学位論文要旨



No 216291
著者(漢字) 橋爪,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) ハジヅメ,ヒデキ
標題(和) 新規抗生物質トリプロペプチン類の探索、構造決定ならびに抗菌活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216291
報告番号 乙16291
学位授与日 2005.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16291号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 徳山,英利
 東京大学 助教授 藤井,勲
 東京大学 助教授 折原,裕
内容要旨 要旨を表示する

優れた抗菌薬が次々と開発されているにもかかわらず、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) などの薬剤耐性菌は着実に増加・蔓延しつつある。MRSAは、院内感染の主要な起因菌で、易感染性宿主が感染するとしばしば難治性の重篤な症状を惹き起こし、またβラクタム、アミノグリコシド、マクロライド等のほとんどの既存薬に耐性を獲得しているため有効な薬剤がなく、社会的な問題となっている。MRSAに有効な薬剤として日本ではバンコマイシン、アルベカシン、テイコプラニンの3剤が使用されているが、テイコプラニン、アルベカシン耐性のMRSAはすでに報告されており、バンコマイシンが抗MRSA薬の切り札として臨床で使用されている。しかしながら近年、バンコマイシンに低感受性の黄色ブドウ球菌が数多く臨床分離され、さらに米国でバンコマイシンに高度耐性を獲得したMRSA、いわゆるVRSAが臨床分離されるようになり、新たな抗MRSA薬の開発が急務となっている。

そこで著者はVRSAおよびMRSAに有効な新薬創製を目指して、探索研究を行うことにした。MRSAに有効かつバンコマイシンと作用機序の異なるものは、VRSA に有効であるという発想のもと探索系を構築した。すなわち、既存薬に耐性なMRSAに対して抗菌活性を示すものを選抜、続いてグリコペプチド系化合物の細胞壁調製画分添加による拮抗現象を利用してバンコマイシン等のグリコペプチド系化合物を排除し、さらに哺乳動物細胞に対する毒性試験により、毒性のない選択係数の高い培養液を探索目的の陽性サンプルとした。約4000の微生物培養液サンプルを試験した結果、BMK333-48F3株の培養液に目的の活性が認められた。

活性成分の単離精製は、寒天平板上で黄色ブドウ球菌に対する生育阻止円を指標に次のよう行った。すなわち本株の50リットルの培養液をHP-20、シリカゲルカラムクロマトグラフィーおよびCHP20Pカラムを用いて6種の活性成分A, B, C, D, E, Zをそれぞれ190 mg, 211 mg, 987 mg, 250 mg, 18 mg, 66 mg単離した。質量分析の結果、各成分の分子量はそれぞれ、1125, 1139, 1153, 1167, 1181および1111であった。

主成分であるC成分の構造解析は下記のように行った。高分解能質量分析よりC成分の分子式を、C51H83N11O19 であると決定し、1H-1H COSY、DEPTおよびHMQCスペクトルより部分構造を明らかにし、つづいてHMBCスペクトルより観測された13C-1Hロングレンジカップリングをもとに先に得られた部分構造を連結した。さらに相関の認められなかったラクトン周辺に関しては、D-HMBCスペクトルにより39位のメチンプロトンから1位のカルボニルへのロングレンジカップリングを観測し、以上よりC成分の平面構造が図1のようであることを明らかにした。他の成分も同様に構造解析を行い、6種の活性成分は、図1のようにいずれも8個のアミノ酸よりなる共通の環状ペプチド骨格を有し、メチレン数が異なる分岐脂肪側鎖を有することがわかった。構造式検索を行ったところ、6成分とも新規化合物であることが判明し、トリプロペプチンA, B, C, D, E, Z と命名した。

トリプロペプチン類の立体構造の解析は次の手順で行った。トリプロペプチン類の構成アミノ酸の絶対構造はトリプロペプチンC (TPPC) の酸加水分解物を精製し、マーフィー法により解析した。その結果、L-アルギニン、DおよびL-プロリン、D-アロスレオニン、L-セリン、LおよびD-スレオヒドロキシアスパラギン酸の存在が確認された。ヒドロキシプロリンは、TPPCを酸加水分解して得られたヒドロキシプロリンの解析により絶対構造を明らかにした。また脂肪側鎖の3位の立体は、TPPCを酸加水分解後に単離精製した3-ヒドロキシ-13-メチルテトラデカン酸の比旋光度からR配位であることが判明した。また、2分子ずつ含まれるプロリンおよびヒドロキシアスパラギン酸の識別は分光光学的解析では困難であるため、有機化学的手法により解決した。すなわちTPPCをバーチ還元によりプロリンのN末端選択的に還元・切断して得られた断片をマーフィー法により分析し、アルギニンに結合しているプロリンがL体であることを明らかにした。ヒドロキシアスパラギン酸はLiBH4によりラクトンを選択的に還元し、マーフィー法で分析することでラクトンを形成しているヒドロキシアスパラギン酸がL体であることを明らかにした。他の成分も同様に構造を解析し、トリプロペプチン類の絶対構造を図1のようであると決定した。

トリプロペプチン類の生物活性は下記のとおりであった。トリプロペプチン類は脂肪側鎖のメチレンが8以上連鎖した成分 (B, C, D, E) は多剤耐性菌を含む黄色ブドウ球菌、腸球菌および肺炎球菌に強い抗菌力を示した(表1)。バンコマイシン耐性腸球菌 (VRE) のバンコマイシン耐性因子はVRSAの耐性因子と同じvanA遺伝子群であり、トリプロペプチン類はVREに対し感受性菌と同様に抗菌力を示したことから、目的どおりVRSAに有効であると考えられる。

またIn vitroで黄色ブドウ球菌を用いトリプロペプチン耐性菌の出現頻度を検討したところ、ゲンタミシンやリネゾリドに比べ耐性菌の出現率が低いことがわかった。マウスの黄色ブドウ球菌全身感染モデルでのトリプロペプチン類の治療効果を検討した結果、トリプロペプチン類は濃度依存的に高い治療効果が見られたが、in vitro で最も抗菌活性の強いトリプロペプチンD (TPPD, ED50 : 33.0 mg/kg) の治療効果は、抗菌活性の弱いトリプロペプチンA (TPPA, ED50 : 10.5 mg/kg) より低く、抗菌力と治療効果は必ずしも一致しなかった。

トリプロペプチン類の生物活性を評価した結果、以下の二つの興味深い知見が得られた。すなわち、トリプロペプチン類は既存薬に比べ耐性菌の出現率が低いこと、およびin vitro の抗菌力と治療効果に相関性が認められないことである。

トリプロペプチンの耐性菌の出現率が低い要因は、トリプロペプチンの作用機序に由来すると考え作用機序の解析を行った。TPPCの高分子合成阻害様式を放射ラベル体の取り込みにより解析した結果、TPPCは酢酸(脂質)およびN-アセチルグルコサミン(細胞壁)の取り込みを濃度依存的に阻害し、一方DNA, RNAおよび蛋白合成は高濃度でも阻害が認められなかった。さらにTPPCの阻害様式を経時的に見ることで、脂質合成および細胞壁合成のどちらかが主作用点なのか、もしくは双方を作用点としているかを検討した。陽性対照として脂質合成阻害剤のヘキサクロロフェンおよび細胞壁合成阻害剤のバンコマイシンを用い、各試薬のIC50値での阻害様式を調べたところ、TPPCは脂質、細胞壁合成の双方を同時期、同濃度で阻害したが、ヘキサクロロフェンは脂質合成のみ阻害し、細胞壁合成には影響が見られず、バンコマイシンは細胞壁合成を阻害し、脂質合成には影響を与えなかった。以上よりTPPCは脂質および細胞壁合成の双方をともに阻害することが示唆され、TPPC耐性菌の出現率が低い一因として、TPPCの作用点が複数あることが考えられた。

一方、トリプロペプチン類のin vitro の抗菌力と治療効果に相関性が認められなかった要因を解析するため、治療効果に影響を与える薬力学的因子について検討した。薬剤の最高血中濃度 (Cmax) 、血中にMIC値以上の薬剤が存在する時間 (TAM) のどちらが治療効果に大きく影響するかは抗菌薬毎に異なり、それは経時殺菌曲線から推測できることが知られている。TPPCはバンコマイシンと類似したパターンを示し、トリプロペプチン類の治療効果にはTAMが重要であることが示唆された。マウスに皮下投与で100 mg/kg投与したときのトリプロペプチン類の血中濃度変遷を分析したところ、CmaxはTPPAが最も高く、ついでTPPC、TPPDの順であった。治療効果に影響する貯留時間はTPPDが最も長く、抗菌力も優れていることからTPPDが最も治療効果の高いことが予測されるが、治療効果とは一致しなかった。そこでトリプロペプチン類のマウス血清50%中での遊離型比率を調べると、TPPAが15.2%と最も高くTPPCおよびTPPDは2.5%および1.8%と非常に低い値を示した。トリプロペプチン類は蛋白との相互作用が成分間で大きく異なることが明らかとなり、血中濃度変遷をもとに血中遊離型濃度がMIC値以上存在する時間を求めたところ、治療効果との間に高い相関性が認められた。

以上、微生物培養液より新規抗MRSA化合物を探索した結果、6種の新規リポペプチド系抗生物質トリプロペプチン類を発見した。各種スペクトル解析、および有機化学的手法を駆使してトリプロペプチン類の絶対構造を決定した。トリプロペプチン類は構造上の相違点である脂肪側鎖長の違いによって生体内での挙動が大きく異なり、脂肪側鎖の長い成分ほど抗菌力および血清蛋白との相互作用が強く、この両者のバランスが治療効果に反映することを明らかにした。トリプロペプチン類は、多剤耐性菌を含むグラム陽性菌に強い抗菌力を示し、複数の作用標的を持ち、さらにマウスの黄色ブドウ球菌感染モデルで優れた治療効果を示したことから、抗MRSA薬の候補化合物として期待される。

図1

表1

審査要旨 要旨を表示する

高齢化社会の到来や医療技術の進歩により易感染性宿主数が増加し、感染症は再び猛威を振るっている。さらに薬剤の汎用により出現した薬剤耐性菌の蔓延は、感染症治療をより一層難しいものとしている。したがって、新規感染症治療薬の開発は極めて重要な課題となっている。

申請者は、臨床で最も問題となっている薬剤耐性菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) に注目し、本菌に有効な化合物の探索を行った。MRSAは、主要な日和見感染菌で、易感染性宿主に感染するとしばしば重篤な症状を引き起こす上、現在使用されるほとんどの薬剤に耐性を獲得している。米国ではすでにMRSA治療の切り札であるバンコマイシンに高度耐性を獲得したMRSA (VRSA) が出現し、MRSA治療は今後益々困難になると考えられており、新薬の開発が急務となっている。この論文は、MRSAおよびVRSAに有効な新規薬剤の創製を目指した探索研究、探索の結果発見した新規リポペプチド系抗生物質トリプロペプチン類の構造解析ならびに生物活性を検討したものである。

申請者はMRSAおよびVRSAに有効な新規薬剤の創製のための探索にあたり、次の3つの試験を行うことで新規骨格および新規作用機序をもった化合物を効率よく選抜している。すなわち、多剤耐性黄色ブドウ球菌に対する感受性試験、バンコマイシンなどのグリコペプチド系化合物の排除のための細胞壁との拮抗試験、さらに哺乳動物細胞に対する毒性試験である。約4000微生物培養サンプルから探索の結果、土壌細菌Lysobacter sp. BMK333-48F3株の培養液に目的の活性を見いだし、活性成分を単離した結果、既存抗菌薬にはない骨格を持つ6種の新規リポペプチド系化合物群を見いだし、トリプロペプチンA, B, C, D, EおよびZと命名した。本化合物群は、各種スペクトラム解析により平面構造が明らかとなり、さらに立体構造に関しては、マーフィー法を用いて構成アミノ酸の絶対構造の決定し、さらに有機化学的手法を用いて分子中に存在する2分子のプロリンとヒドロキシアスパラギン酸の識別を行っている。

本化合物群は、哺乳動物細胞に対し細胞毒性を示さず、MRSAに対し既存抗菌薬よりも優れた抗菌活性を示し、またVRSAと同様の耐性機構を持つバンコマイシン耐性腸球菌に対し抗菌力を示したことから、VRSAに対しても有効であることが示唆された。本化合物の作用機序は、放射ラベル体の取り込みを指標にした高分子合成阻害様式により、細胞壁および細胞膜合成の双方の阻害であることを明らかにしている。複数の作用点を持つものは耐性菌の出現頻度が理論的に低く、これは優れた長所と考えられる。

また本化合物群は、マウスの黄色ブドウ球菌全身感染モデルにおいて高い治療効果が認められたが、感染菌に対する最小阻害濃度と必ずしも一致しないことが明らかとなった。薬力学的解析の結果、本化合物群各成分の血清中で遊離型比率の違いが治療効果に大きく寄与すると考察している。本化合物群は構造的には成分間で脂肪側鎖のメチレンの連鎖数が異なるのみであるが、そのわずかな違いにより生体内での挙動に大きな差異が認められたことは興味深い。

以上のように、本論文では多剤耐性MRSAとの交差耐性試験および細胞壁画分による拮抗試験、選択毒性試験をもとに、次世代のVRSAを含むMRSAに有効な化合物を微生物培養液中から探索し、新規化合物群トリプロペプチン類を発見するに至った。さらに本物質群の生物学的および薬力学的諸性質を明らかにし、新薬創製への大いなる示唆を与えた。これらの成果は薬学の発展に寄与するものと考えられるため、博士(薬学)の学位に相当するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50267