学位論文要旨



No 216294
著者(漢字) 星野,明彦
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,アキヒコ
標題(和) 気管支喘息発症におけるサイトカイン,co-stimulatory factorならびに転写因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 216294
報告番号 乙16294
学位授与日 2005.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16294号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 東,伸昭
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

緒言

気管支喘息は「気道の炎症と種々の程度の気流制限により特徴づけられ,発作性の咳,喘鳴及び呼吸困難を示す病気」と定義され,患者数は近年益々増加している.喘息治療薬として吸入ステロイド剤が第一選択薬として推奨されているが,吸入ステロイドが普及した現在でも喘息患者の10〜15%がステロイド薬の全身投与を必要とするか,ステロイド薬の全身投与によっても病勢のコントロールが困難な重症喘息であり,これらの患者に対しては,いまだ適切な治療法が確立されていない.以上の様な状況から,副作用の少ない,新たな作用機序の気管支喘息治療剤が強く求められている.

アレルギー性炎症は,T細胞,好酸球,肥満細胞など炎症局所へ浸潤した血球系細胞群と,血管内皮細胞,上皮細胞,線維芽細胞などの組織構築細胞との複雑な相互作用により形成される.近年の研究から,その惹起にはCD4陽性T細胞のアンバランスな活性化が深く関与していることが明らかとなってきた.すなわち,アレルギー性疾患ではTh2細胞の分化が亢進しており,Th2細胞は抗原提示細胞上に提示されたアレルゲン由来ペプチドを認識して,IL-4,IL-5,IL-13などのTh2サイトカインを産生しアレルギー性炎症を惹起すると考えられる.主としてIL-4の作用によりB細胞からのIgE産生が,IL-5の作用により好酸球選択的な増殖・活性化が,さらにIL-13の作用により気道過敏性(AHR)と気道粘液分泌の誘導がそれぞれ惹起され,気管支喘息に特徴的な病態が形成されるものと考えられている.従って,Th2細胞の分化誘導,活性化,サイトカイン産生あるいはTh2サイトカインのシグナル伝達を制御することにより,気管支喘息の治療につながると考えられる.本研究では,新たな気管支喘息治療薬の開発に結びつけることを目的として,Th2細胞の活性化機構のうち,(1)Th2細胞の分化,増殖機構における副刺激分子の役割,(2)Th2細胞のサイトカイン産生機構,(3)産生されたTh2サイトカインのシグナル伝達,以上3つの重要なステップに焦点を当て,詳細な解析を行った.

マウス喘息モデルのTh2細胞分化におけるOX40 ligandの役割

Th2細胞の分化,増殖機構における副刺激分子の役割について,TNF/TNFRファミリーに属する副刺激分子であるOX40/OX40Lの気管支喘息発症における役割を解析した.喘息病態におけるOX40/OX40L相互作用の関与を確かめるために,まずOX40L欠損マウスを用いて喘息モデルの解析を行った.野生型及びOX40L欠損マウスを抗原感作後,抗原を吸入曝露した.その結果,野生型マウスでは気管支喘息に特徴的なAHR,気管支肺胞洗浄液(BALF)への好酸球浸潤,BALF中Th2サイトカイン(IL-4,IL-5及びIL-13)の濃度上昇,血清中のOVA特異的IgEの高値及び粘液の過分泌が認められた.それに対して,OX40L欠損マウスではいずれの反応もほとんど認められなかった.これらの結果から気管支喘息発症においてOX40Lが重要な役割を担っていることが示唆された.しかし,欠損マウスを用いた解析では,OX40LがTh2細胞分化の誘導相において重要であるのか,Th2細胞の肺への集積,活性化の効果相において重要であるのかは明らかではない.その点を明らかにするために,OX40Lに対する中和抗体の活性を検討したところ,抗原感作時からの抗OX40L抗体投与により,喘息症状及びTh2反応がほとんど完全に抑制されたが,抗原曝露時のみの抗OX40L抗体投与ではいずれの反応も影響を受けなかった.これらの結果から,OX40/OX40L相互作用は主として抗原感作時の誘導相に関与し,Th2細胞の分化に影響を与えて,喘息発症に関与するが,分化したTh2細胞の肺への集積や活性化を含む効果相への関与は大きくないことが示唆された.

アレルゲン特異的ヒトT細胞クローンの2つの異なったIL-5産生経路はグルココルチコイド(GC)で抑制される

次に,Th2細胞のサイトカイン産生機構として,好酸球性炎症に重要なサイトカインIL-5の産生制御機構を解析した.まず,IL-5promoter/enhancerの515塩基対とルシフェラーゼ遺伝子とをつなげた遺伝子pIL-5(-511)Luc を作製した.気管支喘息患者から樹立したアレルゲン特異的ヒトT 細胞クローンならびにハイブリドーマに遺伝子導入したpIL-5(-511)Luc は,T 細胞受容体(TCR)刺激に応じて効率的に転写された.deletionanalysis,mutagenesis analysisなどから,IL-5遺伝子転写が複数の転写因子によって制御され,IL-5転写にCLEO領域が重要であることが示唆された.これらの解析から,樹立したT細胞クローン及びハイブリドーマは,IL-5遺伝子転写の分子制御機構解析に有用であり,またpIL-5(-515)Luc を用いた転写活性の評価により,IL-5遺伝子転写に対する薬剤の作用の解析が可能であると考えられた.そこで,次に気管支喘息を含む好酸球性疾患に最も効果的と考えられているGCのIL-5産生に対する作用を解析した.その結果,GCはTCR,IL-2いずれの刺激においても,ヒトT細胞クローンのIL-5産生をmRNA発現レベルで抑制することを明らかとした.T細胞クローンに遺伝子導入したpIL-5(-511)LucはTCR,IL-2いずれの刺激によっても転写が認められ,GCはこの転写を抑制した.EMSA解析の結果,TCR刺激により転写因子NF-AT,AP-1,NF-kBの誘導が認められ,GCによりAP-1,NF-kBの誘導が抑制されるが,IL-2刺激ではこれらの転写因子の誘導が認められないことを明らかにした.これらの結果から,IL-5転写開始領域から約500塩基対上流のIL-5遺伝子中にGCによる制御に関与し,活性化により誘導のかかるenhancer領域が含まれることが示唆された.さらに,TCR刺激とIL-2刺激とでは,IL-5は異なった機構で産生が誘導されるが,GCはいずれの産生機構に対しても抑制効果を示すことが明らかとなり,GCのアレルギー性疾患治療効果にIL-5産生抑制作用が関与していることが示唆された.

Th2依存的喘息反応におけるSTAT6を介したシグナル:Th2分化における役割とは異なる,好酸球浸潤,気道過敏性及び粘液過分泌における重要な役割

最後に,産生されたTh2サイトカインのシグナル伝達に関しては,IL-4とIL-13のシグナル伝達に必須な転写因子STAT6に焦点を当て,気管支喘息発症における役割を解析した.アレルギー反応の誘導相におけるSTAT6の重要性はすでに明らかにされているが,遅発効果相における役割は明らかではなかった.そこで,STAT6の効果相における役割を,誘導相における役割と分離して解析するために,養子移入によるアレルギーモデルを用いた.exvivo にて作製したTh2細胞を静脈内投与し,その後抗原吸入曝露を行った結果,野生型マウスで認められる気管支喘息様症状がSTAT6欠損マウスでは誘導されないことを明らかとした.Th2細胞を移入したSTAT6欠損マウスに抗原曝露と同時にeotaxinを点鼻投与した結果,気道好酸球浸潤は誘導されるが,AHRの亢進は認められないことを明らかとした.これらの結果から,STAT6がTh2分化成立後の効果相においても重要な役割を担っていることが示唆された.さらに,気道好酸球浸潤にはSTAT6依存的に産生されるケモカインeotaxinが重要であるが,AHR誘導にはeotaxin以外のSTAT6依存的因子が関与していることが示唆された.総括

気管支喘息の発症機構及び増悪化においてTh2細胞の活性化が重要な役割を担っていることから,Th2細胞の分化誘導,活性化,サイトカイン産生及びTh2サイトカインのシグナル伝達について解析した.その結果,(1)Th2細胞の分化,増殖機構においてOX40/OX40L相互作用が必須な役割を担っていること,(2)IL-5は遺伝子転写レベルで制御を受けており,転写開始領域上流約500塩基対のpromoter/enhancer領域がT細胞受容体刺激及びIL-2刺激によるIL-5産生に重要であり,またグルココルチコイドの制御領域もこの領域に含まれること,(3)STAT6がTh2分化誘導においてのみではなく,免疫成立後の効果相においても重要な役割を担っていることを明らかにした.

以上の結果から,いずれの分子も気管支喘息発症の各局面で極めて重要な働きを担っていることが明らかとなったが,その中ではSTAT6が抗原感作の効果相に必須な分子であり,既に感作が成立している気管支喘息患者においても高い治療効果が期待できると考えられること,気道好酸球浸潤のみでなく,気道粘液分泌,気道過敏性誘導にも必須な分子であることなどから,創薬標的としては最も有望であると考えられた.STAT6を標的とした創薬としては,(1)STAT6の活性化機構,(2)STAT6の不活性化機構,(3)STAT6により活性化される因子の3点を制御することが考えられる.本研究で得られた種々のTh2細胞活性化機構,特にSTAT6の気管支喘息効果相における作用機構についてさらに解析を進め,効果的で,副作用の少ない気管支喘息治療薬の開発に結びつけたい.

審査要旨 要旨を表示する

気管支喘息は「気道の炎症と種々の程度の気流制限により特徴づけられ、発作性の咳、喘鳴及び呼吸困難を示す病気」と定義され、患者数は近年益々増加している。喘息治療薬として吸入ステロイド剤が第一選択薬として推奨されているが、吸入ステロイドが普及した現在でも喘息患者の10〜15%がステロイド薬の全身投与を必要とするか、ステロイド薬の全身投与によっても病勢のコントロールが困難な重症喘息であり、これらの患者に対しては、いまだ適切な治療法が確立されていない。以上の様な状況から、副作用の少ない、新たな作用機序の気管支喘息治療剤が強く求められている。

アレルギー性炎症は、T細胞、好酸球、肥満細胞など炎症局所へ浸潤した血球系細胞群と、血管内皮細胞、上皮細胞、線維芽細胞などの組織構築細胞との複雑な相互作用により形成される。近年の研究から、その惹起にはCD4陽性T細胞のアンバランスな活性化が深く関与していることが明らかとなってきた。すなわち、アレルギー性疾患ではTh2細胞の分化が亢進しており、Th2細胞は抗原提示細胞上に提示されたアレルゲン由来ペプチドを認識して、IL-4、IL-5、IL-13などのTh2サイトカインを産生しアレルギー性炎症を惹起すると考えられる。主としてIL-4の作用によりB細胞からのIgE産生が、IL-5の作用により好酸球選択的な増殖・活性化が、さらにIL-13の作用により気道過敏性(AHR)と気道粘液分泌の誘導がそれぞれ惹起され、気管支喘息に特徴的な病態が形成されるものと考えられている。従って、Th2細胞の分化誘導、活性化、サイトカイン産生あるいはTh2サイトカインのシグナル伝達を制御することにより、気管支喘息の治療につながると考えられる。

本研究では、新たな気管支喘息治療薬の開発に結びつけることを目的として、Th2細胞の活性化機構のうち、(1)Th2細胞の分化、増殖機構における副刺激分子の役割、(2)Th2細胞のサイトカイン産生機構、(3)産生されたTh2サイトカインのシグナル伝達、以上3つの重要なステップに焦点を当て、詳細な解析を行うことによって以下の成果を得た。

マウス喘息モデルのTh2細胞分化におけるOX40 ligandの役割

Th2細胞の分化、増殖機構における副刺激分子の役割について、TNF/TNFRファミリーに属する副刺激分子であるOX40/OX40Lの気管支喘息発症における役割を解析した。喘息病態におけるOX40/OX40L相互作用の関与を確かめるために、まずOX40L欠損マウスを用いて喘息モデルの解析を行った。野生型及びOX40L欠損マウスを抗原感作後、抗原を吸入曝露した。その結果、野生型マウスでは気管支喘息に特徴的なAHR、気管支肺胞洗浄液(BALF)への好酸球浸潤、BALF中Th2サイトカイン(IL-4、IL-5及びIL-13)の濃度上昇、血清中のOVA特異的IgEの高値及び粘液の過分泌が認められた。それに対して、OX40L欠損マウスではいずれの反応もほとんど認められなかった。これらの結果から気管支喘息発症においてOX40Lが重要な役割を担っていることが示唆された。しかし、欠損マウスを用いた解析では、OX40LがTh2細胞分化の誘導相において重要であるのか、Th2細胞の肺への集積、活性化の効果相において重要であるのかは明らかではない。その点を明らかにするために、OX40Lに対する中和抗体の活性を検討したところ、抗原感作時からの抗OX40L抗体投与により、喘息症状及びTh2反応がほとんど完全に抑制されたが、抗原曝露時のみの抗OX40L抗体投与ではいずれの反応も影響を受けなかった。これらの結果から、OX40/OX40L相互作用は主として抗原感作時の誘導相に関与し、Th2細胞の分化に影響を与えて、喘息発症に関与するが、分化したTh2細胞の肺への集積や活性化を含む効果相への関与は大きくないことが示唆された。

アレルゲン特異的ヒトT細胞クローンの2つの異なったIL-5産生経路はグルココルチコイド(GC)で抑制される。

次に、Th2細胞のサイトカイン産生機構として、好酸球性炎症に重要なサイトカインIL-5の産生制御機構を解析した。まず、IL-5 promoter/enhancerの515塩基対とルシフェラーゼ遺伝子とをつなげた遺伝子pIL-5(-511)Lucを作製した。気管支喘息患者から樹立したアレルゲン特異的ヒトT細胞クローンならびにハイブリドーマに遺伝子導入したpIL-5(-511)Lucは、T細胞受容体(TCR)刺激に応じて効率的に転写された。deletion analysis、mutagenesis analysisなどから、IL-5遺伝子転写が複数の転写因子によって制御され、IL-5転写にCLE0領域が重要であることが示唆された。これらの解析から、樹立したT細胞クローン及びハイブリドーマは、IL-5遺伝子転写の分子制御機構解析に有用であり、またpIL-5(-511)Lucを用いた転写活性の評価により、IL-5遺伝子転写に対する薬剤の作用の解析が可能であると考えられた。そこで、次に気管支喘息を含む好酸球性疾患に最も効果的と考えられているGCのIL-5産生に対する作用を解析した。その結果、GCはTCR、IL-2いずれの刺激においても、ヒトT細胞クローンのIL-5産生をmRNA発現レベルで抑制することを明らかとした。T細胞クローンに遺伝子導入したpIL-5(-511)LucはTCR、IL-2いずれの刺激によっても転写が認められ、GCはこの転写を抑制した。EMSA解析の結果、TCR刺激により転写因子NF-AT、AP-1、NF-kBの誘導が認められ、GCによりAP-1、NF-kBの誘導が抑制されるが、IL-2刺激ではこれらの転写因子の誘導が認められないことを明らかにした。これらの結果から、IL-5転写開始領域から約500塩基対上流のIL-5遺伝子中にGCによる制御に関与し、活性化により誘導のかかるenhancer領域が含まれることが示唆された。さらに、TCR刺激とIL-2刺激とでは、IL-5は異なった機構で産生が誘導されるが、GCはいずれの産生機構に対しても抑制効果を示すことが明らかとなり、GCのアレルギー性疾患治療効果にIL-5産生抑制作用が関与していることが示唆された。

Th2依存的喘息反応におけるSTAT6を介したシグナル:Th2分化における役割とは異なる、好酸球浸潤、気道過敏性及び粘液過分泌における重要な役割。

最後に、産生されたTh2サイトカインのシグナル伝達に関しては、IL-4とIL-13のシグナル伝達に必須な転写因子STAT6に焦点を当て、気管支喘息発症における役割を解析した。アレルギー反応の誘導相におけるSTAT6の重要性はすでに明らかにされているが、遅発効果相における役割は明らかではなかった。そこで、STAT6の効果相における役割を、誘導相における役割と分離して解析するために、養子移入によるアレルギーモデルを用いた。ex vivoにて作製したTh2細胞を静脈内投与し、その後抗原吸入曝露を行った結果、野生型マウスで認められる気管支喘息様症状がSTAT6欠損マウスでは誘導されないことを明らかとした。Th2細胞を移入したSTAT6欠損マウスに抗原曝露と同時にeotaxinを点鼻投与した結果、気道好酸球浸潤は誘導されるが、AHRの亢進は認められないことを明らかとした。これらの結果から、STAT6がTh2分化成立後の効果相においても重要な役割を担っていることが示唆された。さらに、気道好酸球浸潤にはSTAT6依存的に産生されるケモカインeotaxinが重要であるが、AHR誘導にはeotaxin以外のSTAT6依存的因子が関与していることが示唆された。

以上、本研究は気管支喘息をTh2性疾患として捉え、免疫誘導相におけるOX40/OX40L相互作用の重要性、IL-5産生の転写機構ならびに免疫成立後の効果相におけるSTAT6の重要性を明らかとした。特に、STAT6の効果相における役割については、STAT6を標的とした治療薬が、既に感作が成立している気管支喘息患者においても高い治療効果が期待できることを示唆し、創薬標的としての確からしさを改めて明らかにしたものであり、将来の気管支喘息治療薬開発に多大な示唆を与え、高く評価される内容であり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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