学位論文要旨



No 216288
著者(漢字)
著者(英字) Budhi,Gunawan
著者(カナ) ブディ,グナワン
標題(和) インドネシア・西ジャワの荒廃流域における地域密着型自然資源管理システムに関する社会・生態学的研究
標題(洋) Establishing a community-based natural resource management system in a degraded watershed of West Java,Indonesia: a socio-ecological dimension
報告番号 216288
報告番号 乙16288
学位授与日 2005.07.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16288号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 教授 井上,真
 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 客員助教授 Chay,Asdak
内容要旨 要旨を表示する

地域密着型自然資源管理を通じて,それぞれの地域に存在する自然資源の管理に地域住民の積極的な関与を促し,持続的な資源利用を推進するためには,適切な制度設計が必要と考えられる。しかし,こうした管理システムを構築するためには,地域住民の積極的な関心と参加意志が不可欠である。そのため,自然資源に関する地域住民の認識とその管理に対する参加意志を含めた,人間−自然の相互関連性といった社会・生態学的側面を理解することが重要である。そこで本研究では,こうした理解を通じて,地域密着型自然資源管理システム構築に向けた社会・生態学的側面の評価を行うことを目的とした。

本研究の対象地は,インドネシア・西ジャワにおいてもっとも荒廃した流域であるチタルム(Citarum)川上流域である。多様な社会・生態学的動態を捉えるために,森林,アグロフォレスト,耕作地,貯水湖(養魚)という4つの異なる地域自然資源を利用している地域をそれぞれ選び,調査を行った。この4つの地域自然資源は,対象としたチタルム川上流域にみられる典型的な資源であり,当該流域全体における地域密着型自然資源管理システムを構築するのに寄与するものと考えられる。

本研究のデータは,対象流域の上流部から下流部に位置する,タルマジャヤ(Tarma Jaya)村,パガウバン(Pangauban)村,チハウック(Cihawuk)村,サグリン(Saguling)貯水湖,の4つの集落を単位とした地域から,統計的な手法に基づいて抽出された総数511世帯に対する聞き取り調査によった。これに加えて,目的に応じて選抜された,集落長や長老といった主要情報提供者への聞き取りを行った。聞き取りでは十分に得られない,詳細な土地利用状況やアグロフォレストの構成樹種などに関する情報については,適宜,直接観察も行った。得られたデータは,各地域内において地域自然資源の利用状況の異なるグループで集計し,グループ間での社会経済的状況や自然資源に関する認識,地域密着型自然資源管理に対する意識などの違いを明らかにするために,ノンパラメトリック検定やクロス集計による検定を行った。

解析の結果,対象とした4つすべての地域において,生産活動における地域の自然資源への依存度は高いことがわかった。とくに,森林やタケ類の優占するアグロフォレストから採集される燃料木を唯一のエネルギー資源として利用している世帯割合は,タルマジャヤ村で72%,パガウバン村で74%と高かった。また,2003年に政府によって禁止されるまで,国有林を違法に耕作していた世帯割合も高いことから,こうした自然資源への高い依存を示す結果となった。タルマジャヤ村においては調査対象世帯の44%,チハウック村では54%が違法耕作を行っていた。加えて,タルマジャヤ村における41%の調査対象世帯が,乳牛の飼料を森林から採集していた。サグリン貯水湖の場合は,70%の調査対象世帯が,現金収入源として貯水湖における養魚活動のみに依存していることがわかった。

こうした地域の自然資源への高い依存にもかかわらず,国有林や貯水湖といった国有財産に依存している地域では,適切な管理なしに自然資源を活用している傾向が明らかとなり,こうした利用と管理が資源の非持続性を引き起こす要因と考えられた。その一方で,各自が所有する資源を利用している地域では,より持続的な方法によって資源管理を行っている傾向が確認された。しかし,経済的圧力の影響で,資源の集約的利用も行われており,耕作地の卓越するチハウック村では農薬を多投入しており,サグリン貯水湖では推奨値を超えた養魚ゲージが設置され,パガウバン村ではタケ類の優占するアグロフォレストが商品作物のための永年耕作地へ転換されるといった状況も明らかとなった。

以上のような地域の自然資源利用状況を把握した上で,各地域の自然資源に関する認識を調査したところ,すべての地域において,調査対象世帯の多数が,彼らが利用している資源が実際に荒廃しているとの認識を持っていることがわかった。とくに,国有林地における違法耕作地での著しい土壌侵食(タルマジャヤ村,パガウバン村,チハウック村)や,耕作地における土壌の肥沃性劣化(パガウバン村,チハウック村),貯水湖の水質悪化(サグリン貯水湖)の現況を地域住民自ら明示した。

こうした環境劣化の問題と環境保全・管理に対応するように,すべての地域で,地域の自然資源保全・管理への積極的な参加意思もしくは興味が得られる結果となった。森林資源の様々な利用者は,森林管理への参加意思を示し,タケ類の優占するアグロフォレストの所有者の多数は,その維持もしくは樹木類の優占するアグロフォレストへ転換しながらの維持について興味を示した。サグリン貯水湖における養魚従事者も同様に,資源保全と管理への積極的な参加意思を示したが,投資利益の共有に関しては消極的であった。

全般的にこれまでの結果をまとめると,いわゆる地域密着型自然資源管理を通じて,地域社会を巻き込んだ自然資源の共同管理を考える際には,自然資源の利用と管理における財産権(資源利用に関する保有権確保)と,地域での集団活動が重要であることが示唆された。

財産権に関していえば,森林資源利用と貯水湖の養魚利用のケースで示されたように,効率的な国有資源管理が失敗してしまった場合,その資源が実際にオープンアクセスになってしまうこと,つまり,効率的な管理と施行が欠落することによって先着制で資源の搾取が起こってしまうことが解析結果で明らかとなった。林地の違法耕作の事例では,保有権確保が十分でないために,適切な土地保全手法を行う動機を耕作者に与えないことが示された。同様に,私有耕作地,または一定の保有権が与えられる集落共有の耕作地では,保有権の明確な確保によってある程度の持続的な耕作地管理を行う動機が与えられることが示された。しかし,サグリン貯水湖では養魚権を許可制で得ているのにもかかわらず,養魚従事者が適切に貯水湖を利用する動機を与えていないこともわかった。これと同様の結果も,タケ類の優占するアグロフォレストの保全・利用の事例で確認された。このように,4つの事例研究の結果から,自然資源の効率的かつ持続的な利用と管理に関して,保有権の確保は重要な要因の一つといえるが,それだけでは十分ではないことが示された。

自然資源の利用と管理に関する集団活動については,チハウック村の灌漑用水管理で示されたように,すべての地域構成員の利益が一致している場合には,その地域が共同で資源管理を行うことができることがわかった。一方で,同じチハウック村でも,病虫害管理に関しては地域での共同活動は存在せず,個別に行われていた。これは,集団活動は,資源を利用する際の地域構成員の利害関係と関連していることを示している。灌漑用水管理の例では,耕作地での水利用に関して耕作者が共通の関心を有しているのに対し,病害虫管理については,耕作者がそれぞれ異なる作物を栽培しているために,それぞれが個別の関心を有していることを示した結果である。タケ類の優占するアグロフォレストを林地−耕作ローテーション利用する際に集団活動が行われていないのも,この資源利用に関して土地所有者が異なる関心を有した結果といえる。

以上のように,4つの事例地における社会・生態学的研究結果とその比較解析の結果,以下のように結論づけられる。

(1)チタルム川上流域における自然資源のより良い利用と管理を考えるためには,国有財産を含む地域の自然資源を地域住民自らが利用・管理できる財産権と保有権の明確化と,資源を共同で利用・管理する集団活動を促進する,社会的な枠組みの構築が重要である。

(2)上記のような財産権の明確化と集団活動の促進を考えるためには,第一に地域住民の資源管理・利用に関する積極的な関与が前提条件である。自然資源管理に対する地域住民の積極的な関与の必要性は,ある一定条件下において地域住民はその資源を共同で管理する能力を有すると考えられるだけではなく,日常生活においてその資源への依存度が高いという理由による。さらに,適切な資源管理に政府が失敗したことも別の理由としてあげられる。

(3)さらに,地域密着型自然資源管理に対する地域住民の積極的に関与を推進するためには,自然資源に対してある一定の保有権を供与する政策が必要である。また,資源の利用と管理に関する地域住民の共同活動を奨励していくためには,関与する地域住民に対して魅力的な経済的報酬をもたらす仕組みも考慮しなければならない。地域住民に対して保有権が与えられた資源は,その資源を利用する地域住民の「共有財産」として扱われるべきで,地域構成員以外の排除を暗示するものでなければならない。こうした保有権は明確に定義されたものでなければならず,そうでなければ資源に対するオープンアクセスによって資源の損失が起こると考えられる。

(4)最後に,地域密着型自然資源管理システムを成功させるためには,とくに資源管理に関して地域住民を支援する合法的な権利と権限のある枠組みを構築していくことが重要である。そのためには,政府機関の役割は重要といえ,現行の荒廃した資源再生だけではなく,現在注意の払われていない,タケ類の優占するアグロフォレストといった地域住民の生活に密着した二次的自然資源の維持と保護環境保全・管理に関する制度や施策の方向転換も不可欠である。

審査要旨 要旨を表示する

地域住民を積極的に自然資源の管理に関与させ、持続的な資源利用を促進するためには、適切な制度設計が重要であると考えられる。とくに地域密着型の自然資源管理システムを構築するには、地域住民の積極的な関心と参加意志の存在が不可欠である。そこで本研究では、自然資源に関する地域住民の認識とその管理に対する参加意志を考慮した地域密着型自然資源管理システム構築のための社会・生態学的側面の評価を主目的として、インドネシア・西ジャワでもっとも荒廃した流域であるチタルム川上流域を対象地域として、研究を行った。

チタルム川上流域の多様な社会・生態学的動態を捉えるために、典型的な地域自然資源である、森林、アグロフォレスト、耕作地、貯水湖(養魚)がそれぞれ卓越する4地域をとりあげ、地域毎に典型的な自然資源を利用している4集落を選定し、総数511世帯に対する聞き取り調査、集落長や地元有識者等へ聞き取り調査を実施するとともに、詳細な自然資源の利用・管理状況等を把握した。

解析の結果、すべての地域・集落において、生産活動における地域自然資源への依存度は高いことがわかった。とくに、森林やアグロフォレストから採集される燃料木を唯一のエネルギー資源として利用している世帯割合、国有林を違法に耕作していた世帯割合は高く、貯水湖の場合も、多くの調査対象世帯が、現金収入源として養魚活動に依存していることがわかった。

こうした地域自然資源への依存度が高いにもかかわらず、国有林や貯水湖といった国有財産に依存している地域では、適切な管理なしに自然資源を活用している傾向が明らかとなった。その一方で、各自が所有する自然資源を利用している地域では、より持続的な方法によって資源管理を行っている傾向が確認された。しかし、資源の過度の利用も行われており、耕作地における農薬を多投入や、推奨値を超えた養魚ケージの設置、アグロフォレストの永年耕作地への転換も確認された。

各集落の自然資源に関する認識を調査したところ、すべての集落において、調査対象世帯の多数が、彼らが現在利用している自然資源が荒廃しているとの認識を持っていることがわかった。この認識に基づき、すべての地域で地域住民は、自然資源の保全・管理への積極的な参加意思ないし興味をもっていることがわかった。

財産権に関しては、国有地の資源管理が適正になされなくなった場合には、森林などの自然資源がオープンアクセスになるという結果が示された。一方で、私有耕作地、または一定の保有権が与えられる集落共有の耕作地では、地域住民が自然資源の保有権を確保しており、一定の持続的な耕作地管理を行うための動機づけが与えられていることが示唆された。しかし、貯水湖では養魚権が付与されているにもにもかかわらず、養魚従事者が適切に貯水湖を利用する動機づけが与えられていないこともわかった。このように、自然資源の効率的かつ持続的な利用・管理を行うためには、保有権の確保は重要な要因の一つといえる。

また、自然資源の利用と管理に関する集団活動については、耕作地における灌漑用水管理の例のように、地域住民すべての利益が一致している場合には、その地域で共同の資源管理が行いうることがわかった。一方、私有の耕作地やアグロフォレストのように、土地所有者の関心によって自然資源が個別に利用されている場合には、集団活動が行われていないことがわかった。

これらの結果から、地域住民の積極的関与による自然資源の共同管理システムを構築するには、自然資源の利用・管理における財産権(資源利用に関する保有権)の確保と、地域住民の集団活動が重要であることが示唆された。

以上4地域・集落における社会・生態学的側面の検討結果と、その相互比較の結果、以下のような結論がえられた。

(1)チタルム川上流域における自然資源のより望ましい利用・管理を提案するには、国有財産を含む地域自然資源を、地域住民自らが利用・管理できるような財産権(保有権)の明確化、および自然資源を共同で利用・管理する集団活動を促進する制度設計が重要である。

(2)財産権の明確化と集団活動の促進するためには、地域住民の資源管理・利用に関する積極的な関与が不可欠である。それを促進するためには、自然資源に対して一定の保有権を供与することが必要である。また、資源の利用と管理に関する地域住民の共同活動を奨励するには、関与する地域住民にとって魅力的な経済的報酬をもたらす環境支払い等の制度設計を検討する必要がある。

(3)地域密着型の自然資源管理システムを構築するためには、資源管理を積極的に行う地域住民を支援する合法的な権利と権限に基づく制度設計を検討する必要がある。そのために政府機関の役割は重要であり、現行の荒廃した地域の自然資源再生にとどまらず、現在あまり注目されていないアグロフォレストのような、地域住民の生活に密着して存在する自然資源の現状を維持し、その減少を防止し、保全・管理を効果的に行う制度や施策の展開も不可欠である。

以上要するに、本研究は、荒廃した湿潤熱帯の一上流域を対象に、地域密着型の地域自然資源管理システム構築の可能性を、詳細な社会・生態学的研究によって評価し、地域住民が積極的に自然資源管理を行うために必要な条件を、詳細な調査・分析の結果に基づき具体的かつ客観的に提示した論文として高く評価できる。また得られた知見は、学術的な価値を有するだけでなく、応用的側面でも有用な結論を導き出しており、審査委員一同、博士(農学)の学位を与えるに十分値する論文であると判断した。

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