学位論文要旨



No 216299
著者(漢字) 中村,佳也
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヨシヤ
標題(和) 超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置に関する研究
標題(洋)
報告番号 216299
報告番号 乙16299
学位授与日 2005.07.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16299号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 助教授 新野,俊樹
 東京大学 助教授 鈴木,高宏
内容要旨 要旨を表示する

我が国の産業の今後の発展には、情報技術(IT)、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、環境技術などの不可欠な最先端キーテクノロジーがある。それらの最先端分野での研究・開発を支える技術に超微細検査・加工技術がある。超微細技術を行うための環境要求の一つとして、『微振動』があり、精密機器には、その性能を発揮させるため微振動環境の高い要求が設定されている。精密機器は、その時代毎の微細化、高速化、信頼性向上などの外部要求により進歩しており、今後さらに高性能化・大型化する。それにつれて、要求される微振動環境もより厳しくなっていくことが予測される。一方、我が国の広大ではない国土の問題から、精密機器が設置される構造物の周辺の環境振動は悪化し、また、構造物も振動に弱いものが増加する傾向にある。精密機器に対する微振動対策として、アクティブ型の微振動制御装置が既に適用され有効性が実証されているが、今後の高度な微振動環境の要求および外乱の増大・多様化に対して、従来のアクティブ微振動制御装置で対応できるとは必ずしもいえない。このような背景のもと、本研究では、超磁歪アクチュエータを制御アクチュエータとして用い、従来の装置に比べ、高い制御性能と広い制御周波数範囲を有するアクティブ微振動制御装置の研究に関して述べるものである。

第1章 序論

第1章では、現状と将来の微振動制御に対する要求を、精密機器の微細化の要求と振動環境の変化と対応させながら示した。また、微振動対策技術の中でのアクティブ微振動制御装置の位置づけを示し、それらから研究の目的を明確にした。さらに、微振動制御関連の既往の研究と超磁歪アクチュエータを用いた研究を紹介した。最後に論文の構成を示した。

第2章 超磁歪アクチュエータ

第2章では、まず超磁歪素子と超磁歪アクチュエータの概要および特徴を示した。次に、使用した超磁歪アクチュエータの特性試験を実施し、超磁歪素子の歪みで最大1000ppmに近い変位を発生し、微振動制御用アクチュエータとして十分な変位量と分解能を持つことを確認した。又、アクチュエータ単体では漏洩磁場が大きいがシールドケースで遮断できることを確認した。さらに、超磁歪アクチュエータの変位特性に影響を及ぼす要因には、『圧縮荷重』と『直流磁場』があり、圧縮荷重の最適値は7MN/m2とあまり大きくなく荷重支持には適していないこと、超磁歪素子に作用している直流磁場が低下すると変位特性が劣化するということなどから、超磁歪アクチュエータの設置には注意が必要であることを示した。

第3章 微振動制御装置の制御系設計手法

第3章では、アクティブ微振動制御装置の制御系設計手法について述べた。定盤が支持機構で支持されその間に制御機構が設置される装置を、基本的なアクティブ微振動制御装置の構成とした。定盤は剛体と仮定し自由度は6とした。モード座標系への変換により運動方程式が非連成化されることを利用し、非連成化されたモード毎の運動方程式を用いて制御系設計を独立に行うことにした。制御系の設計方法は、設定した閉ループ伝達特性を実現するプロパーな制御器を比較的容易に設計することができるモデルマッチング法を用いた。制御系設計では、伝達関数表現した制御対象モデルを用いるが、実際の特性とモデルの特性に誤差があると制御性能と制御安定性が低下する原因となる。この解決策として、前置補償器による制御対象の整形と高次の伝達関数を用いたモデル化の方法を示した。高次の伝達関数でモデル化する場合、従来のモデルマッチング法では設計に要する労力が増大するという欠点があるので、本論文では、入力パラメータとして制御後の制御性能を伝達関数(感度関数)で与える新しい設計法を提案し、幾つかの制御対象を例にとり、改善した設計方法の効果を述べた。

第4章 超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置

第4章では、実際の精密機器用として使用できる超磁歪アクチュエータを用いた6自由度アクティブ微振動制御装置を製作し、実験を行った。構造の特徴は空気ばねを荷重支持機構として使用した点にある。パッシブ特性同定試験及び超磁歪アクチュエータによる装置加振試験を行い、制御系を設計するための装置の動特性の解析モデルのパラメータを同定した。制御性能を検証するため、除振性能実験と制振性能実験の2種類の制御実験を行った。除振性能実験では、床加速度に対する定盤加速度の伝達関数を求めた。アクティブ制御では周波数1〜20Hzの範囲でゲインを-15dB〜20dBにすることができ、超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置は、実大サイズでも高い除振性能を実現することが確認できた。また、実験結果と制御系設計時に予測された結果とはよく一致し、設計どおりの制御が実現できた。制振性能実験では、定盤にボールを衝突させ、自由振動の収束時間を比較した。アクティブ制御では、自由振動が収束する時間が0.1秒以下となり、大きな制振性能を有することが確認できた。結論として、超磁歪アクチュエータを用いた実大サイズのアクティブ微振動制御装置で高い制御性能(除振、制振)を実現できることを示した。

第5章 超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置の実用化

第5章では、超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置の実用化について述べた。設置場所はRC造4階建ての既存建物の4階クリーンルーム内で、アクティブ微振動制御装置上に設置される精密機器はFIB装置であった。設置場所の床振動はFIB装置の振動許容条件を越えていたので、アクティブ微振動制御装置によって設置床の振動が許容条件を満足することを目標とした。クリーンルームは二重床構造で床面が高いので、床スラブ上に架台を設置した。建物内に架台、アクティブ微振動制御装置及びFIB装置を設置した状態で振動計測を行った。非制御(パッシブ)状態では、定盤上の振動は許容条件を満足できなかったが、アクティブ制御状態では、許容条件を満足することができた。また、FIB装置のスキャン画像の比較により、アクティブ制御状態では画像の見易さが大幅に向上したことを示した。

第6章 ハイブリッドアクチュエータの開発

超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置で十分高い制御性能を実現できることは確認できたが、想定していない外乱に対して制御性能が発揮できない場合があった。第6章では、この制御性能の改善を行うことを目的として、高周波数領域での駆動が得意であるが低周波数領域での発生変位が小さい超磁歪アクチュエータに、エアーアクチュエータを組み合わせた新しいアクチュエータを開発した。2つのアクチュエータの配置は並列構造を採用した。ハイブリッドアクチュエータの特徴は、2つのアクチュエータの特性が単純な和になること、制御信号に対する発生力が2つのアクチュエータで90度の位相差を持つことで、試作したハイブリッドアクチュエータによってこの特徴を確認した。次に、ハイブリッドアクチュエータを用いた1自由度アクティブ微振動制御装置のシミュレーションを行った。ハイブリッドアクチュエータでの制御では、床振動に対して広い周波数範囲で高い制御性能を発揮することができ、なおかつ、必要な制御信号を小さく抑えることができた。また、衝撃に対する制御では、作用時間の異なる様々な衝撃に対しても、高い制御性能を実現することが確認できた。最後に、2つのアクチュエータの組合せ方について調べ、ハイブリッドアクチュエータが最大の効果を発揮するには、装置固有振動数での制御力がほぼ同等になるように組み合わせることが重要であることが分かった。

第7章 ハイブリッドアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置

第7章では、ハイブリッドアクチュエータを用いた実大サイズの6自由度アクティブ微振動制御装置について述べた。制御システムは定盤の位置制御と振動制御をハイブリッドアクチュエータで行うシステムとした。制御系設計はモデルマッチング法を改善した設計方法を用い、高周波数領域の高次モードでのモデル化誤差を低減する目的で前置補償器を用いた。制御実験では、ハイブリッドアクチュエータによる制御とエアーアクチュエータによる制御の比較を行った。エアーアクチュエータでの制御では20Hz〜100Hzの周波数範囲で非制御よりも応答が大きくなり制御性能が悪くなるが、ハイブリッドアクチュエータでの制御では100Hz以下の周波数範囲で非制御よりも応答を小さく抑えることができた。ボールを定盤に衝突させる衝撃試験では、ハイブリッドアクチュエータによる制御は、エアーアクチュエータによる制御に比べ、衝突時に生じる定盤の応答加速度を小さくし、かつその後の振動の収束時間を約1/2に低減することができた。衝撃が作用した直後は、制御信号に対して応答性の良い超磁歪アクチュエータが即座に力を発生し制御し、その後は2つのアクチュエータ両方で制御を行うことができたためで、2つのアクチュエータを併用している効果を検証できた。結論として、ハイブリッドアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置は、1Hzから100Hz程度までの広い周波数範囲での、高い除振性能と高い制振性能を持つアクティブ微振動制御システムを実現できることを示した。

第8章 結論

第8章では、各章で得られた結論を要約して総括した。

以上のように、本研究は、超磁歪アクチュエータおよびハイブリッドアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置に関する実験、数値解析、実用化を行い、将来予想される高度で多様な微振動環境の要求に適応できるアクティブ微振動制御技術について示したものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置に関する研究」と題し、8章から構成されている。

第1章「序論」ではアクティブ微振動制御装置に関する課題と従来技術について述べ、本研究の目的および本論文の構成を示している。

第2章「超磁歪アクチュエータ」では、微振動制御用アクチュエータとしての変位出力特性を調査し、使用する上で有用な知見となる圧縮荷重や直流磁場の影響を示している。

第3章「微振動制御装置の制御系設計手法」では、制御系設計手法としてモデルマッチング法を採用し、制御対象が高次の伝達関数で表現される場合のモデルマッチング法の欠点を改良するために、入力パラメータとして制御後の制御性能を感度関数で与える新しい設計法を提案し、幾つかの制御対象を例にとり、改良した設計方法の効果を述べている。

第4章「超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置」では、空気ばねを荷重支持機構として用いた6自由度アクティブ微振動制御装置のプロトタイプを製作し、種々の実験を通して、その高い除振性能と制振性能を確認している。また、実験結果は制御系設計時に予測された結果と良く一致することを示している。

第5章「超磁歪アクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置の実用化」では、RC造4階建て既存建物の4階クリーンルーム内のFIB装置へ適用した例を述べている。設置後の振動計測により、非制御状態では、定盤上の振動は許容条件を満足していなかったが、制御状態では、許容条件を満足し、FIB装置のスキャン画像の見易さが大幅に向上したことを示している。

第6章「ハイブリッドアクチュエータの開発」では、高周波領域での駆動が得意であるが低周波領域での発生変位が小さい超磁歪アクチュエータに、この逆の性質を持つ空圧アクチュエータを並列に組み合わせた新しいアクチュエータを開発し、その特性を実験によって確認している。次に、1自由度アクティブ微振動制御装置のシミュレーションによって、床振動に対しては広い周波数範囲で高い除振性能を発揮でき、作用時間の異なる様々な衝撃に対しても高い制振性能を実現できることを示している。

第7章「ハイブリッドアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置」では、ハイブリッドアクチュエータを用いた実大サイズの6自由度アクティブ微振動制御装置による実験を行い、その除振性能は20Hz〜100Hzの周波数範囲で空圧アクチュエータ単独の場合よりも高性能であり、制振性能は、空圧アクチュエータ単独の場合に比べ、衝撃によって生じる定盤の応答加速度を小さくし、残留振動の収束時間を大幅に低減できることを示している。

第8章「結論」は、以上の結果を総括したものである。

以上を要約すると、本論文は、超磁歪アクチュエータおよびハイブリッドアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置に関する実験、解析を行い、将来予想される高度で多様な微振動環境の要求に適応できるアクティブ微振動制御技術を実用的な技術にしたものであり、振動工学・制御工学に寄与するところ大と思われる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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