETはKLF5のプロモーターへの結合を阻害した。また、SMemb及びPDGF-A鎖をレポーターとして用いたレポーターアッセイによりKLF5によるこれら遺伝子の発現亢進をSETが抑制した。さらに、KLF5の細胞増殖亢進作用をSETが抑制した。これらのことから、SETはKLF5のDNAへの結合を阻害し、KLF5の作用を抑制する因子であることが示された。

細胞増殖刺激により血管平滑筋培養細胞内でKLF5は誘導がかかり、同時にSETの発現は抑制がかかった。同時にKLF5が調節する下流遺伝子であるPDGF-A鎖の発現亢進が認められた。このことから細胞増殖刺激によりSETの発現量が減少し、KLF5の抑制を解除している可能性があると考えられた。また、バルーン障害血管内膜肥厚モデルにおいて肥厚した新生内膜でKLF5とSETの発現がみられ、個体レベルでもSETとKLF5との間に相互作用がありうることが示された。

アセチル化酵素p300によるヒストンアセチル化をSETが抑制するとの報告があることから、KLF5がアセチル化されるか細胞レベルで[3H]acetateを用いて検討した結果、KLF5は細胞内でアセチル化されることが確認された。また、精製したKLF5の全長、KLF5のDNA結合領域のタンパク質ならびにDNA結合領域を除いた領域のタンパク質を用いたところp300はKLF5のDNA結合領域をアセチル化した。さらに、p300抗体を用いて細胞を免疫沈降したところ、免疫沈降物中にKLF5があることが確認され、p300とKLF5が結合しうることが示された。p300のKLF5の転写活性化に及ぼす影響を解析するためにレポーターアッセイをおこなったところ、p300はKLF5の転写活性化を促進し、この効果はp300のアセチル化領域欠損変異体では減弱することから、p300のKLF5に対する促進作用の一部はKLF5のアセチル化に起因していることが示された。

最後にp300によるアセチル化をSETが抑制するか検討した。精製したKLF5のDNA結合領域がin vitroでp300によりアセチル化させる条件下でSETを添加するとKLF5DNA結合領域のアセチル化が抑制された。この抑制にはp300の添加前にSETを添加することが必要であることから、SETはKLF5を脱アセチル化するのではなく、KLF5のアセチル化部位を覆い隠すことによりアセチル化を抑制することが示された。

以上、本論文はKLF5に対する相互作用因子の単離・解析から、KLF5に対して促進的に働くp300及び抑制的に働くSETの存在ならびに相互作用を明らかにした。本研究はKLF5の転写調節機構に新たな作用様式を提唱するものであり、将来的には血管病の予防につながると考えられ、学位の授与に値するもとの考えられる。

UTokyo Repositoryリンク