No | 216295 | |
著者(漢字) | 玉井,久義 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タマイ,ヒサヨシ | |
標題(和) | ノシセプチンレセプターアンタゴニスト : JTC-801がラット神経因性疼痛モデルおよび炎症性疼痛モデルに及ぼす影響 | |
標題(洋) | Anti-allodynic and anti-hyperalgesic effects of nociceptin receptor antagonist,JTC-801,in rats after spinal nerve injury and inflammation. | |
報告番号 | 216295 | |
報告番号 | 乙16295 | |
学位授与日 | 2005.07.20 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第16295号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 1994年にオピオイド受容体のホモロジースクリーニングから従来のオピオイドペプチドに感受性を示さない新たな遺伝子が発見され,オピオイド受容体様1(opioid receptor-like 1;ORL1)受容体と命名された。このORL1受容体もオピオイド受容体同様,Gタンパク質結合性細胞膜7回貫通型であり,オピオイドレセプターとの構造的共通性から,薬理学的類似性が推測された。しかし,このORL1受容体は,それまでに同定されたいかなるオピオイドリガンドも結合活性を示さない,すなわち当初リガンドが特定されないオルファン(みなしご)受容体(orpahan receptor)であった。1995年に2つの独立したグループが,ORL1受容体に対する17基のアミノ酸からなる内在性ペプチドリガンドを発見した。Meunierらのフランスグループは,このペプチドは疼痛過敏作用を示したことから,nociceptin(ノシセプチン)と命名,一方,スイスのReinscheidらのグループは,このペプチドはオーファン受容体の内在性リガンドであり,N末端がフェニルアラニン(F)で,C末端がグルタミン(Q)であることからOrphanin FQと命名した(以後ノシセプチンと呼ぶ)。ノシセプチンやノシセプチンレセブターは中枢神経系内に広く分布していることがわかっており,疼痛との関連の他にも,歩行運動,不安などの情動,学習と記憶,薬剤耐性など多くの機能との関連が示唆されている。しかし,疼痛に関しては,ノシセプチンが痛覚過敏物質なのか鎮痛物質なのかという問題に明確な答えが出ていない。さらに内在性ノシセプチンの働きとなると更に解明が進んでいない。 神経因性疼痛の機械的アロディニアと炎症性疼痛の神経伝達経路は全く異なるといわれている。すなわち,炎症性疼痛は一般にC線維を一次ニューロンとして,脊髄後角で二次ニューロンに伝達し,対側の脊髄視床路を上行するのに対して,機械的アロディニアはAβ線維を一次ニューロンとし,同側の脊髄灰白質の後索を上行し延髄の薄束核へ終止し,ここから視床へ伝えられるというものである。したがって,これらの神経伝達経路の異なる疼痛に対して内在性ノシセプチンの関与を推測するために,われわれはノシセプチンレセプターアンタゴニストJTC-801のラット神経因性疼痛モデルとラット炎症性疼痛モデルへの影響を調べた。JTC-801は,4-アミノキノリン誘導体の非ペプチド性ノシセプチンレセプターアンタゴニストで,2000年に日本たばこ産業中央研究所(大阪)で開発された低分子(MW;447.96)の経口投与可能な薬剤である。JTC-801のノシセプチンレセプターに対する選択的親和性は,μ-, k-, δ-オピオイドレセプターに比べ,およそ12.5倍,129倍,そして1055倍で,ヒトノシセプチンレセプターに対するKi=8.2nMである。 さらにわれわれは,2種類の疼痛モデルとノシセプチンとの関連部位を推測するために,神経因性痔痛モデルに対して,JTC-801を全身投与と脊髄くも膜下腔投与した。また,炎症性痔痛モデルに対して,JTC-801を経口投与して行動学的判定を行うとともに,脊髄のc-fos発現を調べて作用部位を推定した。 方法 SD系ラットのL5-L6脊髄神経を片側のみ7-0絹糸で結紮し(Chung model),神経因性疼痛モデルを作成した。同時に,L4の椎弓に小孔を開け,くも膜下腔(it)にPE10チューブを留置した。 (実験1:全身投与)脊髄神経結紮モデルに対して0.5%メチルセルロース溶解JTC-801を投与量で4群(0,3,10,and 30mg/kg)に分け経口投与し,30分毎に180分までvon Freyテスト(up-down法)を施行した(各群n=8)。 (実験2:it投与)脊髄神経結紮モデルに対して生理食塩水溶解JTC-801を投与量で3群(0,22.5,45pg)に分けit投与し,15,30,60,90,120分後にvon Freyテストを施行した(各群n=8)。 (実験3:フォルマリンテスト)SD系ラットに0.5%メチルセルロース溶解JTC-801を3群に分け経口投与した(0,10,30mg/kg)(各群n=6-7)。経口投与30分後に5%フォルマリン50μlを右後肢皮下に注入した。その後,5分間毎の後肢を紙める時間(licking time)を60分まで測定した。 (実験4:免疫組織化学染色法,c-Fos study)SD系ラットにJTC-801を3群に分け経口投与した(0,10,30mg/kg)(各群n=4)。経口投与30分後にペントバルビタール深麻酔下に4%パラホルムアルデヒドで固定後に脊髄を採取し,その後,ABC法により脊髄L4-5のc-Fos発現を観察した。 測定結果はすべて平均±標準誤差(S.E.M)で記載した。統計解析は,ANOVA,Dunnett法を用いて,P<0.05を有意差ありとした。 結果 (実験1,2)脊髄神経結紫により,接触性アロディニアを生じた(経口投与群1.74±0.08vs.9.83±0.46g,脊髄くも膜下腔投与群:1.94±0.09vs.8.65±0.47g)。JTC-801経口投与により,接触性アロディニアは用量依存性に抑制された。同様に,it投与により,用量依存性に接触性アロディニアは減弱された。 (実験3)フォルマリンにより2相性の反応行動が認められた。JTC-801により,第1相は影響を受けなかったが,第2相は用量依存性に抑制された。 (実験4)脊髄c-Fos発現に関しては,炎症側のlaminae I/IIにおいて,高用量投与群(30mg/kg)でのみ発現数が減少していた。同側の他のlaminaeでのc-fos発現数は各群で差がなかった。また対側のlaminaeでも,各群に有意な差を認めなかった。 考察 JTC-801は最近生合成された小分子の非オピオイド性ノシセプチンレセプターアンタゴニストである。JTC-801を全身投与および脊髄くも膜下腔投与したところ,第5・6腰髄神経結紮により惹起されたアロディニアを用量依存性に抑制した。また,JTC-801は,フォルマリン注入による第2相の疼痛反応を抑制したが,第1相の疼痛反応には影響を与えなかった。さらに,JTC-801はフォルマリン注入で誘発された脊髄後角laminae I/IIのc-Fos発現を抑制した。 神経因性疼痛の接触性アロディニアと熱や化学物質による侵害刺激の神経伝達経路は大きく異なるという報告は多い。JTC-801が全身投与および脊髄くも膜下腔投与で接触性アロディニアを抑制したことから,内在性ノシセプチンはアロディニアの病因に関係していることが強く示唆された。しかも,脊髄くも膜下腔投与のJTC-801が接触性アロディニアに対して有効であったことから,脊髄がノシセプチンとの関わりにおいて主要な役割をしていることが推測された。 フォルマリンをラットの後肢足底皮下に注入すると,ラットは2相性の侵害刺激に対する反応行動を起こすことが報告されている。第1相はフォルマリン注入直後より始まる反応で,おそらく侵害受容器に化学刺激物質が直接作用した結果誘発される反応で,無髄C線維により伝えられると考えられている。第2相の反応は,フォルマリン注入後10-15分後に始まるもので,おそらく局所炎症反応と脊髄後角の感作の両者によるものと考えられている。JTC-801は用量依存性に第2相の反応を抑制したが,第1相へは影響しなかった。我々のフォルマリンテストの結果からノシセプチンは持続性疼痛過敏状態を導く神経の中枢性感作に関与しているのではないかと考えられた。また,カラニゲン誘発の炎症によって後根神経節にprepronociceptin mRNAが30分以内をピークとして発現していることが報告されていることから,化学物質の炎症反応における疼痛の形成には,脊髄のノシセプチンが重要な役割をしているのではないかと考えられる。 脊髄後角にフォルマリンの侵害刺激で誘発されたc-Fos発現に関しては,JTC-801によって脊髄後角のsuperficial layer(laminae I/II)のみが抑制された。末梢の侵害刺激においては,脊髄後角のsuperficial layerにおけるノシセプチンの報告がいくつかある。また,ノシセプチンレセプターも脊髄後角のsuperficiallayerに高濃度で認められていることから,脊髄後角のsuperficial layerがノシセプチンの主要な作用部位であると推測される。JTC-801は脊髄後角superficial layersのノシセプチンレセプターに作用し,そして痛覚過敏を引き起こす神経反応を抑制するのではないかと推測する。そして,その結果,superficial layersのc-Fos発現が抑制されたのではないかと考える。 | |
審査要旨 | 本研究はオピオイド受容体のホモロジースクリーニングから発見された最も新しいオピオイド受容体のノシセプチンレセプターとそのリガンドであるノシセプチンの痛みに関する生体内での働きを調べるために,ノシセプチンレセプターアンタゴニストJTC-801を利用したものであり,下記の結果を得ている。 1. ラットのL5およびL6の脊髄神経結紮をおこなうと,結紮側の肢に著しい接触性アロディニアが生じた。ノシセプチンレセプターアンタゴニストJTC-801を経口投与全身投与)したところ,この接触性アロディニアは用量依存性に抑制された。 2. 1と同様に,ラットにL5およびL6脊髄神経結紮をおこなうと,結紮側の肢に著しい接触性アロディニアが生じ,これに対して,ノシセプチンレセプターアンタゴニストJTC-801を脊髄くも膜下腔投与したところ,接触性アロディニアは用量依存性に抑制された。 3. ラットの後肢足底にフォルマリンを皮下注入すると時間経過において2相性の足を舐めるといった疼痛反応(licking behavior)を生じた。JTC-801経口投与は,このうちフォルマリンテスト第1相の疼痛反応には影響しなかったが,第2相の疼痛反応を用量依存性に抑制した。 4. ラットの後肢足底にフォルマリンを皮下注入すると脊髄にc-Fosタンパクが発現した。JTC-801経口投与は,このフォルマリン注入で誘発された脊髄後角laminae I/IIのc-Fosタンパク発現のみを抑制し,他のlaminaeのc-Fosタンパク発現には影響しなかった。 以上の本論文はこれまで疼痛との関連が不明確であったノシセプチンの働きを調べるために,ラット神経因性疼痛モデルおよび炎症性疼痛モデルの2つのモデルに対して,ノシセプチンレセプターアンタゴニストを用いて研究したものである。この結果,疼痛状態における内因性ノシセプチンは疼痛の維持に関与しており,また,その作用部位として脊髄が関係していることを明らかにしたことは,新しいオピオイドであるノシセプチン研究の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値すると考えられる。 | |
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